8.百瀬桃華は思い出す
「……はぁ」
百瀬桃華はお世話になった先輩の遺品を何とか回収し、学園共同墓地の近くにある遺品堂へ納めた帰り。近くにあった広場のベンチで休憩しながら、ふと考える。
檀司郎と協力してあの破落戸──アルベルト・アルティソーラーを退ける事には成功したが、仇を討つには至らなかった。
あれは強い。今の桃華と檀司郎で撃退できたのは運が良かったと言っていい。次に出会えば殺されるのはこちらかも知れない、と桃華は危機感を抱いていた。
「この魔力の……光属性の力でも、今の私ではあの男には届かないのでしょうね」
光属性の魔力は希少である。百瀬桃華が知る限り、他に光属性の魔力を持っている者と言えば、百相院本家の現当主である百相院屡嘉のみ。しかし百相院屡嘉は異次元の本家に引っ込んでいる為、桃華も片手で数える程度しか会っていない。
必然と、桃華こそがこの世界唯一の光属性の魔力持ちという事になる。それゆえに命を狙われる事など日常茶飯事だ。
その中でも特に命の危険があったのは、破落戸の協力者によるダンジョンへの拉致である。
桃華が幼い頃の話だ。意識を奪われ、いつの間にか破落戸の巣へ転がされていた。
桃華にとって苦々しい記憶。しかし決して苦しいだけでは終わらない。今の桃華を形作る、大切な思い出でもある。
◆
『ほうほう。今日は随分と大漁じゃないか』
百瀬桃華は思い出す。確かあの時、小太りの破落戸の声に震える子供が自分以外にも二人いた、と。
男の子と女の子だ。桃華と同じく、気付いたらここに連れ込まれていたのだろう。
味見をしよう。破落戸はそう呟くと近くの男の子を捕まえる。そのまま汚い股間を男の子の尻に当てて擦り始めた。その醜悪さに幼い桃華は顔を歪めて絶句する。あまりの光景に言葉を忘れたのだ。
しかし、そのおぞましい光景は唐突に終わりを迎える。
『見~つけたっ!』
場違いに明るい声が降ってきたその瞬間、男の子の股をまさぐり始めていた破落戸は一瞬で炭と化した。
乱入者は桃色の翼を持ち、大和風の着物を雑に羽織ったハーピーだった。その顔は驚くほど幼く、爛々と喜色に輝いている。
いったい何が起こったのか。桃華に状況を感じさせないまま、ハーピーは桃華以外の拉致された子供二人を脚で掴む。
『たすけ、だれかっ!!』
『いや、いやああああぁぁぁ!!!』
泣き叫ぶ二人の子供を気にも留めず、ハーピーは掴んだ子供ごと陽炎のように消えていった。まるで全てが幻であったかのように──。
呆然とする桃華の耳を荒々しい声が叩く。
『アニキィ? アニキかぁ、これ?? んだ、こりゃあよぉ? いったいどーゆーこった? あぁ?』
筋肉質な破落戸が、新しい男の子を抱えて巣に帰ってきたのだ。破落戸は抱えていた男の子を投げ転がして桃華をジロリと睨む。仲間を炭化させた犯人が桃華であると勘違いしている。
『てめぇか? てめぇだよな?? てめぇかぁ! てめぇの仕業だ!!』
頭の悪い単語の連呼が逆に威圧感となって桃華は小さく悲鳴を上げる。破落戸は腹の虫がどうにもおさまらず、足を大袈裟に踏み鳴らしながら転がされた男の子に近づいていく。
『こいつ! こいつだ!! こいつもだ!! こいつぁ!! いつまで!! あぁ!!? こいつウウウゥゥゥゥゥゥッ!!!!!』
唾を飛ばし、喚きながら男の子の顔を踏み潰さんと太い足を勢いよく上げる破落戸。その正面に桃華は咄嗟に飛び出た。何も出来ず、ハーピーに連れ去られた子供の表情が頭に焼き付いている。幼いながら、桃華はこの先あの表情を忘れる事などできないのだろうと確信したのだ。
ならば今こそ動く時だと桃華は覚悟を決めた。この男の子まで見捨ててしまえば、自分で自分を許せなくなる。
そんな思いを胸に抱き、破落戸の硬いブーツを身に受ける。その激痛に桃華の口から呻きが漏れる。
『あぁ。もういい。どうでもいい。アニキがいねぇ。どうでもいいかぁ!! いいよなぁ!? てめぇもなぁ!!?』
強靭な手足が桃華の頭上から降り注ぐ。容赦のない殴打の連続に、桃華の身体に血が滲む。この程度で済んでいるのはひとえに光属性の魔力のおかげだ。
光属性の魔力が自身を害するものに対してある程度の耐性を与えてくれている。幼いゆえに魔力が育っていない桃華でも、破落戸の攻撃を耐える事ができるほどに。
永遠に続くと錯覚するほどの乱打に桃華の目に涙が浮かんだその時、不意に破落戸の攻撃が止まる。否、一人の子供に止められる。
『おい、何してんだよオッサン』
桃華を怒りのままに攻撃していた破落戸が最初に転がした男の子だった。目が覚めて状況を把握した瞬間、桃華を殴り飛ばそうとした手を掴み取ったのだ。
『あ? ……あ? あぁ? あああぁぁ?????』
顔を赤くするほどに力を入れる破落戸だが、男の子に掴まれた腕はピクリともしない。桃華はその状況を引き起こしている男の子を思わず見つめてしまう。
『守ってくれてありがとう。後は任せてくれ』
『がへッ!?』
そんな桃華に男の子は笑みを浮かべながらそう告げる。そして次の瞬間には破落戸の身体が宙に浮き、壁に叩きつけられていた。
『それじゃ一緒にここから出ようか。なに、大丈夫だ。気を失っていた俺を守ってくれたように、今度は俺が何があっても君を守る』
桃華に優しく手を差し伸べる男の子。桃華は思わず口にする。名前を教えてほしい、と。
『俺は檀司郎。雄々敷檀司郎だ。よろしく』
百瀬桃華は雄々敷檀司郎を信頼する。これはその原風景。光属性と言う特権を身に宿す彼女に対して、唯一対等に接してくれた人間なのだ。
ならば自分も対等になれるように。彼の隣に立てるように、強くなる。ゆえに百瀬桃華は大和国立国際ダンジョン学園の門をくぐったのだ。全ては彼に誇れる自分である為に。




