第120話 セオドル去る
他国の王子が王城から去るともなれば、本来なら城の兵達と共に盛大にお見送りするところだが、非公式な訪問の上、セオドルから簡素にという要望もあり、見送りはルルー、キッド、ミュウ、ルイセの4人だけとなった。
「セオドル王子、このまま国にお帰りになるのですか?」
「いいえ、次は緑の公国に向かうつもりです。ルルー王女のように気さくに訪問を受け入れてくださるかはわかりませんが、ジャン公王にもぜひともお会いしたいと思っておりましたので」
ルルーとセオドルのやりとりを隣で聞いていたキッドは、旧友の名に思わず反応してしまう。
「ジャンに、ですか?」
「ええ。キッド殿もジャン公王とは親しくされていますよね。ルルー王女とジャン公王と私の3人が繋がることができれば、この島の平和にも近づくと思います。キッド殿にはぜひその橋渡しをしていただきたいですね」
「……考えておきます」
(確かに、セオドルが将来的に紺の王国との同盟を考えているのなら、紺の王国の同盟国である緑の公国との関係も視野に入れておく必要がある。今の内にジャンと顔を繋いでおくのは悪いことではない。……けど、本当にそれだけか?)
キッドはまだセオドルという人間を完全には信じ切っていなかった。キッドの見立てでは、セオドルは将来の外交問題よりも、すぐ身近な青の王国の後継者問題に全力を尽くすべき状況のはずだった。青の王国では、今も現王妃が次男であるレオンハルト第二王子を次の後継者として擁立するための根回しに動いているはずだ。国内から離れている余裕のないはずのセオドルが、こんな時期に外遊していること自体、キッドは違和感を覚えていた。
(王宮内での権力争いが見えないような愚か者には見えないのだが……。それとも、外に漏れている話にないだけで、セオドルには後継者争いに勝つ秘策があるというのだろうか?)
キッドは疑念を抱きつつも、城から離れていくセオドル、修羅、黒騎士の3人を見送った。
「行ってしまわれましたね。まるで嵐のような人達でした」
「……そうですね。ルルー王女はセオドル王子がどのような人物に見えましたか?」
「そうですね……」
ルルーは顎に手を当ててしばし考えこむ。
「心のままにお話ししてくださったレリアナ様と違い、セオドル王子は結局本心を一度も見せてはくださらなかったように思います。政治家としては優秀なかたなのでしょうが、……お友達になるまでは遠いなぁと感じました」
「なるほど……さすがですね」
(ルルー王女も見抜いておられたか。俺の感じたセオドルの印象とほぼ同じだ。それに、供に連れていたあの二人……)
キッドは一緒に見送りに出ていたルイセへとそっと近づく。
「ルイセ、あの二人のことをどう見た?」
キッドはルイセがただ部屋の外であの二人の見張りをしていただけとは思っていない。応接室の中にいたキッドと違って、その時間もあの二人についていたルイセならば、自分以上にあの二人のことを分析してくれていると当然のように信じていた。
「八割がたサーラとルブルックだと見ています。ただ、確信は持てません。クセを隠しきれていないのか、わざとそう見せているのか、なんとも判断がつきません。私もサーラと一度立ち合いをしただけなのでもともと情報が多くなく……。そのため、本当はすでにいない二人を、いまだ健在だと思わせるための策という可能性も捨てきれません」
「そうか、俺の見立てもほぼ同じだ。……不安にさせるだけかもしれないけど、二人にも話しておかないとな」
修羅と黒騎士のことをルブルックとサーラの二人だと怪しんでいるのは、今のところキッドとルイセだけだ。二人と面識のないルルーとミュウは、ただの怪しい護衛としてしか認識していない。
「みんな、とりあえず、部屋に戻ろうか。話さないといけないことがある」
セオドル一行が去っても、セオドルとの話の件や、修羅と黒騎士の疑惑の件など、キッドには皆と協議しなければならないことが残っていた。
◆ ◆ ◆ ◆
紺の王国の王都を離れ、セオドル一行は緑の公国へ続く街道を進んでいく。
「修羅、あなたの目には紺の王国はどう映りましたか?」
前の修羅と後ろの黒騎士に挟まれて歩くセオドルが、後ろから修羅へと呼びかけた。
「いい国だ。まだ発展の途上だが、民の顔には活気があった。あの王女にも好感が持てる。後継者争いなどしている青の王国よりもよほど仕えがいがありそうだ」
自国の王子相手に、修羅は歯に衣着せず思うままに答える。
「手厳しいですね。だったら今からでも紺の王国に仕官しますか?」
「そうだな。キッドがいなければそうしてもいいんだが……奴がこの国にいる限り、それはない」
「そうですか。それを聞いて安心しました」
「……わかってて聞いたくせに。相変わらず性格が悪いな」
「心外ですね。私ほど素直な人間はいないと思いますが?」
「確かに、自分の心には素直かもしれんな。肝心のその心がねじ曲がってるだけで」
「酷いですね。これでも私は王子なんですよ?」
「ああ、わかっている。つまり王ではないということだ。俺を従えたいのなら王になることだな」
「そうですか。だったら予定より早いですが、国に戻ったら王になることにしましょうか」
セオドルの言葉に、修羅は後ろを振り返りもせずに肩をすくめてみせる。
冗談なのか本気なのか、セオドルの真意は修羅にも読めなかった。
旅の護衛を務めているものの、修羅はセオドルの家臣になったつもりはない。あくまで協力者の立ち位置のつもりだった。
「……二人とも、くだらない話で歩く速度が落ちてるぞ。日が落ちる前に次の街までたどり着かねばならんことをわかっているのか?」
セオドルと修羅の後ろから黒騎士の迫力のある声が響いてきた。
声は大きいわけではないのに、妙な圧のある声に、立場的には黒騎士よりも上のはずの二人は黙って歩く速度を上げた。




