第1章(7)オリバー、種を蒔く ③
オリバーは貰って来た篠竹を縦に割り、切り揃えて紐で編み合わせた。
雨避けが目的だとすると密な方が良いが、直射日光を全く通さないのも不可という面倒な指示に従い、竹同士を詰め過ぎずに屋根の部品を拵える。
今年の米作は終わっても、来年のために、秋耕という稲わらのすき込み作業があったり、酷使した道具の手入れや水路、畦などの破綻がないかのチェックがあったため、マンドレにんじんのための時間は自然夕方以降になった。
「父ちゃん、何してるの?」
「なにしてるのー?」
晩秋の落日の速さは、遊ぶ子供達の解散も早める。
上がり框に腰かけ、引き寄せた灯火の下で紐を使っているところに、オリビアとジェームスに寄って来られては手を止めざるを得ない。
雨避けの屋根と答えようとしてオリバーは、一旦留まった。
子供の頃から正確な知識を与えようとするのだが、どうもオリバーの説明は、言葉の選び方が下手なのかあるいは細かすぎるのか、子供達の興味を引くことができないでいる。
固い話はまだ早いとアメリアに日頃笑われているのを思い出したのと、また、作付に向けて具体的な作業を始められていることに多少浮かれているのもあって、オリバーは子供達相手には日頃言わない冗談を持ち出した。
「これはだな、オバケの家の屋根だよ」
マンドレにんじんは、佐藤家の子供達には、主に見た目の問題で、未だにオバケという認識をされていたので、そういう意味ではオバケの家の屋根という表現はあながち間違いではなかった。
ただしもちろん正確ではなく、子供達は、父親の口から出任せに気が付く可能性はないので、純粋な彼らは広くない屋内で驚き、恐怖と若干の好奇心を強烈にミックスした奇声を上げ、アメリアからは「もう!うるさいよ何騒いでるの!」とよく聞く叱責が飛んで来た。
「お父さんも嘘教えない!」
アメリアの地獄耳から逃れられないのもいつものことで、オリバーは手を動かしながら肩を竦めた。
*
屋根の材料はオリバーが揃えたが、雨覆いの設置はハリーとともに行った。
「3、4尺だとどれくらいかな。1尺って何センチでしたっけ」
「30センチ。だから1メートルくらいで十分じゃないかな。本当に雨が苦手なんだね」
「あと風もらしいです。その辺の弱点がオタネニンジンほどではないらしいんですけど、加減が良く分かんないんですよね」
「佐藤さんの言う通り、とりあえずオタネに準拠してた方が安全だね」
この雨覆いは、風避けも兼ねるべきであるというのが、いろは本の指示であったが、試験圃場は丘への立ち上がりの手前にあって、風が吹き抜けることはないから、神経質になる必要もないかとオリバー達は結論付けた。
雨を避けつつ太陽の陰もちらちら当たるようにと、2人であれこれ調整を施しながら、設置を終えると、これから作付をするのだという意識が俄然湧いて来た。
オリバーは、懐から巾着を取り出して、手のひらに中身を振り出した。
種は頼めばもっと貰えるということだったのと、来年以降に持ち越しても発芽率が落ちるだけであるので、今回は拝領した40粒を全て蒔くことにした。
雨覆いのそれぞれの端から蒔いていくつもりで、半分くらいをハリーに渡すと、彼は1粒目はオリバーが蒔くようにと促した。
「新しい野菜挑戦の第一歩だから、ぜひ普及指導員の佐藤さんが」
そう言われると、なおさら緊張が高まる。
オリバーは、畝の上で指を彷徨わせてから、土に穴を掘った。
種は、通常は2センチ、寒地では3センチの深さに蒔き、深すぎると発芽に支障が出るといろは本に書いてあったはずだ。
肥土藩は日輪の東方、そしてオリバーの集落は天根山の麓にあって、寒地と言えば寒地、しかし北方の藩と比べるとどうだろうか。
漫然と穴に指を突っ込んで掻いているオリバーに、ハリーは笑い出した。
「されど第一歩だけど、たかが第一歩だ。もっと思い切り良く行ったらいいよ」
オリバーは苦笑いをしながら、穴から指を抜き、種を1粒取って、中に落とした。
さ、と種が穴の土に刺さる音を耳が拾う。
人差し指で恐る恐る掻いた土を元に戻すが、蒔く前とは違い、成し遂げた感覚はなく、これで合っているのかという漠然とした不安が残った。
それは、残りを蒔いてしまってからも蟠っており、ハリーが朗らかに「よし、これで賽は投げられた」と言うのにも、逆の印象を抱いたのだった。
「うまく行きますかね」
思わず呟くと、ハリーは「まずは芽が出るかどうかだね」と笑った。
「ただ、予定では来年の2月頃なんでしょ、発芽って。今から心配すると疲れちゃうぞ」
「そう、ですね」
「普通の野菜みたいに毎日手入れとかがないから、気楽に行こう。先は長いよ」
「そう、ですね」
こうして、オリバーのマンドレにんじん作付1年目が始まったのだった。




