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9.雄々敷檀司郎、アルティソール王国を知る

 アルベルト・アルティソーラー。アルティソール王国第四代国王。


「情報うっす」


 それが檀司郎のアルティソール王国の歴史書を読んだ感想であった。図書室で一人深いため息を吐いて、再度手元の歴史書に目を戻す。

 絵としてではあるがアルベルトの姿も載っている。しかしそれ以上の情報がほとんどない。

 四代目の国王であり、アルフレイド・アルティソーラーという息子がいる事くらいしか書いていない。わざわざ歴史書を引っ張り出してきたというのに、スマホで検索した時に出てきた情報と大して変わらない。


 ──このアルフレイドっていう王子の方が、あの破落戸(ローグ)に似てるよなぁ。


 アルベルトの方も似てはいるのだが、アルフレイドとは決定的な違いがある。アルベルトには鼻の上を両断するかのような切り傷があり、アルフレイドにはない。そしてあの破落戸(ローグ)の顔に切り傷など存在しなかった。


「いったい何なんだ? ただの妄言垂れ流し野郎であってくれた方がマシだぞ」


 大昔の王族が現代に破落戸(ローグ)として蘇ったと言うよりはよほど現実的だ。

 そもそも過去の人類がダンジョンで蘇るなど、漫画やゲームじゃあるまいしそんな事はありえない。とは檀司郎は断じる事ができない。


 ダンジョンは何でもありだ。そも魔王という存在も九百九十九層に到達した時点で唐突に出てきたのだ。昔の偉人がアンデッドとしてダンジョンを彷徨っていても不思議ではない。

 そこまで思考が及んだ時、ふと視線を感じた檀司郎は咄嗟に振り替える。


「こんにちは、檀司郎君。お勉強の最中でしたか?」

「レドラ先生?」


 普段は保健室で待機している彼女が、図書室に来るのは珍しい。首を傾げる檀司郎に、レドラはにこやかに笑う。


「借りていた医学書を返しに来たのですよ。檀司郎君は……アルティソール王国の歴史の勉強、ですか」

「アラクネの巣の破落戸(ローグ)が妙な名前を名乗ったので、念のために調べているだけですよ」


 アルベルト・アルティソーラーを名乗った破落戸(ローグ)。その事をレドラに打ち明けると、顔に手を当てながらまぁと驚く。


「アルベルト、ですか。数千年前であれば珍しい名前ではありませんね。わたくしもアルティソール王国の出身ですが、王族の中には何人かアルベルトという名前の方がいた筈ですよ」

「……そうなんですか?」

「えぇ。偉大な先人にあやかるという、げん担ぎの一種なのだと聞いた事があります。多手人(ヘカトンケイル)には無い考え方で、非常に面白いと思いました」


 珍しくないのは数千年前だという情報に、当時の人類がダンジョン内を彷徨っているという推論が補強される。

 多手人(ヘカトンケイル)は悠久を生きる種族だ。そんな彼女にとっては、少し懐かしい話程度の認識でしかないのだろう。


「ですが今のアルティソール王国にアルベルト王の偉業を正しく知る人などいません。姿絵が残るのみで、彼が国に齎したものは何一つとして残っていません」

「このアルフレイドという人物は?」

「アルフレイド・アルティソーラーは廃嫡されましたね。当時は色々とありましたから。アルベルト王の次は確か、彼の甥が王冠を戴いた筈です。えぇと……あぁ、ありました。この方ですね。アルフェニウス・アルティソーラー」

「まるで見てきたように言いますね」

「えぇ、見てきました。アルベルト王に謁見した事もありますしね」


 その言葉に檀司郎はレドラの顔を見るが、冗談を言っているようには見えなかった。


「歴史書の監修をした方がいいのでは?」

「長命者が人類の歴史に肩入れしてもロクな事になりませんよ。人類が伝え、残す事に意味があるのです」

「……なるほど」

「それに、歴史を片手に先祖の偉業を語る人を見るのはとても微笑ましいものなんですよ?」

「幼児のお遊戯レベルの話なんですか?」


 予想以上に永く生きているレドラに驚愕しつつ、檀司郎の中で彼女に確かめてみたい事が生まれた。それだけ永く生きているのであれば、彼女はもしかして魔王の正体も知っているのではないだろうか、と。

 世間では魔王としか呼ばれておらず、その名前も謎に包まれている。昔出会った男が──レズヴェルが魔王だというのであれば。もしかすると彼も過去の者なのではないか。

 檀司郎はふと、レドラに聞いてしまった。


「レドラ先生」

「はい? 改まってどうしました?」

「レズヴェルという男の事も知っていますか? タキシードみたいな服を着て──」

「その名前、あなたはどこで知ったのですか?」


 圧。そうとしか言えぬ力をレドラから感じ取る檀司郎。


「もしダンジョンでレズヴェルと会ったと言うのなら、悪い事は言いません。もうダンジョンには関わらない方がいい。次に会えば命を落とす事になるかも……いえ、確実に死ぬでしょう」

「……そんなに危険な人なんですか?」


 穏やかではない。普段の優しい雰囲気が完全に沈黙したレドラは、それゆえに本気なのだと檀司郎は理解した。

 檀司郎の漏れ出た疑問に、レドラは迷う事なく肯定する。


「かつてこの世界には魔法使いと言う生き物が存在していました。今の魔法式に魔力を流して発動させるような紛い物ではない。自らの魔力だけで世界を捻じ曲げる、本物の奇跡を操る超常生物が」


 現代の人類は魔法式が刻まれた装具があれば誰でも魔法が使える。檀司郎も魔力測定で不可判定を貰っているが、それでも魔法式に魔力を流せば魔法が発動するのだ。

 しかしレドラの語る魔法使いはそうではない。魔法式という補助輪など不要で、自分が思い描くままに世界を歪ませる存在なのだという。


「ダンジョンが存在しない時代のアルティソール王国は魔法使いの巣窟でした。そんな化物を飼い慣らして管理したのがアルベルト王なのです。彼は『六法(ろくほう)愚者』という魔法管理機関を組織し、その長にレズヴェルを据えました。今のアルティソール王国には六法愚者の影響は微塵も残っていませんが、当時は王国の国防を担っていたのです」

「そこまで強かった、という事ですか?」

「強い弱いの話ではありません。あれは喋る兵器ですよ。爆撃機やレーザーキャノンと同じカテゴリです。人類と一緒にしてはいけません。ジャンル違いです」


 そしてレドラは念を押すように檀司郎へ告げる。


「檀司郎君がどうしてレズヴェルの名前を知っているかは分かりません、詳しくは聞きません。ですが覚えておいて下さい。あれは檀司郎君が思っている以上に危険な生物なのです」


 レズヴェルがダンジョンにいたのであれば、同じように六法愚者に所属した魔法使いも存在しているかも知れない。現代の人類では決して届かない、本物の魔法を使う生物が。

 危険、などという言葉すら生温い。敵対すれば命はない。ダンジョンの攻略情報に存在しない、歩く即死トラップだ。

 レドラの只ならぬ剣幕に、檀司郎はただ唾を飲み込んで頷くしかできなかった。

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