第117話 セオドルと二人の護衛
キッド達が来訪者のいる客室の扉を開けると、その部屋でソファに座っていたのは金の髪をした優男だった。貴公子然たるその容姿と雰囲気は、確かに王族のものに思えた。女はもちろん男でもつい見とれてしまうような容姿であったが、キッド達はそのセオドルよりもその後ろに立っている二人の護衛の方につい目が向いてしまう。
一人は青の王国の軍服を着た男だった。青みがかった黒髪で、顔には口もと以外を覆った黒い仮面をつけている。もう一人は全身を黒い鎧にまとい、フルフェイスの兜を被っていて顔も見えないため、その中身がどのような人間なのか外見からは見当もつかない。どちらも顔を隠しているのは王族の護衛としてはあまりにも異質だった。
とはいえ、相手が王族の証を示して第一王子を名乗っている以上、その護衛を下手に疑うわけにもいかない。
キッド達はただ二人の護衛を凝視するだけで、それ以上のことはやりようがなかった。
そんな中、ルルーはその場で、普段使いしているシンプルなドレスのスカートの裾を両手で軽く持ち上げて、片足を斜め後ろ内側に引き、もう片足の膝を軽く曲げ、カーテシーと呼ばれる挨拶を行う。
「セオドル王子、お初にお目にかかります。ルルーと申します。病床の父王に代わって、今は私がこの国の代表を務めております」
セオドルの方も右足を引き、右手を胸に添え、左手を横に伸ばし、頭を下げる。
「青の王国のセオドルです。急な訪問にもかかわらず、こうしてお目通りがかない、光栄に存じます。それにしても、ルルー王女は噂以上にお美しくていらっしゃる。あなたにお目にかかれたのなら、ここまで来たかいがあるというものです」
「はぁ……。ところで、セオドル王子、後ろのお二人は?」
自分が美しいというなんていう噂があると思ってもいないルルーは、セオドルの歯の浮くような言葉は聞き流し、セオドルの後ろに立つ明らかに怪しい二人について尋ねた。
「仮面の方が修羅、鎧の方が黒騎士です。もちろん二人とも本名ではありません。訳あって二人とも以前の名を捨てて、私に仕えてくれています。顔に傷を負い、その傷を隠すために顔を隠しておりますことをご容赦願います」
明らかにとってつけたような理由だったが、セオドル本人がそう言っている以上、それを指摘するわけにもいかない。セオドルを敵とみなすのならばそれでもよいが、まだそう決めつけるには時期尚早だった。
「……それで、セオドル王子、今回の訪問はどのようなご用件で? ライゼル王から何か文でもお預かりされているのですか?」
護衛の二人の怪しさは何も解決していないが、ルルーは話題をセオドルの目的へと変える。今重要なのはそちらの方だった。わざわざ王子が出向いてくるなど、青の王国に何らかの思惑があってのことに違いない。国と国との話ならば、慎重に話を進めねばならなかった。
しかし、セオドルは笑顔のまま首を横に振る。
「いえ。今回はあくまで私の個人的な外遊の中での訪問ですので、父からは何の指示も受けてはおりませんよ。今のこの戦乱の世を憂うもの同士として、ルルー王女、そして軍師キッド殿と直接お話ができればと思いまして」
ルルーは思わず隣のキッドと顔を見合わせた。セオドルの言葉をそのまま素直に受け取るのなら、王の指示ではなく、王子のセオドルが独断で動き、国を離れてわざわざこんなところまでやってきたことになる。にわかには信じられない話だった。
「……どうしましょうか?」
根が素直なルルーには、このセオドルという男が測りかねた。セオドルが自分と同じ人種ならば、言葉通りに受け取り、喜んで話に応じるところだった。だが、女の直感ともいうべき部分が、このセオドルは自分とは別種の人間だと告げていた。何を考えているのかは読めないが、少なくとも自分のように心のままの言葉を口にしているわけではないということは感じている。
それだけに、普段即断即決のルルーが、自分では判断がつきかね、隣のキッドへ意見を求めた。
「……話を聞きましょう。ルルー王女だけでなく俺とも話をされたいようですので」
ルルーと二人だけで話がしたいというのなら、キッドはその申し出を断ったかもしれない。王族同士の話となれば、キッドも簡単には同席できず、万が一のときルルーを守るものがいないからだ。しかし、自分とも話したいというのであれば必然的にキッドもルルーと同席することになり、彼女の護衛役を務めることができる。
「それに……」
キッドは修羅と紹介された仮面の男に視線を向ける。仮面の奥の青い目にキッドは見覚えがある気がした。
「ほかにも色々と気になることがありますので……」
修羅達が目の前にいるため、キッドは具体的には何も言わずに理由をぼかした。
ルルーはキッドに何かしら思うところがあるのだと理解し、それ以上深く追求することはしない。
「わかりました。わざわざ自分の意思でここまで来られたのです。私もお話ししてみたいと感じていました。キッドさんもそう言ってくれるのなら、この申し出、お受けすることにしましょう」
ルルーとキッドはうなずきあう。
「おお、さすがはルルー王女にキッド殿。さすがは私が見込んだ人達です」
セオドルは更なる微笑みを浮かべて喜んで見せていたが、ルルーは警戒を緩めはしなかった。基本的にルルーは、軽薄な言葉を簡単に口にする男を好ましく思ってはいない。
「ここではなんですので、応接室でお話をいたしましょう。案内しますので、ついてきてくださいますか?」
この客室は、失礼があってはならない訪問者に待機してもらう場所であり、それなりに整った部屋ではあったものの、それでも王族相手に対談するにはとても足りない部屋だった。青の王国の応接室に比べれば数段見劣りするだろうが、紺の王国にも王族を迎えるだけの質を持った応接室はある。
ルルーは自らその部屋への移動を提案した。
「ありがとうございます。とはいえ、今回は国と国同士の公的なものではありません。どのような場所でも構いませんので、あまりお気遣いなく」
「ありがとうございます。貴国にくらべればたいした部屋ではありませんが、そちらへ参りましょう」
ルルーが先導し、そのすぐ後ろに護衛するようにミュウが続き、その後ろにセオドル、修羅、黒騎士と続いた。そして、最後に、青の王国の3人をミュウとで挟むように、キッドとルセイとが最後方を横に並んで歩き出した。
「……キッド君」
ルセイが横を歩くキッドに近づき、前を歩く者達に聞こえない程度の大きさの、警戒した声で話しかけてくる。
「あの黒騎士とかいう者、鎧の中身は女です」
鎧姿のため黒騎士の体形は外見からはわからない。それでも、元暗殺者の観察力は、その鎧の中身の性別を見抜いていた。
「それに、歩き方などわざと変えているようですが、私の知っている者にどこか似ています」
「……ルセイも感じていたか。俺もあの修羅とかいう男、あの雰囲気や隠していても感じとれる魔力に覚えがある」
キッドとルセイは互いに目を見てうなずき合う。口には出さないが、ルブルックとサーラ、あの二人に似たものを、前を歩く修羅と黒騎士から感じていた。
「いいんですか? この二人を城に入れて?」
「ルルー王女や俺が狙いだとしたら、あの二人ならこんな面倒な手を使わずともほかにいくらでもやりようがある。だから、ここで何か派手なことを仕掛けてくることはないだろう。それよりも、何を企んでいるのかその目的が知りたい。……けど、十分に警戒はしてくれ」
「ええ、わかっていますよ」
後ろからキッドとルイセが目を光らせる中、一行は何事もなく応接室へとたどりついた。




