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第1章(2) オリバー、心配される ①

藩邸を辞し、頼まれた数多くの用事を済ませたオリバーが帰途に着いた頃には、辺りは宵闇が巡っていた。

それでも、町場は店先の掛行灯や寺社周りの灯篭などで明かりがあったが、門を潜って街道に出るや、三日月よりは少し太ったくらいの月では、道幅が辛うじて確認できる程度の恩恵しか与えてくれなかった。

マンドレにんじんの風呂敷包みを始めとした大荷物を背負ったオリバーは、松明に火を貰って夜道を下ったが、町から離れるにつれすれ違う者もいなくなり、人家のないところに差し掛かるたび、強盗でも飛び出して来て荷を奪われでもしたらと肝を冷やし、特に速足で通り抜ける。

近くでがさがさと鳴るたびに、狐狸の類らしいことを確認できるまで緊張し、寿命が縮む思いがした。

将軍の住まう都には、冒険者達が持ち込んだ、でんき、とかいう火がなくとも明るさを得られる妖術の道具があるらしいが、肥土藩では、藩邸がある町でもそんなものは普及していないし、不気味なので来ないで欲しいところであった。

気温は昼間よりぐっと下がって、身が竦ませているのは第一には冷気であったが、今夜は第二があった。

葉を落としかけた夜の木々など日頃は何とも感じないのに、その影が不気味に見える心弱りで、わざと松明をかざしてそれが本当に木であることを確認したりした。


小山や丘が点在する集落に帰り着いた時には、月はもう隠れて見えなくなっており、各家の竈の火も片付けられているようで、松明だけが唯一の明かりであった。

それでも我が家の前まで来ると、格子窓に掛けてある簾の隙間からちらちらとと光が見えて、起きているのはアメリアかと推測しながら扉の立桟たてさんを叩いてみた。

誰何に「俺だよ」という答えを聞いてから、つっかえ棒を外したアメリアが、


「お帰り、遅かったねえ。あら、すごい大荷物じゃない」


と夫が背負っている大風呂敷に目を丸くした。

大風呂敷はそのまま扉を潜れないほどで、アメリアに頼んで中身をいくらか出し、縮んだところで屋内に押し込んだ。

オリバーが外で手足を洗い、松明の火を始末すると、視界に先程までの炎の形の闇が貼り付いて邪魔をしたが、家に入り行灯の光を掴まえてからは、目が暗さに慣れて来る。


「ばあさんと子供達は」

「とっくに寝てるよ、そろそろ天辺てっぺんを回るんじゃないの」


火鉢の傍らの膳には伏せた茶碗と、漬物を盛った小皿が乗っていたので、オリバーはひつから冷や飯を装い、火鉢の鉄瓶から湯を注いでしゃくしゃくと食べる。

遅い時間ではあったが、このままでは空腹で眠れないだろうと思ってのことだった。


「米は全部食べてね、明日炊いたやつを払う先がなくなるから」


アメリアはそう言うと、行灯の傍らに広げてあった繕い物を片付け始めた。

心許ない明るさでよく針仕事をするもんだ、とオリバーは呆れながら何度目かのおかわりを掻き込む途中で、ふと立ち上がり、荷物から今日の賜り物を寄り分けて持って来た。


「ちょっと、片付かないから食べちゃいなさいよ。何、それがお奉行様の無茶振り?またぶっころりい?」

「いや、ブロッコリーではなかった。でも夜は見ない方がいいかもしれない」

「どういうこと?」

「まあ、ちょっと、ホラー要素が」


もう一度眺めてみたいと思い至ったのだったが、持って来てから中身が"あの顔"であることを思い出して、あれと火影で対面するのはどうにも怪談になるのを免れず、やはり包みを解くのは止めようかと怖気づいていると、アメリアが「何よホラーって」と、オリバーが止める間もなく布の端をぐっと引っ張ったから堪らない。

丑三つ時ではないものの、暗闇にぞろりとその顔立ちを現わした初見の作物、2度目のオリバーでさえ動揺を覚えたのだから、普段肝は据わっているアメリアはギャッという潰れた叫び声を上げた。

オリバーは慌てて唇に指を立てたが、先に自ら気づいたアメリアが声量を抑えつつ、


「アンタ、これ、死体!?即身仏!?」


と震える指で鋭く指し示した。


「いや、マンドレにんじん。これが今回の野菜だそうだ」

「曼荼羅!?嫌だあ、呪物なの!?」

「曼荼羅じゃなくてマンドレ。俺と同じこと言うな。マンドレイクとかいう舶来の植物と、オタネニンジンを掛け合わせたそうだ」

「オタネニンジンって、ええ、これ、ニンジン……?」


ニンジンと聞いて少し安心したらしいアメリアは、早くも表面を指で突くほどの心の強さを取り戻していた。

マンドレにんじんは非常に貴重だということだったが、自分で作った場合の仕上がりを見比べる必要もあったし、使い道を探るつもりでもあったため、奉行に願い出て賜って来たのであった。

試しに作付けるだけならともかく、特産品を目指すのなら、食べられるのか、食べて美味なのか、あるいは薬用なのかなどを特定しておく必要があるというのは、藩校で学ばされたことであった。

既に乾燥させてあったので、余程じめじめしたところでなければ長期の保管も可能だろう。


「オタネニンジンって薬の材料だっけ、これも薬になるの?」

「それが良く分からん。研究者が書いたいろは本があるって寄越されたから、読んでみないと」

「ああ、そうした方がいいね。お金にならないものを作ってもしょうがないからさあ。これまた皆に広めろって言われたんでしょ」

「そう」

「なら尚更儲かるものにしないと、誰も作らないよ。農業は趣味じゃないんだから」


オリバーは、それくらい弁えているという不満を抱いたが何も言わずに、最後の漬物をこりこりと咀嚼してから、茶碗の米粒を飲み干すように間食した。

彼は彼なりにいろいろと考えを巡らせているのだが、口に出すまでにどうにも時間がかかり、いつも妻を始めとした他者の反射神経に負けて手柄を取られている。

箸を膳に戻して手を合わせながら、横目で見下ろしたマンドレにんじんは未来への絶望を湛えているように見えて、オリバーは恐々とした。

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