第1章(4)オリバー、初手を考える ②
オリバーは畑地をぐるりと回って見たが、収穫されて既に茎葉の姿もないじゃがいもの区画も、まもなく収穫を迎えるネギの部分も、土は赤黒くはないが、余らせている様子も、どこかから新しく土を持って来た形跡もなかった。
オリバーは他の畑、自家消費や小銭稼ぎ用に野菜が栽培されているところを回ったが、状況は同じであった。
「あれ、佐藤君じゃない。今日のノルマ終わったの」
「渡辺さん。どうも」
目の前の、青菜の畑の持ち主である渡辺トーマスは、40代後半の農業者だった。
「渡辺さんのところはどうですか」
「俺は今日はダメダメ。唐箕が調子悪くてよ、直すの一日仕事だったわ。しょうがねえから、嫁達とじじばば連中が篩で選別してたけど、遅れは出たなあ。もしかすっと、他のとこにヘルプ頼むかも」
籾殻やゴミを取り除くには、唐箕という風の力を使う道具が現状最も便利であって、この国ではどこでも唐箕が使われていた。
刈り入れ前にどの道具も、手入れや動作確認、修理が入念になされるのだが、それでも壊れる時は壊れた。
「この辺で、肥えてる黒土取るとしたらどの辺が良いですかね」
オリバーはが尋ねると、渡辺は「肥えてるっていう条件なら、里山の縁じゃねえかなあ」と腕組みをした。
「天根古道の入り口辺りとか。虫とかわんさといそうだから、そのまま使うのはまずいかもしれんけど。何かやんのかい?」
「お奉行からまた野菜ミッションが降って来まして」
「あらー気の毒。今度は何やんの」
「あー、とりあえずオタネニンジンの仲間だって言っておきます」
「オタネニンジンって薬のか?あれ、育てるの難しいんじゃなかったか。前回も野菜だったんだから、順番は果樹か花だよなあ」
豪快に笑うトーマスに、オリバーは同意する心はあったが、他方で押し付けられた野菜の栽培に成功して特産品になれば、集落が潤うことになるため、必ずしも貧乏くじを引いたとは思っていなかった。
「でも、わざわざ持って来る必要まであるか?お前んとこも畑やってるだろ」
「やってますけど小さいし、毎年使ってるから肥えてる、って言えないんじゃないかなって」
「肥料入れりゃいいんじゃないの」
「いろは本には、元々肥えてる方が良いってあるんですよ」
「いいんじゃねえのそこまで拘らなくて、今年作付した土じゃなければ。オタネニンジン初めてやるんだろ、まずは植えてみないと加減が分からんと思うよ」
「まあ、それはそうですね」
オリバーは、トーマスの言い分は的を射ているとは思った。
現在、集落で作付されている野菜類も皆、試行錯誤しながら軌道に乗せたものであって、初めから成功したわけではない。
基本的な栽培方法とされた内容を参考に、それらを自分達の地域に合うよう補正し、失敗と対策を繰り返すのは常識であって、オリバーもそれは理解しているのだが、今まで与えられたミッションは全て、成功の芽も見えないまま断念し続けており、正直、そろそろ光明を見たかった。
それに、面倒なのでトーマスには説明しないが、マンドレにんじんはとにかく得体の知れない作物だという警戒感が、いろは本の指南に忠実でいるべきという慎重さを生んでいるところだった。
いずれ、古道付近は見に行くとして、土を持って来るのであれば人手が必要であるとオリバーが算段していると、トーマスがにやにやとしながら、
「そういえば佐藤君、オバケ退治を始めたって噂が回ってるんだけど」
と言った。
明らかに先日の子供達の叫びが原因であったが、口伝えを繰り返した結果尾ひれが付くというのは、集落ではありがちな現象だった。
「始めてませんよ。どうしてそうなったんです」
「そりゃ、父ちゃんがオバケ捕まえたって言ってたらそうなるでしょ。お寺さんと張り合うつもり説を、うちの母ちゃんがどっかから聞いてきたぞ」
「そんなバカな」
「俺は、さすがにそれはねえだろうなと思ったけど、もしかしてお奉行に作れって言われたのが、実は妖怪の類だったんじゃってはちょっと思ったね」
普及指導員という農作物担当の者に、妖怪栽培を申し付けるとは、作り物語としては奇天烈で世の関心を引くかもしれないが、現実ではそんな非常識は止めてもらいたく、勝手にオリバーをそこに登場させないで欲しい。
もっともあの外見では、妖怪を作るというのもあながち間違いとは言えないのが、トーマスの想像を一笑できない所以であった。




