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第128話 14000対5000

 ルージュ達が戦場から離脱した翌日、戦場となる平原に、紺の王国軍と、残ったカオスが率いる赤の王国軍が兵を布陣した。紺の王国軍14000に対して、赤の王国軍はわずか5000。自分達を超える戦力を相手にすることを想定していた紺の王国の兵達は、まったく逆の状況にかえって戸惑いを覚えていた。

 一方で、キッド達指揮官は夜の間の赤の王国軍の動きを察知し、偵察部隊を派遣し、赤の王国軍の動きを把握しており、現時点でのこの数の差自体には驚いてはいない。


「偵察部隊からの報告によると、戦場を離れたのは赤の王国軍のおよそ3/4。かなり離れた位置まで移動を続けていたみたい。とてもすぐにこの戦場に戻れるような状態じゃないわ。赤の導士ルージュの策なら、正直私にもその策の見当がつかない。……この動きをどう見る?」


 キッド、ミュウ、ルイセ、エイミ、ソードの5人は自陣の中央に集まり、今後の動きを確認し合っていた。

 青の王国軍が国境を越えて赤の王国に侵攻したことをキッド達はまだ知らない。残ったわずか5000の赤の王国軍の布陣を見て、何かの策の可能性を警戒し、迂闊に攻撃に出ることは躊躇われた。

 エイミからの報告を聞き、皆の視線はキッドへと集まる。相手が赤の導士であれば、それに対抗し、上回ることができるのはキッドだと皆の思いは共通している。


「兵を迂回させ俺達の裏を取る作戦を警戒して、赤の王国軍が通れそうな迂回ルートには兵を向かわせている。何かあればすぐに魔法による合図が送られてくるはずだが、今のところその様子はない。俺達をここで足止めしておいて、その間に本隊で黒の都か王都を狙う作戦も考えられるが、その場合も想定した迂回ルートを通る可能性が高い。もちろん、もっと大きく離れたルートを通る可能性もあるが、それだとここに一旦全軍を集める必要がなく、昨日までの動きの説明がつかない」


「すでに敵の動き読んで兵を動かしていたのですね。キッド君、さすがです」


「いや、敵陣の動きにルイセが一早く気付いてくれたおかげだ。それですぐに偵察部隊を送れて、後手を踏むようなことにならなかった」


 ルイセは表情こそ崩さなかったものの、その目はキッドに褒められて明らかに嬉しそうだった。


「だとしたら、わずか5000程度の兵によるこの布陣、これはどう考えるべきだろうか? この兵で我らを消耗させ、あとで無傷の本隊で勝負をかけようというのなら、戦術的には戦力分散の愚を犯し、ここで無駄に兵を失うだけだと思うが?」


「ああ。ソードの言う通りだ。だから、ルージュがそんな策を講じてくるとは思っていない。この状況的だけを考えるのなら、一番しっくりくるのは、何らかの理由で軍の本隊を王都に戻さねばならなくなり、この5000の軍で俺達の足止めをしようとしているという可能性だ」


 キッドの言葉に隣でミュウがうなずく。しかし、うなずきながらもミュウの顔はどこか納得いかなげだった。


「私もその可能性が高いと思う。でも、昨日まで戦う気満々だったのに、それを捨てて王都に戻らないといけないほどの理由があるのかなって、そこが気になるの?」


「たとえば女王に何かあったとか……。いや、それでもこの動きは少々不自然か。しかし、それ以上の理由となると……。だめだな、ここで可能性をいくら考えても答えが出るわけじゃない。とにかく、残った赤の王国軍と一戦交えよう。相手の出方で何かがわかるかもしれない」


「想定と敵戦力が大きく変わったけど戦い方はどうする?」


「当初の予定通り小隊分散戦術でいく。何かあればいつものように魔導士を通じて伝える」


「わかったわ」


 ミュウのほか、ルイセ、エイミ、ソードもキッドの言葉にうなずく。


 こうして、紺の王国軍14000と赤の王国軍5000の戦いが始まった。


 ルージュ不在を確認できていない紺の王国軍は竜王破斬撃を警戒して、小隊分散戦術により、一気の勝負ではなく、確実に赤の王国兵を削りに行く。

 それに対して、赤の王国軍を率いるカオスは、固い防衛陣を敷き、兵の損害を最小限に抑える。ただし、それを続けていては、まともな反撃の気がないと見抜かれ、小隊分散戦術ではなく総攻撃に切り替えられる恐れがあるため、時折攻めの陣形に切り替え、紺の王国軍の動揺を誘う。

 もっとも、カオスは実際にそのまま攻撃を仕掛けるようなことはなく、仕掛ける素振りを見せたり、実際に少し軍を前進して見せたりしながら、再び防御陣に戻し、無駄な兵力の消耗を極力避けた。


 カオスの巧妙な指揮により、圧倒的な戦力差にもかかわらず、兵の損失は両軍それほどかわらないまま戦況は推移する。

 カオスの相手が並みの指揮官なら、このまま日暮れまで粘ることもできたのであろうが、しかしながら紺の王国軍にはキッドをはじめとして優秀な指揮官が揃っていた。

 彼らは昼前には、赤の王国軍に攻撃する気はなく、防御戦闘に徹していることを確信するに至った。


「見せかけだけで敵の攻撃はない。回り込む敵本隊の動きもいまだない。これは明らかな時間稼ぎだ。みんな、突撃の陣形に切り替える」


 キッドはミュウ達指揮官らに聴覚共有させた魔導士を通じて自分の指示を伝え、全体の兵へはドラを鳴らして小隊分散戦術から突撃陣形へと変更を知らせた。

 小隊分散戦術は臨機応変に敵の弱いところを突いていく戦術だ。うまく機能すれば効率よく戦うことができるが、全体の統制が取りづらいため、一気に勝負を決める全力攻撃には向いていない。そのため、一斉攻撃を仕掛けるには、突撃陣形のような通常の陣形に切り替える必要があった。

 本来なら戦闘行為中の陣形変形など、混乱も隙も大きくリスクが高いため用いられることはほとんどない。しかし、今回の赤の王国軍が少数であるうえ攻撃意識がないことと、紺の王国軍がこのような事態を想定して小隊分散戦術から他陣形への変化の訓練を積んできたことにより、今回の陣形変更は十分に可能なものとなっていた。

 戦場に広く分散していた紺の王国軍の小隊が、まるで飛び散っていた水滴が低地に集まっていくかのようにスムーズに一ところに向かい、突撃陣形を形作っていく。


「陣形の前方でミュウが突撃指揮を執ってくれ。右にソード、左にルイセ、エイミは中央を頼む」


 キッドは目の前にいない4人の信頼できる仲間に、魔導士を通して指示を伝える。

 防御指揮には長けているがエイミは、突撃陣形のような攻撃特化の戦術指揮に関しては少し物足りない。ルイセはこれほどの数の指揮にはまだ慣れていない。

 その二人に比べて、ミュウとソードはどちらも攻撃指揮に関しては頭一つ抜けていた。

 ソードは黒の帝国四天王に数えられ、その武勇と破壊力のある攻撃指揮は他国の王さえ恐れるほどのものだった。

 だが、キッドは突撃陣形で最も重要な前方の指揮を、そのソードではなくミュウに託した。実績面では明らかにソードが勝る。普通の指揮官や軍師なら、ソード一択だっただろう。

 だが、キッドは迷わずミュウを指名していた。キッドは剣技だけでなく指揮においても、ミュウがソードに劣っているとは思っていない。それどころか、自分の描いた戦術をミュウ以上に体現できるものはいないとすら思っている。


(任せたぞ、みんな! ここでこの5000の兵を叩き潰して、赤の王国軍本隊を追撃する! 今まで赤の王国には攻められっぱなしだったが、ここからは俺達の反撃の番だ!)


 キッドは後方で全体を見渡しながら突撃陣形完成を待つ。陣形移行の途中に敵が攻撃を仕掛けてくるようなら、すぐに小隊分散戦術へと再度移行するつもりだったが、敵に攻撃の様子はない。

 キッドは注意深く敵の動きにも目を凝らしており、陣形完成間近になり、敵の動きの変化を見つけた。


「いまさら何をする気だ? もういまさら攻撃を仕掛けてきても、こちらはこのまま突撃をするだけだぞ?」


 キッドは、相手が遅まきながら陣形移行を阻止するために仕掛けてくるのかと警戒したが、すぐにそうではないことに気がつく。


「ちょっと待て!? これって!?」


 赤の王国軍は防衛陣形から移動力のある陣形に変えながら、紺の王国軍を無視して戦場からの撤退を始めていた。


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