第135話 対峙
キッドは、ミュウとルイセに加え、ソードとエイミも従えて野営地の入り口に立ち、交渉役としてやってきたルージュ達を出迎えた。
キッドとルージュ、それぞれの集団の先頭に立つ二人が対峙する。
「いつぞやの戦場以来だな」
「……ええ、そうね。てっきり次の顔を合わすのも戦場でだと思っていたんだけどね」
ルージュは表情に中に浮かんでくる悔しさを隠そうとはしなかった。
交渉役として問題のある態度かもしれないが、キッドは自分の素直な感情を表に出すそんなルージュをむしろ好ましく感じた。
だが、この場にいる8人、キッドとルージュ以外の全員にそれぞれに因縁があり、この場では言葉を交わさずとも様々な想いが交錯する。
その内の一人、エイミもまたキッドと同様に、ルージュへと熱い視線を向けていた。
(赤の導士ルージュ、こうして顔を合わすのは初めてね)
エイミは、赤の王国軍二度目の侵攻の際には、自らが総指揮官として紺の王国軍を率いてルージュと戦い、小隊分散戦術により赤の王国軍を撤退へと追い込んでみせていた。
とは言え、エイミはその勝利を自分の手柄だとは思っていない。小隊分散戦術を考案し、兵隊への指導方法を考えたのもキッドだ。あの勝利にしても、キッドが生み出したものを利用して勝っただけとの思いがエイミにはあった。
(もし黒の帝国が紺の王国と緑の公国に負けていなかったら、赤の王国と戦うことになっていたのは私達黒の帝国だった。彼女が赤の導士と呼ばれるのなら、それに対抗して私も黒の導士と呼ばれていたかもしれない……。でも、私だけだったら果たして彼女に勝てていたでしょうか?)
エイミは、総合力はともかく、魔導士としての純粋な力ではキッドとの差を感じていた。ルージュはそのキッドと魔導士としても渡り合ってみせている。同じ女魔導士として、エイミはルージュに対抗心を感じるとともに、どこか羨ましく思いもしていた。
一方でエイミの隣のソードは、ラプトを厳しい表情で見つめていた。
ソードは赤の王国の最初の侵攻の際、一騎打ちでラプトに敗れて深手を負っている。その傷はもう完治しているが、こうしてラプトを前にするとその傷がうずくような気がした。
(あの時はラプトに関する情報不足で俺の戦術眼が十分に機能せず不覚をとった。しかし、奴の動きはすでに俺の頭の中に入っている。俺の戦術眼は機能するし、再戦に備えて鍛錬も重ねている)
ソードは来るべきその日のために準備を整え続けていた。
とはいえ、それでもまだソードの見込みでは、ソードが勝てるのはよくて3回で1回ほどだ。
(……まだ足らん。それほどにこのラプトの肉体は化け物だ。技術さえ凌駕する純粋な肉体の暴力、その恐ろしさを見せつけられる)
ソードは鍛え上げた自分の肉体に自信を持っていた。だが、ラプトの前ではその自分さえまだまだ未熟だと思い知らされた。
(ミュウはあの細い体でよくこんな男を相手に互角に戦っているものだ。強さの極みは一つではないということかもしれん。だが、それだからこそおもしろい。俺は俺の強さの極みを目指すだけだ)
自分より高みにいる相手を前に、ソードを思わず不敵な笑みを浮かべていた。
そのソードの視線を受けるラプトは、もちろんソードの存在に気づいていた。
(あの時の戦士か。あの場では俺が勝ちはしたが、これほどの男と戦ったのは随分と久しぶりだった。どうやら、あの傷はもうなんともない上に、さらに腕を上げたようだな。再戦の機会が楽しみというものだ)
ソードとの再戦を想像すると、ラプトの胸は自然と沸き立った。
だが、今のラプトにはソード以上に胸が沸き立つ相手がいる。
ラプトはキッドの横に毅然と立つミュウへと視線を向けた。
(ミュウ、変わらずいい目をしているな。その闘志にも陰りはない。俺と戦って絶望せずにいまだこれだけの熱さを保っていてくれるとは、あの戦士もそうだが、嬉しくてたまらんな)
ミュウの強さが、ラプトにかかった竜王の魔法防御の加護と、ミュウの体を覆った竜王の霊子との反応によるものだということは、ラプトも感じている。互いの竜王の力をなしにして戦えば、ミュウがラプトを相手にあそこまで競るようなことはないのかもしれない。だが、竜王の力はもう二人とは切り離せない。それはもう互いの力の一つと言えた。そうであれば、対ラプト戦に特化したミュウの強さもまた、ミュウ自身の力と言える。そのことをラプトが誰よりも理解していた。
(そもそも竜王の霊子を得ているのはミュウが竜王の試しを突破した証。それに、もともとの実力がなければ、たとえ竜王の影響があったとしても俺の相手になるようなことはない。たいした女だ、ミュウ。我が好敵手といったところか。……ただ、惜しむらくは、このままいくと今回この者達と戦う機会がないことか)
ラプトから向けられる鋭い視線を感じ、ミュウもまた睨み返す。
(ラプト……私が敗北感と無力感を味わわされた相手。キッドの読み通り、降伏に関する交渉だったら今はラプトとまだ戦うことにはならない。……でも、この男は戦いのあるところにきっと現れる。今戦うことにならずとも、いつかきっとまた私達の前に立ちはだかるはず……。その時は、キッドのために私が必ず勝ってみせる!)
ミュウとラプトが視線を戦わせるのを、ルージュの横でカオスは見ていた。
(これから交渉だってのに、旦那はバチバチかぁ。相変わらずだねぇ。俺はこの状況でそこまで闘争心なんて出せないってのに)
ラプトとミュウに半分感心し、半分呆れながらカオスは、キッドの方を見ているルイセへと視線を向けた。
(この姉さん、相変わらず綺麗な顔をしてるねぇ。さっきから表情一つ変えないところがまた良い。どうやら俺との戦いで負った傷もすでに癒えてるみたいだな。女性を傷付けるのは俺も好きじゃないから、まぁ一安心といったところか)
自分を見るカオスの熱い視線に気付いたルイセがカオスの方へと目を向けたことにより、二つの目が合う。
(うわぁ、俺のことなんて意にも介してないような冷たい視線。容姿には自信があるんだが、こんな視線を向けてくるのはこの姉さんくらいだぜ。滅多に経験しない視線にゾクゾクしそうだ。……しかし、ここの軍は実力者の女性がそろいもそろって美人ときてる。こんなことってあるか? このまま紺の王国に降って、この美人さん達と一緒に戦うのも悪くないかもしれないなぁ)
カオスがそんな浮ついたことを考えている一方で、視線を合わせるルイセはまるで違うことを考えていた。
(前回はこの男のせいでキッド君の期待に応えそこねました。傷は癒えたとはいえ、私の心の残ったこの屈辱感が消えることはありません。次こそは必ず仕留めてみせます)
ルイセの瞳の中には、ライバル視する感情でもなく、好意でもなく、むしろ冷たい殺意が宿っていた。
八者八様、それぞれの思惑を秘めながら、一行は紺の王国軍野営地の中心にある天幕へと向かった。




