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第134話 交渉前

「あれは間違いなくルージュだな」


「ええ。それにカオスとラプトもいます」


 交渉要求の旗を掲げて紺の王国軍に近づいてくる者がいるとの報告を受け、キッドはミュウとルセイを伴い野営地の高台から報告のあった方向へと目を向ける。

 視力拡大の魔法を使い、まだ距離はあるものの、使者として向かっている者がルージュ、カオス、ラプトの3人だと、キッドとルイセはその目ではっきりと視認できた。


「偽物ってことはないよね?」


 ミュウも目がいいが、さすがに魔法の力にはかなわない。ミュウにはまだ人影は見えても顔の識別までは無理だった。


「間違いありません。私は一度見た顔を見間違えるようなことはありませんので」


「……ルイセがそういうのなら間違いないんだろうね」


 以前は暗殺者の仕事を行ってきたルイセだ。ターゲットの顔の記憶と判別は、暗殺の技術よりも先に大前提として必要な能力だった。ルイセの過去を知るミュウは、彼女が断言するならその認識に疑いを持つつもりはなかった。


「たった3人。交渉と見せかけて油断を誘って仕掛けてくるということはないと考えていいでしょうか?」


「あの3人なら、本気で暴れ回られたら相当な被害が出そうな気もするけど?」


 3人の誰もが一騎当千の戦士あるいは魔導士だった。ミュウの冗談とも本気ともつかない返しに、ルイセも自分で言っておきながら三人が本当に交渉のためだけに向かってきているのか疑心暗鬼になる。

 だが、キッドにはその不安はなかった。


「いや、本当に交渉するつもりだろう。そう何度も直接やりあったわけではないが、ルージュはプライドと、そして誇りの高い女だ。窮地だとしても騙し討ちのような手段を取ってくるようなことはないだろう。そして、そのルージュが自ら交渉に来たということは、余程本気の交渉ということだ。……赤の王国に相当な何かがあったな」


 青の王国による不戦協定を破っての突然の侵攻とそれによる赤の王都陥落、キッド達はまだその情報を知り得ていない。


「相当な何かってなに? 女王の身に何かあったとか?」


「……いや、万一女王が崩御するようなことがあっても次の王位継承者が王位を継ぐだけだ。混乱は当然あるが、ルージュ自ら戦争行為にある俺達と直接交渉をしにくるようなことはない。ありうるとしたら……たとえば、王都が陥落したとか」


 まだ何の情報もない状態で、キッドはルージュ達の姿を見ただけで、その可能性にまでたどりついていた。


「待って! 王都が陥落って私達はまだ王都にたどり着いていないのよ!? 私達以外に誰が……ってまさか!?」


「ああ、青の王国だ」


 断言するようなキッドの言葉に、ミュウの顔は驚きで歪む。


「そんな! 赤の王国と青の王国とは不戦協定を結んでいるはずだよね! それは確かな情報として私達も掴んでいて、間違いないはずだよ!」


「ああ、わかってる。だけど、俺達以外に考えられるとしたら青の王国しかない」


 キッドに言われ、ミュウも消去法的に考えれば、可能性はそれしかなとは理解する。だがそれでも彼女にはまだ合点がいかない部分があった。ミュウは納得しかねる渋い顔をキッドへと向ける。


「でも、たとえ不戦協定を無視したとしても、そんな簡単に王都を落とすところまで侵攻できるものなの? 少なくとも、赤の王国軍が王都を出た時点ではそんな兆候はなかったはずだよ。もしあったのなら、そもそも赤の王国軍はこっちに軍を向かわせていないはずだし」


「ああ。だから、赤の王国軍の主力が王都を離れるのを確認してから赤の王国へと攻め込んだんだろう」


「だけど、そんな簡単に王都まで攻め込める? いくら主力の軍を私達の方に回していたとしても、防衛のための兵がいないわけじゃないはずだよ」


 ミュウの指摘は至極当然のものだった。

 キッドも、白の聖王国への援軍として青の王国軍と戦っていなかったら、簡単にはこの考えにたどりついていなかったかもしれない。しかし、あの戦いを経験したキッドは、ある男の存在をすでに知っていた。


「ああ、だから普通なら無理だろうな。侵攻しても途中で阻まれ、王都へ攻め込む前に赤の王国軍が王都へと戻ってきてしまう。ルージュが俺達との戦いを前にして王都へ引き返したのも、今思えば、青の王国の侵攻に対するものだったんだろう。だけど、普通ならできないような雷撃のような侵攻、それをなしうる奴が青の王国にはいる」


「青の導士ルブルック、ですか?」


 反応したのはミュウでなくルイセだった。白の聖王国でキッドとともに青の導士との戦いを経験している彼女もまたあの男の怖さを理解していた。


「ああ。ルブルック――あの男が生きていたのなら、青の王国軍が神がかり的な進撃をしてみせていたとしても、俺は驚かない」


 修羅というあのルブルックを感じさせる男が青の王国の王子セオドルと共に紺の王国へやって来たことをキッドは忘れたことがない。あの修羅という男を見た時から、キッドはルブルックが近いうちに表舞台に戻ってくるであろうことを予感していた。

 それに、今にして思えば、修羅やセオドルのあの外遊、あれは紺の王国やその先の緑の公国の国力や軍力の偵察を兼ねていたのかもしれない。赤の王国の本隊をどれほど引き付けられるのか、それを自分達の目で見ておこうという考えがあってのことだったのではないかと思える。あるいは、もっと先、赤の王国を落とした後、紺の王国、そして緑の公国とも戦うことを想定してのことだったのかもしれないとさえ思えてくる。


「赤の王国だけじゃなく、青の王国……。敵はまだまだいるってことね」


 ミュウもまた同様のことを感じているのか、浮かない顔をしていた。


「ああ、そうだな。……けど、赤の王国に関しては、今回で大きく動くはずだ。ルージュが交渉役として来たということは、俺の想像通りなら、おそらく……」


 ミュウとルイセはキッドの言葉の続きを待ったが、その口が再び開くことはなかった。


「ちょっと、キッド! おそらくなんなのよ! 何かわかってるのならちゃんとわかるように言ってよ!」


「まぁ、ルージュ達の話を聞けばすぐにわかるって。それより、あの3人を出迎えにいこう。あれだけのメンツを揃えて交渉に出向いてくれてるんだ。こっちもそれなりのメンツで対応しないと失礼だろ?」


 キッドは高台を下り、野営地の中、ルージュ達が向かってきている方へと歩き出した。


「ちょっとごまかさないでよ!」

「そうです。わかったフリしてるだけで実は何もわかってないとかだったら私、怒りますよ」


 結局肝心なことを言わないキッドに対し、ミュウとルイセは目尻を吊り上げ、彼のあとを追って行った。


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