第115話 キッド、「四色の魔導士」を名乗る?
赤の王国軍と同様、紺の王国軍も最低限の防衛のための兵を残して、国境付近から軍を引き上げ、紺の王国は一時的とはいえ平穏を取り戻した。
黒の都にソードとエイミを残し、キッド、ルルー、ミュウ、ルイセの4人は紺領の王都へと戻り、4人は軍師用執務室にて留守の間に溜まっていた仕事に精を出す。
そんな中、白の聖王国と青の王国へ放っていた諜報員からの報告書とフィーユからの手紙を目にしたキッドが、嬉しそうな顔をルルーへと向けた。
「ルルー王女、白の聖王国も青の王国を元の国境の外まで追い返し、国土を取り戻したようです」
「そうなんですか!」
自国が赤の王国の侵攻を受ける中でも、ルルーはレリアナのことを気にしていた。それだけに、その嬉しい知らせに書類から顔を上げたルルーの笑顔が弾ける。
「まだ国境付近で小さな小競り合いは続いているものの、両軍ともに本隊は一旦王都に引き上げたようです。これ以上の消耗戦はお互い国力を下げるだけでしょうから、賢明な判断だと思います。青の王国は、北の赤の王国も警戒しなければなりませんからね。いたずらに国力を下げれば、赤の王国が矛先を我が国から青の王国に変えかねません。それは青の王国としても避けたいでしょう」
「私達としてはそうなってくれるのが理想なんだけどね」
ミュウの言葉にキッドはうなずく。
「そうだな。赤の王国が軍を青の王国に向けるようなら、その隙をついて今度は俺達が赤の王国に攻め込める。まぁ、あのルージュが俺達への警戒を緩めるようなことはないだろうけどな」
「赤の導士を名乗るルージュですか……。あの状況で自分達が逃げるために躊躇なく竜王破斬撃を使ってくる油断ならない相手でした。……もっとも、私はキッド君がルージュに負けるとは思いませんが。あの青の導士を名乗るルブルックにもキッド君は勝っていますし。……そうですね、キッド君も四色の魔導士を名乗ってはどうですか? キッド君なら十分にそう呼ばれるだけの実力があると思いますが?」
表情こそ変えないままだが、ルイセの目はどこか輝いて見えた。
「私も賛成です! 黒の導士と白の導士が今なら空いてますよね?」
ルルーまでその気になりだし、キッドは二人が冗談ではなく本気で言っているのに気づいて少し苦い顔をする。
「空いているって、予約席じゃないんですから……。いいですか、赤の王国、青の王国、それに、白の聖王国と黒の帝国はそれぞれ伝説の四色の魔導士の生まれた地であることから、国名にその名を冠することを許された言われています。その国にいる、ルブルックやルージュが青の導士や赤の導士を名乗るのはわかりますが、白の聖王国とも黒の帝国とも関係のない俺が白や黒の導士を名乗るのは変でしょう。それに、白の聖王国にはフィーがいます。今はまだルブルックやルージュには劣りますが、10年もしないうちにフィーなら彼ら以上の魔導士へと成長することでしょう。そうなったとき、白の導士と呼ばれるのに相応しいのはフィーです」
キッドの説明に、今度も表情を変えないまま、ルイセの瞳から輝きが消え、代わりに残念そうな憂いを帯びる。一方でルルーはまだ納得できないようだった。
「むぅ……、でも、フィーさんが白の導士を予約済だとしても、黒の導士は空いてますよね?」
「予約済みって……」
すっかり予約席並の扱いをするルルーに、キッドは思わず苦笑いを浮かべる。
「キッドさんは黒の帝国を倒したんですから、黒の導士を名乗る権利があるんじゃないでしょうか?」
「……なるほど、そういう考え方もありますね」
ルルーの提案にうなずくルイセの瞳に再び輝きが灯った。
「いや、倒したから権利が譲渡されるようなものではありませんから……。それに、俺一人だけ黒い軍服か黒いローブでも身に着けさせるつもりですか? ……だいたい、黒の導士ってなんだか悪役っぽくないですか?」
「た、確かに!」
キッドに言われてルルーはハッとした顔をする。
「言われてみれば私にとってキッドさんは黒の導士って感じじゃないですね。どっちかと言えば光の導士? でも、それは色じゃないし……。どうせなら紺の導士を名乗るとか……。あ、でも、それだと青の導士から格落ちする感じがするし、そもそも四色の魔導士じゃないし……」
ルルーは一人でぶつぶつ言い続けはするが、とりあえず黒の導士を名乗らせるつもりはなくなったようなのでキッドは一安心する。だが、隣の席のルイセが変わらぬ熱い視線を向けているのに気づき、キッドはルイセの方へ顔を向けた。
「私はキッド君が黒の導士を名乗るの格好いいと思います」
「……却下だ」
あっさり切り捨てられ、目を輝かせていたルイセがしゅんとする。
「キッドはそんな名前とかには拘らないもんね~」
三人のやりとりを楽しそうに見ていたミュウは、優しげな顔をキッドに向けていた。
「わかってくれるのはミュウだけだな」
「でも私は、なんとかの魔導士とかじゃなくて、キッドっていうその名前が後世まで残る、そんな魔導士にキッドはなるって思ってるよ」
真面目にそんなことをミュウに言われて、キッドはたまらず照れてしまう。
「ミュウまでなにを言ってんだよ……。えっと、そんなことより、みんな! 白の聖王国の方も少しは落ち着いたみたいだから、次は聖王国との関係強化を進めようと思う。まずは二国間での不戦協定だ。同盟ほどの結びつきはないが、その分、それぞれの国内的にも受け入れやすい。それに、赤の王国や青の王国へのプレッシャーにもなる」
それはキッドがかねてから皆に言っていたことだった。さっきまでのくだけた雰囲気から一転し、ルルー達3人も真剣な顔に戻る。
「その方向で白の聖王国との話を進めますが、ルルー王女、よろしいですね?」
キッドに視線を向けられ、ルルーは力強くうなずいた。
「はい、もちろんです! キッドさん、よろしくお願いします。ただ、話が進み、協定調印となった際には、私が白の聖王国に赴きます」
ルルー自ら聖王国を訪れての調印はキッドも考えていたことだった。国内外への両国の関係アピール、協定の次の段階としての同盟へ向けた聖王国への印象付け、それらにルルーは必要な存在だった。
ルルーもそのことがわかっているのだろう。それだけに、自分が言うまでもなくルルーがそれを望んでくれたことを、キッドは心強く感じた。
「ありがとうございます。それでは、次の話ですが――」
キッドが次の協議をしようとしたところで、執務室の扉が激しくノックされた。
入室を許可すると、慌てた顔をした兵士が扉を開けて姿を見せる。
「ルルー様、キッド様、青の王国のセオドル王子が、お二人と話をしたいと、この城にお見えになりました。……いかがいたしましょうか?」
セオドルとは青の王国の第一王子の名前だった。青の王国とは直接国境を接していないこともあり、これまで両国の間で公式なやりとりが行われたことはない。
意外な訪問者の名前に、4人は互いに顔を見合わせた。




