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第130話 赤の王国対青の王国

 赤の王国軍と戦闘を繰り広げる青の王国軍を率いていたのは青の導士ルブルックだった。

 マゼンタは王都に被害を出すのをよしとせず、王都の手前で青の王国軍を食い止めるべく王都に残った赤の王国軍に防衛戦を命じたが、ルブルックはそれらを軽く蹴散らした。

 その敗北を受けマゼンタは王城での籠城戦を選ばず、残った兵と王城にある食料と財宝を持ち出し、ルージュ率いる遠征隊がいる西を目指して西への撤退。ルブルックは半分の兵を王都に残し、残り半分でマゼンタの追撃にあたっていた。

 女王を討つか捕えるかできた場合とできなかった場合とでは、今後の展開を考えればその差は大きい。ルブルックの狙いは女王マゼンタだった。

 この戦いでも、数では青の王国軍が上回り、指揮力に関しては兵力以上の差があった。ルブルックにとって、女王を討つのも捕えるのも簡単な仕事に思えていた。そう、つい先ほどまでは。


「援軍だと?」


 青の王国軍の左右から迫る騎兵の姿を確認し、ルブルックは戦況が変わったことをすぐに理解する。


「重装歩兵を左右に展開! 中まで入れさせるな!」


 ルブルックは迷いなく最善手を指示し、女王のいる正面の赤の王国軍の動きに注視する。


「……明らかに動きが変わったか。士気も上がっているように見える。だとすれば……、この援軍は赤の導士か。想定していたより随分と早いな。何度もキッドに敗退しているからただの驕った女かと思っていたが、意外にやるようだな。四色(ししき)の魔導士を名乗るだけのことはあるということか」


 ルブルックの計算では最速で赤の王国の遠征軍が戻ってきたとしても、あと半日は猶予があるはずだった。ルブルックは己の中の赤の導士の評価を改める。


「ならば、すぐに本隊が来るか。王都に兵を残してきた今の戦力では、正面から戦ったのでは勝てんな。……とはいえ、女王を討つには今が絶好の機会」


 ルブルックは隣の黒騎士に顔を向けた。


「黒騎士、俺が道を作る。そこに騎兵達と共に飛び込み、女王マゼンタを討ち取ってくれ」


「……簡単に言ってくれる」


「できないと言わないんだな。……チャンスは1回だ。届かなければすぐに引いてくれればいい」


「……やるだけのことはやってみる」


「期待はしておく。……いくぞ!」


 ルブルックは黒騎士と騎兵隊を伴い自軍の前方へと向かう。


「敵の布陣から考えて女王の位置は、おそらくあの奥だ」


 ルブルックは右手を伸ばして、黒騎士達に目標方向を示すと、その手をそのまま大きく開き、魔力を溜めた。


「海王波斬撃!」


 ルブルックの力ある声に従い、青い波のような魔力の衝撃が、範囲内にいた赤の王国兵をダメージと共に吹き飛ばす。


「道ができたぞ! 私に続け!」


 すぐに黒騎士が馬を駆って、空いた空間へと走り出した。騎兵達もそれに続いていく。


「黒騎士ならやってくれるだろう。……向こうに想定外の手練れでもいない限りは」


 魔力を消耗したルブルックは、黒騎士を信じ、指揮を執るため再び後方へと下がっていった。



 味方の兵が強力な範囲魔法で吹き飛ばされるのを見て、ルージュは何が起こったのかすぐに理解する。海王波斬撃を見るのは初めてだったが、その情報はルージュも聞き及んでいた。それになにより、ルージュはそれと同種の魔法を誰よりもよく知っている。


「青の導士、やはり健在だったのね! そうか、向こうには青の導士がいるのね……」


 ルージュは崩れた陣形を埋めるような動きを兵達に指示する。しかし、生まれた陣形の穴にはすぐに敵騎兵が進撃してきていた。戦いに不慣れなこの兵達では陣形を戻しきる前に、騎兵に突破されるであろうことをルージュはすぐに見抜く。


「私が足を止めるしかないわね!」


 ルージュは自ら前に進み出て、騎兵隊に向けて魔法を放っていく。

 ルージュの狙いは騎兵達の乗っている馬だった。馬さえ止めれば進撃の勢いは一気に衰える。そうなれば、陣形の立て直しが間に合うはずだった。


(なにもすべての馬を討つ必要はない。前方の騎兵さえ潰せば、あとはその倒れた馬が障害となり、必然的に後ろの騎兵も勢いを落とすことになるわ)


 騎兵隊の戦闘を駆ける黒衣の騎士の姿が気にはなったが、ルージュは冷静に馬を狙って魔法を放っていく。

 手練れの剣士や魔導士を相手にするより、馬を狙うのは実のところそれほど難しくはなかった。速度はあるものの、その動きは読みやすく、人間のように魔法の軌道を読んでくることもない。

 ルージュの魔法は、黒騎士の騎馬を含め、隊の先頭を走る馬を確実に仕留めて行った。


(よし! これで騎馬の突撃を止められる!)


 ルージュは安心しかけたものの、馬を失った黒騎士が馬から落とされることなく跳ぶように地面に着地し、そのまま駆け上がってくるのを見て、警戒を強める。


(あの黒衣の騎士、突撃でこちらの陣形を崩すのが目的じゃない! 別の目的を持って突っ込んできている! もしかして、狙いは私か!?)


 ルージュは、先の紺の王国との戦いのおりに、ルイセに狙われて不意を突かれたことを思い出して身構えた。


(魔貫紅弾を溜めるだけの余裕はないわね。だったら魔法で牽制しながら引くべきか)


 ルージュは黒騎士が自分に向かってくることを想定して備えたが、黒騎士の方はルージュに見向きもせず、赤の王国兵を斬り伏せながら、人の足とは思えない速度でルージュがいるのとは違う方向へと進んでいった。


(狙いは私じゃないの!? ――――! しまった! 女王か!)


 ルージュは自分の判断ミスに気付くが、すでにルージュの位置からでは女王と黒騎士の間に入ることはかなわない。できるのはせいぜい魔法攻撃くらいだが、近くに味方や、なにより女王がいる状況では下手な魔法は使えない。


「誰でもいい! 女王を守って、お願いっ!」


 ルージュは必死に願い黒騎士を追いかけるが、すでに黒騎士は女王の姿を見つけていた。間にいる兵達を苦にもせず、それらを打ち倒して黒騎士が女王に迫る。


(こいつ、強い! こんな奴を止められる相手なんて――)


 ルージュが追っていた黒騎士がふいに足を止めた。

 黒騎士の少し先にはもう女王の姿がある。

 しかし、その二人の間に立ち塞がる大きな姿が一つ。抜いた二本の剣を構えたラプトの姿がそこにあった。

 ラプトは冷静に黒騎士の動きだけを見て動いていた。


(ラプト! あなたなら止めてくれるって思ってた!)


 ルージュは心強い味方の登場に心から安堵する。

 一方、ラプトに行く手を遮られた黒騎士は、初めてまともに構えを取り、身を深く屈める。


「……この男を無視して女王を狙うのは無理か。ならば倒すまで」


「やっと骨のありそうな相手と戦えそうだ。来な」


 ラプトはマゼンタを背にしたまま不敵に笑った。

 その瞬間、ラプトの前から黒騎士の姿がかき消える。


「――――!」


 次の瞬間、ラプトの目の前には剣を振るう黒騎士の姿があった。

 まともな反応速度では対応できないその一撃を、ラプトは筋力を総動員し、なんとかすんでのところで左の剣で受け止める。さらにそのままフリーの右手の剣を振るうが、黒騎士はすでに後ろに飛び退いており、その剣は宙を薙いだだけだった。


「速いな。まだこんな奴がいるのだからおもしろい」


「……化け物め」


 ラプトは口もとに笑みを浮かべ、黒騎士は兜のせいで表情はわからないが、その口調は苦々しげだった。

 二人の剣士は、一度打ち合っただけで互いの強さを認め合う。

 同時に、黒騎士は目の前の男がいる限り、速攻で女王を討って戻ることはもう無理だと理解した。


「退くぞ!」


 黒騎士は自分に続いて女王に向かってきている青の王国兵に声を掛けると、ラプトとの戦闘を放棄し、自陣に向かって走り出した。その速さは、ラプトをもってしても追いつけるものではない。


「おいおい、これで終わりかよ……」


 女王を守ってみせたというのに、ラプトは残念そうな表情を浮かべた。


「ラプト、よくやってくれたわ!」


 ようやくルージュもラプトと女王のもとへ駆けつけ、ラプト労う。

 黒騎士の方に目を向ければ、すでにルージュの魔法の射程の外だった。だが、それで十分だった。女王を守ったまま撃退できたのなら、勝ちに等しい。

 それに、後ろ見れば、遠征軍の本隊ももうすぐ近くまで迫ってきていた。


「青の導士にはもう魔力は残っていないはず! もうこの戦い、私達に負けはないわ!」


 遠征軍本隊と合流した赤の王国軍は、兵の数で青の王国軍を上回り、攻勢をかけていく。

 こうなっては勝ち目がないことを理解していた青の導士は、突撃に出した騎兵隊が戻るとすぐに撤退戦に移行した。

 それに対して、被害の大きい王都軍と、無理を通してここまで強行軍で移動してきて疲労の激しい遠征軍を抱えたルージュは、このまま追撃しての王都奪還は困難だと判断し、必要以上を追撃は行わず、軍を王都の西にある赤の王国の第二の都市まで一旦引き上げることとした。


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