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第102話 出兵前の赤の王国

 白の聖王国軍と青の王国軍との戦況については、放っていた諜報員によって赤の王国のルージュのもとへもその情報が届けられていた。

 劣勢だった白の聖王国軍が逆に青の王国軍を押し返し始めたとの報告書を手に、ルージュは執務室でほくそ笑む。


「姐さん、なんだか嬉しそうだな」


 カオスは仕事の手を止めると、目じりをさげた顔をルージュへと向けた。

 賭博場での一件の後、ルージュの推薦によりカオスの軍への入隊試験が行われた。本来の試験開催日はずっと先であるため、それはルージュが強引がカオス一人のために強引に実施させたものだった。書類審査や筆記試験もルージュの推薦ということで免除され、実技試験のみの試験ということで、試験官の軍人達はおもしろくなさそうだったが、実技試験にてカオスの力を目の当たりにすると、試験後に文句を言う者は誰もいなかった。

 そうして晴れて正式に赤の王国の軍人となったカオスは、ラプトと共にルージュの執務室で仕事をしている


「まぁ、嬉しいと言えば嬉しい状況であるわね。青の王国が聖王国相手に苦戦しているのなら、こっちにちょっかいをかけてくる余裕はないはず。私達は青の王国を気にせず、紺の王国との戦に集中できるってものよ。これは私に風が吹いてきたわ!」


「姐さんが嬉しそうだと俺も嬉しいよ。どうだい、今晩あたり俺とメイクラブなんて?」


「バカ言ってないで、あなたは仕事を進めなさい」


 冗談か本気かわからないカオスの言葉をルージュは切って捨てた。

 ラプトの方はソファにかけて目を瞑り、何の仕事もしていないが、カオスは専用の執務机を用意され、その机の上には書類が積まれている。

 当初、ルージュはたいして期待もせず、カオスに自分の事務的な仕事を手伝わせたのだが、やらせてみたら文官達も真っ青になるほどの優秀さを発揮し、どんな分野の仕事でも期待以上にやってみせた。そのため、ルージュは今やカオスを右腕として、自分の様々な仕事を彼に任せるほどになっていた。

 そのカオスは、渋々ながら再び書類仕事にとりかかる。


「ルージュ、お前の見立てでは、白の聖王国相手なら青の王国が勝つのではなかったのか?」


 それまで起きているのか寝ているのかもわからずソファに座っていたラプトが、急に話しかけてきた。内政や外交の話には全く興味のないラプトも、戦に関することなら話は別だった。


「青の王国には、青の導士を名乗るルブルックがいたからね。私の計算では、この島の北側を私がいる赤の王国が、南側を青の導士がいる青の王国が征服し、最終的には私と青の導士とで覇権をかけた戦いをすることになるはずだったのよ。……なのに、こんなところで青の導士が消えるとは、思いもしなかったわ」


「青の導士を自称するだけで、そこまでの力はなかったということか?」


「……いえ、青の導士は外交の場で私も一度見たことがある程度だけど、あれは本物よ。だからこそ、青の導士に対抗するために、紺の王国へ侵攻して国力の増強を目指したのだから」


「ほぅ。ならば白の聖王国にはその青の導士を(くだ)すほどの猛者がいるということか?」


 ラプトの顔が急に嬉しそうになる。


「諜報員からの情報では、青の導士を討ったのは聖王国の三本の矢候補の魔導士ということだけど、間違いなくそれは嘘ね。私の想像が正しければ、青の導士を倒したのはキッドよ。あいつが聖王国にいたのなら、戦場で聖王国が用いた広範囲魔法も、この前私達が紺の王国に攻め込んだ時にキッドが姿を見せなかったことも説明がつくわ」


「キッド……あの魔導士か」


 新たな強敵の存在を予感して嬉しそうにしていたラプトが渋い顔になる。残念ながら魔導士はラプトにとって興味の対象外だった。

 しかし、ルージュはそのキッドにこそ闘志を燃やす。


「そうよ、あのキッドよ。けど、キッドが青の導士を倒してくれたのなら手っ取り早いわ。青の導士を倒したキッドを私が倒せば、私こそ最高の魔導士ということ! 今までの苦労も、最後に私が勝つためだったのよ!」


 ルージュとラプトのやりとりを、片手間に仕事しながら聞いていたカオスが、顔を上げて少し不思議そうな表情でルージュを見やる。


「姐さん、随分とそのキッドって男にご執心なんだな。もしかして、前にフラれでもしたとか?」


 カオスのとんでもない言葉にルージュの顔が歪む。


「はあぁぁぁぁぁぁ!? そんなわけないでしょ! キッドは私が倒さなければならない因縁の相手ってだけよ!」


「確かに、その反応を見ると、そういう気はなさそうだな。安心した。どうよ、姐さん、今日こそ本気で俺と一晩ともにしてみないか? 俺のことを知ったら、姐さんも絶対俺に惚れるはずだぜ」


「……いい加減にしなさい」


 ルージュは冷たい視線をカオスに向ける。


「相変わらずつれないねぇ。俺がこれだけ誘ってるのに一向になびかない女なんて姐さんくらいだぜ。ますます姐さんを俺の女にしたくなってきた」


「……あなた、私の部下だってことわかってる?」


 ルージュは、懲りずに流し目を送ってくるカオスに呆れた顔を浮かべる。

 カオスの仕事っぷりは文句なしなのだが、こうやってたびたび口説いてくることには辟易していた。

 とはいえ、ルージュは口ぶりほどには、カオスに声をかけられることを実のところそれほど嫌がってはいない。

 ルージュは人目を引く容姿をしているものの、男勝りの圧倒的な才能と、常に発している男を寄せ付けないオーラにより、これまでまともに口説かれたことがなかった。そのため、カオスから甘い言葉をかけられるたび、乙女なままの心の部分を刺激され、まんざらでもない気にはなっていた。

 ただ一つルージュの気に入らないことは、目の前で自分が口説かれているのに、ラプトが嫉妬するどころか、気にした様子も見せないことだった。


(あの男は、私に何も感じてないのかしら?)


 ルージュは横目でラプトの様子をうかがう。

 青の導士を倒したのがキッドだとわかって興味を失ったラプトは、相変わらず腕組したまま目を閉じているだけだった。


(もし本当に私がカオスと一線を超えたりしたら、どう思うんだろ? それでもこのままなのかしら?)


 ルージュはカオスに気づかれぬよう、顔を動かさず視線だけラプトからカオスへと移した。


(カオスって本当に顔はイケてるのよね。あんまり私の好みではないけど……)


 そんなことを思っていると、ふいにカオスが顔を上げ、二人の視線が合う。


「あれ? 姉さん、今俺の顔見てた? もしかしてようやく俺の格好良さに気付いたとか?」


(くっ! 相変わらず目ざとい! 覗き見もできないじゃない!)

「違うわよ! ちゃんと仕事してるか監視してただけよ!」


 カオスを見ていたと知られると、また調子の乗られそうなので、ルージュは無理矢理でも否定して誤魔化す。


「その割には、姐さんの綺麗な紅い瞳の中に、ハートマークが見えてたぜ」


「あなたを見てそんな目になるわけないでしょ! 口ばっかり動かしていないで、とっとと手を動かしなさい! またしばらく王都を離れることになるんだから、やれる仕事は今のうちにやっておかないといけないのよ!」


 王都を離れるというルージュの言葉に、すぐにラプトが目を開いて反応する。


「ようやく戦の準備が整ったのか?」


「ええそうよ。軍の編成ももう終わるわ」


「旦那、そのために俺らは、本来の姐さんの仕事に加えて、姐さんが出兵したあとの補給や代理の者の王宮内での立ち回りに関する指示書なんかも作ってるんだぜ。旦那も少し手伝ってくれよ」


「……それは俺の仕事ではない」


 カオスの言葉を切って捨てると、ラプトは腕を組んだまま再び目を閉じた。


「姐さん、旦那があんなこと言ってるけどいいのか?」


「ラプトはあれでいいのよ。その分戦場で働いてもらうから」


「……いや、戦場には俺も行くと思うんだけど? 俺だけこき使われ過ぎじゃね?」


 カオスは悲しげな顔をルージュに向けて気を引こうとしたが、ルージュは書類に目を落としたまま、カオスの方を見ようともしなかった。


「…………」


 カオスはそのまましばらくルージュを見続けたが、何も反応してくれないため、仕方なく仕事の続きを始めた。


 それから一週間の後、溜まっていた仕事を終え、不在の間の段取りもすべて終えたルージュは、戦準備を整えた赤の王国軍を引き連れ、王都から出発した。

 ラプト、カオスに加え、武勇を誇る赤の4騎士、知将ユリウスをはじめとしたゾルゲ配下の優秀な将など、その陣容は質・量ともに間違いなく過去最高のものだった。


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