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第112話 撤退戦

「カオス!?」


 飛び散る血しぶきにルージュが悲鳴じみた声を上げる。


「まだやられちゃいない!」


 しっかりとした声とともにカオスは鮮烈な剣の一撃をルイセに向けて放つ。

 容易にかわされはしたが、ルイセが後ろに飛び退いたため、カオスとルイセとの間合いは広がった。


「……さすがに目を閉じたままでは致命傷を与えるには至りませんでしたか」


 ルイセはゆっくりと目を開く。

 カオスは左腕から大量の血を流していた。

 左腕を犠牲して自分の身を守っていたのだ。


「ですが、もう目は回復しました。次は失敗しません」


 ルイセは左手だけにもかかわらず、それが本来の構えであるかのように菊一文字を体の前に出す。


「左腕をやられたが致命傷じゃない。それより姐さんの方は大丈夫か? 走れそうか?」


 カオスはルイセに向けた視線を外さず、背中越しにルージュを気遣う。


「足をやられて……。動けないことはないけど全力で走るのはちょっと……」


「なら俺がおぶってやるよ。とにかく一旦撤退しよう。……まぁ、あの美人さんと魔導士がおとなしく見逃してくれればの話だけどな」


「……たぶんキッドはもう魔力がないわ。あなたが黒色の魔力球を潰してくれたおかげで魔力を失ってるはずよ」


「なら、問題は目の前の美人さんと……周りの紺の王国兵か」


「このまま逃がすと思いますか?」


 ルイセはゆっくりと位置を変え、二人の行く手を遮るように赤の王国軍の陣の方を背にして立ち塞がる。


(キッド君に怪我はないようですが、ルージュの言う通り魔力切れを起こしているみたいですね。ならば、私がこの二人を仕留めるまで。キッド君に手を汚させずに済むのなら、この方がよいとも言えます)


 ルイセとカオス、ともに片腕ずつを負傷し、カオス有利の状況をなくなった。むしろ、手負いのルージュを抱えている分、カオスの方が分が悪くなっている。


「悪いが姐さんをここで死なせるわけにはいかないんでな。……姐さん、左腕をやられてうまくおぶってやれない。姐さんのほうでしっかり背中につかまってくれ」


「ちょ、何を言うのよ!?」

(私からあなたの背中に抱きつけっていうの!? そんなみっともなくてはしたない真似ができるわけないじゃない!?)


 カオスの背中の後ろでルージュは戸惑ってしまう。


「姐さん早く!」


 思わず恥ずかしがってしまったルージュだが、鋭いカオスの言葉にすぐに気持ちを切り替える。


(……カオスが必死になってくれてるのに、私は何を考えてるのよ!)


 ルージュは痛む足をこらえて立ち上がると、カオスの背中に身を寄せ、彼の首に両手を回した。


「もっと俺の背中に乗るようにしっかり体重をかけて!」


 言われるままにルージュは体をカオスの背中に密着させた。服の中で柔らかな胸の膨らみが著しく形を変えたのがルージュ自身にもわかる。


(胸の感触とか背中越しに伝わってないでしょうね……)


 そんなことを気にしている場合じゃないとわかっていても、ついルージュは気にしてしまう。

 乙女の心持ちのルージュと違い、カオスと対峙するルイセは冷めた視線を二人へと向けた。


「……あなた、本気でそんな状態で私とやり合うつもりですか?」


「俺の姐さんへの気持ちは本気なんでな。だから本気でこのままあんたから逃げ延びてみせるぜ」


 カオスの背中でルージュの心が揺さぶられる。


(カオスはこんなに私のために一生懸命になってくれてるのに、私はさっきから何を考えてるの……。キッドに負けて私はこのざま、カオスも私のせいで負傷、もうここは一度引いて次の機会にかけるしかない! そのために、今私にできることは……)


 一方でカオスの言葉を聞いたルイセは、より一層気を引き締めたかのように、構えに凄みが増していた。


「……なるほど。あなたの想いはよくわかりました。立場が逆なら私も同じことをしていたでしょう。だからこそ、油断はしません。今のあなたは最も警戒すべき状態だと判断しました」


 てっきり笑われるかと思っていたカオスは意外そうな顔を浮かべる。


「……あんた、見掛けと違って中身は情熱的なんだな。あんたみたいな人に想われてる男がうらやましいねぇ」


 再び軽口を叩いて見せるが、ルイセは表情一つ変えず、まるで研ぎ澄まされた刃物のような鋭さをカオスへと向けてきた。


(……こりゃまいったな。向こうが舐めてくれればチャンスが出るかと思ったのに、まさか本気に取られるとは。……いや、俺も本気で言ったんだけど、この美人さんが好きなやつのために必死になる気持ちがわかるようなタイプだとは思わないじゃないか、普通!)


 ルージュを背負ってはみたものの、カオスに何か手立てがあるわけではなかった。

 目の前のルイセをなんとかできたとしても、カオスが自陣にたどりつくまでには多くの紺の王国兵がいる。実際、今カオス達を紺の王国兵に取り囲まれていた。

 彼らはキッド達の邪魔にならないよう手を出さないだけで、カオス達だけという状況になれば間違いなく攻撃をしかけてくるだろう。カオスはそれらも振り切って逃げる必要があった。


(こりゃ、まじきついな。……俺の悪運もここまでかもな)


 ふと、カオスは耳元にかかる吐息を感じる。それは弱い女のか細い息にしか思えなかった。


(……けど、この姐さんだけはなんとか送り届けないとな)


 カオスは剣を握る指に力を込める。

 ルイセに斬られ今も血が溢れてきている左腕は垂らしたままだ。


(運よく腕のスジはやられてない。腕を使えないフリをしているが、不意打ちで一発なら魔球を撃てる。……まぁ、それでなんとかなる相手なら世話ないけどな)


 時間を置けばキッドの魔力が多少なりとも回復しかねない。カオスは無理を承知で仕掛けるしかなかった。


「いくぜ、美人さん! このカオスの意地を見せてやる!」


「あなたの想いは理解しました。尊敬すべき相手として全力で叩き潰します」


 カオスとルイセは互いに相手に集中し、最後になるかもしれない次の一撃に己をすべてを懸けるべく、腕に、剣に、力をこめる。

 だが、その二人の緊張感を裂くように、ルージュの広げた右手がカオスの横から伸びた。

 カオスもルイセもその行動に一瞬気を取られる。


(姐さん、何を!?)


 カオスはルージュの行動の意味を解せない。


(これは!!)


 ルイセはその意図を察し、左手を顔の前に出して身構える。


 カオスの背中のルージュは、密かに魔力を蓄えていた。自分の魔力だけでなく竜王の魔力までもを。


(道は私が作る!)

「竜王破斬撃!」


 ルージュの放った赤い光が、ルイセとその後ろ兵士達を丸ごと飲み込み――そして吹き飛ばす。

 カオスとルージュの目の前に、紺の王国兵が倒れ伏す確かな逃げ道が現れた。


「カオス、今よ!」


「お、おう……」


 初めて見る竜王破斬撃に茫然としていたカオスだったが、ルージュの声で我に返る。


(ただの女じゃないと思ってたけど、こんな奥の手を持ってたのかよ! ますます惚れそうだぜ)


 カオスはルージュを背負って走り出し、ミュウと対峙しているラプトの方へ顔を向ける。


「旦那、撤退だ! 俺達の援護をしてくれ!」


 ルイセは竜王破斬撃で吹き飛ばされ、身を起こしたものの体に残るダメージでカオスに仕掛けることのできない。そのルイセを横目に、少し離れたところをカオスは走り抜けていく。

 ラプトに呼びかけはしたものの、カオスはルージュの作ってくれた道で自陣まで戻れる目算をつけていた。正直なところ、ラプトの援護は必ずしも必要ではない。それでも敢えて援護という言葉を口にしたのは、このまま一人で戦い続けかねないラプトを戻らせるためだった。


「……ここらが潮時か。決着は次の機会にするか」


 ミュウと斬り合いを演じていたラプトの闘気が薄くなる。


「私が簡単に行かせると思う?」


 肩で息をしながらミュウは強気を見せるが、ここまでの戦いはミュウが守りに嵐花双舞を使ってラプトの二剣の猛攻をしのぎ続ける一方という展開だった。

 とはいえミュウ以外に単身でラプトを食い止められる者は紺の王国軍にはいない。赤の王国軍で最も脅威と言える相手を、一人で抑え続けたミュウこそ陰の殊勲者と言えた。

 だが、それでも度重なる嵐花双舞の使用でミュウの腕はもう限界間近だった。

 ラプトと相対することでミュウが纏う竜王の霊子が活性化され、そのおかげで嵐花双舞使用による腕の疲労は軽減されているものの、それでもその疲労は積み重なる。


「俺を止めたいのなら挑んでこい! 俺は一向に構わんぞ!」


 そう言い残すと、ラプトはミュウとの戦いをやめ、カオス達に向けて走り出した。


「くっ。舐められたものね!」


 今の自分ではまだラプトを倒すには至らない。戦い中でそれを痛感していたミュウだが、それでもラプトを追いかけた。止められないとわかっていても、このまま何もせずにラプトを行かせることは剣士のプライドが許さなかった。


 とはいえ、ミュウに出来たのは、ラプトの撤退を遅らせることだけで、それを食い止めることはできなかった。


 結局、ルージュを背負ったカオスは、途中で追いついたラプトの援護もあり、自軍まで撤退することに成功する。

 今回の3対3の戦いにより、魔力が底をついたキッドとルージュ、負傷したルイセとカオスは戦線を離脱することとなった。

 紺の王国軍はキッド、ルイセを欠いたものの、ミュウが戦線に戻り、エイミを中心とした小隊分散戦術を継続。ルージュ、カオスを欠いた赤の王国軍は、陣形を崩壊させるようなことはなかったが、それでもこの7日間の戦いで最大の被害を自軍に出してしまった。


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