第121話 不戦協定
紺の王国と赤の王国、そして白の聖王国と青の王国との争いが小康状態を保っている間に、キッドは聖王国との不戦協定締結に向けた外交交渉を進めた。青の王国との戦いに傾注する必要がある聖王国にとっても、紺の王国との不戦協定は渡りに船で、ルルーとレリアナとの関係が良好なこともあり、協定の話はトントン拍子で進み、聖王都で調印式が行われことになった。
協定締結は2通の協定書に両国の王が署名することで成立するため、書状だけのやりとりでも成立するのだが、両国の調印は、敢えて聖王レリアナと紺の国王代理のルルー王女が揃って署名して行われることになった。国内外に両国の良好な関係をアピールするキッドの狙いがあってものだ。
その調印式に参加するため、紺の王国からはルルー、キッド、ルセイ、ミュウの4人が護衛の兵と共に聖王都へとやってきた。
「ルルー様よくいらっしゃいました!」
王城でルルー達を出迎えたレリアナは、待ちきれないとばかりに弾ける笑顔でルルーへと駆け寄る。ルルーはそんなレリアナを負けないくらいの笑顔で迎えた。
「レリアナ様、お久しぶりです! またこうしてお出会いできてとても嬉しく思います!」
二人はただの女の子に戻ったかのように両方の手を握り合ってはしゃぎ合う。
キッドはルルーの隣で、そんな二人の様子を保護者のように見守っていたが、ルルーと手を取り合っていたレリアナは、ルルーの手を離してキッドの方に顔を向けた。
「キッド、この前は本当にありがとうございました! あなたとルイセがいなかったら、私はここで皆さんを出迎えることなどできなかったでしょう」
レリアナの言葉は社交辞令に思えなかった。彼女の言葉にはいつもそのまま魂が乗っているかのように感じられる。そこが青の王国のセオドルと決定的に違うところだった。
キッドはレリアナの真摯な言葉を受け、ゆっくりと首を横に振る。
「いえ、レリアナ様自らの力があればこそです。俺達は些細なお手伝いをしたにすぎませんよ」
共に戦場で戦ったことにより自然とキッドとレリアナとの距離は縮まっていた。キッド達が聖王国を離れてそれなりに日数は経過していたが、その絆は時間経過で失われるほど薄いものではない。
しかし、そんな戦友同士のような雰囲気を醸し出す二人の様子を見やるルルーは、少し不機嫌な顔を浮かべていた。
「……キッドって呼び捨てになってる」
ルルーのつぶやきでレリアナは自分が敬称を付けずにキッドの名を呼んでいたことに気付く。
「あっ! キッドさん、失礼しました! ついキッドさんがこの国にいてくださったときの感覚で……」
「いいえ。別に構いませんよ。私もレリアナ様からそう呼ばれるのにはもう慣れてしまいましたので」
キッドはレリアナに気を遣わせないように笑ってそう言ったが、ルルーの顔は余計に渋いものになっていた。
「……ずっと呼び捨てにされてたんだ。それも、慣れてしまうくらい」
「ルルー王女、なぜそんな目で俺のことを見ているんですか?」
「……私もまだ呼び捨てにしたことないんだけど」
「いや、それなら普通にキッドと呼び捨てにしてくださいよ」
「え?」
「なぜそこで驚くんですか?」
「……だって、急にそんなこと言われても」
ルルーは戸惑いながら伏し目がちにキッドを見上げるようにチラ見する。
「……キッド」
「はい?」
「ああぁ、やっぱり無理っ!」
「――――?」
顔を赤くして悶える、いつもとは違う様子のルルーにキッドは首をかしげる。
「なるほどなるほど。まだそんな感じなんですね」
何が楽しいのか、レリアナは二人の横でニヤニヤとしていた。
そんなレリアナの横からフィーユがひょこんと顔を出す。
「キッド、いらっしゃい!」
飾り気のない少女の笑顔に、戸惑い気味だったキッドの顔に笑顔が戻った。
「やぁ、フィー。戦場ではないけど、また味方として会えたな」
「うん!」
前回の別れ際の言葉をキッドが忘れていないことを知り、もともと笑顔だったフィーユがさらに大きく笑う。
一方で、キッド達と共にいるルイセのもとにはティセが近寄ってきていた。
「ルイセ、また会えたわね。お互い無事でなにより――と言いたいところだけど、また怪我をしたの?」
カオスの魔球のダメージを受けたルイセの右手にはまだ包帯が巻かれている。
「見た目ほどの負傷ではありません。やっかいな相手ではありましたが、次は遅れを取りませんよ」
「なるほど。じゃあ、あなたにその傷を負わせた相手のことを後でゆっくり聞かせてもらうとしましょうか。私もいつ相手をすることになるかわからないからね」
「ええ、それはかまいませんよ。その代わり、青の王国のめぼしい敵のことについて聞かせていただきますが」
「もちろんそのつもりよ」
ルイセとティセは不敵に笑い合う。
その横では、ミュウとグレイとが、レリアナの親善訪問の時以来の再会を果たしていた。
「グレイ、左腕を斬られたって聞いたけど、大丈夫なの?」
「この通り、日常生活に支障はないさ」
グレイは義手の左手を出して指をうにうにと動かして見せる。魔力制御により指先まで器用に動いていたが、その左手は遠目には人の手のように見えていたものの、近くで見れば明らかに作り物だとわかってしまう。
(日常生活に支障はないということは、戦闘には支障があるってことよね……)
「……そう。全力のあなたともう戦えないのは残念だよ」
「確かに剣は前ほど自由に使えはしないが、この手も悪くはないぞ。いざというときのとっておきもできたし」
「とっておき?」
グレイの顔は強がっているだけのようには見えなかった。それだけにミュウには、そのとっておきとやらが何なのか気になってしまう。
「悪いが、ネタ晴らしをするつもりはないぞ」
「むぅ」
ミュウは頬を膨らませてみせるが、だからといってグレイがそのとっておきを教えてくれる様子はなかった。
「……けち」
こうして、彼女達はそれぞれに再会を果たしたのだった。




