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18 竜牙、堕つ

地平線を埋め尽くすほどの武装軍団が、”各国”に接近中。

それは三国全てが対象のように思われたが、その軍団が出現したのは蜀と呉の領土だった。


「……何故ここへの襲撃がない?」


「……不気味ね」


秋蘭がおもわず口にした疑問に、桂花がそう答え、稟が続ける。


「相手が五湖というのも不自然です。奴らは我々三国同盟が総力を上げて殲滅し、その勢力は衰退する一方だったはず。

 事実、今まで五湖との衝突はありましたが、それは奴らの残党で、最後の抵抗というくらいの他愛のないものでした。

 だというのに、こうして二国に対して地平線を埋め尽くす程の大軍団で攻め入るというのは、どうにもおかしな話です」


「稟ちゃんの言う通りですね~。報告によれば、両国共に敵の数は100万前後。

 二百万もの軍事力をこちらに悟られず水面下で集めるなんて、妖術でも使わなければ無理な話ですね~」


「五湖の妖術など、今まで戦ってきた中で見たことはないし、眉唾だと思っていたが……」


「なってしまったものは仕方ない。今はそれに対する対策を取りましょう。

 桂花、今我が軍は新兵含め、100万という兵数だったはずね」


「は、華琳様」


「なら、30万ずつ、蜀と呉に援軍を送りなさい。将の振り分けは貴方に任せるわ」


「は、では、秋蘭と流琉、季衣は呉へ。風と稟、春蘭はここに残します。

 一刀と三羽烏、それに霞と私は蜀へ向かいます」


「ではそれで進めて」


「な、何故私がここに残らねばならんのだ桂花!私も出るぞ!」


「足りない頭で考えなさい。

 あんたまで出たら、この国にもし襲撃があった場合誰がここを守るのよ。

 言いたくはないけど、あんたはこの国の要と言っても良い。

 我慢して残りなさい」


「ぬぅ……わかった」


「華琳様はどう致しますか?」


「私は呉へ向かうわ。呉は蜀よりも兵数はあれど、将の数が少ない分、私も呉へ向かったほうが良いでしょう」


「本当は華琳様に動いてほしくはないのですが、相手は蜀と呉の倍以上の数ですからね~」


「そうですね。それに嫌な予感がします……むしろ華琳様はここに残らないほうが良いかもしれません」


皆が迅速にこれからの行動を決めていく中で、一刀は考え込んでいた。

胸の中で何かがざらつく。

五湖軍?本当にそれだけか?

嫌な予感が胸中を駆け巡り、不安が込み上げる。


「……星」


「お任せを」


星に声を掛けただけ、要件はこれからだというのに、一刀の呼びかけに星は解っているとでも言うようにそう答える。


「皆が出払う中で、明花を放っておくわけにはいきますまい。我が国が危機に晒されているのは少々心に来るものがありますが、

 しかしそれですんなり負けてしまうような者達ではありませぬ。

 それにこうしてすぐに援軍の準備もしてくださっている。

 ならば私は、あの子を守ることに徹しましょう。

 春蘭達も忙しい中で、自由に動けるのは私だけ。

 ならば、私はあの子を守ることだけに徹します」


「……ありがとう。明花は星に良く懐いているから、あの子も安心出来るよ」


「くすぐったいものですね。……この趙子龍、命に代えても必ず守りぬいてみせましょう」


「星も生きるんだよ。必ずだ」


正面から真っ直ぐ目を見据え、そう言ってくれる一刀に、星は胸が暖かくなる。


「……ふふ、承知しました。何、この国に何かあると決まった訳でもなし、心配は無用です」


そう星が答えた直後、


「ではこれより呉、蜀へ援軍を出す!今こそ三国同盟の誓いを果たす時!必ず友を助けるのだ!行け!」


華琳の号令と共に皆がそれぞれ行動に身を移した。


そんな中、やはり一刀は自分の胸に宿る、嫌な予感を拭いきれなかった。

何故いきなり攻めてきた?

それに襲撃は呉と蜀のみ。

何故魏には攻め込んでこない?

何か狙いがあるのか?それともただ単に軍事力の低い国から潰そうとしているのか?

今までずっと大人しくしていたのには何か狙いがあったのか?

それに、200万という大軍団を、どうやって用意した?

いろいろな事が頭を過る中で、やはり心配になるのは明花の事だった。


そして、それぞれが援軍へ向かう。

何故今、何故二国が。

訳の解らない気持ち悪さを抱えながら。






~蜀~


「魏からの援軍は約30万との事。我が軍は新兵を除き、40万。対して五湖は100万……いけるか?」


愛紗は朱里に問う。


「問題はないと思います。正直援軍はもっと少ないものだと思っていましたし、霞さんや北郷さんも来てくれるようですから。

 華琳さんのおかげで大助かりです!」


「全く、なんだっていきなりそんな馬鹿みたいな数で攻めてくるんだ?この前まであいつらの襲撃なんて小突かれた程度だったのによ」


「そうねぇ……何か狙いがあるのは確かなんだけど……」


翠の疑問に紫苑はそう返すことしか出来ない。

何か狙いがあってこうして進軍してくるのは確かなのだ。


「今までのは何かを探す為ではないのか?そしてそのありかを突き止めた、という事では?のう、雛里」


「桔梗さんの言う通りかもしれませんが、でも呉にも向かっているようですし……探しものはひとつではないのでしょうか」


「とにかく、今は街の皆を守ることを考えよう!皆も必ず帰ってきてね!」


『御意!』






~呉~


「30万ね。思ったより多くて助かったわ」


「ああ、それに華琳殿や秋蘭達も向かっているとの事だ。

 華琳殿には大きな借りが出来たな、雪蓮」


「蜀にも援軍を送っているようだし、あんまり無理はしてもらいたくないんだけどね」


「何の兆候も無しにいきなり100万ですからね~、助かりました~」


「穏様の言う通りですが、魏は大丈夫なのでしょうか?蜀も攻められているのなら、魏も時間の問題なのでは──」


「戦力は残してあるはずじゃ。今は我が国の防衛のみを考えろ、明命」


「じゃあ蓮華、よろしく」


雪蓮がそう促すと、蓮華は一度目を閉じ、数秒の後、開く。


「これより敵軍の撃退へ向かう!民を危険に晒す訳にはいかない!侵略者を許すな!勝利を治めよ!行くぞ!」


『御意!』












「五湖はあとどれくらいで蜀軍と衝突するんだ?」


「今夜から明日の朝ってとこでしょうね。私達がどんなに急いでも戦闘開始までには間に合わないわ」


一刀の問いに、桂花はそう答える。

援軍へ向かっている今も、一刀の嫌な予感は消えず、それどころか増していくようにさえ思う。


「……隊長、どうなされたのですか?」


「……いや、大丈夫。今はとにかく急ごう」


その嫌な予感を振り切るように、30万の兵を引き連れ、一刀は馬を駆る。








しかし、その予感は的中する。








「そろそろですね。さぁ、それでは皆さんには見苦しく踊っていただきましょう」


「さっさとしろ。貴様はいつも無駄な事が多いんだ」


「相手がもがき苦しむ姿を見るのは至高の一時ですよ?左慈」


「サド野郎が。──兀突骨」


兀突骨と呼ばれた男は、左慈の呼びかけと共にゆっくりと立ち上がる。


「何処を滅ぼせばいいんだ?」


「目的を履き違えるな。あのガキを貰いに行くという事を忘れるなよ」


「おっとそうだったな。しかしそのついでに国が滅んだとしても、それは仕方のない事だ」


「……好きにしろ」


「もう良いでしょう。それでは向かってください。吉報を期待していますよ」












数日後、桂花のもとに、既に蜀軍は五湖軍と衝突しているという報告が入った。


「戦局はどうなってるの?」


「は!蜀軍は敵との兵数差を考慮し、狭い場所へ陣取りながら応戦しており、均衡を保っている模様です」


その報告に、桂花はすぐに違和感を覚える。

明らかに無理なのだ。

いくら地形を利用し、有利な場所で迎え撃ったとしても3倍以上の兵数差を埋められる訳がない。

瞬間的な戦力ならばありえるかもしれないが、これは戦争なのだ。

日数が掛かれば掛かるほど、兵の少ない軍の負担は増え、消耗し、疲弊する。

いくら朱里と雛里とはいえ、それら全てを解決出来る策など無いだろう。

それこそ、妖術でも使わない限り。


「敵軍はどうやら指揮するものが居ない様子です。陣形など無く、只雪崩れ込んでくるだけのようです」


「……そう。いくら数が増えても所詮は烏合の衆って事ね」


そう言うも、桂花は自分の脳裏に過った予感があった。


「もしかして五湖軍の動き、かなり遅いんじゃない?」


「そのようです。押せば退き、退けば押すといった状況のようです」


何故30万に対し、100万という圧倒的戦力差で挑んでいるのにも関わらず、そんな戦略を取る必要が?

明らかに不自然だ。

それに蜀軍の張った陣へ深く攻めこまないのも気になる。

相手の援軍を警戒しているのなら、挟撃されないように踏み込まない事よりも、3倍以上の兵で圧殺したほうがマシだろう。

時間を掛ければ援軍が来てしまうのだから、一気に押したほうが良いのは明らかだ。

なのにそうしないのは、嫌な考えではあるが、これは陽動なのではないか?

二国を襲うのは、三国のひとつを手薄にするためではないのか?

同盟を組んでいる以上援軍を出すのは当然だし、それに他国の同盟に比べ、魏、呉、蜀の同盟はかなり友好的だ。

見捨てるという選択肢が無いのは明白。


そう桂花が考えていると、やはり、悪い予感というのは当たるのだろう。


「伝令!洛陽へ進行する白装束の軍団を発見!敵の数大凡50万!」


やはり──!

桂花は思わず手を握りしめた。

やはりこれは敵が物量に物を言わせた陽動だったのだ。

戦力は40万残しているが、敵の数がそれを上回っている。

それに、今から誰かを向かわせたとしてもどんなに急いでも間に合わない。


「……あの馬鹿の予感は正しかったわね。私達はこのまま援軍へ向かうわ。

 もう手は打ってある。私達は自分の成すべきことをするのよ」


桂花と居たはずの、一刀と凪の姿が無くなっていた。










「とりあえず街の者は皆避難し終えました」


「はいはい稟ちゃんご苦労さまです~」


白装束の進行を聞いた風達は、すぐに民を街から避難させ、その白装束を迎え撃つ為に出立の準備をしていた。


「やっぱりここだけが狙われないなんて事は無かったですね~」


「まぁ、むしろ本命といった所ではないのか?一刀によれば、白装束の狙いは明花だ。

 何故奴らが五湖を使役しているのかは解らんが、二国を襲うのが五湖で、ここを襲うのが白装束だというのなら、そうなのだろう」


「おお、春蘭ちゃんが珍しく状況を把握していますね~」


「ふん、当然だろう」


ドヤ顔でそういう春蘭だが、その当然がいつも出来ていないからこうして驚いているのだ。

しかしそれは言わないでおこう。


「確かに、春蘭様の言うように、奴らが五湖と手を組んだのか支配しているのかは分かりませんが、

 最初に動いたのが五湖という事でこちらの判断が少し鈍ったのは確かです。

 白装束が最初から動いていたのなら本命がこの国だというのは解りますから」


「相手も只の馬鹿ではないという事だろう」


「とにかく今は急ぎましょう。あまり接近されると街にも被害が出かねない」


「そうですね~。最後の偵察隊もそろそろ戻ってくると思いますし、皆さんいつでも出立出来る準備はしておいてください」


そして、いざ出発というところで、街の中から兵が走ってくる。

その兵の様子に、その場に居た誰もが混乱した。

兵は腕を負傷したのか、だらりと垂れ下がった腕を支え、血を流しながらこちらへ走ってきていた。

何故負傷している?

それも、街のほう……正確には、城から走ってきたのだろう。

その兵が、何故これほどまでに負傷している?


「ほ、報告します!城内に敵が侵入!至急応援をお願いします!」


そしてその兵の口からは到底信じられない言葉が発せられた。


「な……!?そんな馬鹿な事があるはずない!敵はまだ何十里も先に居るのだぞ!」


「稟ちゃん。……見てください」


そう言い、誰もがその兵に振り返っている中で、風は前を見据えて言う。

そして稟はその言葉に従いそちらに目を向けると、まるで悪夢でも見ているような錯覚に陥った。


まだまだ先に居るはずだった白装束。

それが、既に目視できる所に居た。

その突然の現象に、誰もが即座に状況を理解出来なかった。

先程まで、見渡す限り誰も、ましてや軍など居なかったはずなのに、兵の言葉に気を取られ、そして振り返ると、

一瞬にして50万の大軍団が目視できる距離まで来ていたのだ。


言葉が出なかった。


思考が回らない。

何故?どうして?あり得ない。

あり得てはならない。

妖術を使うとは聞いていたが、こんな、まるで転移のような現象が。


あまりのことに皆が動揺し、兵もざわめく中。


「うろたえるな愚か者共ッ!!」


その場に響く、一喝。


「これから打ち倒す敵が、こちらから出向くまでもなく、まんまと我らの歯牙に掛かりに来ただけの事だ!

 曹魏の兵ならば心は強くあれ!!我らは常に、華琳様の武器であり盾となるのだ!!

 速やかに陣を張れ!!敵が妖術を使おうが何だろうが、単純な事だ!!敵を討ち滅ぼせッ!!」


誰もが動揺する中、ただ一人動揺を見せず、勇敢に、猛々しく兵を奮い立たせる言葉を発したのは、春蘭だった。


「……春蘭ちゃんが居てくれて、本当に助かりました」


「ええ……私達軍師が動揺していては示しが付かない。すぐに指示を出しましょう」


「城内には星ちゃんが居ます。侵入されたとはいえ、敵の数はそう多くはないはず。

 もし大軍なら風達が気づいているはずですし、何よりもそんな大勢では逆に動きづらくなってしまいます。

 ……押し付けてしまうようで気が引けますが、お城の事は一旦星ちゃんに任せるしかないですね」


「そうね……」



















星は城内を、明花を守りながら移動していた。

これから明花を連れ、避難させようとした矢先の侵入者だ。

そして襲ってくる敵は白装束。

明らかに、明花を狙っているのだ。


城に残っている兵はどの程度だ?何故侵入された?どうして鎮圧出来ない?

侵入を許す程の少数ならば、城に残っている戦力でも十分鎮圧は可能なはず。

それが出来ないというのは、……余程の強者が居るということ。

それも、尋常では無いだろう。

いくら一般兵とはいえ、日々の鍛錬は欠かさないはず。

それを踏まえた上で、侵入を許し、尚鎮圧が出来ないというのだから。


襲い来る白装束を迎え撃ちながら何とか城の外へ出ようとするも、まるで城から出さないようにしているかのような動きをしてくる。

ひとまず白装束の波を超えると、星は明花に思わず指示する。


「明花。……見てはならん」


この状況でそれは無理な話だというのは解っていても、言わずには居られなかった。

こんな年端もいかない少女の前で、命のやり取りなどしたくない。

それに、城の兵が既に事切れ、あちこちに転がっている。

城内は、所々、壁や床などが破壊されていた。

そして、転がっている死体は、明らかに異様だった。


──潰れている。


鎧は砕け、武器は折れ、体には殴打されたような痕が見られる。

通常人の腕力ではありえない事だ。

一撃で人間一人を殴り、圧殺するなど、バケモノだ。


「……見るんじゃないぞ」


震えながら星にしがみつく明花の頭を撫でながら、物陰に隠れ、移動していく。

襲い来る白装束を退けながら進む星だが、その白装束に対して違和感があった。

まるで人形を相手にしているように、相手に生気が感じられないのだ。

槍で心臓を突いても、それに構うこと無く武器を振るってくる者まで居る。

おかしい。

明らかに人ではない。

首を落とせば動かなくはなるものの、まるで糸の切れた人形のように一瞬にして崩れ落ち、さらには血が流れない。


「何の悪夢だこれは……」


今までに経験したことのない不気味な相手に、星は思わず呟く。

そして、恐怖に震える明花を見て、星はぐっと拳を握りしめた。

あの村の件以来、こんな血生臭い事に一切関わらせるつもりはなかった。

城ならば皆が居る分、安全だと思っていた。


城の外へ進むにつれて、白装束の数が増えてくる。

自分一人ならば槍を手に、こんな輩など蹴散らしてやるのだが、明花を放り出して戦う訳にはいかない。

しかし、直後、星は背後から発せられる気配に気づく。

それは明らかな敵意を持ち、自分たちの背後に居る。

明花にそっと耳打ちをする。


「……明花。私が合図をしたらすぐに身を隠せ。誰かが来るまで決して出てきてはならん。わかったか?」


「……星お姉ちゃんは?」


「私は少し、野暮用が出来た。何、心配するな。何なら、私が迎えに来るまで隠れてても良いぞ」


そう言い、笑いかけながら頭を撫でる。

そして、星は合図と共に明花を抱え、角を曲がる。

背後から迫る気配も、星の突然の素早い行動に釣られ、追いかける。

その気配の主が角を曲がると、そこには槍を持ち、仁王立ちしている星。


「女の後を付けるなど、男の風上にも置けんやつだ」


そう言いながら槍を軽く振り、その気配の主へ向ける。

その異様な気配を発していたのは、巨躯を鎧で包んだ男だった。

そして、その体には返り血と思われるものがべっとりと付着しており、武器は持っていないものの、拳には大量の血が滴っている。


「……兵たちの大半を葬ったのは貴様か」


そう問うと、男はようやく口を開く。


「邪魔をしてくるんだから仕方ないだろう?正当防衛ってやつだ」


星が殺気をむき出しにしているにも関わらず、その男は一切動じること無く、まるで自然体で答える。


「貴様、何者だ」


「人に名を聞く時はまず自分からって習わなかったのか?……まぁいい。

 我が名は兀突骨。

 訳あってさっきの娘を引き取りに来たんだが……どこへ行ったんだ?」


そう言う男は、真剣に問うてる訳ではないようだった。


兀突骨と名乗る男の体を覆う鎧は相当な強度を持つようだ。

その上から羽織る白装束は血に濡れ、赤黒く変色している。

そして、男の発する、言葉では言い表せない異様な気配。

気持ちの悪さが体を包み、背中には冷や汗が流れる。


「あの子を引き取りに来たと──そう言ったか?」


「ああそうだ。……お前も邪魔をするのか?」


そして、その男に対する違和感をすぐに理解した。

こんな状況だというのに、楽しそうなのだ。


こんな狂人にあの子を渡せば、間違いなく殺される。

あるいは直接的ではないにしろ、あの子にとって無害である事は無いだろう。


……させるものか。

あの子はもう十分に苦しみを味わった。

両親が殺されるという、幼子にはあまりに辛い苦痛を味わった。

その上、こんなわけも解らない集団に狙われ、殺されるかもしれない。

──冗談ではない。

絶対にさせない。

何が何でも守りぬいてみせる。

幸せに向かい、歩みだしているあの子の道を。


「そうだ。貴様は私に邪魔をされ、命を落とすことになる」


「そうか、お前も邪魔をするのか。……残念だ。あまり女を殺すのは気が進まんのだがな」


その言葉とは裏腹に、歯をむき出しに嬉々とした、そして狂気じみた表情を浮かべる。

その表情を見て、星は理解した。

この男は只、殺戮を楽しんでいるだけなのだと。


「……下衆が。我が竜牙で葬ってくれる」


「ああ気が進まん。気が進まんが邪魔されちゃ仕方ない。正当防衛だもんな」


言っている事が滅茶苦茶だ。

自分が攻め込んでいるのに正当防衛とは。

この男は狂気に染まっている。

心の芯からどっぷりと狂気に浸かっている。


それと同時に、星は理解してしまった。

武を治めた者だからこそ、こうして対峙するだけで解る。


──この男には敵わないと。


しかし、解っていても武人の心が退く事を許さない。

人の心が、あの子の元へこの男を行かせる事を許さない。

あの子を守るという意志が、背を向ける事を許さない。


星は小さく微笑んだ。

自分の命運はここまでかもしれない。

戦いの中で死ぬのなら、武人としてこれ以上の名誉はない。


一刀殿

貴方と交わした約束は、最初で最後になってしまう上に、どうやら守れぬかもしれません。

それでも、あの子だけは必ず守ると誓います。

お許し下さい。


「お前を殺して、ゆっくりと隠れんぼを楽しむとしよう」


「貴様に殺される私ではない」


「楽しませてくれよ?お前のような良い女は、──最後にどんな顔をするんだろうな?」


先程から放っていた殺気の比ではない殺気が飛ぶ。

辺りの空気さえ飲み込んでしまいそうな異様な空気。

しかしそれに臆する事も、退くこともしない。

その男の殺気を正面から受け止め、自らの闘志を奮い立たせる。


「北方常山の趙子龍、いざ参らん!!」


























「……まさか五湖と白装束が手を組んでくるとはね」


桂花達への報告とほぼ同時刻に、華琳のもとへも伝令が届いた。

白装束の魏への襲撃。

五湖に二国を襲わせ、魏が援軍を出し手薄になったところを攻め入る。

こうして見ればあまりに単純な作戦だが、五湖との協力は盲点だった。


そして報告に来た兵によれば、突然何も無い所に50万もの大軍が現れたのだという。

にわかには信じられない事だが、今はそれを考えていても仕方ない。


洛陽に出現した白装束軍の情報を聞き、すぐに戻ろうとするも断念する。

既に呉の戦闘地域にかなり近づいてしまっているし、このまま戻ればいくら雪蓮とはいえ数で押し負けてしまう。


まずい、と思った。


仮にここで引き返せば、五湖は全力で呉、蜀をつぶしに掛かるだろう。

こうして戦を引き伸ばし、魏に援軍を出させるのが目的なのだから、自分たちが引き返してしまえばそれをする必要もなくなるのだ。


今、洛陽がどうなっているのかを掴めればいくらか動きようもあるのだが、それを知る由もない。

このまま進むしかないのか?

間違いなく城に残してきた春蘭達が白装束の襲撃を食い止めているはず。

彼女達を信じて行くしかないのか?


──いや、まだ打つ手はあった。


「誰かあるッ!」


「はっ」


「至急使いの者を出しなさい」






















~蜀~


「こいつら……!まるで我らの足止めが目的かのような戦いを……!」


「恐らく愛紗さんの言う通りでしょう。今、魏は白装束に襲撃されているという情報が届きました」


「それはまことか朱里!ならば援軍は来ないのか!?」


「……いいえ、援軍は予定通りこちらへ向かっているとの事です。恐らく引き返したくても引き返せないのでしょう」


「はい、呉の状況も今の私達と同じみたいです……押せば退き、退けば押す。

 魏を手薄にするのが目的なのです……」


「魏が援軍を送るのをやめたとなれば、全力で蜀、呉を潰しに掛かると思います。

 華琳さんは私達の為に援軍を送ってくれているんです。

 守ってくださっているのです……!」


朱里と雛里は、悔しそうに表情を歪める。


「で、でもよ!だったら向こうの方が数は圧倒的に多いんだ。最初からつぶしに来れば良いんじゃないのか!?」


「翠さんの言う通り、普通ならそうなんでしょうけど……何故こんな面倒な事をするのか解らないのです。

 まるで私達を弄んでいるかのような……」


「くっ……!なんたる醜態……!我らの力が及ばぬばかりに、魏を危険な目に合わせてしまうとは……!」










~呉~


「どうやらこやつらの狙いは我々ではないようだな、雪蓮」


「みたいね。どうにも手応えが無さ過ぎる。これだけの戦力差で均衡を保っているし。

 穏、何か新しい情報は?」


「魏にも別の大軍が出現したそうですから、そちらが本命だと思われます……。

 蜀、呉を圧倒的戦力差で攻め、援軍を出させて、手薄になったところを攻め、足止めに気づき引き返せば、その数で圧殺する。

 ……今まで小規模なものばかりだったので完全に油断していました」


「回りくどいな……敵は随分と悪趣味なようだな」


「魏は大丈夫なの?」


「分かりません。でも、華琳さん達は予定通り、こちらへ向かってくれています。

 何か手を打ったのか、それともどうしようもなく、とりあえずこちらへ向かっているのか……」


「歯がゆいわね……さっさとこの状況を何とかしないと」














「……早くしないと星ちゃんが危ないのです」


そう呟いたのは風だった。


「……どういうこと?」


「考えてみてください。

 援軍が出て、更にはこうして陣を張っているとはいえ、城にはそれなりの数の戦力は残しているのですよ。

 なのに城内へ侵入なんてするのはかなり少数でないと無理です。

 大軍ならすぐに気づかれますから。

 そしてその少数の敵を未だに鎮圧出来ないとなれば……敵さんはとてもお強いということなのです」


「星ですら、敵わぬと?」


「かもしれません。不謹慎かもしれませんが……華琳様が居なくて正解だったのです」


そう言う風の表情には、不安と焦りが見えた。








既に星は兀突骨との戦闘に入っていた。


「ハアアッ!!」


気合と共に、薙ぎ払い、弾き、突き、叩きつける。

目にも留まらぬ連撃を繰り出し、普通ならば相手は既に絶命してもおかしくはない。

しかし、


「んん、まぁまぁだな」


そう言う男は星の攻撃を腕を交差させるだけで全て受けきり、その豪腕を振るう。

その攻撃を防御しよと、星は竜牙の柄を立て、受ける。


「かはッ──」


受けると同時に、星の体を強い衝撃が襲った。

一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。

確実に、この男の攻撃を防御したはず、だというのに──


防御など意味はなかった。

防いだところでその化け物じみた腕力の前には意味を成さなかった。

受けた瞬間、その怪力に耐え切れず、後ろへ吹き飛ばされ、壁に叩きつけられ、更には壁を破壊し、瓦礫と共に転がり込む。

全身を強打し、軽く呼吸困難に陥りながら周りを確認すると、そこは謁見の間だった。


「はッ──ぐぅ!かはっ!げほっ!……」


「おいおい、ちょっと小突いただけだろう。大げさに吹き飛ぶなよ」


「まだまだ……!」


竜の嘶きが謁見の間に響く。

昔の自分ならば只武を示したいが為に戦い続け、無意味な死を遂げていたかもしれない。

しかし、今は違う。

三年前に終結した戦は、星にとって大きな意味を与えてくれた。

誰かの為に戦うという事を教えてくれた。

そして、魏で過ごす内にその想いは一層強くなった。

馬鹿みたいに真っ直ぐな愛しい人と過ごす内に、彼の想いに心打たれた。


そして今、絶望を乗り越え、再び幸せに向かい歩んでいる少女がいる。

その少女を、この男達は狙っているという。

今こそ、己の持つ全てを掛けて戦う時だ。

あの子を守りたい。

あの子に笑っていて欲しい。

あの無垢な笑顔を失わないで欲しい。

絶望の中に一筋の光を見つけ、必死に手繰り寄せているあの子を、只守りたい。


「ハアアアアアアッ!!!」


己より敵が強いからなんだ?

敵わぬからなんだ?

そんな事は関係ない。


必ず守る。

約束したではないか。

絶対に守りぬくと──!


手負いの竜は激しく舞う。

それはまるで残り僅かな命の灯火を爆発させ、自らの死に場所を飾っているかのようだった。

言葉にならぬ程壮絶で、見とれるほどに美しく、震える程に猛々しい生き様のようだった。


「なるほど、それなりにはやるようだ。──だが」


星の連撃をその怪力で弾き中断させ、そのまま両手を組み振り上げ、


「砕けろッ!!」


凄まじい勢いで、星の脳天目掛けて振り下ろした。

間一髪のところでそれを回避するも、勢いあまり地面に衝突した男の攻撃は易々と床を抉り、それどころか城が揺れたのではないかと思うほどの衝撃を生んだ。


「ぬぅあああああッ!!」


しかし、大男は叩きつけた両手をそのまま横薙ぎにし、予想以上の速さに反応が遅れ、星は防御姿勢を取ってしまう。


「くあああッ!!」


得物がいつ折れてもおかしくはない。

それほどの衝撃だった。

一撃が重すぎるのだ。

立とうとするも、モロに衝撃を受けた体が言うことを聞かない。

脚に力が入らず倒れてしまう。


「大人しくあの娘を渡せばこんな痛い目見なくてすんだかもしれないのになぁ。何を必死になってるんだか」


大男はまったく余裕といった様子でゆっくりと近づいてくる。


「あんなガキの為にこんな苦痛を味わってなぁ。馬鹿なのか?」


立たねば。

私がここで倒れれば、あの子が……明花が──!


「どうせ生きてたって人に迷惑をかけるだけなんだ。

 今のお前がいい例だろう。

 関わらなければこんな苦痛を味わうこともなかったろうに」


「黙れッ!!」


男が好き勝手言う事に耐え切れず、叫ぶ。

力を振り絞り、地面を踏みしめ、立ち上がる。


「貴様に……!貴様のような下衆にあの子の何が解る!!

 貴様のような外道にはあの子の苦しみが解るまい!悲しみが解るまい!

 父を失い母をも失い、絶望に落とされながらも笑顔で生きようとしているあの子の強さが……!」


どうしようもない怒りが込み上げてくる。

この男に手も足も出ない自分の不甲斐なさへの怒り。

明花を殺そうとするこの男への怒り。


「絶望を乗り越え、皆と共に笑顔を絶やさず必死に生きているあの子を──!貴様のような下衆が馬鹿にするなッ!!」


竜牙を握りしめ、構える。


「絶対に殺させはせん!この身が滅びようともあの子だけは守りぬいてみせる!!指一本触れさせはせん!!」


激昂し、自らを奮い立たせ、目の前の男へ突進する。

そして──。






一頭の竜は、己の持ち得るすべての力をぶつけ、





──その牙を折った。




























「郭嘉様、報告します!敵後方から謎の集団が接近しているとのことです!」


「な……!?旗は!?」


「わかりません!しかし曹操様達は援軍へ向かっているはずですから、望みは薄いでしょう……!」


「こんな時に……!」


このままでは星の命が危ないかもしれない。

明花の命が危ないかもしれない。


「……こういう時、風はなんて無力なのだろうと思ってしまうのです」


「風……」


「こういう時、思ってしまうのです。

 今の風は只無責任に策を弄し、それを人任せにして後ろでふんぞり返っている愚者なのではないかと」


声色こそ変わっていないものの、その表情は歯を食いしばり、手は白くなるほどに握りしめられていた。

出来ることならば今すぐ城へ引き返し、星の手助けをしたい。

しかしここで自分が行った所で何が出来るのだろうか。

今の状況では兵を引き連れて行く余裕すらもない。

友が危機に晒され、自分に力があれば助けに行けるのに。

これほどまでに文官であることを悔いた事があっただろうか。

これほどまでに己の無力を悔いた事があっただろうか。

只神に祈ることしか出来ない自分を、これほどまでに呪ったことがあっただろうか。


二人が己の無力を呪っていると、横を一騎の馬が通り過ぎた。


「なっ──!?」


二人は目を疑った。

今この場に居るはずのない人物が、城へ向かって馬を駆っている。

”日本刀”を腰に携え、全速力で馬を駆っている。


そして、その驚きは、後方から響いた爆発音により更に増す。

少し遅れて到着した”銀狼”は、脈打つ武具に特大の気弾を溜め、それを白装束に向けて放つ。


「な、凪!?」


戦場に居る春蘭が驚きの声を上げる。


「到着が遅れ、申し訳ありません。単騎ではありますが、加勢致します」








戦場で何が起きているのか、風達は確かめるよりも早く理解することが出来た。

何故なら城へ向かって馬を駆る人物の背中は、自分がよく知っている背中だから。





















壁に体を強く打ち付けられ、星はその場に崩れ落ちる。

しかし、すぐに起き上がり、すでに折れてしまった竜牙を構える。

その姿はもう竜の見る影もなく、生まれたての子鹿のように弱々しかった。

立ち上がり、構えをとったところで、もはや得物を振るう力すら残っていない。


「ぬぅおらぁ!!!」


そこへ容赦なく振るわれる怪力に、星は再び地面を転がる。




やけに周りの音が静かだ。

自分の鼓動がうるさいくらいだ。

……これが死か。

明花のことが心配だ。

誰かに保護してもらえているなら良い。

今の自分に出来ることは、なるべくこの男を引きつけておくこと──。


またも立ち上がる。

その体とはうって変わり、その意志が折れることはなかった。


「おいおいまだやるのか?いい加減飽きてきたんだが……」


面倒そうに呟く男は更にその怪力を振るう。

それに合わせ、星は最後の力を振り絞り、男の腕の関節を狙い竜牙を突き立てる。

それは最後の捨て身だった。

男の怪力を利用し、それを待ち構えるだけ。

しかしそれは自分の体に多大なるダメージを残してしまう。

だが、その最後の捨て身が一矢を報いる。

男の振るった腕は自らの怪力によって、星の竜牙が突き刺さる。


「ぬ──!?ぐああああああ!?」


男が、初めて上げた苦痛の声だった。

そして、星もその捨て身の余波で、踏ん張りが聞かず、転がされてしまう。


まだだ。

まだ手は握れる。

足も動く。


まだ、立てる──。


頭部からの出血が多い。

目の前が霞む。

自分が今立てているのかも解らない。

それでも星は男の前に立ちはだかる。

意志の力のみで体を動かす。

数多く受けた攻撃で何本か肋骨でも折れたのか、上手く呼吸が出来ない。


「このクソアマがああああああああ!!!!」


「ふん、私の命と引き換えたものが、貴様の腕一本とは。いささか高い買い物だ」


そう笑みを貼り付けながら言う星だったが、もう限界だった。

どうやら本当にここまでのようだ。

あまり実感は湧かないが、私はここで死ぬだろう。

あの男が間合いを詰めてくるのが見える。

しかし体はもう動かない。

男の動きはとても遅く、ゆっくりに見える、不思議な感覚だ。


──目を瞑る。


明花……どうか無事で。

必ず生きて、幸せになるんだぞ。


我が仲間たち……先に逝く事を許せ。

桃香様を頼んだぞ。

近いうちに会わぬ事を祈ろう。










一刀殿。

皆で生きるという約束は、やはり守れぬようです。

お許し下さい。

どうかこの先、あの子のような子供が増えないように祈るばかりです。

貴方と過ごした日々は決して長くはないが、それでも私には輝いた毎日でした。

幸せな日々でした。




……許されるのなら。

もしも、最後の我侭が許されるのなら、どうか、この生命の最後にもう一度。









貴方の、笑顔を──。









謁見の間に、真っ赤な鮮血が飛び散った。

しかし、来るであろう衝撃が星を襲うことはなかった。

おかしな事に、いつまでも、自分の命を絶つであろう衝撃が来る気配がない。

飛び散った血も、どうやら自分のものではないようだった。

星の体は壁に叩きつけられるでもなく、その場で叩き潰されるでもなく、むしろ衝撃から守ろうと、優しく抱きとめられる。

優しい温もりを感じる。

ゆっくりと目を開くと、そこには、













最後に想い描いた、最愛の人が居た。

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