11 想い人が居るということ
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歓声に包まれる中、明命は一刀に歩み寄り、
「とても楽しい戦いでした!負けてしまったのは悔しいですが、
御使い様の剣術は見たこともないので、すごく勉強になりましたです!」
胸の前で手を合わせ、笑顔でそう言った。
「俺も少しでも気を抜いたらやられるギリギリの状況っていうのをあまり感じたことがないからいい経験になったよ」
戦場に身を投じた経験はあれど、その場で兵士として戦った経験など無いのだ。
だからこうした戦闘は初めてだった。
勿論これは戦争などではなく試合なので実際あの場で戦った兵に比べたらぬるま湯同然だろう。
「その得物はなんていう武器なのですか?見たことがないのです」
「俺の国で作られていた武器で日本刀って言うんだ。真桜が毎日死ぬ気で頑張ってくれたおかげで今日に間に合ったんだ」
「すごく細いのですぐに折れてしまうかとも思ったのですが、全然そんなことなくてびっくりしましたです!
逆に私の得物が折られてしまいました!」
「俺もびっくりしたよ。俺の国で出回ってたのはこんなに丈夫じゃなかったはずなんだけど」
試合後、少し壇上で話していると後ろの皆の視線が早く帰って来いと言っていた。
確かにこのままでは次の試合も始められない。
あまりに嬉しくて全然気が回らなくなってしまっている。
「じゃあ、ありがとう幼平さん。すごく充実した試合だったよ」
そう言って手を差し出す。
「はい!あまり他国を応援すると怒られてしまうかもしれないですけど、御使い様も次の試合頑張ってください!」
明命は笑顔で一刀の手を握った。
二人は別々の方向へ戻り、壇上を降りていく。
明命は己の武器の破損部分に目をやる。
何か違和感を感じながら折られた刃を回収し、その正体に気づいた。
その折られたと思っていた部分を見て驚きに目を見開いた。
あの時は必死だった故に音など気にせずに、勝手に折られたものだと思っていた。
しかしこうして破損部分に目をやると、折られたなどというものではなかった。
完全に切断されていた。
刀身は紛うこと無く鉄。
だというのに、切断され、その断面も非常に綺麗だった。
切断部分を合わせればピタリと合うのではないかと思えるほどに。
最後の一撃、彼は異常な勘の良さを見せた。
明らかにこちらの最初の蹴りで怯み、攻撃は見えていなかった。
だというのに、攻撃の軌道を見切っていた。
そしてあの瞬間を思い返せば、彼の振るった軌道は身体に向けてではなく、迷わずに武器を狙っていたように思う。
それは武器の切断を狙っていたからではないだろうか。
あの速度も恐ろしいが、あの得物も相当に恐ろしい。
鎧など意味を成さないくらいの斬れ味だ。
それまでの攻防で彼の攻撃を受けていた事を考えれば、あれは意図的に起こせるものではないのかもしれない。
しかし、もし彼が狙ってあの斬れ味を、そして先の、鞘からの一撃にそれを乗せてくれば間違いなく必殺の一撃になる。
そう思うと背筋に寒気が走る。
3年前までの彼は決して強くなかったと言う。
それは紛うことなき事実なのだろう。
こうして戦ってみても、確かに手合わせの経験は豊富なようだが戦の経験はないものと思える。
こちらを攻撃するとき、度々迷いのようなものが彼には見えた。
戦を経験し、武人という人間ならば迷いなどない、むしろ相手に応えるように全力で挑む。
彼は全力こそ出していたとは思うが、心はそうではなかった。
明命は祭に少しだけ聞いたことがあった。
秋蘭と祭は意気投合し、たまに酒を飲み交わすこともあるという。
その時一度だけ、酔った秋蘭から彼の話が出たのだそうだ。
いろいろと話していたが、要するに、彼の全ての力の根源が魏の者達なのだ。
皆に会いたい、皆を守りたいという一心であそこまで自分を叩き上げた。
だからこうして戦うのは彼の根本にあるものとは別なのかもしれない。
勿論本人はこの戦いに本気で臨んだつもりで勝利を喜んでいるし、それは本心なのだろう。
しかし、もし彼が本気の本気、己の全てを掛けて戦う時が来るとすれば、それはきっと彼の大切な者を”守る”ときなのだろう。
あの大乱の中、己を犠牲にしてまで魏の皆の為に尽力し、勝利へ導いた彼だ。
今この戦いでは不要だった彼の優しさは、特定の条件下ならば何にも劣らぬ信念に成り得る。
そう思うと、彼のその一途な”想い”もまた、一つの武器に思えた。
明命は足を止め、魏の皆のもとへ戻る一刀の背中を見つめていた。
「お疲れ様明命。惜しかったわね」
明命が呉の席へ戻ると雪蓮の労いの言葉に続き、皆が声を掛けてくれた。
「見たこともない武器と剣術でびっくりしました」
「まさかあんな細い武器に明命の武器が折られるとはな」
「折られたんじゃないです」
思春の言葉に、明命はそう返す。
「何?」
「これを見てください」
そう言い、明命は切断された得物をその場に居る皆に見せる。
その切断面を見て、その場に居た者は驚きを隠せずに居た。
「切断されてます……」
その切口を見て、亞莎が呟いた。
「ほえ~、凄いですね~」
「穏にわかる……あぁ、そういえばお前も戦えるのだったな」
「冥琳様ひどいです。私の強さは知ってるくせに~」
「お前の場合はいつも胸が邪魔して戦いどころではないからのぅ」
「……あの得物のおかげか?」
思春が和みかけた空気を破壊するかのように話題を中断させ、話を戻す。
「でもそれまで明命は御使い君の攻撃を受け止めていたじゃない」
「ですがこれは間違いなく切断されています。……あの男の剣術であると?」
「2つが合わさって、且ついつでも出来るような技じゃないってことかしら?
それに最後の明命の攻撃に対しての反応、はっきり言って異常じゃない?」
「かもしれません、明らかにあれは見えていなかったはず」
雪蓮と思春が彼の事を分析するように話す様は、どこか楽しそうに見えた。
「おふたりとも本当にお好きですね~」
「穏は黙っていろ」
「思春ちゃんひどい……」
「でもそうなると下手に受けられないわねぇ。いつ切断されちゃうか解ったもんじゃないし」
「あの鞘から放つ一撃が厄介です。明命、実際に目の前であれを出されて視認できたか?」
「い、いえ、気がついたらもう得物はしまっていましたし、
それに腰に差してる刀が見えづらくなる半身の構えなので、あの体勢に入られたらいつ飛んで来るかわからないのです」
「……それに、ああまで器用に得物を使いこなす男だ。まだ何か隠し持っているかもしれない」
「明命の攻撃殆ど受け流されてたもんねぇ」
「うう……未熟者ですみませんです……」
「ん~~~~~!ますます楽しみになってきた!」
「試合で当たるかわかりませんけどね」
我慢ならないというように唸る雪蓮に対し、蓮華が再びそう言う。
「お互いに勝ち続ければ決勝で当たるわ!」
開き直ったのか、雪蓮は固く拳を握りそう答えた。
「それは思春に失礼なのでは……?」
蓮華がそう呟くも、雪蓮はどこ吹く風という様子で聞き流していた。
蜀陣営でも先程の戦闘での攻防が話題になっていた。
「御使い殿は、目が後ろにでも付いているのか?」
「は?何言ってんだ星」
「お主も見ただろう、翠。最後の攻防だ」
「あー、まぁあいつもともと素早いし、偶然避けられても不思議じゃないと思うけど」
「愛沙は?あれは偶然だと思うか?」
「……私も、あれは偶然ではないように思う」
勘だけで回避したにしてはあまりに迷いの無い動きだった。
「それよりもあたしはあの鞘からの一撃が手強いと思うけど」
「確かに、明命の得物も折られていたしな」
「あれは折れた音ではなかっただろう」
星は最後の一撃を放った場面を思い出す。
明らかに折った音ではなく、断ち切った音だった。
「切ったと?」
星の言葉に愛沙が訝しげに問う。
「後で確認すれば解る。あれは間違いなく断ち切られている。
予想だがあれは軽量化と斬れ味に重きを置いた武器なのではないか?」
「それに加えあの速さ、か。我々には少々分が悪いかもな」
「へー、御使いのお兄ちゃん凄いのだ。鈴々もあれやってみたいのだ」
そういう鈴々は一刀の鞘から放つ一撃を真似るように腕を動かす。
しかしそれはどう見ても塩でも撒いているようにしか見えなかった。
「……本人の前でやるなよ」
「そうだな。あまりに失礼だ」
一刀は明命のもとを離れ、魏の席へ戻った。
もう見るからに目を輝かせた三羽烏と霞が視界に入る。
「隊長~~~~~~!」
「すごかったの~~~~!」
「お見事でした隊長!」
「かずと~~~!めっちゃ強かったで~~!」
まだ戻っていないのにそう叫びながら全身で喜びを表してくれている事に嬉しく思う。
駆け足で席まで戻り、皆が喜んでいる輪に入る。
「兄ちゃん凄かった!何かよくわかんないけど凄かったよ!」
「はい!全然兄様の攻撃が見えませんでした!」
「ありがとな、季衣、流琉。真桜が間に合わせてくれたおかげで勝てたよ」
「なぁにすかした態度してんねん隊長!さっき壇上でめっちゃ喜んでたやんか!」
「そうなの!ここでもあれくらい飛び跳ねてもいいの!」
「飛び跳ねてはいないけどな!嬉しかったけど!」
「隊長のあの技、見事としか言いようがありませんでした!」
「北郷貴様!あんな技を隠し持っていたとは!」
「確かに、あれは私や姉者でも、初見ではまず避けきれんだろうな」
「隠してたんじゃなくて物が無くて出来なかっただけだよ」
「一刀ホンマに強なったなぁ!ウチもあれ受けられるかわからんわ」
「……お兄さんは本当にお兄さんですか?」
「なんかそれアホっぽいぞ風……」
「ずいぶんな言い草じゃねぇかよ兄ちゃん」
その芸凄い久しぶりに見た気がする。
「ですが風の気持ちは解ります。というか、前までの一刀殿を知ってる者からすれば妥当な反応でしょう」
「俺昨日まで全勝してるんですけど!」
「あれはまぁ……お遊びのようなものですし」
稟の中での扱いがひどい。
集まってくれた腕自慢達に謝れ。
「こ、こんな……種を撒き散らす事しか脳がなかった男が……」
「撒き散らすって……俺は魚か」
こんな事を言っている桂花だが俺が勝った直後に思わず両手を上げて喜んでいる姿を目撃している為むしろ可愛く見える。
「予想以上の成果よ、一刀」
華琳はそう言いながらいつもの微笑を浮かべる。
先程俺に口の動きだけで向けてくれた言葉を言ってくれる気は無いらしい。
こんな大勢いる中で言うのは華琳のプライドが許さないのかもしれない。
「ありがとう、まだ初戦だけど勝てて良かったよ」
そう言いながら適当な席へ向かうと、一瞬足から力が抜け、ガクンと膝が落ちてしまう。
「お?……おお?」
「一刀!?」
華琳の目の前を通り過ぎる瞬間に脱力し、彼女が慌ててそれを抱きとめた為、抱きつくような形になってしまった。
「いきなりどうしたのよ……」
「ご、ごめん何かいきなり力抜けちゃって。気が抜けたのかな」
そのまま華琳に支えられるようにして隣に座らされる。
華琳の表情があまりに不安そうな事に一刀は不思議だった。
そこまで心配されるようなことではないはず。
しかし華琳だからこそ、彼の脱力には強烈な不安を煽られる。
3年前、消える兆候として起こっていたあの脱力と今の状況が被ったのだ。
その兆候を知っているのは華琳だけであり、他の皆は知らない。
それに気づき、一刀は華琳がそんな表情になってしまう理由を理解した。
「……大丈夫だよ。気分が悪いわけじゃないし意識もはっきりしてるから」
「……そう」
皆も突然膝をついた一刀を見て驚いていたが、すぐに回復したので特に気にはしなかった。
というか、俺も何故こうなったのか解らない。
スタミナは切れてないはずなんだけど……。
「もしや隊長、最後の明命様の一撃を躱す時、自分と鍛錬していた時の感覚を感じましたか?」
「え?ああそうそう、何かよくわからないけど避けられる気がするあれな」
「多分、それは気によるものだと思われます」
「え?」
「隊長の極稀に発揮する神業地味たその反射神経は気によるものだと思われます。
無意識に気を集中させているのでしょう、そしてその反射神経についていくために筋力にも気を回しているのでしょう。
だから急激に体に負担が掛かり脱力してしまったのではないでしょうか」
「……ん?要するに俺は気が使えてるの?」
「はい、瞬間的ではありますが」
「マジで!?」
あれだけ特訓して欠片も出来なかった気の運用が出来ているのはかなりの朗報だ。
しかし自分の意志でやっているわけではないので使い方は相変わらず解らない。
「……あれ、結局だめじゃん」
「任意で出来るようになればいいのですが、それは追々ですね」
「そうだな」
そこで真桜に貰った日本刀が自分の知っているものとは異なっている事を思い出した。
「そうだ真桜。これ、ありがとな。聞きたかったんだけど、これって俺が教えたとおりに作ったのか?」
「まぁ大体は」
「それにしてはかなり頑丈だし斬れ味凄いし、しかも刃紋がこんな綺麗な色してるし」
「はもん?」
「これこれ」
鞘から少しだけ刀身を出し、刃紋を見せる。
こうしてまじまじ見ると、やはりこの赫色の濤乱刃は異色のものに見える。
何をどうしたらこんな綺麗な物が出来上がるのだろうか。
それにあれだけ相手の武器を弾いたのに刃こぼれもない。
「あぁ、綺麗やろ?それを出すためにあの鉱石から取れる素材が必要やったんよ」
「へぇ、美しいわね」
隣で見ていた華琳もそう思うほどに、真桜の作った日本刀の出来は凄かった。
「華琳様も分かってくれます!?死ぬほど拘ったからなぁ……一回試作した時にビビビっと発明の波が押し寄せてきたんよ。
燈楼石もそれ出すために必要なもんやったし、隊長に教わったやり方でも丈夫になるんですけど、それ以上のものを目指したからなぁ」
「やろうと思って出来るようなもんじゃないと思うんだけど……」
「ウチもびっくりした。同じもん作れ言われてももう二度と出来る気せえへん。せやからウチの今までの人生で最高傑作なんや」
「……俺がもらっていいの?」
「? 当たり前やん。隊長に使ってもらう為に作ったもんやし」
何いってんの?とでも言いたげな、きょとんとした表情。
「せやけどせっかくええもん出来たんやから名前くらいつけなあかんよなぁ~」
難しい表情で真桜はしばらく黙る。
「俺の世界じゃ作った人の名前を入れるのが割と一般的なところもあったし、真桜の字を入れても良いんじゃないか?」
そして顔を上げ、
「まぁそのうち浮かんでくるやろ」
「お、おう。軽いな……」
そうこうしている間に次の試合が始まるようだ。
ここからの試合は全て武将同士での戦いのため、全ての試合がメインのようなものだ。
出場者にとって相手はランダムで決まる上で、同じ国の者同士にならないよう配慮はされているが、
人数の関係でどうしてもそうなってしまう場合もある。
蜀なんかは出場する人が多いからそうなってしまう事が多々あるようだ。
魏や呉に比べ蜀からの参加はなんと2倍近い人数だ。
何故かその中に文醜と顔良が居るが劉備に保護されているため蜀の括りにいるらしい。
真桜や沙和なんかは俺のせいでそれどころではなかったため不参加。
もともとそんなに戦いが好きじゃないというか、むしろ面倒だと感じる人間なので好都合だったらしいけど。
そして次の試合、名前を呼ばれたのは凪だった。
「行ってまいります」
「おう、頑張れ凪!」
凪が壇上へ上がると、その相手もほぼ同時に上がってきた。
「あー……また蒲公英やん」
「蒲公英ちゃん可哀想なの。二連続で凪ちゃんと初戦で当たってるの」
「馬岱だって蜀の武将なんだから弱いって訳じゃないんだろ?」
「そうなんやけど、やっぱ凪と比べるとどうしてもなぁ」
「隊長は知らないかもしれないけど、凪ちゃんの実力はもう春蘭様と同じくらいなの」
「……マジ?」
「隊長の時は鍛錬というか稽古というか、そんな感じやったしなぁ」
二人の言葉を聞き改めて壇上の馬岱を見ると、可哀想なくらいに目が死んでいた。
「……戦意喪失してないか相手」
「そらそうやろ。もともと蒲公英は戦好きって訳やないし、その上に2回連続で春蘭様と同等の実力者と当たってんねんで」
「沙和だったら二度と参加しないの~」
「……俺もそれは考えるな」
春蘭と違って常に全力で殺気をぶつけてこない分まだマシかもしれないが、蒲公英にとって凪がトラウマの対象にならないことを一刀は祈るのだった。
「あちゃー……また凪か」
「翠……そろそろ蒲公英を無理やり参加させるのをやめてやったらどうだ」
「そうは言ってもあいつも馬一族としてもっとこう……星もわかるだろ?」
「蒲公英の顔を見てみろ。今にも死にそうだぞ」
「蒲公英ーーー!!やる前からそんな顔するな!」
そう叫ぶ翠のほうを一瞥する蒲公英は、どこか恨みを持っているような眼差しだった。
「夜襲を掛けられないと良いな」
「…………」
星の言葉に翠は何も答えられなかった。
そして試合開始の銅鑼が鳴らされ、凪が一際大きな気弾を飛ばす。
「いやあああーーーーーーーーーーー!!」
蒲公英の悲鳴が響き渡った。
直後に試合の銅鑼が鳴らされ、凪が戻ってくる。
「只今戻りました」
「お、おう……」
あまりに短い試合時間と凪の淡々とした表情に労いの言葉を掛けそこねた。
「凪ちゃん容赦ないの」
「相手は蜀の武将だ。手を抜く訳にはいかない」
「そらそうやけど……」
「お姉さまあたしもう嫌だあああーーーーー!」
戻った瞬間、蒲公英は泣きながら翠に抱きついた。
「わかった悪かったよ!もう無理に参加させないから!つか運悪すぎだろお前!」
「桃香様に仕える身でなんという体たらくだ!」
そんな蒲公英に焔耶は厳しい言葉を投げつけるが、それを黙って受け取る蒲公英ではない。
「焔耶だって凪に勝ったことないじゃん」
「私はお前よりは粘るぞ!」
「粘る粘らないの問題じゃないんだよねぇ、勝つか負けるかなのに。馬鹿なの?」
先程の泣きっ面など面影もなく、焔耶相手に皮肉を飛ばす。
「な……!負けたお前が偉そうに言うな!」
「はいはい焔耶ちゃんは粘るね~すごいでちゅね~」
「く……!お、お前ぇ!」
「いやーんお姉さま~焔耶がいじめる~」
焔耶相手に憂さを晴らし、ニヤケた顔を隠そうともせず翠に抱きついたままぐりぐりと頭を押し付ける。
「……お前、やっぱり次も参加な」
そんな蒲公英に翠は冷静に容赦のない言葉を投げかけた。
「えええええ!?何で!?」
「ふん、ざまあみろ」
「うるさい脳筋」
「なにぃ!?」
「こら、蒲公英ちゃん。あんまりからかわないの。焔耶ちゃんも、あんまり突っかかっちゃダメよ?」
二人のいつもの口喧嘩が始まりかけたところで、紫苑が止めに入った。
「はーい」
「……はい」
その後も試合は続き、人数は最初の約半分程度になった。
魏の勝者は一刀、霞、春蘭、凪、呉は雪蓮、思春、亞莎、蜀は愛紗、星、恋だった。
蜀はやはり自国の者同士での当たりが多く、全員五虎将が出るかと思いきやそこはさすが飛将呂布、相手の翠を押しのけ出てきた。
恋はどうやら今回は途中で帰るというような事はなく、熱心に魏の席、更に詳しく言えば一刀の方をじっと見ていた。
どうやら見たことのない剣術に興味を示しているらしく、彼女は一刀と当たるかそのまま大会が終わるまでは帰ることは無さそうだった。
鈴々は星と当たり、かなり白熱した戦いになり接戦も接戦だったが惜敗した。
秋蘭達遠距離組はトーナメント戦というよりも、間に挟み、近接組が少し体を休めるように配慮されている。
しかしその遠距離組は腕も気迫も凄まじく、体は休めても気が休まらない。
秋蘭が弓を放つ度に緊張、他の者が射る度に緊張と、全てに緊張しすぎていくらか寿命が縮むような思いだった。
会場を包んでいた熱気も違う種類の熱に変わり、誰もが固唾を飲んで見入っていた。
この試合は設置された人型の的に当たった場所と数で点数を決め、勝者を決める。
人体の急所に当てれば高得点というなんとも物騒な射的のようなものだった。
ひとりずつ順番に矢を放ち、命中すればその的を更に奥へ移動する。
もはや目に拡大スコープでも埋め込んでいるのではないのかという距離でも普通に当てるから恐ろしい。
その技術にも驚くが何よりもそんな遠くまで飛ばせる皆の得物が凄まじい。
弓の強度や弦の張りが常人のそれとはかけ離れているのだろう。
単純な腕力も必要となるはずなのに皆涼しい顔で矢を放つあたり、やはりこの世界の女性は恐ろしい。
そもそも矢の飛んでいく音が普通ではなかった。
これだけのロングレンジで何度も正確に的を射ることが出来るなら、敵に見つからずに殲滅することも出来るのではないだろうか。
勿論人間は動くし抵抗もするが、そう思えてしまう程に彼女達の腕は凄まじかった。
しかし、徐々に4人の中で差が出てくる。
紫苑と桔梗はどんどん遠ざかる的に当たりはするものの急所を微妙に外してしまう事が多くなっていた。
そんな中、秋蘭と祭の二人が未だ一本も急所を外すこと無く試合が進んでいく。
そして、それぞれが最後の一本を放ち、的へ命中させる。
驚くことに、誰も徐々に遠くなる的から矢を外すことはなかった。
急所を外すと言ってもわずか数センチ。
こうして精度のみを追求するような試合形式でこそ差はでるが、実際に戦場で顔を合わせれば4人の実力が間違いなく拮抗しているだろう。
そして、終了の銅鑼が鳴らされる。
会場を包んでいた緊張が解け、黙っていた観客が湧き上がる。
全員が僅差も僅差ではあったが、勝利を収めたのは秋蘭だった。
秋蘭がいつものクールな微笑を浮かべ、軽く腕を上げるとさらに観客の熱気は膨れ上がった。
「っしゃあ~~~~~~~!!」
「隣で騒がないで頂戴」
秋蘭の勝利に思わず立ち上がり叫んだら華琳に怒られてしまった。
「とはいえあの猛者の中を勝ち抜いたのだから、何か褒美をあげないとね」
「秋蘭にとっての褒美なんて一つしかないだろ」
「じゃあ今夜はいつも以上に可愛がってあげようかしら」
「諸手を上げて大喜びするだろうよ」
そんな話をしている中、未だ鳴り止まぬ歓声に、改めて秋蘭がどれだけ凄いかを再確認した。
「秋蘭が凄いのは知ってたけど、こう見ると圧巻というか何というか、凄いな」
自分の語彙の無さに絶望しつつ、隣で涼しい表情をしている華琳に話しかける。
「秋蘭も遊んでいたわけではないもの。適当な賊の集団なら秋蘭一人で殲滅出来るわよ」
「やっぱりそうなんだ」
「隠密行動の取れる地形なら尚更ね」
「恐ろしいな……」
どこから飛んで来るかもわからない矢が正確無比に自分の周りを殲滅していく様はさぞ恐怖心を煽ることだろう。
想像するだけで恐ろしい。
「強くなろうと奮起したのは貴方だけではないということよ。このままじゃまた守られる側になっちゃうかしら」
「負けてられないな。スタートラインがかなり遅い分皆より頑張らないと」
「すたあとらいん?」
「武術を始める時期が遅かったって事」
「そうね。より精進なさい」
「いえすまぁむ」
「でも、短期間とは言わないけれど、貴方の世界では5年だったかしら。
その5年でここまで腕を上げた事は認めるわ」
「お、覇王様のお墨付き」
「まさか明命が敗れるとはね、彼女も決して弱くはないはずなのだけど」
「うん、何回も死ぬかと思った」
真剣なんだもんなこの大会。
それを言ったら俺も真剣をブンブン振り回しているんだけど、やはり肝が冷える場面は何度もあった。
防具があるとは言え思い切り当たれば骨は折れるし生身に当たれば切断レベルだ。
そんな戦いに身を置いても竦むことがないのはやはりあの爺ちゃんとの山篭りのおかげなんだろうか。
24時間肉食獣の巣窟で警戒しながらの生活は胆力も鍛えてくれたらしい。
「貴方の使う剣術に不慣れだったということもあるのでしょうね」
「でもさすがは経験の歴が違うというか、一瞬で冷静さを取り戻してたけどね」
「誰のおかげで勝ったん?」
華琳と話していると、後ろの席から真桜が身を乗り出し話に入ってくる。
そしてその表情は得意げで褒めてくれと言わんばかりだった。
「真桜達のおかげだよ。ありがとう」
そう言いながら頭を撫でると嬉しそうににやけながら後ろへ引っ込んだ。
「真桜だけというわけではないのでしょうけど、確かにあの子の功績は素晴らしいわね」
「まぁ、かなり武器の開発は進んだだろうなぁ」
三国での争いが無くなった今、武器の開発はあまり良いことのようには思えないが、まだ他にも敵対する国はあるのだ。
この世界の歴史はもう自分の知るものではないけれど、現代と比べれば平和にはまだまだほど遠い。
ともあれ、戻ってきた秋蘭に華琳と共に労いの言葉を掛けると、彼女は壇上で勝利したときよりも嬉しそうな微笑みを浮かべた。
秋蘭は戦装束を脱ぐ為にその場を離れる。
その隙にずっと気になっていたことを華琳に聞いてみた。
「なぁ、秋蘭って何か印象変わったよな」
「? そうかしら」
「うーん……なんというか、前よりも表情が柔らかいっていうか」
「あぁ……まぁ、貴方に対してはそうでしょうね」
「何で?」
「私から言うようなことではないし、気になるなら本人に聞いてみなさいな」
「えー……どう聞けばいいんだよ」
何か印象変わった?とかどこのナンパ野郎だよ。
いや、この場に居る全員に聞けば間違いなく俺はナンパ野郎なのかもしれないけど!
それでも何かちょっとそれは違うだろう。
結局秋蘭が戻ってきてもそれを聞く事が出来ず、剣術組の試合が再会される。
呼ばれたのは霞。
そして相手は──
「うおおおお思春やないか!愛紗やないのが残念やけど!」
相手が思春で喜べる霞はやはり根っからの戦人なのだろう。
喜々として得物を担ぎ、壇上まで駆けていく。
「霞!頑張れ!」
その後ろ姿に向けて激励すると霞は一度後ろを振り返り、
「おう!目ぇかっぽじって見とくんやで!」
そう言いながら笑顔で腕を振った。
「これから戦闘するとは思えない笑顔だなあれ……」
「思春と戦える事も嬉しいのでしょうけど、それだけではないわね」
「そうなの?」
「……まぁ、そう返ってくるとは思っていたけど」
「え、何?」
呆れるようにため息を吐きながらそう言う華琳だが、何を言いたいのかわからなかった。
霞が壇上へ上がると、少し遅れて思春も登場した。
「かっこええとこ見せなあかんねや。勝たせてもらうで」
「ふん、吠えていろ」
二人が壇上で短く言葉を交わし、その場で至近距離から睨み合う。
その二人にその場に居た係員は何も言えず、一呼吸置いてから試合開始の銅鑼を鳴らした。
銅鑼が鳴った瞬間、その場で二人の得物がぶつかり合い、火花を散らした。
至近距離だったはずなのに、思春はともかく霞はあの偃月刀でどうやってその場で武器を振るったのか。
「今回のウチは気合がちゃうで」
静かに霞がそう呟きながら得物を持つ手に力を込めると、かみ合わせた思春の得物が徐々に押されていく。
「ぬ……く……!」
「一刀が見てくれてるんや。負ける気せえへん」
「──抜かせッ!」
押される得物を横薙ぎに払い、得物を弾き、直後、お互いに上下から得物を全力で振るう。
けたたましい音を上げ、屋内でもないのにその場に音が響き渡る。
そのまま組み合うことはなく、お互いにその場から動かず、力の真っ向勝負とでも言わんばかりに全力で得物を振るい続ける。
思春の振り下ろした刀は霞に当たることはなく空間を切り裂き、霞のなぎ払う偃月刀も、思春は避けてみせた。
相手の一撃を見切り、隙を突き、防がれる。
お互いの力は五分といったところだろうか。
この勝負の命運は自分自身の気力と根性だった。
一瞬の油断が命取りの攻防が繰り返される中、二人の気合と共に凄まじい勢いで得物がぶつかり合い、両者は初めて後退した。
「やるやんけ思春!」
「これしきで私の本気を見た気にならないでほしいものだ!」
「当たり前や!今のが本気やったらがっかりしすぎて卒倒してまうわ!」
「減らず口を──!」
思春は得物を逆手に持ち突進し、霞は頭上で偃月刀を回転させ勢いをつける。
間合いに飛び込んできたところで渾身の一撃で振り下ろすも、地面を抉るだけだった。
霞が振り下ろした瞬間、思春は霞の死角に回りこみ、完全な不意打ちを放つ。
しかし、返ってきた手応えは思春の予想しているものとは違っていた。
霞は回りこまれた瞬間、その戦勘で来るであろう攻撃の方向を予想し地面に得物を突き立てた。
思春の完璧と思われた一撃は突き立てた偃月刀に阻まれていた。
完全に入ったと思われた一撃を防がれた事で思春は一瞬驚き、その一瞬の隙を霞は見逃さなかった。
受け止めた相手の得物を掴みそれを引き寄せ、引き抜いた偃月刀の柄を腹部に突き立てた。
思春は苦悶の表情を浮かべるが、それも一瞬、すぐに霞の首目掛けて上段の蹴りを放つ。
霞は体を反らし回避しようとするも間に合わず、側頭部にもらってしまう。
その鋭い蹴りにより攻撃を受けた箇所は切れ、軽い流血を起こした。
「楽しいなぁ思春!やっぱ闘いっちゅーのはこうでなくちゃアカンなぁ!」
「この戦闘狂が!」
どちらも己の全力を乗せた猛攻、引かず劣らず相手の攻撃を受け、自分の一撃を得物に乗せ、まるで相手の動きを熟知しているような戦いぶりだった。
その激しい攻防と凄まじい気迫に会場の誰もが息を飲んだ。
この先の試合に備え、力を抑える余裕などない。
お互いに、今、目の前に居るこの強敵に全力で向かわなければ一瞬でやられるであろう事は明白だった。
「ぬぅ……今回の魏軍は皆気迫が違うのぅ」
「そうねぇ。ちょっと想定外の強さかも」
前回よりも遥かに気合の入り方が違う霞を目の当たりにし、祭と雪蓮は呟く。
「あの御使い様のおかげじゃないの?」
そう言いながらひょっこりと顔を出したのは小蓮だった。
「あら小蓮、やっぱりそう思う?」
「うん、だって春蘭も秋蘭も霞も、あの人に激励されて凄く嬉しそうに出てきたもん。
凪はまぁ……うん、蒲公英の運が悪かったって事で」
「しかし男一人居るというだけであそこまで気迫が違うものかのぅ」
「あー!祭ってば馬鹿にしてる!恋する女の子はその人が居るだけでどこまでも強くなれるんだから!」
「貴方、恋してるの?」
「ううん、してないよ?」
雪蓮の問いにあっけらかんと答える。
「…………」
「…………説得力皆無じゃのぅ」
お互いに常に全力で打ち合っている為、二人の体力も限界が近づいていた。
腕の筋肉は痙攣し、足も踏ん張りが怪しい。
握力も麻痺し、得物をきちんと握れているのかもわからない。
「さ、流石鈴の甘寧なんて洒落た通り名持ってるだけあるやん。ばけもんかい」
「はぁ、はぁ……き、貴様に言われたくはない」
「まぁ、それでもウチの勝ちは揺るがへん。やる気っちゅーのは凄いもんやで。
体力も限界なのにこんだけ力が溢れてくるんやからなぁ!」
思春にも、霞のこの凄まじい気迫のもとが一刀であることは解っていた。
「あの男か……私には不要なものだ!」
両者は気合を張り上げながら再度得物を咬み合わせる。
お互いに体力も限界が近づいているはずなのに、霞の気迫が凄まじい。
徐々に思春が押し負けていく。
鍔迫り合いの中、霞が思春に呟く。
「ほんだら経験してみぃ。そうすりゃ次は勝てるかもしれへんで!」
ついに思春が力で押し負け、霞のかち上げるようにして振るった得物に弾かれ、無防備を晒してしまう。
「おるぁああああーーーーーーーーーッ!!」
怒号を上げ、全力で振るった得物は思春の腹部に直撃し、そのまま場外まで吹き飛ばした。
防具の上からとはいえ、凄まじい勢いで直撃を食らった思春は一度立ち上がりはするものの、その場で膝をついた。
直後、試合終了の銅鑼が鳴り響いた。
『うおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!』
激闘を制した霞が腕を上げると、観客が一気に湧き上がった。
「うおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
観客と一緒になって一刀も霞の勝利に、立ち上がり思い切り叫んだ。
「うるさい!」
そしてまたしても華琳に怒られてしまった。
「ほんと馬鹿ねあんた」
それを見ていた桂花にも追撃を食らった。
他の皆も霞の勝利に喜んではいるものの、叫んでいるのは一刀だけだった。
「何でそんな冷静なのよ!?今の激戦ちゃんと見た!?」
そう叫ぶも、興奮しすぎて少しオネエ口調になってしまった。
「まぁ、姐さん勝ってくれたのは嬉しいけど、姐さんやし」
「お姉さまはもともと強いから、勝ってくれた事に喜びは感じるけど隊長の時みたいに叫ぶ程の驚きはないの~」
「うむ、霞ならば勝って当然だ」
春蘭はうんうんと頷きながら冷静にそう言った。
「え、俺のは信用が無かった故の喜びだったの?」
「競馬で大穴を当てたようなものだな」
「凄いわかりやすい!」
秋蘭の冷静な、あまりに的確すぎる例えに思わず声にだして納得した。
しかし見事に勝利を収めた霞に喜びの興奮冷めやらず、返ってきた霞が飛び込んできたので受け止めながら労いの言葉をかけた。
そして次の試合、呼ばれたのは俺。
相手は──
「oh……」
「……お兄さん。お墓の大きさに希望があれば仰ってください」
「物騒!」
「一刀殿、無事に返ってくる事を祈ります」
「隊長ならいけるやろ!」
「沙和は隊長が勝つって信じてるの!」
「隊長ならば大丈夫です。油断せず全力で挑みましょう」
「ふふ、部下からの信頼が厚いわね、一刀」
華琳はおかしそうに言うも、当事者としては笑い事ではない。
「期待が重い……!」
勝ち残っている者を見れば誰と当たっても同じような気もするが、冗談でも言わないとやってられない相手だった。
次の一刀の対戦相手は、小覇王と謳われた英傑。
雪蓮だった。