第103話 紺対赤、開戦
赤の王国軍の動きはキッド達も掴んでおり、赤の王国軍の動きに合わせて、キッド達も黒の都へと移り、戦支度を整えた。
黒の都にはルルーが残って兵站をはじめとした後方支援を担い、キッド、ミュウ、ルイセ、ソード、エイミのフルメンバーで出陣し、国境付近に軍を布陣する。
国境の向こうには赤の王国も軍を展開しており、紺の王国の本部天幕では、キッド達5人が開戦前の最後の打ち合わせを行っていた。
「キッド、今回の戦術はどうするの? 竜王破斬撃を主軸にする? それとも――」
「もちろん小隊分散戦術だ」
エイミの問いかけに、キッドは即答する。
「兵の規模が大きくなればなるほど竜王破斬撃が与える影響は相対的に小さくなる。それに、竜王破斬撃に拘るあまり、軍全体のバランスを欠いては意味がない」
竜王破斬撃が強力な武器であることは間違いない。しかし、それとて戦術の一つでしかない。決して戦局を決定づけるほどの圧倒的な技ではない。竜王破斬撃の使い手であるキッドが、そのことを誰よりもわかっていた。
「逆に向こうが竜王破斬撃に固執してくれれば、こちらとしてはむしろやりやすい。ルージュがその程度の相手なら助かるんだけどな」
「キッド君の見立てでは、赤の導士はどう出てくると思いますか?」
「ルージュが同じ四色の魔導士を名乗っていたルブルックと同等の相手ならば、竜王破斬撃に頼った戦い方はしてこないだろうが、こればかりは実際にやってみなければわからない。こちらは相手の動きに合わせて最善の戦いをするまでだ。……そしてそれには、みんなの力が必要だ。頼りにさせてもらうぞ」
キッドに熱のこもった眼差しを向けられ、四人は力強くうなずく。
キッド達紺の王国軍に憂いはない。
全力で赤の王国軍を迎え撃つだけだった。
間もなくして、両軍の戦闘が開始された。
紺の王国軍からは、一部隊10人程度の無数の小隊が、一見バラバラに戦場を駆け上がっていく。その動きは無秩序に見えて、実は無秩序という確かな意思のもと統制された動きをしていた。
赤の王国軍のルージュは、主力を3つの隊に分けてそれを迎え撃つ。
兵力では赤の王国軍が上回っていた。
同じ戦術、同じ練度で対抗すれば、数で勝る赤の王国軍が勝利する。しかし、小隊分散戦術は今の赤の王国軍には使えない。あれを実行するには、兵にも将にもそれに備えた訓練が必要だった。前回の戦いからのこの短い期間、そして赤の王国軍全軍を掌握しているとは言えないルージュには、それは無理な話だった。
とはいえ、勝つためには必ずしも同じ戦術が必要なわけではない。
前回の戦いを経て、ルージュは小隊分散戦術の攻略法をすでに頭に描いていた。
ルージュが戦力分散の愚を犯してまで主力を3つに分けたのは、キッドの竜王破斬撃を警戒してのもの。中央の隊をルージュ自らが指揮し、右を知将ユリウス、左を赤の四騎士に任せている。
ルージュは自らが竜王破斬撃で戦局を動かすという選択肢を、あっさりと外していた。もちろん、使うべき機会がくれば迷いなく使うつもりでいるが、その魔法に拘るつもりはない。
竜王破斬撃があるから赤の導士としての自分がいるわけではない。竜王破斬撃は赤の導士の技の一つでしかない。そのことをルージュもまた理解していた。
「紺の王国軍、その戦術はすでに前回見ているわ。いつまでも私に通用すると思わないことね」
不敵な笑みを浮かべるルージュの隊を中央に残したまま、左右の主力部隊が戦場を横へと移動していく。
その動きは、もし紺の王国軍が戦力を集中させ一塊の部隊形成をしていたのなら、赤の王国軍は互いに連携が取れず各個撃破されるような動きだったかもしれない。
だが、今の紺の王国軍はそういう部隊編成ではない。赤の王国軍の動きに対応するかのように、小隊の群れが横に広く広がっていく。
「その戦術の弱点、それは戦線が広くなれば端の方までは互いの動きがわからなくなることよ」
ルージュは先の戦いで、紺の王国軍の小隊分散戦術のウィークポイントを見抜いていた。
どういう情報伝達手段を用いているのかは不明だったが、紺の王国軍は、あれだけ小隊を分散させながらも、統制された動きをしていた。それは、小隊の中に戦場を広く見渡せる優秀な指揮官が紛れて指示を下しているのは間違いない。
だが、その指揮官の数自体はそれほど多くはない。指揮官の指揮有効範囲から外れた位置にいる小隊の動きは、明らかに鈍く見えた。戦場が広くなれば、そういった小隊は当然増えることになる。
それになにより、いくら優秀な指揮官といえども、戦場全体をすべて見渡せるわけがない。そんなことは空から戦場を見下ろしでもしない限り不可能なことだった。だからこそ、通常指揮官は後方から戦場を俯瞰し、それでも見えない部分は部下からの報告で補いながら戦場をイメージする。
それなのに、指揮官自らも小隊の一つとして戦場の中に入ってしまえば、見渡せる範囲は当然狭くなる。狭く集中した戦場ならばそれでも問題なく機能させられるだろうが、戦線が左右に大きく広がってしまえば、おのずと限界が生まれる。そうなれば、小隊指揮にも綻びが生まれるのは当然の理だった。
「前回の戦いでも、終盤に戦場が広がった時には、小隊に乱れが生じていたわ。悪いけど、今回は最初からその乱れを作らせてもらうわよ」
ルージュの目論見通り、紺の王国軍の小隊はすでに前回よりも大きく広がっている。あとは、乱れが生じた小隊めがけて主力部隊を突撃させるだけだった。
手間はかかるが、崩れた小隊から確実に潰していく。それが今回のルージュの策であり、ユリウスや赤の四騎士にも指示していることだった。
「さぁ、見せなさい! 小隊の綻びを!」
罠にかかった獲物を探すように、ルージュは戦場を見渡す。
「…………」
「どうした、ルージュ?」
さっきまで威勢の良かったルージュが急に静かになり、自分の出番を待っている隣のラプトは首をかしげた。
ラプトと違い、ルージュと同様に戦場に目を光らせていたカオスは、ルージュのその沈黙の理由を理解する。
「……姐さん。俺にはその綻びってやつが見当たらないんだが、前回は本当にそんな乱れが生まれてたのか?」
険しい顔のカオスに問われても、ルージュは答えを返せる状態ではなかった。目を見開いて茫然としている。
「……ありえない。……こんなの本当に空から戦場全体を見てでもいないと無理よ」
ルージュの驚きの通り、紺の王国軍の小隊に乱れはなかった。
戦場がこれだけ広がっても、無駄なく動き、攻撃を正面から受けそうになればすぐに散り、逆に赤の王国軍の陣形の乱れたところを突いていく。
紺の王国軍がそんな動きを取れたのは、まさにルージュがつぶやいたとおり、紺の王国軍に空から戦場すべてを見ている者がいたからにほかならない。
ダークマター、キッドが作り出す、魔力弾を放つ漆黒の魔力球。それは術者と離れた位置から魔法攻撃を仕掛けられる反則級の魔法であるが、もう一つ特異な能力があった。
それが視覚共有。キッドは自分の目で見た視界と、ダークマターから見た視覚とを、同時に見ることができる。普通の者なら脳がパンクするような情報量であったが、キッドならばその処理が可能だった。この視覚共有の能力により、キッドは自分の目から視覚になる場所にも、ダークマターからダークブレットという魔力弾を放つことができる。
今回、キッドはこの視覚共有の力を、魔力弾による攻撃ではなく、小隊分散戦術へと活用していた。操作可能範囲ギリギリまでダークマターを空に上げ、そこから戦場全体を見渡している。前回のようにエイミの力では及ばぬところまで、キッドならばすべて把握することができた。
紺の王国軍の小隊分散戦術は、キッドが入ることにより完成形に至るのだ。
「敵右翼に正面への攻撃の気配がある。注意してくれ。逆に敵左翼の後方には乱れが生じている。そこを重点的に突いてくれ」
キッド自身も小隊に紛れながら、ダークマターの視覚共有で得た情報を口にする。
とはいえ、周りにはミュウやルイセ達の姿はない。
キッドのそばにいるのは魔導士達だった。
かつてエイミは黒の帝国時代に、紺の王国との戦いにおいて、戦場にいる魔導士と魔法で視覚共有させた魔導士をそばにおき、その者と視覚共有することで戦場の様子を自分の目で見ていた。
今回のキッドは、それと似たようなことをして、仲間と情報共有をはかっている。
キッドがしているのはこうだ。
AとBの魔導士を用意し、Bの魔導士にAと聴覚共有をさせる。それにより、Bは自分の耳で聞く音は何も聞こえなくなるが、代わりにAの耳に聞こえた音が離れていても聞こえるようになる。そして、Aをキッドにそばに置き、Bをミュウと共に行動させる。Bにはどこにいてもキッドの声が聞こえてくるので、Bがそのまま聞こえたことを口にすればミュウにもその情報が伝わる。
キッドはこうした魔導士を、ミュウ、ルイセ、ソード、エイミの全員につけ、随時戦場の様子を伝えていた。
一方通行の伝達手段ではあるが、これによりキッドは自分の得た情報と、自分の思い描く戦術を全員に伝えられる。
相手からの返答を求めることはできないが、ミュウ達なら確実な仕事をこなしてくれる、キッドはそう信じて疑わなかったし、ミュウ達もまたキッドのその期待に応えていた。
紺の王国軍はルージュの想定とは違い、隙を見せることなく、確実に赤の王国軍を削っていった。




