幕間24
幕間24
「落とせるな。」
砦に攻め入っている自軍の兵士と、それに応戦する敵軍を見比べながら、ヴルカルは、呟く。
周囲の部下達は、ヴルカルのその言葉に頷き、あるいは戦況に目を凝らしながら肯定の言葉をつぶやき、ヴルカルに追従する。
最も、ヴルカルとて確信をもって、その言葉を述べたわけではない。
ただ、彼の第六感とも言うべき直感が、出兵する兵士達の勢いから、その勝利を感じさせたのである。
目の前の兵士達の戦いは、一見互角に進んでいるようであった。
こちらの部隊は、敵軍からの反撃が確認された箇所に的確な攻撃を加えながら、着実に砦の壁を打ち破ろうと四方八方から部隊を進軍させている。
一方、砦内部の兵士達は、自陣へと近づいてきた部隊に様々な場所から攻撃を加えながら、こちらの進軍を止めようとしていた。
両軍とも一歩も引かずに、互いに相手を倒そうと戦いを繰り広げている。
しかし敵も守りに徹するわけでなく、砦の外に待機をさせていた部隊を使い、自軍の中枢等に奇襲を仕掛けながら、戦列を崩そうとしてくる。
その数は、決して多くはないようであったが、周辺の地形を利用し、砦からの援護を受けながら不意を突いてくる敵部隊の存在は、ヴルカル達の攻め手の妨害としては、十分に機能をしているようであった。
最も、それらを理解した上で、ヴルカルは勝てると確信をする。
本国からの援軍の到着後ということで自軍の士気は高まっており、同時に本国から派遣されてきたヴルカルに自身の戦功をアピールしようと、各部隊が必死に自軍の活躍の場を求めていることから、砦攻めにおける自軍の勢いは、凄まじいものとなっていた。
それゆえ、このまま攻め手を続ければ、敵の砦を落とすのは、時間の問題のようにヴルカルには思えた。
ユノースとユラ、他の軍の高官達と共に、戦の流れを司令部で見ながら、ヴルカルは、細かく指示を出していく。
敵遊撃隊こそ厄介ではあったが、今回、敵の遊撃隊の中でも特に危険度の高い、敵将ヴェルナードが率いる部隊は、セレトやリリアーナ、他にも多数の部隊を送り込み、主戦場に干渉ができないように足止めをする算段はできていた。
未だヴェルナードの戦場への出現情報が届かないということは、少なくとも、誰かしらが敵将の足止めに成功をしているのであろう。
そのことに満足をしながら、ヴルカルは引き続き戦の進捗を注意深く見守る。
敵部隊は必死な抵抗を続けているが、こちらの徹底的な攻撃により徐々に反撃の手が弱まっていく様子がうかがえていた。
一方、自軍もある程度の損害は出しているようではあるが、砦からの反撃の弱まりを感じているのか、その士気は落ちることなく戦闘を継続していた。
「もう少しだな。大砲の数を増やして援護をしてやれ。」
ヴルカルは、そんな状況を見ながら控えている将官の一人に指示を出す。
「了解です。」
命令を受けた将官は、その指示を聞き入れ、すぐに部隊の対応へと向かっていく。
最も、その表情には、少々疑問が浮かんでいることをヴルカルは見逃さなかった。
その将官が考えていることは、大方、これから自軍が拠点とする予定の砦に必要以上に攻撃を加えることに疑問がある程度の話であろう。
何と愚かな。
そうヴルカルは考えて深くため息をつく。
これから落とす砦は、確かに今後、クラルス王国への出兵の足掛かりとして、本国との間で重要なパイプを築く予定ではあった。
だが、それはあくまでクラルス王国内を攻める為の拠点にすぎず、敵部隊の襲撃を防ぐための拠点ではなかった。
その程度の砦の傷の状態よりも、今砦を攻めている自軍への被害を可能な限り少なくし、かつ敵の砦を確実に素早く落とすことの方が、自軍を利することは明らかである。
そのようにヴルカルが考えていると、大砲の準備が出来たのか、自軍後方から数発の爆音が響き敵軍の砦で爆発が起こる。
この様子を見ながら、ヴルカルは一人笑みを浮かべる。
だが、いずれにせよこの戦自体は、まずは勝利をし、当初予定をしていた敵国内の拠点の確保はできるであろう。
そうなれば、今後の戦の展開が楽なる。
そのことを考えながら、ヴルカルは指示を続けるのであった。
敵の砦からは、散発的な反撃こそ出てくるものの、こちらの砲撃によって、明らかにその勢いは止まりつつあった。
同時に、敵の遊撃隊も、こちらの固い守りを崩せずに、二度、三度と襲撃の度にその力を落としていった。
何と楽な戦であろう。
ヴルカルは、上がってくる戦果を聞きながら実感する。
例え、自身の指示がなかろうと、手柄を求めている兵士達は積極的に敵に挑み続けている。
敵の部隊は、当初こそこちらの攻撃を受け止め続けていたが、今は、その力もほとんど残っていない様であった。
そして、5時間後。
ついに砦からの反撃もほとんど止まり、先遣隊が敵の砦に突入を開始し始めた。
その様子を見ながらヴルカルは、逃げ出した敵への追撃を指示をし、今後の方針を考える。
まずは本国へ報告をし、更なる援軍と物資の補給を要請し、その後、敵領内を徹底的に荒らしながら首都に向かうのが定石であろう。
そのようなことを考えながら、ヴルカルは、ふと、遊撃隊として出撃をさせたセレトとリリアーナの事を考えた。
セレトは、この状況でリリアーナに仕掛けただろうか、それとも、まだ動き出していないであろうか。
最も、ヴルカルにとっては、それはどちらでもいい話であった。
セレトがもし仕掛けていないにせよ、これから侵攻を進めていく中で、そのようなチャンスは多くあるであろう。
ある意味、戦そのものより苦労をしそうな、聖女の暗殺に思いを馳せながらヴルカルは、歩を進める。
そして、もしセレトが失敗をしたら、その時は、聖女とセレトのどちらを取るべきであろうかと、ヴルカルは考える。
自身にとって、今後も力になりそうなセレトを助けるか、それとも見捨てるべきか。
部下達は、彼の危険性を述べて、失敗をしたらすぐに見捨てるべきと述べており、ヴルカルもそれが常識的な判断であることは理解しているのであるのだが、同時に、あの男の狂った刃を捨て去ることに、少々惜しいという気持ちも抱いていた。
いずれにせよ、それは今すぐに結論をつけるべき必要はないことではあったが、ふと、頭の中に浮かんだその疑問は、ヴルカルを悩ませ続けたのである。
いずれにせよ、今回の侵攻作戦の第一目標は達成をしたのである。
まずは自軍の損害を確かめ、敵の残党の掃討を進め、次なる進軍ルートを急ぎ決めていく必要があるだろう。
そう考えながら、ヴルカルは、今しがた自軍が陥落させた砦へと部下達を引き連れ向かっていく。
いずれにせよ、この戦の本番はこれからであった。
その次なる戦への期待と、自身の手駒が進めている計画の結果への期待から、ヴルカルは、この瞬間、例えようのない高揚感が自分の身に沸いていることを実感していた。




