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17 外史

仕事の関係で更新ペースがかなり落ちています。

今更ですが外史については独自解釈という事でお願いします。

白装束の狙いが明花だということが解った。

あの男がそうだと口にしたわけではないが、タイミング的に間違いはないだろう。

それに平然と、当たり前のように街に侵入していたのが脅威だ。

確かに今は街の流れが活発で洛陽へ来る人間が増えている。

勿論検問や検査等はするがこの時代のセキュリティには限界がある。

一人ひとりに話を聞く手間など取れるはずもないし、それは現実味がなさ過ぎる。

とにかく、街への侵入を許してしまい、且つ取り逃がしてしまった為、明花が街へ出かけられる機会が減ってしまった。

明花自身は気にしていないというが、もっと自由に行きたい所へ行き、友達と遊んで欲しい。

しかし狙いが明花である以上、行動の制限は避けられないのだ。


それにここ最近、五湖に動きが無さ過ぎる。

あの最後の決戦で再起不能になったというのなら問題ないが、風によればこの三年間で何度か小規模の戦闘が行われている。

楽観視は出来ない。

力を蓄え、虎視眈々と機会を伺っているのかもしれないのだ。

しかしそういった情報がない為、それなりの警戒で留まっている。

今の魏軍の、新兵を含めて兵数は100万程度だったはず。

戦が終わった後もかなりの志願者が来ているようで、軍事力に関しては問題は無いと思う。


そんな事を考えながら街を歩いていると、見慣れた風景に何か異質な物が写っている。

明らかにおかしい。

洛陽の町並みを著しく損なっている物がある。

景観を汚している物がある。

いや、人の趣味にどうこう言うつもりは無いのだが、あれはおかしい。

明らかに公然わいせつ一歩手前……いや、もうアウトだろう。


目の前の光景が信じられず、目を擦り、もう一度確認する。

しかしそれが消えることはなかった。

あまりの事に思考が回らない。

警備隊としてあいつを取り締まったほうがいいのか?

しかし何か街や人に危害を加えている様子はない。

それどころか笑顔で挨拶をしている。

何故誰もその格好について突っ込まないんだ?

極めて布地の少ないピンクの紐パン一丁なんだぞ?

この時代に公然わいせつ罪は存在しないのか?


完全にフリーズしていると、紐パン一丁の筋骨隆々のおっさんと目が合ってしまった。

反射的に恐怖を感じ、咄嗟に目をそらしてしまう。

冷や汗が流れる。

どうする?まだこっちを見ているのか?確認するか?

それとも何事も無かったかのようにこの場を去るか?

この事案を華琳に報告すべきか?

そう考え、しかし警備隊隊長の名に置いて不審者を放っておく訳にはいかない。

再度確認することを決める。

意を決し、視線を戻すと、なんとその変態はこちら目掛けて歩いてきていた。

ばっちりと目が合い、近づいてくる。


ヤバイ。


本能がそう告げた。

戦うか?

いや、一般人かもしれん。

一般人?あれが?

一般人ってどこまでが一般人なんだ?

そもそも一般て何だ?

あれが一般なのか?

頭が極まってきた。

腕とか華琳のウェストくらいあるんじゃないのか?あれ。

明らかに人を……いや、熊すらも軽く捻り潰せそうな体躯だ。

いや、だからそんな凶暴な人間と決めつけるのは良くない。

でもあれはダメだろう。

人を見た目で判断するのは良くないというが、ならばせめてもう少し普通の格好をしてもらいたい。

もみあげを三つ編みにしてリボンをつけているのにも個人的に物申したい。

スキンヘッドでもみあげお下げのヒゲ面に紐パン一丁。

もう何がなんだかわからない。

気が狂いそうだ。


「ご・しゅ・じ・ん・さ──」


遠くて何を言っているのかは解らないが、何かを言いながらその怪物はルンルンと足取り軽くスキップをし、


「まあああああああああん」


その最後の一息で、明らかに100メートル以上先にいた筈のバケモノが目の前に居た。


「うわああああああああああ!?」


その野太い声と突然ドアップになった顔に、心の底から恐怖を感じたと思う。

戦場へ出た時も、こんな恐怖はあっただろうか。

死や痛みに対する恐怖とは違う、捕まったら何をされるか解らないという恐怖だった。


「んもぅ!どうしてそんな驚くのよ」


「ひ、人か?言葉を話せるのか?」


意思疎通が出来る事に少し安堵した。


「こんな漢女を捕まえて何を言っているのかしらんご主人様は」


「ご、ご主人様?誰の事を言ってるんだ?お前のご主人様なんて俺は知らんぞ」


「やぁねぇ、目の前に居るじゃない」


そういうと、壁内部を進撃してきそうな巨人は微笑む。

振り返り後ろを確認するも、それらしき人物は居ない。


「私がご主人様と決めた人は、あ・な・た♪」


そう言われ、瞬間的に刀へ伸びそうになる腕を思いとどまらせ、気持ちを落ち着かせる。


「いえ、結構ですハイ」


「そぉんな照れなくてもいいのよん」


「いや、ホントそういうの結構ですので。僕ノーマルな人なんで」


「ノーマルでもアブノーマルでも私は大歓迎よ♪漢女は全てのスキルを使いこなせるんだから」


「アブノーマルじゃねえええ──ん?」


「どうかしたかしら」


「いや、お前今……」


「うふん。まず私の事を知ってもらわなきゃいけないわね。

 自己紹介させて頂戴な。

 私は貂蝉。しがなぁい踊り子よ」


そう名乗り、無駄に真っ白な歯を煌めかせながらサムズアップする。


「……あ?」


思わず返事に微量の憤りが混ざったのは認めよう。


「ごめん、なんだって?」


「そんなに私に興味津々になってくれるなんて!私は貂蝉、しがなああい踊り子──」


「嘘つけええええええ!!!」


頭を抱え、掻き乱しながら思わず叫んだ。


こ……!こいつが貂蝉だと!?何が!?どの辺にその要素があんの!?

いや、華琳達に自分の知ってる偉人達の要素があるかと言われれば無いけど!

それにしたってこれはひどいだろう!

男が美少女になる世界があっても美少女が変態のおっさんになる世界はダメだろう!


「おま歴史上の人物馬鹿にすんのも大概にしろ!?」


頭に駆け巡った言葉を全て飲み込みきれず、思わず口に出た。


「ずっとご主人様と会いたいと思っていたのよねぇ」


体をくねらせながら風圧でも発生しそうなウィンクをかます。

圧倒的なキモさだった。

ここまで突き抜けていると逆に清々しい。


「ご主人様ってのやめろ!あらぬ誤解が生まれるだろ!」


「積もる話もあるし、とりあえず適当な店に入りましょ♪」


「ええい腰を触るな!」


訳もわからぬまま、あまりに率直な変態に混乱し、言われるがまま店に誘導されてしまう。


「……で?」


店に入り、店員の冷ややかな目に晒されながら不機嫌さを隠しもせずに問う。


「そうねぇ、とりあえず、左慈がここへ来たというのが本当か確かめに来たの」


「左慈?誰だそれ?」


「ふむ……もうご主人様相手だし、包み隠さずにいうけど、明花ちゃんを探して男が来なかったかしら」


そう聞いた瞬間、全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。

一瞬にして体の全てが沸騰するような……瞬間的に怒りを覚えたのだ。


「あの男をどうして知ってる?まさか仲間とでも言うのか?」


そう言いながら腰に差している刀に手を添える。

それを見た貂蝉は、相変わらず温和そうな表情ではあったが、どこか悲しそうだった。


「んー、私としたことが少し話をすっ飛ばしてしまったわ。

 まずはご主人様にこの世界の事を知ってもらうことから始めないとね♪」


「ご主人様ってのやめてくんない」


そう言われてもどこ吹く風、何故か頬を染め、体をくねらせる。

その巨躯がくねる度にそいつが座っている椅子がミシミシと悲鳴を上げている。

やめて差し上げろ。


「外史、という言葉を聞いたことあるかしら」


「外資?そりゃあるけど」


「ご主人様の思っているものと私の言っているものは別物よ」


「どういうことだ?あとご主人様やめて」


「この世界は、外史という、ご主人様も知っての通り、異世界、パラレルワールド……どう取ってもらっても構わないけど、ニュアンスはそんな感じよ。

 その外史というのは幾つもあって、それこそ無数に存在するものなの。

 外史はご主人様が過ごしていた世界のように永遠に続いていくものではなく、それぞれに終端が必ず来るの。

 終端を迎えた外史は消え、また新たな外史が生まれる。

 外史は基本的には正史をなぞり進んでいくもの。

 これが、外史というものなの」


「……ちょっと待った」


いきなり突拍子もない事を言い出す筋肉達磨に頭が追いつかず、話を止める。

しかし、この世界に飛ばされたという事自体が突拍子もない事なのだ。

現実味のない話だと言って切り捨てることが出来ない。

なにせ、こうしてこの時代に自分が居ること。

それ以前に、曹操や劉備、孫策といった人物達が女性となり存在している時点で、現実味など無いのだ。


「……よし、話を続けてくれ」


とりあえず、目の前の猿人ラーから敵意は感じない。

それどころか、こちらへ友好的な態度から、話を聞く事にする。


「今言ったように外史には終わりがあるのだけど、例外が生まれ始めたの。

 普通ならば終端を終えた外史は、世界が消えるのだから住民もろとも消えてなくなるわ。

 でも、理由は解らないけど、数ある外史の中に、一人の少年が異世界から降り立つわ。

 その少年が降り立つ外史は全て、終端を迎える事無く、外史が進み続ける。

 ……いえ、正確に言えば、その少年が関わる全ての子が死に絶えた時、その外史は終わりを告げる。

 それは何十年、何百年と続く物語になり、終りを迎える」


まるで何かのお伽話のような話をする貂蝉は、やはりどこか寂しそうな表情で、何かを思い出しているようだった。


「ご主人様も知っているとは思うけど、ご主人様の世界……正史は、外史と時間の流れが異なるの。

 この外史は、もう一つの正史になろうとしているから、正史とあまり時間差は無いみたいだけどね」


確かにこの変態の言う通り、この世界と自分の居た世界では時間差が発生している。

この世界で3年という月日は、こちらでは5年だったのだ。


「時間の流れは早かったり遅かったりするんだけど、極端なところは正史での数秒が外史での数年、というものもあるわ。

 事実、ご主人様は現世に戻っても時間が進んでいなかったでしょう?

 まぁその話は置いといて、この外史も本当は終端を迎えた時点で消える筈だったの。

 でも、その終端……結末を大きくねじ曲げた男の子と、その男の子を想う女の子達。

 お互いの想いが強すぎたのね……あまりにも強すぎた。

 外史は外史の枠を越えようとした。

 今まで起きていた終端の遅延とは全く別の、もう一つの正史へと成ろうとしたの。

 主役達の想いは外史に少なからず影響を与えるのは管理者の私達も知っていたけど、これだけは例外。

 終端を迎え、消えゆく外史に、ついに彼女達の想いが勝ってしまった。

 外史が残り、強すぎる想いに運命は変わり、その男の子は再び外史へ降り立った」



貂蝉の話している事を聞くと、どうしても自分の出来事と重なってしまう。

いや、そうとしか思えないような話だ。


「私達管理者も大いに驚いたわ。

 長年外史を見てきてはいたけど、こんな例は初めて。

 で、そこでさっきの左慈が出てくるの。

 あの子も他の外史でご主人様の事を知っては居たのだけど、それでも終端を迎えていたから特に何も言わなかったわ。

 でも、この外史は違う。

 管理者という者の存在を全否定するような存在になってしまった。

 だから、左慈は何かをしようとしていると思うの。

 それが何なのかは分からないけど、気をつけて、という事を言いたくて、今日は来たのよん♪」


「……1つずつ整理させてくれ。

 お前の言う外史ってものの数だけ華琳達が居て、その中にも俺が居たって事か?」


「ええ」


「それで、その外史の管理者の一人であるあの男が、俺たちに何かをしようとしている」


「そうね」


「管理者ってのは?」


「文字通り、その外史を管理する者よ。外史が外史を逸脱しないようにね」


「……なんつー話だよ」


要するに、こうした世界が幾つもあり、その数だけ華琳達が存在し、それを管理する者が居るという。

そしてこの世界が、そんな箱庭のひとつだと言っているのだ。


「信じられないのも無理ないわね。自分が何人も居るなんて言われてすぐ信じる方がどうかしてるわ。

 でもね、この外史は成長しすぎて、器が耐え切れていない。

 だからその外史を受け入れようと器が枠を超え、ひとつの世界になろうとしている。

 このままでは正史にも影響を及ぼすのかもしれない。

 勿論これは憶測よ。

 なんら影響がないまま平行して存在する可能性だってある。

 でも、本来なら終わるべきなのよ。

 左慈……左慈についてる他の人間はどうかは知らないけど、左慈は管理者という自分に与えられた使命を果たそうとしているの。

 それでも、私達はこの外史に消えてほしくない。

 この、外史という運命を超えてまで誰かを想う彼女達に消えてほしくない。

 勿論、貴方もね、ご主人様♪」


そんな話をしていると、いつの間にか注文したのか、料理が運ばれてくる。


「おっと、私ったら久しぶりにご主人様とお話出来たものだからつい熱くなっちゃって話がそれちゃったわ♪

 つまり私が言いたいのは、左慈派の白装束の目的は間違いなくこの外史を終わらせる事。

 その手段までは分からないけど、左慈は自分の上司を殺して力技で今の地位についた。

 穏便に済ます可能性はゼロに等しいわ。

 だから、ご主人様はこの世界──いいえ、彼女達を守ってあげてね。

 正史へ影響が出そうになった時は、私が漢女の名に掛けて、全力で抑えるわ♪」


寒気のする笑いと共に体をくねらせウィンクをする。

真面目に話をしているのか、それともからかっているのか解ったもんじゃない。

それでも、この貂蝉と名乗る者の話には説得力があった。

話というよりも、話している貂蝉にだ。

眼差しは真剣そのものだし、時折見せる、どこか淋しげな表情は虚言でなるものとは思えない。


「……正直、今の話を聞いてはいそうですかって納得は出来ない。

 でもあの男が白装束を引き連れて、あの子の両親を殺したのなら俺は許さない。

 華琳達に危害を加えようと言うのなら、俺は全力でそいつを殺す。

 ──どんな事をしてでも、俺は皆を守ってみせる」


すると貂蝉は、少し驚いたような表情をし、


「信じてくれるの?」


「あまりに現実味が無さ過ぎる話だし、100%信じたわけじゃない。

 ……それでも、お前が必死に俺達の為に伝えてくれている事は解るから」


「……ご主人様はやっぱり、ご主人様ね。

 ……ありがとう」


そう言うと、貂蝉は本当に嬉しそうな表情を浮かべた。


一刀と別れたあと、貂蝉は思う。


「あの子も連れて来てあげれば良かったかしら」


貂蝉は呟きながら、彼に手を貸した彼女を思い浮かべる。

正史へ赴き、一刀を再び外史へ連れ戻した彼女。

それに、一刀が相変わらずで安心した。

刀に手を添えられた時は少なからずショックだったが、それでも最後は自分の意志を汲み、信じてくれた。


「友人ポジションにしかなれないのが残念だわ」


しかし、それもまんざらでもない。


「どぅふふ♪」


不気味な笑い声を漏らし、雄叫びを上げながら貂蝉は跳躍し、その場を去っていった。



















一刀が貂蝉と話をしてから数日、星は思い悩んでいた。

最近一刀の様子がおかしい。

話をしている時も、鍛錬をしている時も、どこか心ここにあらずというか、何かを心配しているような感じがするのだ。

それとなく何があったのか探りを入れても、何でもないと誤魔化される。

自分はそんなに頼りないのだろうか。

確かに他国の人間だし、魏の皆に比べれば共に過ごした時間は短い。

しかし、彼の事は理解しているつもりだ。

優しさ、強さ、弱さ。

この国で過ごしている間、ずっと見てきた。

自分が隣を歩いていても、会話をしても、一刀は一人、考え耽る事がある。

もしも隣を歩いているのが華琳であったのなら、その想いを話しているのだろうか。


胸がチクリと痛む。


昔の自分ならばこんな感情は間違いなく経験しなかっただろう。

これが嫉妬というものなのだろうか。

……らしくない。

自分で言うのも何だが、本当にらしくない。

聞きたいのなら堂々と何があったのかと聞けば良い。

誤魔化されても、正直に話すまで問い詰めればいい。

それくらいで彼が自分を邪険にしないのはもう解っている。

それでも、自分は彼にとって頼れる存在でありたかった。

一刀から、話して欲しいのだ。

何が足りないのだろう。

わからない。

恋とはこうも切ないものだったのか。

心の病とはよく言ったものだ。

全くもってその通りだと思う。


「お、星やん。どないした?」


もやもやした気分を晴らすために城壁を上がると、そこには先客が居た。

霞は良い飲み仲間だ。

メンマの素晴らしさも中々に理解している。


「何、一杯やりたくなっただけだ。霞は何をしているのだ?」


「ウチも一杯やってた。仕事後の酒は格別やな~」


そう言いながら盃に注がれていた酒を一気に仰ぎ、にひひと笑う。


「では私もお邪魔するとしよう。肴もあることだしな」


「やっぱそれ──」


「無論、メンマ以外に何がある」


「ホンマそれ好きやね自分。まぁ美味いのは確かやけど」


「うむ、他の物も否定はせぬが、やはり私はこれが一番だ」


二人、城壁の上に並び、ちびちびと酒を進める。


「で、その憂鬱な顔の訳は話してくれるんか?」


しばらく他愛もない話をしながら酒を飲み交わしていると、霞がそう問うてくる。


「……何、つまらん事だ」


「一刀やろ」


「…………」


「やっぱなぁ」


平静を装ったつもりだったが、霞にはお見通しだったようだ。


「なんや自分、毎日一刀と一緒やのにまだ何か不満があるんか?」


「それは申し訳ないが役得だと思っている。

 しかし、最近一刀殿の様子がおかしいと思わないか?」


「ん、まぁな」


「何があったのかはわからん。

 余程思い悩む事なのだろうが、しかしそれを一刀殿は話してくれんのだ」


「あー、それはなぁ。

 昔っからの悪い癖やなぁ、限界まで……いや、限界を超えても、一刀はウチらに話さん事があるしなぁ」


そう言う霞の表情に少し陰りが見える。

何を思い出しているのだろうか。

少しして霞は注がれた酒を飲み干し、星に真剣な表情で問う。


「三年前、一刀が消えた理由は知っとるか?」


唐突な質問だった。

でもそれは無関係ではないのだろう。


「天命を終えた、と聞いているが」


「まぁ、それはそうやねんけど、過程の話や」


「詳しい話は聞いていない。皆に聞いて、昔の傷を掘り起こすのもな」


以前、一度だけ桃香や雪蓮が一刀の事を華琳に聞いたとき、一瞬だが彼女は痛々しい表情をした。

それを見て以来、華琳でさえあんな表情になってしまうくらいだ、他の者に聞くのはやめようとおもったのだ。


「思い出したくないって訳やないねん。

 辛いし悲しかったけど、何よりも悔しかったんや」


「悔しい?」


「自分がどうなるか解らん中で、一人でウチらの為に一刀は戦った。

 戦場みたいに仲間と一緒な訳やない、一人で、体の変調を隠して、魏を勝利へ導く為に戦った。

 何でその時、ウチらは一刀の異変にもっと気を配らなかった?

 何で何も言ってくれんかった?

 自分は何かしてやれたんやないか?何か対策が取れたんやないか?

 自分がもっと強ければ、天の知識に頼らんでも良かったんやないか?ってな。

 ウチらの知らん所で、一人で苦しんで、我慢して、ついに勝利してこれからやって矢先、

 自分はもう用済みとでも言うように消えていったんやあのアホは……」


そう言うと霞は空を仰ぎ、目を瞑る。


「あかん、ちょっと熱くなってしもた。

 全部華琳から聞いた話なんやけどな。

 一刀の世界ではウチらは過去の人物で、その歴史が全部書かれとるらしいんよ。

 その知識をもとに、一刀は助言をしてたんや。

 定軍山での奇襲、あったやろ?今更どうでもええねんけどな。

 本来ならあそこで秋蘭は紫苑に討たれるはずやったんやと。

 でもそれを知っていた一刀が、それを阻止するために援軍を送ったんや。

 異常な速さやったろ?あれは一刀が未来を知っとったからや」


「……そうだったのか」


確かにあの援軍の速さは尋常ではなかった。

奇襲を受け、すぐに援軍の要請をしたとしても明らかに異常な速さで到着していた。


「そのおかげで秋蘭は無事に生還、一刀も一安心や。……でもな、そこから一刀に異変が始まったんや。

 一刀は倒れて、医者に言っても過労としか言われん。

 でもおかしいねん。

 それからも目眩を起こしたり、寝こんだりしたんや。

 赤壁の戦いでも、一刀は未来の話をした。

 結果、ウチらは勝利出来た。

 ……一刀は許子将に言われてたらしいねん。

 ”大局には逆らうな、逆らえば身の破滅”ってな」


彼が天命を終え消えた、という事を鑑みるに、大局とは彼の世界に存在する歴史の事なのだろう。


「そんなん言われて、そこに今までにない不調やろ?

 一刀は、このままじゃ自分は破滅するって、何処かで解っとったのかもしれん。

 それでも一刀は、ウチらの為に、それをやめようとせんかった」


……確かに、今まで見てきた北郷一刀とはそういう人物だ。

それでも、愛した者を置いて消えていく。

それを感じた時、彼にとってそれはどれだけの恐怖だったのだろうか。

自分で全てを理解出来ていなくても、どこかでそれを感じていたはずだ。


「そんで華琳が三国を統一して、覇道を成して、これからは民の為、国を良くしていこう。

 戦なんぞせんで、愛した人と過ごして、歳食って、余生を過ごしていくんやろなぁなんて、

 それぞれ思ってた事はあったやろ。

 ……その夜、一刀は消えたんや」


霞は空になった盃を見つめ、息をつく。


「ウチも最初に華琳から一刀が消えたって話を聞いた時は本気でキレたで。

 怒鳴り散らしてしもた。

 今思えばよう処刑されんで済んだと思うわ」


そう言いながら霞は力なく笑う。


「ま、これが一刀が消えた時の事やな。

 本当は自分の身に起きる事を想像して、怖いって叫びたかったのかもしれん。

 それでも一刀はいつも通り、普段通りウチらに笑ってくれた。

 それは一刀の優しさなんやけどな、一刀はウチらには何処までも優しいねん。

 せやけどその優しさが辛くなる時もあるんよ」


星は当事者ではない。

しかし、それでも容易に想像が出来る。

皆に心配かけまいと無理に笑顔をつくり、体調不良を隠していたに違いない。

彼が消えた時の彼女たちの気持ちはどんなものだったのだろう。

悲しみのどん底に突き落とされ、ある者は絶望すらしたかもしれない。


「……辛い話をさせてすまない」


「ウチが勝手に話したんや、気にせんでええよって。

 まぁウチが言いたいのは、あの何でも一人で背負い込む癖を何とかしようって話や」


「そうしたいのは山々だが、一刀殿はあれで強情な所がある。

 そう簡単にはいかんだろう」


「ウチらは風達みたいに頭が回る訳やないからなぁ。

 回りくどくするよりも、直球勝負で行くしかないと思うで」


「それに、応えてくれるのか?」


「一刀なら応えてくれる。一刀が一人で抱え込むのも、ウチらがもっと突っ込んでいかんからや。

 ウチらが真剣に向きあおうとしとるのを、無下にするような男やない。

 一刀がああなったのはウチらにも原因があるんや」


「ふむ……まぁ、まだ私は一刀殿に認めてもらっては居ない故、混ざれそうにはない。

 霞に託そう」
















一刀は数日前、貂蝉に聞かされた事を考えていた。

いろいろとぶっ飛んだ話だったため、整理するのに時間が掛かる。

明花が狙われているということは既に朝議で皆に報告した。

しかし、外史の件は話していない。

話したところで、到底信じられるようなものではないからだ。

外史という世界が無数に存在し、その数だけ華琳達が居て、最後には外史ごと皆消える。

そんな夢物語のような事を、どう話せばいいのか。


それに、白装束の目的は外史をあるべき姿に戻すこと。

あるべき姿、それは、消滅を逃れたこの外史を破壊すること。

こちらにしてみれば狂人の発言としか思えない。

なにせ、世界を破壊すると言っているのだ。

無理に決っていると誰もが思うだろう。

それでも、その為に明花を狙っているのであればそれを放っておく訳にはいかない。

何故明花が必要なのかは解らない。

どう見ても普通の幼い子どもなのに。

せっかく、両親と死別した事を少しずつ克服してきている。

前向きに生きていこうとしているところなのだ。


そして、外史を消滅させようとしているということは、貂蝉の言うことが真実ならば、華琳達も消えるという事。

ふざけるな。

外史の破壊が出来るかどうかは別として、華琳達が消えてしまう事を”しようとしている”事に怒りが湧き上がる。

何処までも、その白装束には憎悪を抱いてしまう。

大切な人達に危害を加えようとしている事に、腸が煮えくり返る。

必ず守ってみせる。

そのために、俺はこの世界へ戻ってきたんだ。


「一刀」


名前を呼ばれ振り返ると、今まで酒を飲んでいたのか、少し出来上がり気味の霞が居た。

いつもなら酔っ払って上機嫌な霞なのだが、今日は何処か違う。


「どうした?何かあったのか?」


一刀がそう聞くと、霞は少し驚いた表情をした。


「何で?ウチ、そんな感じする?」


「いや、いつも通りといえばいつも通りだけど、雰囲気というか、言葉にしづらいけど解るよ」


そんな僅かな変化にも気づいてくれる一刀に、霞は胸を締め付けられる。

嬉しくもあるが、こんな僅かな違いをすぐに見抜き、気づかってくれる一刀。

その彼が異変に苛まれていた時、気づけなかった自分を殴りたくなるのだ。


「何かあったんだろ?俺で良ければ話聞くよ?」


そう言い近寄ってくる一刀を前に、霞は拳を握りしめる。

いつも、こうして自分たちに底知れない愛情を向けてくれるから、それに甘えてしまう。

今もそうだ。

このまま甘えてしまえば、一刀は変わらぬまま、また人知れず無茶をするかもしれない。

嫌だ。

嫌だった。

誰もがそうだろう。

自分の好きな人が、自分達の為に傷ついていく姿を誰が望むのか。

それがどうしようも無いのなら、自分も一緒に傷つきたい。

少しでも、彼の想いを背負いたい。


「待った」


霞は手を出し、一刀を静止する。


「一刀、ウチと真剣勝負せん?」


「……え?」


「マジもんの勝負。真剣で、どっちかが倒れるまで」


「何で?大会で当たれなかったからか?」


「まぁ理由は何でもええ。ウチと全力でぶつかってくれりゃええんや」


そう言い、霞は得物を構える。


「……嫌だよ」


しかし、一刀は霞の申し出を拒否した。


「ええやん。ウチは一刀と戦いたいねん」


「じゃあ何でそんな顔してるんだよ……」


いつもの霞なら、戦う時は酒を飲まない。

酒を飲んだ日は、緊急時で無ければ自分から戦いを挑む事はしない。

更に、戦闘が大好きな彼女なら、この状況は本当に嬉しそうな表情になる。

だというのに、今目の前に居る霞は、微塵も嬉しそうではない。

楽しそうではない。


「ウチはいつもこんなんや」


「違うよ。俺が解らないと思ってるのか?」


「ウチがそうや言うてるんやからそうなんや」


「……霞、俺が何かしたっていうなら謝るよ。だからやめよう」


「──ええから構えろや!」


怒声と共に、偃月刀を勢い良く振り、一刀の首へ当てる。

しかし、一刀はそれに対して、ピクリとも反応しなかった。


「ウチは本気や。このまま何もせんなら、一刀、怪我じゃすまへんで」


「……そうか」


それだけ言うと、一刀は腰に差していた刀を鞘ごと引き抜き、地面へ投げてしまう。


「……何でや」


「……霞がこんなことする理由は解らない。

 普段こんな事しない霞がこうしているなら、俺に原因があるんだろうと思う。

 ……でも、本気で、真剣勝負しろなんてさ──」


一刀は霞に、困ったように笑いかけ、


「霞達を守りたくて頑張ったのに、その霞相手に、出来るわけないじゃないか」


大会でも手合わせでもないこんな状況で、一刀は霞に刃を向けることなど出来るわけがなかった。

それは霞は解っていた。

解りきっていた。

それでも、一刀と本気でぶつかり、自分を認めてもらい、頼れる相手として、支えられる相手として見て欲しかった。

些か乱暴なやり方ではあるが、自分はこれ以外にやり方など解らないのだ。


「ごめんな、霞」


愛した人に刃を向けられる事、そして、それは本意ではなく、自分がさせてしまっているという事。

そう思うと、自分の不甲斐なさに、一刀は少し泣きそうになった。

すると、一刀の首に当てられていた偃月刀が引かれ、かと思えば霞に強く押され、その場で押し倒されてしまう。

いきなりの事で驚くが、上にのしかかっている霞の様子に、一刀は困惑した。


「なぁ、一刀……自分の愛した人が、自分の知らん所で傷つくのがどれだけ辛いか、わかるか?」


「え……?」


「大好きな人が、自分たちのせいで居なくなるんがどれだけ悔しいか、わかるか……?」


そう言う霞は、目の端に溜めた涙をポロポロと零し、言葉を続ける。


「何も言ってくれんで、頼ってくれもせんで、そのまま置いて行かれるのがどれだけ寂しいか、……わかっとるんか?」


普段涙など見せない霞が、目の前で泣いている。

それも、自分が原因で、だ。

その事実に、頭をガツンと殴られたような気分になる。


「最近、また一刀の様子が変やんか。またウチらに何も言わんで、一人で考えてるやんか。

 また同じことになるんやないかって……また、知らん内に居なくなってまうんやないかって、心配なんよ……!」


「霞……」


「何で何も話してくれへんの?何で頼ってくれへんの?そんなにウチは頼りないんかって……。

 でもウチは風達みたいに出来ひんし、ウチが誇れるのは腕っ節やから、こんなやり方しか出来んのや……。

 どうすれば一刀は……ウチらを頼ってくれるん……?

 どうすれば、一刀の隣に立たせてくれるん……?」


霞の想いを聞いた瞬間、自分を殴りたくなった。

独りよがりで自己満足していた自分に、心底憤りを感じた。

皆に心配を掛けないように、不安を煽らないようにとしている事全てが裏目に出ている。

貂蝉の話は自分の中で整理を付けてから、もしくはずっと言わなくてもいいと思っていた。

この世界の話を。

でも、それが霞をこんなにも苦しめてしまった。

少し考えれば解ることだ。


もし、自分の愛した人が、自分の為に消えてしまったら、それは後悔となりずっと自分を締め付ける。

そして、その人が奇跡的に帰還を果たし喜んだのもつかの間、また何か一人で何かを隠し、思い悩んでいれば、

それを放っておける訳もない。

何を聞いても生返事しか帰ってこなければ、こうした強行手段に出ても、その人を二度と失わない為ならば迷わない。


一刀は思わず歯を食いしばった。

自分の馬鹿さ加減に腸が煮えくり返る。


覆いかぶさっている霞を、一刀は抱きしめ、上体を起こす。


「違うんだよ……霞。頼りにしてない訳ない。何よりも頼りにしてるし、大切に思ってる。

 只、ちょっと突拍子もない事だったから、自分の中で整理がつかなかっただけなんだ。

 でも……そうだよな、俺は前に、こんな風に消えちまったんだもんな。

 そんなことにも気づかないで……ごめん。

 心配してくれてありがとう。本当にありがとう」


霞を落ち着かせるように、優しく抱きしめる。


「俺はやっぱ馬鹿だから、霞のそういう気持ちも考えないで、一人でカッコつけて。

 ごめんな……」


「一刀……」


自分に嫌気がさす。

二度と皆を泣かせる事はしないと誓ったじゃないか……!。


「こんな情けない馬鹿みたいな俺だけど、まだ見捨てないでくれるか?霞達を頼ってもいいか?」


「そんなん……当たり前やんか。

 一刀を見捨てる奴なんておらへん。

 どんどん頼ってや……寄りかかってや……!」


「うん……ごめん、ありがとう……ありがとな……!」


「アホぉ……気づくのが遅いんや……!」


強く抱きしめると、霞は一刀の胸に顔を押し付け、声を上げて泣いた。

その声が漏れることはなかったが、一刀は霞の泣く声が何処までも頭に響いた。









数日後、皆を謁見の間に集め、数日前に貂蝉から聞かされた話を皆に話した。

全部を馬鹿正直に話したところで、混乱を招くか、気が触れたかと思われるだけだと思う。

当たり前だ。

この世界がいくつも存在して、自分がその世界の数だけ居て、全ての世界が歴史を沿って物語が進み、最後は消える。

そんな話を誰が信じられる?

そもそもその話は今どうでも良い。

重要なのは、白装束が明花や俺達を狙っているということ。


白装束が大規模な組織であることは話した。

あの街での戦闘からすぐに狙いが明花だということは話したが、それ以外は全くわからない為話しようがなかった。

しかし、貂蝉はその組織を知っていた。

そして近々、必ず何か強硬手段に出るだろうという事も皆に伝えた。

霞があんな体当たりで、自分たちを頼れと言ってくれたのだ。

不確定要素だらけではあるが、今伝えられる現状は、全て話しておきたい。


「難しい話は解らんが、要するに白装束が我らを狙っているのなら、返り討ちにしてやればいいだけの話だろう?」


「姉者はそれでいい」


「とにかく、白装束の狙いが明花や私達ということが解っていても、それ以外の情報はないのが現状ね。稟」


「は、華琳様。各地に送る兵を増員し、大規模な調査を開始します。決して目立たぬ集団ではありませんから、何かしらの情報は掴めるでしょう」


「ええ、任せたわ。風と桂花も、それぞれ調査を開始して頂戴」


「はいはい~」


「お任せください!」


会議が終わり、それぞれが自身に課せられた行動に移る中、霞は星に呼び止められた。


「受け止めてくれたようだな」


「せやから言うたやろ。一刀なら応えてくれるって」


「それにしては目が赤いようだが」


いつもの仕草で、星がそれを指摘すると、霞は照れくさそうに笑う。


「やはり、私は受け入れてはもらえぬかもしれんな……」


それは思わず零れた星の弱音だった。

口にするつもりは無かった為、星は珍しく少し慌てた様子でその言葉を否定した。


「……やっぱりウチらは直球勝負で行くしかないと思うで、星」


「……そうかもな」






そして、事態は急展開を見せる。

それは一刀達にとって、三国にとって凶報以外の何物でも無かった。

慌てて飛び込んできた伝令の言葉はこうだ。


地平線を埋め尽くす程の、武装した大軍団が各国に接近中。


突然すぎるその凶報に、誰もが驚きを隠せなかった。


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