風呂上りミルキーウェイ
お風呂から上がって体を拭き、パジャマ代わりのダボッとしたワンピースに袖を通して髪を乾かしながら樽風呂の蛇口を開ける。
ちょっと蛇口が細いかな。出て行くお湯の量が少ない。中を洗うのは明日入る前にやろう。
はるか頭上のポッカリ開いた穴から見える空はすっかり暗くなり、夜のとばりが下りたことを教えてくれる。
ぐぅ~。お腹が鳴る。
お昼あんなに食べたのにもうお腹が空いてる。
そういえば、十代の頃はとにかくお腹が空いて空いて仕方が無かった気がする。
キャラメイクは成人から老人までしか出来なかったので、私ことモミジのこの体も大人なはずだが。遅い成長期だろうか。
それにお腹いっぱい食べてもウエストのサイズが変わってない気がする。満腹感はあるので、お腹の中にブラックホールがあるというわけではないようだ。
うーん。女の子ってミステリアス。なんせお砂糖とスパイスと素敵なものいっぱいで出来てるもんね。さしずめ私はそこに入っちゃった謎の物体Xか。
朗報です。牛乳を発見しました。夜明けです。火、卵に続く我らの食卓第三の夜明けです。
ああ、これで白湯で口を湿らせる日々から開放されます。味のついた飲み物が日常の現代人に、水かお湯かの無味乾燥飲料生活は気が滅入ります。
失礼、少々大げさに言いました。まだ気が滅入るほどでは無かったです。
いやー、牛乳ですよ牛乳。
お酒が沢山あるんだから、ゲーム内に存在した牛乳だってあるはずだと思ってたんですよ。諦めないで良かった。
パン食にはやっぱり牛乳。ご飯もいいけどメインはパンなので牛乳は欠かせません。
牛乳があることで料理のレパートリーも増えますよ。
それではまずトウモロコシを茹でます。
皮を剥いでヒゲを取って、芯ごと茹でます。今日は二本ぐらいですかね。
茹で上がったらトングでトウモロコシを取り出します。ちなみにトングは鍛治道具。未使用っぽい感じだったので洗ってキッチンで使います。
あ、茹で汁は捨てちゃダメですよ。使いますからね。
包丁でざっと粒を取り、包丁で細かく刻みます。トントントントンとにかく刻みます。
適当なところで刻んだトウモロコシを綺麗なフキンで包んで茶巾にして、とってあったお鍋の茹で汁の中に茶巾部分を入れてヘラを使ってギュッギュと潰します。
中身が出切ったなというところでフキンを鍋から出し、トウモロコシのおいしいのを一滴も残さないようにギューっと絞ってください。これでトウモロコシの皮と中身が分離出来ました。
あとはお鍋を暖めながら牛乳とチーズをひとかけら入れて塩で味を整えて、完成。
コーンポタージュスープの完成です!革命です!貧弱な食生活にスープの革命です!
あとは切ったパンをトーストしながらフライパンで厚めに切ったベーコンを焼き、焦げ目が付いたところでお皿に取り、卵二個をチーズと溶いて、ベーコンから出た油でオムレツにする。
水洗いして手でちぎった山盛りのレタスに削ったチーズをかける。玉ねぎをみじん切りにして、多めのオリーブオイルと塩で炒めて、レタスの上にかけて完成。
朝食みたいな夕食だ。
食べる段で気付いた。ケチャップが無い。オムレツにはケチャップなのに。マキシマスでトマトを見た記憶がないので、トマトから作ることも出来なさそう。ああ、トマト…グッバイトマト。
気を取り直して、手を合わせていただきます。
まずはコーンポタージュ。スプーンで軽くかき混ぜてすくうと、溢れてとろみのついた雫がゆっくりと皿に落ちていく。
慌てずにふーふーと冷ましてからそっと口に含む。おいしい。
トウモロコシの甘みが牛乳と溶け合って、そこにチーズの香りとまろやかなさが豪奢な味を演出している。
これ、パンに付けたら最強じゃないか?
パンを一口大の大きさにちぎり、スプーンに乗せてコーンポタージュの海に沈める。いいぞ。全部吸い込め。
スプーンを引き揚げると十分にスープを吸ったパンは、ポタージュ色と小麦色をした耳と真っ白な部分のコントラストが食欲をそそる。今すぐお口の中にご招待だ。
ほっとため息を吐いて一旦休憩。
レタスを一口。素晴らしい清涼感が口の中をリセットしてくれる。玉ねぎのドレッシングは至極簡単なのに美味い。いや、簡単だからこそ美味いのだろうか。
レタスだけのサラダはハネムーンサラダって言うんだっけ。名前はロマンチックだね。
オムレツ。おいしい。
玉子に包まれたチーズはナイフを入れるとトロリとしていて、それでいて崩れたりはせずに断面の形を保っている。ベーコンから出た油で炒めたので塩加減も申し分ない。
だからこそ、ケチャップが恋しい。ああ、トマトはここまで偉大な存在だったのかと思い知る。でもおいしい。おいしいよ。
一旦ポタージュに戻る。
スープはいいよね。いくらでも入っちゃうし、食卓に潤いが出る。当たり前だけど。
さあベーコンだ。厚切りベーコンだ。薄いベーコンも好きだけど、やっぱり厚切りを表面カリッと中はジューシーに食べるのが一番好きだ。
フォークで押さえながらナイフを入れる。おっ、さすが本場のベーコン。ただでは食われないぞ!と言うかのように食卓ナイフに抵抗してくる。抵抗は無意味だ。大人しく私に食べられるがいい。
ナイフが入ると表面のカリッとした層に閉じ込められた油と肉汁がぴゅっと出る。いやがおうにも期待が高まる。
切り終わると同時に口に入れる。まず脂身の甘さが口いっぱいに広がり、直後に暴力的とも言える肉と塩味が襲ってくる。
これか!これが本物のベーコンか!そうだ、これがベーコンだ!
けして上等とは言えないバラ肉にこれでもかを塩とスパイスを練りこみ、燻製する。ただただ、保存性を優先して作られたのだ。
でもそれがベーコンなのだ。これがベーコンの旨みだ。柔らかい脂身とキュッと締まった赤身のコンビネーション。最高。
最後に一杯の牛乳を一息で飲み、夕食を終える。
ごちそうさまでした。
洗い物と明日の朝食の下ごしらえを済ませて、キッチンを後にした。
この世には生きるのに必ず必要なものがある。
ただこの家はゲームの中の家なので、ゲームの描写から省かれた生活必需品というものが圧倒的に足りない。
例えばお風呂。お風呂は…ああ、お風呂は単純に私がハウジングした時に作らなかっただけだった。すみません。
じゃあお風呂は置いておいて、えーと、あー。
あ、はいじゃあね。前置きは良いんです。歯ブラシ作ります。意外とゲームの中に無いですよね。歯ブラシって。
一応指に布を巻きつけて歯磨きっぽいことはしてたのですが、やっぱりちゃんとガシガシ磨きたいですよね。なので作ります。
材料はこちら。
棒!と、麻の布!
はい。
本当は堅い動物の毛なんかがあれば良かったのですが、どうしても無いのである物で作ります。
まずは棒を歯ブラシ本体のように削ります。荒めでいいです。ある程度形が出来たらやすりで削りますからね。あ、削りカスはちゃんと取っておきましょう。薪を燃やす時の初期段階の焚き付けに使えます。
まずは持つところですね。シュッシュッシュと。持ちやすいようにちょっとカーブ付けてみたりね。
で、口に入る部分ですが、ここはスプーンを平べったくしたような感じにします。スイスイスイっと。出来ました。
そしてここ重要。口に入れる部分に持ち手の側から左右に二本、糸ノコギリで切れ目を入れます。
それが終わったら全体をざっとやすりで削って形を整えて、紙やすりでこすります。
実は今まで、木はなるべく口に入れないようにしてました。食器は元々あった陶器や鉄製です。コップはガラス。
昔見た本で、キャンプに出かけて箸を忘れたので木の枝を削って箸にしたらその木に毒があって全滅したという話があって、それでちょっと敬遠してました。
でもやっぱり、料理をする時なんか菜箸あれば便利だなーってなりますよね。ご飯もやっぱりお箸で食べたいです。だけど死んじゃうかもしれない!怖い!
そして今直面してるのが歯ブラシ問題です。
歯ブラシはどうしても既存のものを組み合わせてというのが思い付きませんでした。
ならばもう作るしかない。
そして今の私で作れそうなのは木製品だ、と。
毒で死んじゃうかも!と清潔さ。天秤にかけてどちらが重いでしょう。
私は清潔さをとります。清潔さのためならば死にましょう。それは言い過ぎ。まあきっと大丈夫ですよ。
はい、紙やすりのおかげで全体がツルツルになりました。
ここで麻の布の登場。
3センチ3センチぐらいですかね。小さくカットして、持ち手の部分を包むような形にして、そのままスライドさせて二つの切れ目に挟みます。
形が見えてきましたね。
左右に出てる布の長さを同じぐらいにして、持ち手と水平方向の横糸を除いて、縦糸は右左のひと組ひと組をギュッと結びます。
結んだ先の余った糸をほぐして完成。うーん。かわいさのかけらも無い!でも手作りの実用品ってこんなもんですよね。
その後は菜箸と箸をいくつか作ったので今日はおしまい。
寝る前に早速、手作り歯ブラシに塩をつけて、歯磨きをする。
うわーしょっぱい。鏡の中の私もしょっぱーって顔してる。
くちゅくちゅ、ペッ。
何度か水で口をすすいだあと、鏡に向かって口をイーっとする。うん。綺麗になってる。思い付きで作った割りに、これはすごくいいんじゃない?
よーしじゃあ寝よう寝よう。今日は色んな物を作ったので疲れた。早くベッドに入ってしまおう。
ベッドに潜り込んで目を閉じて思う。
使った木に毒があって、寝てる間に死んじゃって、起きたら幽霊で、眠ったままの自分の体を見てびっくりしちゃったりして。
「あー!やっちゃったー!!」って叫んでも、人から見たら「OooOoOOoOo」としか表示されないの。フフフ。
じゃあ毒じゃないことを祈って、おやすみなさい。