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第127話 ルージュの決断

 紺の王国との国境近くの野営地で、ルージュ達赤の王国軍は戦いの前の最後の夜を過ごしていた。

 国境の向こうでは紺の王国軍も野営を行っている。

 両軍ともに明日が開戦日となることを理解していた。

 そんな中、ルージュ、ラプト、カオスの3人は本部天幕で最後の打ち合わせを行う。


「ルージュ、いよいよだよ」


「ええ。ついに私とキッドとの決着を付ける時が来たわ。今回の侵攻に失敗すれば次の機会は私にはない。おそらくこれが、私にとっての最後機会。必ずキッドに勝利してせるわ」


 ラプトの言葉に、ルージュは静かに燃える炎を灯した瞳で応えた。

 そのルージュにカオスが顔を向ける。


「それで、姐さん、どう戦う?」


「もちろん短期決戦よ。こちらの兵力は向こうのおよそ1.5倍。とはいえ、向こうは王都から近い利点を生かして、前回のように途切れることなく補充兵をつぎ込んでくるでしょう。それに対してこちらは兵を失っても補充はあまり見込めない。長期戦になれば向こうが有利になるわ」


「その意見には俺も賛成だ。けど、相手はおそらく今回も小隊分散戦術を使ってくるはずだ。それにはどう対抗策する?」


「数の有利を活かして、敵小隊を囲い込み、確実に潰していくわ。奇抜な策は必要ない。堅実に少しずつでも小隊の数を削っていく。その外から向こうの攻撃を受け、こちらも削られるでしょうけど、最終的には数で上回る私達が勝つわ」


 ルージュの説明を静かに聞いていたラプトが、少し不満げな顔を浮かべた。


「……だとすると、今回も俺の出番はなしか?」


「いいえ、そんなことはないわ。その削り合いになれば、自分達が不利だとキッドはすぐに見抜くはず。あのキッドならそこで必ず手を打ってくるわ。おそらくキッド自身とその手勢を使って。その時こそ、ラプト、あなたの力が必要よ。頼りにしてるわ」


 ルージュに期待を込めた紅い瞳を向けられ、その言葉がただの慰めではなく、心からの言葉であることを感じ取り、ラプトは不敵な笑みを浮かべた。


「任せておけ。誰が相手でも必ず叩き潰してみせよう」


 当然のようにそう言い切るラプトに、ルージュは心強さを感じる。


(この二人ならきっと私の期待に応えてくれる。彼らが控えていてくれるからこそ、私は指揮と魔法に集中できる。勝てるわ、この戦い!)


 仲間の頼もしさにルージュの顔に自然と笑みが浮かぶ。

 国にとってもルージュにとっても大事な戦いだというのに、ルージュに不安の影はなかった。ここまで自信を持って戦に挑めるのは、ルージュにとっても初めてのことだった。


(あのキッドに、ようやく勝つ時が来たわ!)


 ルージュが心の中でそう確信した時、慌ただしい音が本部天幕に近づいてきた。そして、すぐに天幕の外から声が飛んでくる。


「ルージュ様、王都から急ぎの使者が! 緊急でお伝えすることがあるとのことです!」


(このタイミングで王都から急な報せ? 何か嫌な予感がするわね)

「わかったわ。天幕の中に通して」


 ルージュの了解を得て、王都からの伝令兵が息を切らせつつ青い顔で天幕の中へと入ってきた。


「急な報せとは何事かしら?」


「はい、それが……青の王国軍が国境を越え、王都に向かって侵攻中との連絡が王都へと届いたのです!」


「――――!? そんなバカな!? 青の王国とは不戦協定を結んでいるのよ!?」


「はい……。ですが、事実です。女王陛下からの書状もあります」


 兵士が差し出した書状をカオスが受け取り、ルージュへと渡した。

 ルージュはすぐに中を確認し、兵士の言っていることが嘘でないことを確認する。


「こんなこと……ありえないわ……」


 書状を持つルージュの手が、驚きと憤りとで震える。


「不戦協定締結によって国境付近の兵の多くを引き上げていたことに加え、不意打ちに近い侵攻であったため、国境駐留軍は全滅。そのため、青の王国侵攻の報せが王都に届くのが遅れ、私が王都を出た時には、敵軍はかなり王都の近いところまで迫ってきている状況でした。この報せを届ける間にも日数が経過しており、現時点で王都がどうなっているのか正直わかりません……」


 今回の紺の王国侵攻にあたり、国境駐留軍を最小限にしており、国境から王都までの間にいる兵も都市警備のわずかな部隊程度しか残していない。青の王国軍がまともな軍隊を編制して攻めてきているのなら、それらでは足止めにもならないのは明白だった。肝心の王都にさえ、残っているのは多くが新兵に毛の生えた程度の者で、精鋭と言える兵達の多くはこの地に来ていた。残った王都の兵では、青の王国の大軍に対抗できないことを、軍を編制したルージュ自身が一番わかっていた。


「そんな……」


 混乱したままのルージュを見かねてカオスが伝令兵に声をかける。


「報告は理解した。天幕を案内させるから君は休んでいてくれ。それと、この件はほかの者には内密に。下手にほかの兵達に伝えれば混乱を生み収拾がつかなくなる恐れがある」


「はい。了解しました」


 カオスはルージュに代わって動き、天幕の外で近くにいた兵に声を掛け、伝令兵を別天幕への案内を指示すると、再び本部天幕へと戻った。


「姐さん、少しは落ち着いたか?」


「……ええ。……でも、私のせいだわ。不戦協定を結んだのも、紺の王国に侵攻したのも、すべて私がしたことなんだから……」


 カオスは自分を責めるルージュの肩に手をかける。


「それは違う。それはどちらも女王もお認めになったことだ。それにこんな協定破りを想定できる者などいない。俺達がそれへの備えを怠っていたのは確かだが、それを差し引いても悪いのは青の王国だ」


「……ええ、そうね」


 肩を力強く揺さぶられ、ルージュはなんとか冷静さを取り戻す。

 起こってしまったことはもうどうしようもない。大事なのは過去を悔いることではなく、これから何をするかだ。


「それで、姐さん。どうする? 今青の王国軍侵攻を知っているのは俺達3人と伝令兵だけだ。……この状態なら、まだ紺の王国と一戦交えることができるぞ」


「――――!?」


 思いもよらぬ提案にルージュは目を大きく見開いてカオスの顔を見つめる。


「伝令兵の話が確かなら今更俺達が戻っても間に合わない可能性は高い。それならば、姐さんがこだわっていたキッドとの勝負、一度ならできるぞ。どのみちこのまま俺達が王都に引いても紺の王国軍は追撃をしてくる。ここで叩いておけば、その追撃を遅らせることもできる。それになにより、姐さんとキッドとの因縁に決着をつけられるぞ」


 蠱惑的な誘惑に、ルージュの心は大きく動く。


(このまま王都に戻って青の王国軍と戦うことになれば、おそらくもうまともな戦力でキッドと戦う機会は訪れない。青の王国と紺の王国、2国を相手にすることになれば赤の王国を維持することさえ難しい。……いえ、おそらくそれはもう無理。戻って私にできることがあるとすれば、女王の身柄を確保し、その身をお守りすることくらい。それならば、いっそのこと、国のことをすべて忘れてキッドと全力の勝負をしたほうが……)


 カオスとラプト、二人は静かにルージュの決断を見守る。

 しばしの沈黙の後、ルージュは確固たる決意を秘めた紅い瞳を二人へと向けた。


「すぐに王都に引き返し、青の王国軍と戦うわ。女王をお守りするのよ」


 もはや迷いのないルージュの言葉に、カオスは満足そうな顔を浮かべた。


「了解したぜ、姐さん。だったら、俺に5000の兵を預けてくれ。それで撤退戦を繰り返し、少しでも紺の王国軍の足止めをする」


 ルージュは真剣な顔でカオスを見つめた。

 5000の兵で2倍以上の戦力を有する紺の王国軍の足止めは、ある意味青の王国軍との戦いに向かうよりも危険で困難な仕事だった。実のところ、ルージュは自らがその役目を担うつもりでいた。


「……カオス、その役目の重要性と危険性はわかっているのよね?」


「もちろんだ」


 カオスの瞳に迷いの色はなかった。

 その心を決めた瞳と決意を固めた顔を見せられては、もうルージュにカオスの想いを汲み取るしかなかった。


「いいこと、カオス。命を懸ける必要はないわ。可能な範囲で向こうの進軍を遅らせてくれればいい。奪われた領地はまた取り返すチャンスもあるわ。でも、命だけはそうはいかない。そのことを肝に銘じておいて」


「ああ、わかってるさ」


 ルージュはカオスと力強く頷き合うと、次にラプトへと視線を向ける。


「ラプト、あなたは私と一緒に来て」


「わかった。そっちの方がおもしろそうだ」


 この状況でおもしろそうという言葉は不謹慎にも思えるが、ルージュはそうは感じなかった。ここでもまだそんなことが言えるラプトをたのもしく思うとともに、ルージュはより冷静になれた。


「それじゃあすぐに兵を集めましょう。話は私からするわ。ここからは時間が勝負よ」


 ルージュの言葉にラプトとカオスはうなずき、三人はすぐに動き出した。


 そうしてルージュ達はすぐに兵達に状況を伝えると、王都へ戻る兵と撤退戦を行う兵達の編制を行い、夜の内にルージュ率いる王都救援軍は野営地を出発した。


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