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第136話 降伏交渉

 キッドは、可能性は低いとは考えつつも、ルージュが自爆覚悟の強引な手段を講じてきた場合に備え、ソードとエイミの二人を天幕の外で待機させ、ミュウとルイセを伴い、ルージュ達との交渉の席についた。

 天幕の中では、キッドとルージュが対面の座席に座り、キッドの後ろにミュウとルイセ、ルージュの後ろにラプトとカオスとが立っている。


「それではルージュ、早速話を始めようか。わざわざ君が来たってことは、重要な話ってことなんだろ?」


「ええ。まず、こちらの状況から説明するわね。……赤の王城は落ちたわ。青の王国軍、ルブルックの手によって」


 ルージュは相手の反応を窺った。キッドをはじめ、3人の表情の中に驚きはある。だが、それは彼女の思っていたほどのものではなかった。


「……それほどには驚かないのね。知っていたの?」


「いや、知ったのは今だ。ただ、わざわざルージュがこの状況で交渉役として俺達のもとへ出向いてくる理由を考えた時、可能性としては十分に考えられた」


「そう……」


 ルージュはキッドだけでなく、ミュウとルセイの表情や仕草、特に目の動きや呼吸に注意を払っていた。何か嘘があった場合、キッドと一対一では見抜けなくとも、3人を対象とすれば何かしらの違和感に気付ける自信が彼女にはあった。


(どうやら嘘はないようね。もしかしたら青の王国と繋がっている可能性も考えていたけど、少なくともそれはなさそうね)


 ルージュにとっての一番の懸念事項はそこだった。

 もし紺の王国と青の王国、キッドとルブルックとが共闘して赤の王国の征服を企んでいたのなら、どちらに降伏したとしてもマゼンタを領主とする道はあり得なかった。両国がそんなことを許すはずがなく、赤の王国は二国の完全支配地域に落ちるしかなかった。

 だが、少なくともその可能性はないとルージュは判断し、ルージュはわずがだが安堵する。


「赤の王国と青の王国は不戦協定を結んでいたのではないのか?」


「青の王国のライゼル王が暗殺されたそうよ」


 ルージュの言葉にキッド達3人の顔が驚愕に歪んだ。

 その表情は、紺の王国と青の王国との繋がりはなしだとルージュに確信させる。


「青の王国はその暗殺を仕組んだのは私達赤の王国だとして、不戦協定の無効を主張して侵攻してきたのよ。私が軍の主力を率いて王都を離れている隙をついてね」


「まんまとやられたってわけか」


 キッドは赤の王国がライゼル王暗殺を仕掛けたとは考えなかった。

 青の王国に後継者問題がくすぶっているこの状況で、現王に何かあれば、青の王国は二人の王子によって二分しかねない。それを考えれば赤の王国には暗殺を仕掛ける動機はある。

 だが、それは今このタイミングではなかった。

 むしろこのタイミングは赤の王国、そしてルージュにとって最悪のタイミングでしかない。


「……そうなるわね」


 悔しいがルージュは認めるしかなかった。


(王を暗殺してでも自国を掌握した上、赤の王国まで奪い取ろうと企み、さらにそれを実行してしまうほどの傑物が青の王国にはいたのよ。それを見抜けなかったのは、私の落ち度だわ……)


 後悔はもう何度もした。

 だが、今のルージュはすでに次のことを考えている。

 彼女はうつむくことなくまっすぐにキッドを見据えていた。


「王都はすでに青の王国軍に占領され、王都から逃れた女王とともに第二都市近郊に駐留しているのが現在の赤の王国軍の状況よ」


「つまり赤の王国軍は俺達と青の王国軍に挟まれているということか。もしかして、赤の王都奪還に協力してくれとでも頼みにきたのか?」


 人の良いキッドでも、そう頼まれても首を縦に振る気はなかった。

 紺の王国軍と赤の王国軍が共闘すれば、青の王国を王都から追い出し、国境の外まで追い出すことさえ難しくはないだろう。

 だが、そうなれば、紺の王国と青の王国とは敵対関係に陥る。その上、今度は青の王国軍のいなくなった赤の王国で、紺の王国軍と赤の王国軍との覇権争いが始まる。

 そしてその争いには、一度国外まで追い出された青の王国軍も機を見て加わり、三国の争いは泥沼と化していくだろう。

 そんな未来が見えるだけに、キッドは頼まれても手を貸す気はなかった。

 それに、そもそもこれまで何度も攻められてきた赤の王国を助ける義理など、紺の王国には少しもありはしない。


 とはいえ、そんなことはルージュとて百も承知だった。彼女は首をゆっくりと横に振る。


「私もそこまで破廉恥な女じゃないわ。……赤の王国はあなた達紺の王国に降伏する用意がある。私はそのための交渉に来たのよ」


「――――!?」


 ルージュの言葉に、キッドの後ろに控えるミュウとルイセは驚きの顔でキッドの背中を見つめた。


(キッドの想像していたことってこれだったの!?)


 ミュウは高台でルージュ達を見つけた時のキッドの言葉を思い出していた。

 ルージュが交渉役として来た意味をキッドは理解しながら、ミュウとルイセの前ではっきりと口にせずにいたが、あの時点ですでにここまでの展開を見通していたのかとミュウは舌を巻く。


 ミュウの考えの通り、キッドはルージュがこう言い出すことを半ば予想していた。

 ルージュからの話を聞き、紺の王国と青の王国の二国にここまで攻め込まれた赤の王国に、もはや国として存続する道はないとキッドも考えている。

 この状況で赤の王国が考えることは、紺と青、どちらの国に降ったほうが、より有利かというその一点に絞られる。


(俺達紺の王国に降伏する用意があるときたか。それはつまり、話次第によっては、青の王国の方に降伏する選択肢もあるということだな)


 キッドはルージュの紅い瞳を見つめた。

 降伏する立場だというのに、以前戦場で対峙したときのようにルージュの瞳は燃えるような熱さを今もなお湛えていた。

 魔法による戦いでもなく、戦術による戦いでもない、これは交渉という戦いなのだと、キッドは改めて実感する。


「そちらの条件を聞こうか」


「マゼンタ女王に侯爵の身分と、赤の王国領地の領主としての統治権を。加えて、国境を接する青の王国からの侵攻に備え、独自の軍の持ち、それを指揮する権限を求めるわ」


「――――!!」


 紺の王国軍が攻め進んできたこの地までを紺の王国が得るとしても、元の赤の王国領土の半分近い領土を紺の王国は得ることになる。

 その領土は、現在の紺の王国の領土にも匹敵する広さだ。そこをマゼンタに統治させることになれば、国内にルルー王女に対抗できるだけの勢力を生み出すことになりかねない。


「……ルージュ、さすがにそれは都合が良すぎる。それでは名と形を変えて赤の王国をこの地に残すようなものだ」


「そうよ。私が望んでいるのはそれよ」


「――――!?」

(……まさか隠す気もなく断言してくるとは)


 てっきり本音を隠した上での交渉術を展開してくると考えていたキッドは虚を突かれた。


「キッド、あなたもわかっているでしょう? もしこのまま赤の王国が、紺の王国ではなく、青の王国に降伏すれば、青の王国はこの島の半分近い領土を得ることになるわ。そうなれば、もうあなた達に勝ち目はないわよ。いい? 今この島の支配者を決めるキャスティングボートは私達が握っているのよ?」


「…………」


 降伏の話をしにきた者とは思えない強気な態度を見せるルージュに対してキッドは押し黙る。

 ルージュの言うことはキッドも当然理解していた。

 赤の王国と青の王国が戦った末に青の王国が勝つのはかまわない。そうなれば、紺の王国はその疲弊した青の王国と戦うだけだ。紺の王国にとってはむしろその方が都合がいい。

 だが、このまま戦わずに赤の王国が青の王国に降るという展開は、紺の王国にとって絶対に阻止しなければいけないものだった。


「だが、もし青の王国に降伏したとしても、さっき君が言った条件は絶対に受けいれられないぞ。かの国はそんな甘い国ではない」


「そうね。よくて一部地域の領有を認めてもらえる程度でしょう。でも、その代わりに戦いとは無縁の生活を得られるわ。地方貴族としてマゼンタ女王には余生を過ごしていただくのも悪くないと思わない?」


 キッドはルージュの紅い瞳をじっと見つめる。


(本気か? ブラフか? 女王の人となりについては情報不足で掴み切れていない。ルージュがどこまで本気で言っているのか、読み切れない……)


 本当に赤の王国が青の王国へ降伏することを考えているのならば、キッドとしてはどんな条件を飲んだとしてもそれを食い止めねばならなかった。だが、今の状況ではそれを判断するだけの材料がなさすぎた。赤の王都の状況を知ったのでさえいまさっきのことなのだ。


「……ルルー王女は今黒の都にいらっしゃる。その判断を仰がねば、俺だけでは決められない」


「嘘ね。あなたなら女王不在でも女王に変わって決断を下す権限を与えられているはずよ。それに、ルルー王女が私の知るような人物だとしたら、キッド、あなたが下した決断なら、咎めるようなことも、反故にするようなこともないはず」


「…………」


 図星だった。キッドはまたも押し黙る。


(情報を得るために時間稼ぎをしようとしたが、見透かされていたか。しかし、ルルー王女のことをよくわかっているじゃないか……)


 事実、キッドはルルー王女の判断を仰げない状況において王女に変わって決定するだけの権限を与えられていた。今のキッドは、この状況で赤の王国の降伏を受け入れるかどうか、そしてその後の女王の扱いをどうするのか決めるだけの力を有している。


「キッド、あなたが決めるのよ。赤の王国を、マゼンタ女王をどうするのか。そして、この世界を行く末をどうするのか」


 ルージュは今この場での決断を迫った。ここで決断を先送りにするようなら、その足で赤の王都にいる青の導士ルブルックのもとへ交渉へ向かうとさえ言っているかのようだった。

 キッドの首筋に冷たい汗が流れる。


(赤の王国が青の王国に降伏すれば、世界は、紺の王国、白の聖王国、緑の公国の3国対青の王国という構図になるだろう。だが、その中で、立地・軍事力・経済力を踏まえて考えれば一番厳しいのは俺達紺の王国だ。その中で紺の王国を維持し続けるのは極めて困難となるだろう。とはいえ、ルージュの降伏条件を受け入れれば、紺の王国は内部に赤の王国一派を抱え込むことになる。自国の中にいる敵は、外の敵以上にやっかいだ。特にこのルージュが女王と結びつくようなら、俺は国の外よりも自国に集中しなければならなくなる……)


 どちらに転んでもキッドとしては苦しい状況だと言わざるを得なかった。


(ルージュと女王の結びつきを切るために、ルージュを俺の下につけるか? いや、ルージュがそれで納得するとは思えん。赤の王国領に留まられてもやっかいだが、軍師や宮廷魔導士の地位に就かれてもやっかいなことこの上ない)


 ルージュが降伏後に紺の王国内でどのような動きをするつもりなのか。今のキッドにはそれさえ読み切れていなかった。


「……ルージュ、君は紺の王国でどのような待遇を求める?」


 まっすぐにぶつけてきたルージュに感化されたわけではないだろうが、キッドも腹の探り合いではなく、正面から彼女に問うた。


「私は紺の王国にはいかないわ」


 だが、ルージュの答えはキッドの予期しないものだった。


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