幕間25
幕間25
「くそ、まずは上にいる奴らを黙らせろ!」
目の前では、聖女の部下である、ロットという男がわめきながら指示を出している。
その声に呼応するように、訓練された部隊は、各々防壁を張り守りを固めると、すぐさまに反撃に移る、
その様を、アリアナは部下達と共に眺めている。
上対下という状況で、一般論で考えれば、上の立地を抑えている敵の方が有利ではあったが、こちらの部隊の練度を考えると、所詮アリアナ自身が生み出した寄せ集めのグール部隊等、呆気なく殲滅をされてしまうだろう。
最も、アリアナにとっては、所詮主の命令で生み出した囮部隊に過ぎない者達の末路等、どうでもいい話ではあった。
むしろ今案ずるべきは、聖女と共に崖下に落ちていった自身の主、セレトの状況のみであった。
目の前のロットの指揮がいいのか、それとも兵の練度が高いのかは分からないが、こちらに攻撃を加えていた敵部隊は、ロット達の一斉攻撃によりあっという間に静まった。
敵部隊の攻撃の手が静まったことを確認しながら、ロットは不機嫌そうにこっちへ部下と共に歩いてくる。
アリアナは、それを冷めた目つきで眺めていた。
「やってくれたな。クソ魔術師共が。」
吐き捨てるような口調で、ロットはアリアナ達に言葉をかけてくる。
普段は、最低限の礼儀をわきまえた態度を示しているロットだったが、自身の主である聖女と、こちらの主であるセレトの突然の離脱により、この場に禄に爵位持ちがいないこともあってか、その言葉は、すこぶる品がない言動であった。
「お前たちの言う通りに部隊を動かした結果、奇襲を受けることとなるとはな。しかも、我らの主が行く不明と来たものだ。その責任はどうとってくれるのかね。」
嫌味に、微かというには大きな怒りを示しながら、ロットは口を動かし続ける。
「そちらの主が間抜けであっただけであろう。こっちも、こうなるなんて、予想外ではあったよ。」
最もアリアナにとっても、先程の出来事は予想外であり、それ故に隠せぬ動揺はあった。
そして、その動揺は、言葉に微かなとげとして表れ、ロットに向けられる。
本来であれば、この襲撃を利用して、聖女と彼女の部下達を分断。
その後、上手く聖女の部隊を撒き、自軍の総力を以て聖女を倒すことのみに力を入れる予定であった。
しかし、結果は、自身の主と、聖女が分断され、アリアナ達は取り残されることとなった。
忌々しい聖女の部下のせいでセレトは崖下へと落ち、最後の意地か、聖女も巻き添えにしたものの、当初の目論見からは、既に話は大きくずれているのは明らかであった。
この状況下、セレトがどのように動くかは分からないが、恐らくこの千載一遇のチャンスを生かすべく、タイミングを見てリリアーナに仕掛ける可能性は高いであろう。
そこに、アリアナ達が援軍として助力をできればいいが、目の前のロット達は、明らかにこちらを逃がすつもりはなく、また、アリアナとしても、このような状況となった今、ロット達から離れるつもりは毛頭もなかった。
「あー、ロット卿。貴公の気持ちも分かるが、ここは手早く部隊を立て直し、お互いの主の救援に向かうべきじゃないだろうか?」
そのような中、グロックが、いつもの軽い調子で、ロットに声をかける。
「そもそも、貴公の部下のせいで、我々の主が今この場にいないわけであるのだし、そのことも考慮にいれてほしいものだがね。」
グロックが嫌味を込めて会話に上げた、セレトを突き落としたロットの部下は、ロット達の後ろに身体を隠しながら、その非難をじっと受け止めていた。
「よく言う。貴公らの主から得た情報を起点に動いた結果がこれだ。全ての原因は、そもそもここへ我々を誘導した貴公らの情報ではないかね?」
ロットは、その言葉に噛みつくように言い返してくる。
「そもそも、崖に落ちた二人をどのように探すのだ?このまま我々に崖から落ちろというのかね?」
そのままロットは、怒りを隠さず興奮をしたまま言葉を発し続ける。
その言葉の一つ一つに、自身が今置かれている状況に対する不満が、ありありと出ていることが感じられる。
「まあ落ち着け。少し戻れば斜面がなだらかになっている地点がある筈だ。そこから、我々も下り、各々の主への救援を行うしかないだろう。」
グロックは、そんなロットを諭すように言葉を返す。
「下らぬことで争うより、その方が有意義だと私は考えるがね。」
まだ不満を言い足りないような態度を示すロットに、グロックは、多少の皮肉な響きを持たせながら、言葉を続ける。
最も、その言葉は、同僚であるアリアナにも向けられているようにも思えた。
そして少々嫌味な響きを持たせたグロックの言葉は、多少なりともロットに効果があったのか、その言葉を聞いたロットは、怒りを顔にこそ浮かべていたが、渋々と頷き、そのまま部隊を整えながら、アリアナ達から離れていった。
「悪かったわね。」
この場を収めた同僚に、アリアナは、とりあえず謝意を示す。
最も、彼女にとってグロックの横槍は、あまりありがたい物ではなかった。
あのままお互いに口汚く罵り合いを続けていれば、どこかのタイミングで高慢ちきなロットに向けて、呪術を放つことも出来たであろうに。
「いや、気にすることはない。まあ、貴公の気持ちも分からなくはないが、この場では、こうするしかあるまい。」
グロックは、そんなアリアナの心境に知ってか知らずにか、言葉を返す。
「まあ、この場で彼らと戦ったところで、我々にメリットもないだろう?まあ、後は、上手く部隊を誘導しながら、我らが大将にとって、少しでも有利になるように物事を進めていこうじゃないか。」
グロックは、ロット達に気取られぬように声のボリューム落として、アリアナに言葉をかける。
「そうね。あの方のために動くしかないわね。」
アリアナは、グロックの言葉に軽く頷きながら返事をする。
グロックは、そんなアリアナを見て、満足そうにうなずきながら、部下達に指示を出すために離れていった。
そんなグロックの背中と、未だにこちらを睨みながら部隊に指示を出しているロットを見ながら、アリアナは深いため息をつきながら、言葉を漏らす。
「愚か者が。」
その声は、誰にも聞こえないように小さく、されど力強い呪詛が込められながら、彼女の口からこぼれ出る。
セレトを主と仰ぎ、常に身近で仕えていた身として、アリアナは、今、セレトは、聖女との決闘を求め、そのために動いていることをよく理解していた。
そしてそんな自身の主が、今、部下である彼女達に求めているのは、その決闘の不確定要素となる、目の前にいる聖女の手足を潰すことであろう。
勿論、そのためには、彼女達にも大きな犠牲がでることも当然に理解はしていたが、それでも、アリアナは、それが主が今一番求めていることであることも理解していたのである。
だが、グロックは、そのようなセレトの考えを否定し、聖女の手足たる部下達を潰す、数少ないチャンスを見す見す捨て去る選択を取った。
そのことに、深く失望し、同時に多大な怒りを感じながら、アリアナは、されど、一部隊を率いる者の責務として、自身の感情を押し殺そうとするが、その気持ちを抑えきることは難しかった。
果たしてそれが、本当にセレトが望んでいるのか、それとも主を敬愛するばかりに盲目的になったアリアナの思い込みなのか分からない。
それでも、怒りを感じている彼女の周囲には、呪術の残滓が漏れているのか、黒煙のような物が漂い始めていた。
ふと、彼女は自身の左手の甲を見る。
一見、何の変哲もないその左手には、彼女がセレトに弟子入りした時に、魔術によって刻まれた一種の呪法が込められていた。
今それは、自身の主の魔力に反応して熱く、鈍い痛みを発しながら、今目の前にいる聖女の部下達に、何の手出しもしないアリアナを咎めるようにその存在を主張していた。
「どいつも、こいつも。」
言葉を吐き捨てるアリアナを他所に、ロットと、グロック達はそれぞれの部隊を整え、各々主の元へと向かおうと動き始めるのであった。




