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第129話 撤退と援護

 赤の王国軍の撤退に気付いたキッドは選択を迫られる。


(まだ陣形は整い切っていないがこのまま追撃をかけるか、態勢を整えてから追うか……。今すぐに追えば、敵に追いつき大きな打撃を与えられる可能性はまだある。しかし、態勢が整うのを待っていたら、そのチャンスはない……)


 熟考している余裕はない。キッドはすぐに決断した。


「敵は撤退の動きを見せているが、こちらはじっくり陣形を整えてから追撃する。今は慌てなくていい」


 聴覚共有させた魔導士達を通じてミュウ達に、軍師として、そして総指揮官としての指示を伝えた。


(この先は敵の領地。事前に偵察兵を出して地形確認はしているが、ルージュがどこかに兵を潜ませ、俺達が不十分な態勢で追撃するのを狙っているかもしれない。ここはリスクのある行動は取れない。今回の戦いは一発勝負じゃない。俺達は確実な勝ちを取りに行く)


 もしキッドが赤の王国の今の状況を把握していたのならもっと違う選択を取ったかもしれない。だが、今のキッドには強硬策を取るにはあまりにも情報がなさすぎた。

 その状況を考えれば、キッドのこの動きは決して間違ってはいない。むしろ賢明な判断だとさえ言える。


 だが、カオスにとってこのキッドの動きは想定通りのものだった。


「すぐには追いかけてこないか。慎重だな。いい判断だとは思うが、俺にとってはむしろ都合がいい!」


 カオスは自ら殿部隊を務め、後方の紺の王国軍を見据える。


「このまま当初予定した地点まで後退して陣形を整えて待つように伝えてくれ」


 先に行く兵に副官への伝達事項を託し、カオスは最後方で指揮を執る。

 とはいえ、この状況なら戦闘なしに戦場から離脱できる見込みはすでに立っていた。


「兵の被害は想定以下。まずは上々だな。そうやってせいぜいゆっくり進軍してきな。次はそっちの休息中を狙って仕掛けてやる。可能な限り嫌がらせをしてみせるぜ」


 カオスにはハナからこの戦いに勝つ気はない。カオスの目的は勝利ではなく、出来る限り紺の王国軍の邪魔をして、その侵攻速度を遅らせることのみだった。

 お互いが同じ目的で戦っていると考えているキッドにとって、違う目的で戦うカオスという男は厄介な相手だった。


 この後もキッド達紺の王国軍は、カオス率いる紺の王国軍の妨害を受け、兵の損害こそわずかであるものの、その進軍速度は明らかに緩やかなものへとなっていった。

 そしてまた、黒の都にいるルルーから適切な補給が届けられるため、進軍が遅くとも食料や資材にまったく不都合を生じないことが、皮肉にもかえって鈍足の進軍を改める機会を失わせるのだった。


◆ ◆ ◆ ◆


 カオスが少ない兵で必死に紺の王国軍の足止めを行っている一方、ルージュ達本隊は、赤の王都へと確実に距離を詰めていっていた。

 そんな進軍中、前方の兵からルージュのもとへ急報が届く。


「ルージュ様、前方で戦闘が行われています。赤の王国軍と青の王国軍との戦闘ですが、赤の王国軍が劣勢の模様!」


「こんなところで!?」


 ルージュ達は西側から王都へと向かっている。青の王国軍は南から王都に侵攻するはずであり、この地での両軍の戦闘はルージュにとって想定外だった。


「とはいえ、味方の窮地、見過ごせるはずがないわ! すぐに私が騎兵隊とともに援護に向かう。ユリウスに歩兵と共に後を追うように伝えて」


 ルージュは周りに兵に指示を飛ばし、すぐに助けに向かう準備を進める。


「ラプトは私と一緒に来て!」


「了解した」


 ルージュはラプトの力強い声に頷くと、準備が整った騎兵達と共に、前方の戦場へと向かっていく。


(……いやな予感がする。この周辺に駐留軍などありはしない。だとすれば、考えられるのは、王都から逃げてきた兵ということになる。……もしそうだとしたら、それはつまり、すでに王都は落ちているということ。……女王は無事なの? ……だめだ。今は余計なことを考えている場合じゃない。とにかく、目の前の味方を救うことだけ考えないと!)


 ルージュ達は間もなく青の王国軍と戦う赤の王国軍がはっきりと見えるくらいに接近する。


(確かに数では押されている。……しかし、なんなのこの乱れた陣形は!? 誰が指揮を取っているのよ!? こんな戦い方ではたとえ数で上回っていても勝てないわよ!)


 守勢に回っている赤の王国軍の陣形を一目見ただけで、ルージュはその混乱ぶりに心の中で毒づいた。

 だが、ルージュはすぐにその理由に気がつく。


(……そうだったわ。まともな将はすべて私が連れて行ってしまったのよね。城に残ったのは実戦経験のない頭でっかちばかり。……そりゃこうもなるわね)


 この不様な状況も結局は自分が招いたことだと、ルージュは唇をきつく噛みしめる。


「騎兵隊は左右から回り込んで敵を挟撃! ラプトは私と共にあの味方軍と合流よ」


 ルージュの指示に従い、騎兵達は綺麗に半分に分かれて離れて行く。

 残ったのはルージュとラプト、そしてルージュの護衛を務めるわずかな兵だけだった。


「味方指揮官と合流して私が指揮を引き継ぐわ」


 自分の意図を周りの者に伝え、ルージュは馬を進めていった。

 やがて、ルージュ達は後方から赤の王国軍のもとへたどりつく。

 当初は思わぬ方向から現れた味方に兵達は戸惑いを見せたが、すぐにその相手が赤の導士ルージュだということに気付き、困惑と悲壮感が浮いていた顔を、一気に明るいものへと変えた。


「ルージュ様!」


 ルージュを見て上げた赤の王国兵の声が、ほかの兵達へと伝播していく。


「ルージュ様だ!」

「ルージュ様が来てくれたぞ!」


 赤の王国兵達は一気に士気を取り戻していった。


(……こんな私でもまだ頼ってくれるのね。この者達をこんなところで死なせるわけにはいかないわ)


 ルージュは近くの兵に声をかける。


「この軍の指揮官のところへ案内して」


「はい! こちらです! ついてきてください」


 ルージュは騎乗したまま兵についていった。

 そして、その先である人物の姿を見つける。


「女王!」


 ルージュは慌てて馬から降りると、女王の元へ駆け寄り、その前に跪いた。


「ルージュ! よく来てくれました! ……正直もうダメかと思っていましたが、あなたが戻ってきてくれたのならもう安心ですね」


「はい。このルージュ、必ずや女王をお守りしてみせます」


 ルージュは伏せていた顔を上げ、誓いを込めた瞳を女王へと向けた。

 赤の王国の女王マゼンタ。年齢は40歳を超えているはずだが、その見た目は20代後半くらいにしか見えない。長い赤紫の髪は腰のあたりまで伸び、戦場の中にあってもその髪の艶やかさは失われていなかった。黒く大きな瞳は女王たる力強さを変わらず見せているが、ルージュの姿を認め、どこか安心したような柔らかさも湛えていた。


(なぜ女王がこんなところにいるの……。でも、ご無事でよかった! 詳しい事情を聞きたいところだけど、今はそんなことをしている場合じゃないわね!)

「女王、今よりこの軍の指揮を私にお任せください。騎兵に左右から攻撃をかけさせています。そして、すぐに残りの兵もここへと駆け付けます。今しばらく耐えれば、この戦場、私が支配してみせます」


「ええ、ルージュ。これよりすべての指揮をあなたに任せます」


「ありがとうございます!」


 ルージュは立ち上がり、すぐに兵達に命じる。


「すぐに陣形を整え直すわよ! いいこと、私の指示に従いなさい! そうすれば勝たせてあげるわ!」


 ルージュの力強い声を聞いた兵達は、それに負けない声で大きく応えた。


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