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第155話 青の導士の狙い

「それでは、ルルー王女、俺はこのままミュウ達の本隊へ合流します。どうか本国までお気をつけて」

「わかっています。……キッドさんも、ご武運を」


 聖王国との同盟締結を終えた二人は、聖王城の前で別れを告げていた。

 キッドは聖王国内に進んだ紺の王国軍と合流する必要があるが、ルルーをそこに連れていくわけにもいかない。かといって、ルルーを聖王都に置いておくわけにもいかない。緑の公国軍を迎え撃つ聖王国軍の戦いの状況によっては、聖王都も戦場になりかねない。

 そのため、ルルーはここまで連れてきた護衛の大半とともに紺の王国に戻ることになっていた。


「ありがとうございます。ルルー王女が補給を担ってくださるおかげで、俺達は後方の憂いなく戦えます」


 それはただの方便ではない。キッドの本心だった。

 ミュウ直伝の補給術を身につけたルルーは、今や紺の王国にとって立派な武器の一つだ。だからこそ彼女は、この別れを受け入れる。心の底では共に戦場に立ちたいと願いながらも。


「はい。補給は任せてください」


 そう口にして、ルルーは笑顔を浮かべた。胸に渦巻く想いを微塵も見せずに。

 ミュウやルイセを伴わない、二人の旅――もちろん護衛はいたが――は、ここで幕を閉じる。

 キッドはわずかな護衛を連れ、進軍を開始している紺の王国軍へと馬を走らせる。ルルーはその背を、視界から消えるまで静かに見つめ続けた。




「……まさか紺の王国が、ここまで早く動くとはな」


 国境を越え、白の聖王国へ侵攻した青の王国の野営地。軍の総指揮を任された青の導士ルブルックは、天幕の中で渋い顔をしていた。

 本来、軍師は将軍の傍らで戦略を練り作戦を補佐するものだが、今のルブルックは、紺の王国のキッドと同じく、軍そのものを動かす権限を与えられている。

 それほどの立場にある彼ですら、今回の紺の王国軍の迅速な動きは想定外だった。斥候からの急報を受け、思わず大きな溜め息をつく。


「あなたが読み違えるとは珍しい。紺の王国が聖王国を援護するとは考えていなかったのか?」


 天幕にいるのは、ルブルックと黒騎士、ただ二人。黒騎士の問いに、ルブルックは小さく首を振る。


「いや、援護に出ること自体は読んでいた。だが同盟も協定もない中で、他国に軍を即座に動かすのは難しい。だからこそ、奴らが体制を整える前に、自軍の編成が不完全であっても速さを優先して攻め込んだのだ。――だが、俺はどうやら過小評価していたらしい」

「キッドをか? 一度苦渋を舐めさせられた相手を過小評価するとは……自信家なのはいいが、油断は命取りだぞ」


 黒騎士の忠告に、ルブルックは苦笑いを浮かべる。


「違う、キッドではない。過小評価していたのは――ルルー王女だ。紺の王国がここまで迅速に動けたのは、王の権限を持つ彼女が主導したからに違いない。キッドに言われるままに動くだけの王女なら、こうはならなかったはずだ」


 ルブルックの狙いは明快だった。白の聖王国軍と緑の公国軍を正面衝突させ、勝ち残った側を叩く――というものだ。

 彼の見立てでは緑の公国軍に分があるが、聖王国軍が籠城戦に持ち込めば、公国軍を撤退に追い込む可能性もある。いずれにせよ勝った側は疲弊する。そこを青の王国軍が突き、聖王都を奪う。それが彼の描いた筋書きだった。

 聖王国の国境部隊を壊滅させず、彼らの防衛戦や撤退戦に付き合っていたのも計算のうちだ。青の王国軍の力を過小に見せ、聖王国にも公国にも油断させるため。

 ルブルックがその力を発揮して一気に聖王都に迫れば、緑の公国は聖王国との正面衝突を避けるかもしれない。そうなれば、聖王都にこもる聖王国軍を挟んで、緑の公国軍と青の公国軍はどちらも先に手を出せない膠着状態に陥る。そこへ紺の王国軍が援護に駆けつければ戦いは泥沼化する。それはルブルックが最も避けたいことの一つだった。

 だが、実際には、そうなる以前に紺の王国が動いた。

 彼の計算はすでに大きく狂い始めていた。


「緑の公国軍は、勝てば聖王都を占拠できるが、俺達が紺の王国軍に勝っても得られるものは少ない。今回の遠征軍は寄せ集めで熟練度も低い。ここで紺の王国と本気で潰し合うのは得策ではないな……」

「では、撤退か? それとも、公国軍と聖王国軍の決着がつくまで、被害を最小限に抑えながらここで様子見か?」

「いや、俺が言ったのは本気で潰し合った場合の話だ。紺の王国を率いているのは、まず間違いなくキッド。奴をここで討てれば――紺の王国軍は容易く崩れる」


 そう言ってルブルックは、黒騎士に向ける目を細めた。


「紺の王国軍と聖王国の国境部隊が合流次第、夜戦を仕掛ける。その闇に紛れて……キッドを討て」


 黒騎士は無言でうなずいた。

 ここは、紺の王国領内でもなければ、青の王国領内でもない。聖王国という第三国で、ルブルックの牙は静かに、キッドへと向けられていた。


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