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第101話 フィーからの手紙

 白の聖王国を離れたキッドだったが、青の王国や、何より青の導士ルブルックのことが気になっており、聖王国を離れる際に、レリアナ達に青の王国軍の情報を伝えてくれるよう依頼していた。

 レリアナの命を受けたのか、律儀にもフィーユからはたびたび使者に預けた手紙が届けられている。

 王都の王城に戻ったキッドは、軍師用執務室で今もフィーからの手紙に目を通していた。


「フィーさんからですか?」


 なぜかフィーユからは、軍人がやりとりするには相応しくないような可愛い色の封筒が使われていたり、手紙に押し花がしてあったりするため、見ただけでルイセにもそれが誰からのものであるかすぐにわかる。


「ああ。あれ以来青の王国軍にはルブルックもサーラも姿を見せていないようだ」


「ということは、二人とも崩れた崖に飲み込まれたと考えていいんでしょうか?」


 ルイセの問いにキッドは渋い顔を浮かべる。


「……そう願いたいけど、俺が地面に空けた穴に逃れる前に見たルブルックの顔は、死を覚悟した人間がするような顔じゃなかった。あの顔が引っ掛かる……」


「私もサーラさんがあのまま簡単に終わるようには思えません」

(もしあの状況に置かれたのが、あの二人ではなく私とキッド君だったら、私は何があってもキッド君だけは守ってみせます。あの時のサーラさんからは、私と同じ想いを感じました。彼女があのまま何もせず死を待ったとはとても思えません……)


 ルブルックとサーラが姿を見せていないという報せを受けても、キッドに浮かれる様子はなかった。

 とはいえ、フィーユからの手紙には、キッドの顔を綻ばせる内容も記されていた。


「グレイが戦線に復帰したらしい」


「――――!」


 キッドの言葉に一番反応したのは、同じ部屋で二人のやりとりを聞いていたミュウだった。白の聖王国の件については、ミュウも詳しい報告を受けてはいる。しかし、話に聞くのと実際に体験するのとでは大きな隔たりがある。そのため、聖王国と青の王国の件について、キッドとルイセが二人の世界を作ってしまうと、ミュウとしてはなかなか踏み込みづらいものがあった。ただ、それでも模擬戦とはいえ手合わせをしたグレイの話とあっては、ミュウもつい反応してしまう。


「グレイは左腕を斬られたんじゃなかったの?」


 ミュウの疑問は当然のものだった。

 腕をなくした人が使う義手自体はこの世界に存在しているものの、それは見掛けをよくしたり、無事な方の手の補助的に使えたりするくらいで、指先まで自在に操れるような義手は、少なくとも一般人が使えるものとしては存在していない。


「ああ見えてグレイには魔法の素養があるらしい。もっとも、実戦で使えるほどの才能ではないらしいが」


「――――!? そうだったの!?」


 キッドの言葉でミュウは理解した。

 あくまで一般人が使う義手ならば、失った手の代わりになるようなものではない。しかし、魔導士用の義手ならば、指先まで魔力を流すことにより、人間の手のような複雑な動きを行うことが可能だった。もちろん、人間の手に比べれば動きは劣るし、魔力も使用するし、力という点では元の手に比べるまでもないほど非力なものだ。それでも、日常生活に関してはほぼ不自由なく過ごすことができる。グレイに魔法の素養があるということは、そういった義手が使えるということにほかならなかった。


「魔導士用の義手なら、力は弱いけど握ろうと思えば剣も握れる。もともと右手だけでも戦えそうな腕の太さだったからな、義手とはいえ十分な戦力になるだろう」


「そうだねよね……よかった」


 キッドの言葉にミュウはほっとした顔を浮かべた。


「それにフィーによると、ティセと協力してグレイの義手に何やら秘策を講じたらしいぞ」


「秘策?」


 ミュウは不思議そうに首をひねる。


「ああ。具体的に何をしたかは書いてないけど、見たら絶対驚くと思うって、文字からも自慢げな感じが伝わってくる。グレイの腕だと思って調子に乗って変なことをしてないといいんだけどな」


「義手の中に剣でも仕込んでるとかありそうじゃない?」


「んー、フィーならやりかねないかもしれないけど、ティセがどう言うかな?」


 首をかしげたキッドを見て、ルイセも二人の話に入ってくる。


「ティセさんもああ見えて結構トリッキーなことは好きそうです。フィーさんと二人で考えたのなら、十分あり得ると思いますよ」


「やっぱりルイセもそう思うんだ……。何をされたのかわかんないけど、グレイ、ご愁傷様です」


 ミュウは遠い空の向こうにいるグレイのことを思って祈らずにはいられなかった。


「フィーによれば、グレイ復帰に加えて、レリアナ様も戦いのたびに聖王として成長する姿を見せているらしい。この調子なら聖王国が奪われた領地を取り戻すのも時間の問題だろう。……俺はルルー王女にこのことを報告に行ってくるよ。レリアナ様のことはルルー王女も気にしているからな」


「そうだね、早く教えてあげた方がいいね」


「じゃあ、ちょっと行ってくる」


 そう言ってキッドは席から立ち上がる。


「いってらっしゃい」


 ミュウの声に送られて、キッドは執務室を出て、別の公務を行っているルルー王女のもとへと向かった。

 ミュウは、キッドの足音が遠くなっていくのを確認すると、静かに顔をルイセの方へと向ける。


「――ところで、ルイセ。まさかとは思うけど、聖王国にいる間に、レリアナ様やティセさんとキッドの間に何かあったりはしてないよね?」


「はい。お二人ともキッド君のことを信頼してくださいましたけど、それはあくまで一人の頼りになる魔導士としてであって、なにか特別な感情があるようには思えませんでした。正直、私はほかの人の気持ちを推し量るのが得意ではありませんが、そのくらいのことはわかります」


「そっか。それならよかったよ」


 ミュウは深く息を吐くと、安心した顔で椅子に深く座り直す。


「すでに一人王族にライバルがいるっていうのに、聖王まで加わったらたまったものじゃないものね」


「……フィーさんのことは気にしないんですか?」


「フィー?」


 ルイセの言葉にミュウは不思議そうな顔でルイセを見返す。


「フィーはまだ12歳だよ? 魔導士としてキッドのことを尊敬しているのは私にもわかるけど、なんだかんだいってもまだ子供。だいたい、キッドがそういう相手としては見ないよ」


 ミュウとしては、フィーユのことは恋敵として見ていなかった。ルルーくらいの年齢ならば結婚をして、早ければ子供を作るようなケースもなくはない。だが、さすがにフィーユは幼すぎる。ミュウは魔導士としてはフィーユのことは評価していても、恋の勝負において、彼女が同じフィールドに立つことになるとは考えてもいない。


「……そうなのですか?」


 けれども、ルイセがあまりにも自然にそう返してくるものだから、ミュウは急に不安になってきた。


「……え? ルイセ、なに、その顔? ちょっと、もしかしてキッドが実は小さい女の子が好きとか、そういう情報掴んでたりするの?」


「いえ、そういうわけではありませんが……ミュウさん、冒険者の頃や緑の公国にいた頃にキッドさんと長く一緒にいらしたのに、お二人の間には何もなかったんですよね?」


「……うっ」


 痛いところを突かれてミュウの顔が歪む。


「この国に来られてからも、竜王の試しなどで二人きりで行動されているのに、その時も同じだったんですよね?」


「いや……、あれは……命をかけた戦いの前だし……そういう雰囲気になるほうがおかしいというか……」


 ミュウはルイセの指摘に、自分の魅力のなさが露呈するようで、ついしどろもどろになってしまう。


「私も聖王国に向かって以降はキッド君と二人きりでしたが、正直、何もありませんでした」


「……そうなんだ」


 ルイセの告白を聞き、自分だけではなかったのだとミュウは少しほっとする。


「実際私は女性としての魅力には欠けるので、それは当然のこととは思いますが、ミュウさんは私の目から見ても女性として非常に魅力的だと思います」


(いやいや! ルイセこそ、物凄い美人なんだけど! 髪整えて着飾りでもしたら、たちまち貴族の中でも評判の令嬢になるのは間違いないんだけど!)


 ミュウは心の中で激しく突っ込むが口には出さない。ルイセ本人は本気で言っているようだし、自身の魅力に気づいたルイセが急にオシャレを始めようものなら、ミュウとしてはキッドがルイセに惹かれてしまいそうで気が気でない。


「私はともかく、ミュウさんのような人と一緒にいてキッド君が何もしてこないというのは、おかしくありませんか?」


「むむむむむ……」

(確かに……。私がキッドの好みじゃないのかもしれないという可能性は、正直考えないこともなかった。でも、ルイセなんてどう見ても美人。私のことがタイプじゃなくても、ルイセを見て男の人が心を動かさないなんてことがある? そう考えたら、そもそも私達の年齢自体がキッドの好みから外れているという可能性も……)


 ミュウとルイセは互いに眉間に皺を寄せながら、顔を見合わせる。


「……フィーか。……あり得なくない気がしてきたよ」


「ミュウさんもやっぱりそう思いますか?」


 ルルーに聖王国の状況を報告している間に、二人の美女に不名誉なレッテルを貼られて失礼なことを想像されているなんて、キッドは夢にも思っていなかった。


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