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第106話 戦局が動く日

 紺の王国軍と赤の王国軍との戦いは、どちらも決定打を欠いたまま6日が経過していた。


「……おかしい」


 6日目の戦いを終え、赤の本部天幕でルージュは爪を噛む。

 ルージュの目算では、初めのうちは戦術の差により赤の王国軍が押されはするものの、戦いが進めば紺の王国軍の方に疲労が蓄積し、次第に戦いの趨勢は赤の王国軍有利へと変わっていくはずだった。

 しかし、いくら日数が経過してもそうなってはいない。むしろ、日を追うごとに、赤の王国軍の兵達に疲労の色が現れ、それと比例するように日々の被害も増えていた。

 右翼の隊の指揮を執っているカオスもまた、自軍の状況を理解していた。同じ天幕の中で、彼は総指揮官であるルージュへと視線を向ける。


「姐さん、このままじゃ負けるぜ。負傷兵の数も増えてきている。物資の方はまだなんとかなるが、さすがに兵の方は……」


 紺の王都からこの戦場までの距離に比べて、赤の王都からこの戦場までの距離は二倍以上。そのため補給面において不利なのは、ルージュも最初から理解していた。だが、この戦いに備えて、ルージュは事前に補給計画についてはしっかりと立て、城に残る部下に指示を下してきた。現状、その補給線に以上があるわけではない。それはルージュにもわかっている。

 赤の王国の方に特に問題があるわけではないのだ。戦いが進めば兵が疲労し、士気が下がるのは当然。

 むしろおかしいのは紺の王国軍の方だった。


「……これだけ戦い続けているのに、まるで今戦いが始まったかのような勢いで攻めてくる。一体どうなってるのよ、あいつら……」


「実際にそうなのかもしれないぜ、姐さん」


「え?」


「毎日、敵の小隊の中に汚れていない綺麗な軍服の連中が一定数混じってやがる。あれは服を変えたんじゃなくて、本当に新しい兵が加わってるんじゃないのか?」


「毎日補充兵が送られてきているとでも言うの? 戦況を聞いてから動くにしても早すぎる。それにそんな国力が紺の王国にあるはずが……」


 ないと言いかけてルージュは考え込む。


「……赤の王国と違って、紺の王国の西側は同盟国と友好国。国境周辺に置く兵を最小限にできなくはない。その上で王都や各都市の防衛戦力も必要最小限に留めれば……作り出せない兵力ではないわね。でも、国土を拡大したばかりの紺の王国は、まだ内政が安定していないはず。その状況で都を守る兵を減らせる? それに、同盟があっても所詮は他国。そんな不確かなものを信じているというの?」


 ルージュには真似のできないことだが、そこまですれば負傷兵のかわりに補充兵を入れて戦い続けられるだけの兵力にも納得がいく。


「でも、最初に対峙した時にはそこまでの余剰戦力はなかったはず。……だったら、紺の王国には都にいながら、戦場の動きを読んで、国内の防衛戦力を維持しつつ補充兵を送り続けている奴がいるとでもいうの?」


 この戦場では小隊に隠れたキッドの姿をまだ見つけられていないものの、ルージュは自分を苦しめる戦術の奥にキッドの存在を確かに感じていた。前回とは違い、今回の戦場にキッドがいることをルージュは確信している。

 しかし、それだからこそ、キッドや、ここでそのキッドのもとで小隊を縦横無尽に動かしている指揮官のほかに、後方でそれらを支える優秀な将の存在をルージュは脅威に感じる。


(……私にはそこまで信じて後を任せられる人間が、赤の都にはいないっていうのに)


 ルージュは悔しそうにまた爪を噛んだ。


◆ ◆ ◆ ◆


「キッド、これが今日送られてきた食料と兵のリスト」


「ありがとな」


 今日の戦いを終え、明日に備えて戦いの準備を進めていたキッドは、王都からきた補給部隊との受け渡しから戻ってきたミュウから紙の束を受け取り目を落とす。


「負傷兵や体調の悪い兵を送り返す段取りも順調よ。でも、黒の都に戻らせる兵と今回来た兵がほぼ同じなんだよね。ルルー王女、ホントにたいしたものだね」


「まぁ、後方支援のノウハウをルルー王女に教えた人が優秀だからな」


 資料を見ながら簡単に言うキッドを見て、ミュウの眉が少し吊り上がる。


「……言っておくけど、キッドより私の方がルルー王女に教えていた時間は長いんだからね! キッドはルイセと二人で国を長いこと空けてたし!」


 急にお怒り気味のミュウに驚いたキッドが顔を上げ、怒ってもなお美麗な顔を見つめた。


「いや、だからルルーに教えてくれたミュウが優秀で助かってるっていう話をしたつもりなんだが……」


 言い訳ではなくあまりに当然のようにそう言われたものだから、ミュウの方がつい照れて顔をそむけてしまう。


「……そういうことならいいよ。許してあげる」


「なにを許してもらったのかよくわからないけど……まぁ、ありがと。……でも、ルルー王女のおかげで兵も食料も不自由なく戦えているのは間違いない。これならルージュを落とせるかもしれない」


 キッドの言葉に反応し、ミュウは照れ顔を引き締めて再びキッドに真剣な顔を向ける。


「いよいよ勝負を仕掛けるの?」


 しかし、キッドは首を横に振った。


「いや、このまま持久戦を仕掛けるのには変わりはないよ」


「…………? ルージュを落とすんじゃなかったの?」


 ミュウは不思議そうに首をひねる。


「ルージュを落とす方法は戦場で直接倒すだけじゃないからな」


「それって?」


「ルージュはすでにこれが3度目の紺の王国への侵攻だ。3度ともルージュの意向であることはすでに掴んでいる。だから、ルージュはこの戦いで結果を出さなくてはならない。にもかかわらず、このまま持久戦を続けて兵を消耗させ続けることになれば、赤の王国でのルージュの求心力は間違いなく落ちる。それこそが俺の狙いだよ」


「なるほど。単にルージュを倒すよりも、赤の王国でルージュが力を発揮できなくなる方が、私達にとっては都合がいいってわけね。……さすがキッド、なかなか性格が悪いわね」


 ミュウが目を細めながら肘でキッドをつっつく。


「……おい」


「いやいや、褒めてるんだよ?」


「ホントかよ……」


 ミュウに可愛く首をかしげられ、キッドは嘆息しながら肩をすくめるしかなかった。


◆ ◆ ◆ ◆


 両軍の戦いは7日目を迎えた。

 ルルーの万全の後方支援のおかげで、紺の王国軍は負傷兵だけでなく疲労がたまった兵を下げるだけの余裕さえあった。そのかいもあり、紺の王国軍は変わらず高い士気を維持したまま戦場を駆け回り、赤の王国軍に襲い掛かっていく。


(……この戦い、見誤っていたのは私の方みたいね)


 自軍と敵軍の兵を見比べ、ルージュは自分の目論見が外れたことを理解する。


(このまま持久戦を続けても私達に勝ちはない。……そして、紺の王国侵攻を進めた私の立場も危うくなる。……勝負に出るならもう今しかない)


 ルージュは戦場を静かに見つめる。


(この戦術の中心にいるのは間違いなくキッドのはず。キッドを討てば、状況は大きく変わる)


 とはいえ、これまでの6日間で小隊の中に紛れるキッドを一度も見つけられていない。


(……落ち着け、私。キッドがこの戦術を操っているのなら、きっとたどれるはず。各小隊の動きはバラバラでも、その奥には一つの意思が通っている。その意思の大本にいる奴こそキッド。私ならきっと見つけられる……)


 隊の指揮を副官に預けると、ルージュは敵小隊の流れに集中した。

 小隊分散戦術の頂点にキッドがいるのは間違いない事実だった。

 とはいえ、キッドはミュウ達に情報と指示を送ってはいるものの、直接小隊を指揮しているわけではない。普通ならいくら小隊の動きを追ったとしても、キッドまでたどれるはずがなかった。

 だが、ルージュは普通の将ではない。

 軍師としてキッドと同等の力を持つからこそ、小隊の中に潜む核にたどり着く。


「……見つけたわよ、キッド」


 ルージュの位置からではキッドの姿は見えない。

 だが、ルージュは戦場の一点を見つめる。

 何か明確な根拠があるわけではない。しかしそれでも、彼女はそこにキッドがいることを確信していた。


「ラプト、これに着替えて」


 そう言ってルージュがラプトに投げ渡したのは、これまでの戦い中で敵兵から入手していた紺の王国軍の軍服だった。

 ルージュは自身も赤の王国軍の軍服を脱ぐと、手元に残ったもう一着の紺の軍服を見つめる。

 軍人にとって自国の軍服は己の誇りといっても過言ではない。それを脱ぎ捨て、あろうことか他国、ましてや因縁あるキッドのいる紺の王国の軍服を着るなど、ルージュにとっては裸を見られるのに匹敵するほど屈辱的なことだった。

 それでも、しばしの逡巡の後、ルージュは無言でその紺の軍服に袖を通していく。


(これもキッドを倒すためよ!)


 紺の王国の軍服姿という屈辱的な姿に変わったルージュはラプトへと目を向けた。

 見ればラプトはとっくに着替えを済ませており、紺の軍服姿になっても顔色一つ変えていない。軍にも国にもそれほど関心のないラプトにとっては、他国の軍服であっても単なる着替えと大差がなかった。


(ラプトを見てると気負い過ぎてる自分が馬鹿らしくなるわね)


 そんなラプトを見て、ルージュの心は少し落ち着く。


「行くわよ、ラプト。私についてきて」


「おう!」


 ルージュは後の指揮を副官に任せ、ラプトと共に紺の王国軍の小隊の中に紛れた。

 その群れの中に入ってしまえば、紺の王国軍の軍服を着た二人はもう見分けがつかない。

 そうして、誰にも気付かれることなく、ルージュはキッドへと近づいていくのだった。


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