新たなる道
やがて東の空が白み始め、朝の冷気が森を包み込む。俺は立ち上がり、焚き火に土を被せた。
「起きろ。出発するぞ」
俺の声に、ナギは虚ろな目のままゆっくりと身を起こした。足取りは危うかったが、逃げようとする意志すら枯れ果てているのは明白だった。
万が一に備え、拘束したナギを常に自分の前を歩かせていたが、多量の出血で体力を削られた上、生きる気力すら失った彼女の歩みは酷く遅い。どうしてもその鈍い足取りに合わせる形となり、行きよりも遥かに多くの時間を費やすことになった。
長い夜が明け、移動を開始して数時間。
ようやく森を抜け、見慣れた街の門が見えてきた頃には、日はすっかり昇っていた。
「……ただの熊狩りが、とんだ厄介事になったな」
一人であれば、ともすれば日帰りで終わる可能性もあった比較的楽な依頼。それがこんな大荷物を抱えての帰還になるとは。
門へと近づくと、顔馴染みの衛兵が、後ろ手に縛られたナギを連れた俺の姿を認めて怪訝そうに眉を寄せた。
「おい、カイン。そいつはどうしたんだ?」
「森で襲われたから捕らえた。野盗の類だろう。これからギルドへ連行する」
「……なるほどな。お前さんを襲うとは運のない奴だ。分かった、通っていいぞ。後でギルドに確認の者をやる」
手短に事情を告げると、衛兵は面倒ごとを察したように短く頷き、道を空けた。
そのまま街へと足を踏み入れる。前を歩かせて罪人を連行する姿を、行き交う冒険者や街の者たちが怪訝な目で見送るが、気にせず冒険者ギルドの重い扉を開けた。
ギルドホールに足を踏み入れた途端、周囲の空気が露骨に変わった。
血や泥にまみれ、後ろ手に縛られた女を連れて入ってきた俺の姿に、たむろしていた冒険者たちが次々と視線を向け、訝しげなざわめきが波のように広がっていく。
その異様な空気に気が付き、カウンターの奥で作業をしていた受付嬢のエレナが顔を上げた。
「――っ、カインさん!? その方は……」
俺はざわめきを意に介さず、ナギを近くの椅子に座らせると、カウンターへと歩み寄り、腰元のマジックバッグから中身を取り出した。
まずは、当初の依頼品であった狂草熊の花だ。
「依頼された狂草熊の花と……ついでに依頼書にあった行方不明者探索の手掛かりも見つけてきた。まぁ、発見したのは行方不明者ではなく犯人と思われる輩の方だがな」
「えっと、依頼の品、ありがとうございます……? あ、いや、そうじゃなくて、は、犯人……ですか? 行方不明者ではなく?」
エレナはカウンターに置かれた花と、椅子に縛られたままの女を交互に見比べ、理解が追いつかないというように目を白黒させた。
困惑しきった彼女の反応にも、俺は至って冷静に状況の説明を続ける。
「森で襲われたため捕縛し、連行した。男女の二人組だったが、男の方は抵抗したため殺した」
一瞬、ギルド内が水を打ったように静まり返った。
行方不明者が相次いでいた事件の真相が、一人の付与術師によって持ち込まれた。その事実がホール全体へと浸透していく中、俺は言葉を続ける。
「十中八九、間違いないだろうが……まぁ、例え違ったとしても、俺を狙ってきたのは事実だ。捕らえるには十分な理由だろう。詳細は本人に直接聞いてくれ」
そう言いながらマジックバッグを探り、次なる品をカウンターへ並べていくと、エレナがおずおずと尋ねてきた。
「わ、わかりました。あの、その荷物は……?」
「二人の冒険者証と荷物だ。上手く行けば、冒険者狩りの裏付けになるかもしれんと思ってな」
カウンターに置かれたのは、身元の証明となる二人の冒険者証と、奴らの荷物から回収した不自然な量の金貨、そして高価な魔道具だった。
エレナはすぐに受付としての表情を取り戻し、カウンターに置かれた品々と冒険者証を鋭い目つきで確認した。
「……承知いたしました。すぐにギルドマスターへ報告し、警備隊へ身柄を引き渡します。カインさん、この後、犯人の証言と照らし合わせるための詳細な聴取が必要となりますが……」
「構わない。だが、手続きを急いでくれ。それと、男の遺体がマジックバッグに入ったまんまなんでな。こっちの引き取りと、依頼の清算も頼む」
聴取があるのは想定内だ。むしろ、早めに事実関係を整理しておかなければ、後々面倒なことになるのは分かっている。俺の心配を口にしようとするエレナを言葉で制し、淡々と事務的なやり取りを済ませていく。
やがて、報告を受けた屈強なギルド職員たちが数名現れ、椅子に座っていたナギを取り囲んだ。
「立て。行くぞ」
職員の一人に腕を引かれ、ナギがふらつく足取りで立ち上がる。
彼女は奥の取調室へと連行されていく際、一度だけ足を止め、ゆっくりと俺の方を振り返った。
俺たちを包む喧騒の中で、彼女の視線だけがひどく静かだった。
だが、その瞳には、俺に対する恨みも、自分自身の行いへの悔恨もなく、ただすべてを諦めきった虚無があるだけだった。彼女は何も言わず、再び前を向き、職員に引かれるまま扉の奥へと消えていった。
彼女の背中が見えなくなった後、俺は軽く右手を握り、そして開いた。
そこには、森へ足を踏み入れた時とは違う、確かな力の感覚がある。
俺は手を下ろし、ギルドの喧騒の中で、次に控える聴取へと静かに意識を切り替えた。
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ほどなくして職員の一人が戻ってくると、俺は奥の事務室へと案内された。
「お待たせしました。聴取の準備が出来ましたので、こちらへ」
促されるままに席に着き、事の経緯を細かく話して聞かせる。依頼を受けて森へ入り、熊を狩った直後に襲撃を受けたこと。反撃して男を殺し、女を捕縛して連行してきたこと。
一通りの説明を終えると、担当した職員は深く頷き、書類から顔を上げた。
「状況は理解しました。後は、あのナギという女の証言待ちになります。カインさんはこれで解放となりますので、本日はお疲れ様でした」
もっと根掘り葉掘り聞かれたり、場合によっては一時的に拘束されたりすることも覚悟していたが、拍子抜けするほど呆気ない幕引きだった。
「日頃の行いの賜物か」
事務室を出てホールへと戻りながら、俺は自嘲気味に小さく呟く。
長年、この街で堅実に依頼をこなしてきた実績が、多少は考慮されたのだろうか。
「カインさん、本件については彼女の詳しい供述の裏付けが取れ次第、改めてギルドから正式な報酬と共にご連絡します。今日は……その、大変でしたね。ゆっくり休んでください」
カウンターで見送るエレナの気遣わしげな言葉に短く頷き、俺はギルドを後にした。
馴染みの宿に戻ると、まずは銀貨を弾んで風呂の用意を頼んだ。
全身にこびりついた返り血と森の泥を先に流し、たっぷりと張られた熱い湯に身を沈める。二日分の疲れがお湯に溶けていくような感覚に、思わず声を漏らす。
「……ふぅ」
湯気を手で払いながら、湯船の中で己の身体を見下ろす。
外見的な筋肉の付き方や傷跡は、昨日までの俺のままだ。だが、掛け湯をしようと湯桶を握る指先から、ほんの僅かな力みで木枠がメキリと軋んだ。
大剣を片手で扱った時、狂草熊を一撃で切り捨てた時、森でナギを担いだ時、全てで感じた、あの異常な『軽さ』。それは俺の基礎的な筋力そのものが明らかに底上げされていた結果であることは、分かっていた。
「とはいえ……やはり勝手が違うな」
決して超えられないと絶望した『ステータスの限界』。その強固な殻が、相手の魔力を直接吸収することによって押し広げられたのだ。
――そもそもステータスとは何なのか、という話であるが……これに関しては先人達により、既に解明されている。
この世界に存在する全てのものに必ず宿るエネルギー……それが魔力である。
そして全ての生物には、その魔力を溜め込む為のマナ器官が備えられている。
このマナ器官が魔力で満たされることで肉体にも強く影響を及ぼし、成長していくという仕組みである。
そして、「魔力の影響で強化された能力」を、誰が名付けたのか、ステータスと呼ぶようになった。
俺のステータスチェックも、相手や自身に流れている魔力を推し測り、経験則から数値化しているだけに過ぎない。
そしてレベルとは、マナ器官に魔力がどのくらい蓄積されているかの、目安を表す数値である。このくらいマナが蓄積している人間はレベル10、このくらいなら20、と。そして――
「魔力を満たす為の器の大きさは生まれ持って決まっている。故に満たされた器に魔力を注ぎ込んでも零れ落ちるだけだ……」
だが、その理を超える術を見つけた。否、見つけた可能性がある。
他者の命を奪い、その魔力を喰らうことで己の器そのものを無理やり拡張するという外法。
仕組みを完全に理解した訳では無い。決して真っ当な手段でもない。だが、それでも確かに存在するのだ。強くなる方法が。ならば――
「もう一度目指せるのか……『最強』を」
それは、幼き頃にライルと共に語り合った『夢』。
己が限界により捨てざるを得なかった、夢の残滓。それに再び手を伸ばすための道が、仄見えたのは事実だ。後は、その道を進むかどうか。
「全ては、俺次第か……」
そう口にして湯から上がると、手早く身体を拭いて一通りの身支度を終え、俺はそのまま部屋に戻りベッドに倒れ込んだ。
そこに余計な思考が入り込む余地などなく、俺は瞬く間に深い眠りへと落ちていった。
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