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第147話 緑の公国の侵攻とレリアナ

 緑の公国の軍師となったルージュは、わずかひと月ほどで兵達に自分の戦術を叩き込むと、迅速に軍を編制し、公国の南に位置する白の聖王国へと侵攻を開始した。

 表向きの大義名分は、国境付近を荒らす不審な一団を捕えた際に得た情報――彼らが白の聖王国の依頼を受けていたことを理由に、正義のための報復という形を取っていた。だが、実のとこ、その証拠も含めてすべてルージュの手によるものであった。

 それをよく理解していたジャンは、事の真偽を追及することなく、すべてルージュに一任していた。彼にとって重要なのは、この策が失敗した際に、ルージュの暴走として責任を押し付け、自分は被害者として立ち回れることであった。

 ルージュもそれを承知していた。だが、彼女は既に腹を決めていた。この侵攻が失敗に終われば、自分が全責任を負う。それは軍師として背負うべき当然の覚悟だった。


 緑の公国の突然の侵攻は、白の聖王国にとってまさに青天の霹靂だった。

 聖王国と公国との間に明確な外交的交渉はなかったが、緑の公国は、聖王国が同盟締結を進めている紺の王国の同盟国だ。間接的にではあるが友好関係にあると考えていただけに、まさかの軍事行動に出るとは想像していなかった。

 国境には最低限の守備兵を置いてはいるが、本格的な侵攻に抵抗できるようなレベルのものではない。


 聖王都でその報告を受けた聖王レリアナは、深い衝撃を受ける。彼女は紺の王国との同盟締結に向けて部下達と協議を重ねている最中であり、その話は、すでに調印式の段取りにまで進んでいるほどだった。

 それだけに、報せを受けた瞬間、レリアナの顔から血の気が引き、力なく椅子に崩れ落ちた。


「紺の王国との同盟が、もう決まりかけていたのに……どうしてこのタイミングで……」


 その呟きは、彼女自身の混乱を如実に表していた。

 しかし、ルージュにとっては、このタイミングしかなかった。白の聖王国が紺の王国と正式に同盟を結んでしまえば、緑の公国は動けなくなる。紺の王国が中立の立場を取ってくれればよいが、もし白の聖王国側につくようなことになれば、緑の公国の勝ち筋はなくなる。

 そのため、ルージュにとっての勝負は、両国の同盟が正式に結ばれる前に、侵攻準備を整えられるかどうかにかかっていた。準備が間に合わなければすべて終わりだった。だが、ルージュはその勝負に勝ったのだ。


「……わかってる。私がなんとかするしかないってことは」


 レリアナは震える唇を噛みしめ、無理矢理自分を奮い立たせた。

 心の中には、ルルーとの調印式やその後の華やかな懇親会がまだぼんやりと残っている。

 だが、その楽しい未来は今や儚い夢のように霞んでいく。王としての責任を果たすため、彼女はその思いを押し殺し、立ち上がるしかなかった。


「すぐに聖王都の兵を集めなさい! 私も出陣します!」


 鋭い声でレリアナが命じると、部下達はすぐさま動き出した。

 他の国と違って、聖王国では聖王自らも戦場に立つのが常だ。聖王の存在が兵達の士気を鼓舞し、聖騎士達は聖王と共に戦うことで死をも恐れぬ戦士となるのだ。その力を発揮させるには、聖王であるレリアナ自身が戦場に立つことが不可欠だった。

 しかし、現状は厳しい。

 聖王国の兵力の半分は、青の王国との国境地帯に配置されており、今聖王都で動員できる兵は限られている。単純な国力では、聖王国は緑の公国を上回るが、この侵攻に対しては、聖王都の兵力だけで応戦せざるを得ない状況だった。




 国境の砦を次々に突破し、緑の公国軍は聖王国の内地へと侵攻していく。

 その進撃を阻むべく、レリアナは聖王国軍を率いて迎撃に向かい、両軍はついに広大な平原で対峙することとなった。


 緑の公国軍の総兵力はおよそ1万。その総大将はジャン公王。レリアナと同様、ジャンもまた自ら戦場に立つ王だった。しかし、彼が戦場に立つ理由はレリアナとは異なる。味方が最高の力を発揮するためにレリアナは聖王として戦場に出る必要があるが、緑の公国軍は公王がいなくとも戦える。それでもジャンが戦場に出るのは、将としても個としても、自分が最強の駒であるとわかっているからだった。

 とはいえ、今回は2000の兵と共にジャンは、備えとして後方に控える。前面に出るのは4000ずつの二つの大部隊。そのうち一つを率いるのは、元帝国四天王「堕とす者」フェルズ。そしてもう一つを率いるのは、ルージュが信頼を置くカオスだった。

 その二人を抜擢したルージュは、これらの部隊を巧みに使いこなす軍師として、全軍を指揮する。形式上の総大将はジャンだが、今回の戦いで実質的に軍を操るのはルージュだった。


 一方、聖王レリアナが率いる白の聖王国軍はおよそ1万2000。数の上では緑の公国軍を上回る。急な編制で準備は十分ではなかったが、聖騎士にとって準備期間は重要でない。聖王の命が下れば、彼らは命の限りを尽くし、狂戦士となって戦う。その無尽蔵の忠誠心と闘志こそ、聖王国軍の本質であり、迎撃には十分な戦力であった。


「フィー、敵軍の様子はどう? 何か気になることはある?」


 レリアナは、前線で敵軍の様子を視力拡大の魔法で探るフィーユに声をかけた。

 かつては後方に控えていることしかできなかったレリアナは、青の王国との戦いを経て、自ら前線に立ち、兵を鼓舞するまでに成長していた。

 戦略や指揮に関しては部下に頼ることが多いものの、レリアナは自らも必死に思考を巡らせていた。フィーユの視力強化の魔法で得られる情報は、今や欠かせないものだった。


「レリアナ様、大変です!」


 フィーユの慌てた声は、彼女の性格を考えれば珍しいことではない。だから、レリアナは微笑みを浮かべて落ち着いて返す。


「どうしたの? 敵の中にキッドの姿でも見つけた?」


 それは、レリアナなりの冗談だった。フィーユを和ませるための軽い言葉。

 しかし、次にフィーユが告げた報せは、彼女の冗談を霧散させた。


「それが……緑の公国軍の中に、赤の導士ルージュがいます」


「――――!?」


 それはレリアナの言葉を失わせるには十分な衝撃の事実だった。

 キッドや、レリアナ達白の聖王国が苦労させられた青の導士ルブルック、その二人と並び称される魔導士にして軍師――赤の導士ルージュ、その相手が今自分達の前に敵として立ちはだかっているなど、一瞬理性が受け入れを拒否する。


「……見間違いじゃないの?」


「いえ、ルージュとは、紺の王国でキッドと一緒にいたときに、戦場で遭遇しています。見間違えはしません」


 そう言われては、ももう疑いようがなかった。

 赤の王国が滅んで以降、世間ではルージュの行方は途絶えていた。彼女を得た緑の公国が、今回の作戦実行まではその事実を隠し通してきたからだ。

 レリアナも、もし聖王国に仕官してきたらどうするかと夢想したことはあったが、まさか緑の公国の魔導士として敵対する形になるとは夢にも思っていなかった。

 驚きと混乱に心が揺れる中、レリアナの隣に、ティセが静かに歩み寄ってくる。


「レリアナ様、赤の導士ルージュは結果だけ見ればキッドに一度も勝てず国を失った軍師ですが、それは時の運に恵まれなかったが故。油断できる相手ではありません」


「わかっているわ、ティセ。赤の導士のことは、キッドからも聞いているもの。それに、彼女は……キッドと同じあの竜王破斬撃が使える」


 青の王国との戦いで、レリアナ達が最も苦しめられたのが青の導士ルブルックの海王波斬撃だった。あの時は、その対抗手段を持つキッドがいてくれたが、もう彼はいない。だが、その代わりに、レリアナには神の霊子の加護があった。海王波斬撃の直撃から自身を守っただけでなく、仲間の被害さえ最小限に抑えた聖なる輝きが。


「私がみんなを守ればいいのよ」


 遠くに広がる敵軍を睨みながら、レリアナは静かに、だが確かな決意で言い放った。

 戦いの行方を左右する鍵は、自分自身にあると――その信念が、彼女の中で揺るぎない炎となり、さらに強く燃え上がった。


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