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第132話 ルージュの決断

 驚愕する二人に、ルージュは真剣な顔を向ける。


「今の全兵力をもってすれば、王都奪還自体は不可能ではありません。ですが、その時点で我らの戦力はほぼ残らず、その後、西から迫ってきている紺の王国軍の前に、我らは間違いなく屈することになります。かといって、先に紺の王国軍撃退に兵を回せば、その間に紺の王国軍は王都の防衛を固めた上で兵力を増強し、我らが王都を奪還する機会は失われます」


「ならば、我らはどちらの相手もせず、青の王国軍と紺の王国軍とを戦わせ、その勝ち残った方を我が軍で叩き潰せばよいではないか」


 憤りと困惑とで顔の皺を濃くしたゾルゲの震えるような声が室内に響いた。だが、ルージュはゆっくりと首を横に振る。


「……残念ながらそううまくはいきません。我らが動かねば、青の王国軍も紺の王国軍も動かずこの地に留まり、機を窺うことでしょう。そして、そうなった時、最初に食料が尽き動けなくなるのは我々です。青の王国軍にも紺の王国軍にも本国から十分な補給が供給されますが、我らにあるのは遠征の際に用意した食料と、王都から兵と共に持ち出していただいた食料のみ。王都を奪われた今、この都市や周辺地域から食料を供出させたとしても、追加の食料は多くを望めません。持久戦になって最初に音を上げるのは間違いなく我々です」


 ルージュの言葉にゾルゲは絶望的な顔で口を開けたまま何も言えずにいるが、一方でマゼンタは落ち着いており、その姿はどこか達観したようにも見えた。


「ルージュ、あなたがそういうのならば、その通りなのでしょう。……赤の王国はもう終わり、そういうことなのね?」


「はい。……申し訳ありません」


 ルージュは苦しげに顔を歪ませながら頭を下げた。今の彼女はただ詫びることしかできなかった。

 とはいえ、マゼンタはただルージュが自分に赤の王国の終焉を告げ、詫びるためだけにここに来たとは思っていない。マゼンタは瞳にまだ強い光をたたえたまま、頭を下げるルージュを見つめる。


「だとすれば、ルージュよ。その上で、我らはどうすればよいと考えますか?」


「はい。もし戦いで敗北した上で征服されれば、女王の力がこの地に影響を及ぼすことはもはやないでしょう。ですが、今の我らにはまだ青の王国軍にも紺の王国軍にも対抗できるだけの十分な力があります。この力を有した上で降伏すれば、こちらが有利な条件で交渉することができます。女王としては無理でも、領主としてマゼンタ様がこの地を治めることは不可能ではないと考えます」


 それはルージュが、青の王国軍の侵攻の報せを受け、キッドとの戦いを断念したときから考えていたことだった。キッドとの因縁に決着をつけることよりも、自分を重用してくれたマゼンタ女王のこれからを考え、兵力を温存したままルージュは兵を引いていたのだ。

 王都陥落前に戻れればそれにこしたことはなかったが、それができずとも十分な戦力が残っていれば、交渉における強力な材料になりうる。

 ルージュはここまで見越して行動していた。


「それで、その降伏交渉の相手は青の王国ですか、それとも紺の王国ですか? 青の王国は大国です。その下につけば領地は比較的安全に治められましょう。ですが、青の王国は不戦協定を破って侵攻した国。心情的には許せぬ部分があります。一方で紺の王国は、我らが何度も攻め込んだ国。我らの方に遺恨はなくとも、向こうにはありましょう。それに、かの国は青の王国ほどの大国とは言えません。ここで紺の王国の下についても、次はこの地が青の王国との戦いの最前線になりかねません。……ルージュはどちらと交渉すべきだと考えるのですか?」


 それは女王マゼンタやその配下の者、そして赤の王国にとって最重要といえる選択だった。青の王国にくだるのか、紺の王国にくだるのか、多くの者の運命のかかった選択だ。

 女王のその問いは、その運命の選択をルージュに託すということでもあった。

 女王マゼンタは真摯な瞳をルージュへと向け、その答えを待つ。


 ルージュにとってキッドは因縁の相手だった。何度も苦渋を舐めさせられ、決着を付けねば先へ進めないとさえ思う相手だった。そのキッドに降伏するなど、ルージュにとっては屈辱以外のなにものでもない。


「紺の王国です」


 それでもルージュは迷いなくそう答えた。


「紺の王国にくだれば、この地を治められても青の王国と隣接するという不安は確かに残ります。しかし、それを含めたとしても、政治的に侵されず末永くこの地を女王が治めることを目指すのならば、紺の王国が最善の選択です。かのルルー王女が話に聞く人物ならば、女王による統治を認めていただける可能性は高いです。そして、あのキッドという男、……個人的には因縁がありますが、……あの男ならば一度交わした約束を反故にすることはないでしょう。選ぶならば、青の王国ではなく、紺の王国です!」


 ルージュにとってキッドは憎い敵だった。相容れることはないと今でも考えている。それでも、戦いを通して、キッドという男が信用に足る人物であることはルージュも認めていた。


「わかりました。あなたの進言を受け入れます。我ら赤の王国は、紺の王国に降伏します」


 ゾルゲはその女王の決断に何も言わず、頭を下げてすべてを受け入れる姿勢を示した。

 一方でルージュの方は、これで自分の仕事を終えたとはまだ思っていなかった。紺の王国への降伏を進言したからには、最後までその責任を取る強い意志が彼女にはあった。


「女王、降伏交渉の使者を私にご命じください。必ずや女王の決断に最大限報いられるよう交渉をまとめてまいります」


「わかりました。紺の王国との交渉、ルージュ、あなたにすべて託します」


「はっ。ありがとうございます!」


 ルージュは再び深々と頭を下げた。


 こうして、ルージュはラプトと何人かの護衛を連れ、いまだカオス率いる赤の王国軍との戦闘を行いながら東へ向かっている紺の王国軍へと向かった。


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