第124話 開戦準備
赤の王国に戻ったルージュは、4度目の紺の王国遠征のための軍の編制にとりかかった。
青の王国との国境周辺に常駐させていた部隊も見張りに必要な最低限の数を残して王都に戻し、2万を超える遠征軍を揃えていく。
「これだけの兵達が私の指示一つで動いてくれる……。今度こそ、キッドに勝てるわ!」
ルージュは実際の軍編制やそれに伴う戦術指南、食料・資機材の整備の指示を担当の者に伝えている。出兵に伴う実務までもをルージュがする必要はない。今のルージュは自分の指示が完遂されるのを待つだけだった。
そのため、ルージュは城の中から準備を進める兵達の姿を、沸き立つ興奮を抑えつつ見守っていた。
「ルージュ殿、いよいよですか」
そんなルージュを宰相ゾルゲが見つけ、そばへと寄ってくる。
「これはこれはゾルゲ殿。このたびは貴殿にも協力いただき感謝しています」
今回の遠征軍に関してもソルゲは麾下の将や兵を組み込むことに対して文句一つ言わなかった。そのおかげもあり、今回の遠征軍は赤の王国の総力を結集した軍という様相を呈している。
「青の王国相手にここまで根回しをされた上に、女王陛下も出兵を認められたのだ。もう私がとやかく言う段階の話ではない。……だが、わかっていような? ここまで態勢を整えた上で今回も遠征が失敗するようなことになれば、貴女はこれまで築き上げてきたものをすべて失うということを?」
「……もちろんです」
ルージュはすでに紺の王国侵攻に3度も失敗している。1度目こそ紺の王国の一部地域を占領するまでに至ったが、2度目と3度目に関しては、国境に侵攻してすぐの戦いで追い返されてしまっている。それでも、ここでおとなしくして、一旦ゾルゲの方針に乗っておけば、今後いくらでも挽回のしようはあっただろう。だが、ルージュは敢えてそうせず、背水の陣とも言える自らの指揮による4度目の紺の王国侵攻を選んだ。
それはもう同じ魔導士として、そして同じ軍師としてのルージュの意地だった。このままキッドに負けたままでは終われない。自分こそ最強の魔導士にして軍師であると示すため、ルージュはすべてを懸けた戦いに挑む覚悟を決めていた。
「今回の遠征も失敗したのなら、軍師を辞し、一魔導士に戻るつもりです」
「……そうならないことを願っているよ。赤の王国のことを想う者として、そして赤の導士のことを敬愛する者として」
それだけ言うとゾルゲはルージュの前からゆっくりと歩き去っていった。
(今の言葉、嫌味でも皮肉でもなかったわ。本当に案じていてくれるのね……)
これだけの兵力を動員して負けるようなことになれば赤の王国の損害は相当なものになる。ルージュとは方針を異にするとはいえ、宰相としてそれは看過できない。だが、ゾルゲから感じられた想いは、単にそれだけではなかった。会議の場では何度もやりあった相手だが、個人的には本当に自分のことを気にしていれたのだと、ルージュは改めて実感する。
(ますます負けられないわね)
ルージュは戦争準備を進める兵達を見下ろしながら、握っていた拳に力を込めた。
◆ ◆ ◆ ◆
赤の王国の戦争準備の動きを察知したキッドもまた、紺の王国で戦いの準備を進めていた。
ルルー、ミュウ、ルイセと共に、王都から、赤の王国国境に近い黒の都へ移り、兵達もこの地に集めていた。
「キッドさん!」
兵達の激励に回っていたルルーが、各部署を巡り戦いに挑むための進捗状況を確認していたキッドを見つけ、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「これはこれはルルー王女。兵達を見て回られていたんですか?」
「はい! それにしても、皆さんやる気満々ですね!」
「当然ですよ。今までは防戦一方でしたけど、今度は違いますからね」
「はい。……いよいよですね」
「ええ」
ルルーの言葉にキッドは力強く頷いた。
黒の帝国を倒して以降、紺の王国にとってこれまでの戦いはただ自国を守るための戦いだった。しかし、ようやく次の展開へ進む準備が整ったのだ。
「緑の公国との同盟、白の聖王国との不戦協定により、西側と南側を気にする必要はなくなりました。そして、国内の整備も進み、遠征を支える蓄えも十分にできました。今度は俺達が攻める番です。次の戦いで赤の王国軍を打ち破れば、そのまま赤の王国内に攻め上がれます」
「……はい。でも、同時に不安と申し訳なさを感じてもいます。キッドさんや兵の皆さんを戦場に送り出しておいて、私は城に残ったまま。キッドさん達が窮地に陥っても、何もできないだけでなく、その場にいることさえできません」
ルルーは常に溜めていた気持ちを吐露し、苦しげな表情を浮かべた。それは王女として口にしてはいけない気持ちだったし、ルルーも誰かに言うつもりはなかった。しかし、キッドの前では、ルルーは王女であることを時に忘れてしまう。そのせいでつい出てしまった言葉だった。
「そんなことはありませんよ。ルルー王女がここに残って後方支援をしてくれるからこそ、俺達は心置きなく戦えるんです。正直、ルルー王女がここまで兵站術の才があるとは思ってませんでしたよ。今のルルー王女なら、自分がやるよりも安心して任せられます」
「……キッドさん」
ルルーは熱のこもった眼差しをキッドへと向けた。
「それに、離れていても俺達は補給線という運命を繋ぐ糸で繋がっています。距離はあっても心ではいつでも繋がっていますよ」
(運命を繋ぐ糸……えっ、ちょっと待って!? それって、もしかして運命の赤い糸ってこと!? 私とキッドさんが補給線という運命の赤い糸で繋がっているってこと!? ええええ!? キッドさん、そんなことを思っててくれたのですか!?)
一人でパニックになるルルーは、耳まで赤くなりながら恥ずかしげに顔をそむけてしまう。
「…………?」
ルルーの思うような意図で言ったわけではないキッドは、突然のルルーの変化に戸惑い、困った顔でその場に立尽くした。
両国でそのようなやりとりがあってからしばらくして、戦いの準備を終えた赤の王国軍は、赤の導士ルージュを総大将として、紺の王国との国境に向けて軍を派兵した。
そして、それに呼応するように、後方支援として黒の都にルルーを残し、キッド率いる紺の王国軍も出陣した。




