10 日本刀
ひとまず初戦は勝利し、魏の席にいる皆にそれを伝えるために腕を振り上げアピールしてみるも、微妙に反応が悪い気がする。
少し距離があるのでわかりづらいが、秋蘭は小さく頷き、凪は小さくガッツポーズをして、沙和や霞、季衣、流琉は騒いでいるのが見える。
しかし他の皆はあまりに無反応というかピクリとも動かないというか。
「あれー?」
やはりこんな初戦も初戦で勝利したからと言ってはしゃぐなということだろうか。
春蘭もいきなり立ち上がったかと思えばその場から動かないし、よくわからない。
とりあえず、次の試合が始まるため、参加者の控室に戻ることにした。
一刀が控室へ戻った頃、各国の大会に参加する武将達は彼の予想以上の動きに胸を熱くしていた。
基本的に自分が強いと認めた相手とは手合わせしないと気が済まないような者達ばかりだ。
更には久々に全力で暴れる事のできる催しで、目の前に楽しみを見つけてしまったのだ。
「北郷さん凄いね~愛紗ちゃん。素手で剣をパーンってやってたよ」
「はい。相手も腕自慢として参加している者ですし、まるっきり素人という訳でもありません。
それに対して、振り下ろされる剣を押し出すというのはかなり熟練した者であると思います」
「でもあのお兄ちゃん前は戦ってなかったよね?鈴々は見たことないのだ。
あんなに強いのに何で戦わなかったのだ?」
「華琳殿曰く、御使い殿は本当に、下手をすれば新兵と変わらぬ腕だったそうだぞ鈴々」
3人の話に、星は酒の席で華琳に聞いた話をする。
魏の皆があまりに彼が消えたことを惜しみ、帰還したことを喜んでいたため気になって聞いたのだ。
昔の彼は知謀の人であり、決して武に長けていた訳ではない。
言ってしまえば腕はからっきしであり、とてもじゃないが戦えるような技量は無かったとのこと。
しかし今目の前に居た彼はその話とはあまりにかけ離れた存在になっている。
地面へ叩きつけた力も決して弱いものではない。
その証拠に相手は一瞬で意識を飛ばし、地面は少しヒビ割れている。
何より流れるような身のこなしは一朝一夕で身につくものではなく、帰還してからの3ヶ月でも身につけるのは不可能だ。
そして彼の強さを、魏の皆も全員は知らなかったのではないだろうか。
見れば、彼の勝利に喜んでいる者達も居るが、大半が呆気に取られたような顔をしている。
「それに、私が直接御使い殿に聞いた得物を持っていない所を見ると、まだまだ実力は計り知れぬかもしれんぞ」
「つーか良いのか?あれ。どう見ても初日から参加していい腕じゃないだろ」
翠も一刀の試合を見ており、自分たちが初日から参加しては自分の武を示す為に参加した者が存分に力を振るうことなく終わってしまう。
だからダメ、と言われている。
翠からすれば初日から暴れ倒したかったのだが、主催者は華琳だし、言っている事は最もなので反論が出来ない。
だというのに一刀はあの試合ですら頭一つ抜けている事を示した。
その実力は翠の目から見ても相当なものだと感じたし、その彼が初日から参加してることに不満を感じてしまったのだ。
「まぁ、華琳殿も把握していなかったのだろうな。魏の皆を見てみろ」
星に言われ、桃香達は魏の席に目を向ける。
そこには信じられないものを見たという表情で固まっている魏の面々。
しかし、一人だけ違った表情を浮かべる者が居る。
「華琳さん、何だか嬉しそう」
「自分の国から出た者が勝ったのですから、それは嬉しいのではないでしょうか」
「うん、愛紗ちゃんの言う通りなんだけど、なんていうかもっとこう……上手く説明できないや」
「鈴々もわかるのだ。華琳お姉ちゃん泣きそうなのだ」
「泣きそう!?あの華琳がぁ!?」
鈴々の言葉に翠が驚く。
一刀が帰還した日も華琳は泣いていたのだが、鈴々達と一緒に食べることに集中していたため気づいていなかった。
「……それほど、良い殿方なのだろうよ」
星はそう呟いた。
今まで曹操という人物はずっと王然としていた。
何よりも王であろうとするし、腹心の部下であっても弱さという弱さを見せない。
しかし、彼と再会してから彼女はああいった表情をするようになった。
他の皆もそうだ。
あれから何度か仕事の関係で顔を合わせることがあったが、前とは違い活力を感じるようになった。
それほど、彼は魏の皆にとって重要な人物なのだろう。
「私もそろそろ女としての喜びを探そうか」
「え?何だ?星。何か言った?」
「……翠には当分、その必要は無さそうだな」
「なにが?」
呉陣営も一刀の試合を見て、それぞれが思いふけっていた。
「明命、あの男は多分お前の体術に近いものがあるだろう、どう考える?」
「思春様……そうですね、近いといえば近いかもしれませんが、私は素手でなんて弾けないですよ」
弾いてからの一連の流れは確かに明命と通ずるものがあると思われたが、なにぶん一瞬の出来事だったので断定はできない。
「それに、あの人、剣を抜いていないし、まだまだ未知数です」
「……少し急いたようだ。まだ試合はあるだろう、それを見てからだな」
思春はそう呟き、黙って一点を見つめる。
何かを思案しているのだろう。
彼女もそれなりに好戦的であるし、彼の動きを見て少し気分が高揚し、聞いたのだろう。
しかしそれ以上に興奮を隠し切れない戦闘狂がいた。
「……はぁ、雪蓮」
冥琳が呆れたようにそう呟く。
当の本人は、何も喋りはしないが既に殺気というか闘気というか、そう言ったオーラが漏れ出ていた。
興奮すれば一番騒ぐ彼女であるが、一周回って静かになるとかなり厄介なのだ。
「あはは」
短く笑い、身震いをする彼女の表情は新たな楽しみを見つけたように嬉しさに満ち溢れていた。
「そのいい笑顔で殺気を出すのやめなさい」
「ほっほ、策殿にそれを言うのは酷な話じゃ。完全に戦う心構えでここへやってきてあれを見せられては、
武人として心が騒ぐのは当然じゃからのぅ」
あのひと試合、あの短い時間で一刀は各国の武将達に火をつけてしまった。
一刀は彼女達にとって自分の武をぶつけるに足る存在だと認識されてしまったのだ。
「北郷殿も可哀想に。雪蓮に目をつけられてしまってはもう逃げられないな」
「ちょっと冥琳~、そんな言い方ないんじゃない?私は単純にあの子と戦えるのを楽しみにしてるだけなのに~」
「でも雪蓮姉様。この大会って相手は選べないのですよね?当たるとは限らないのでは?」
「…………」
蓮華の冷静なツッコミに雪蓮は、
「お願い蓮華!」
「ふぁい!?」
がしっと蓮華の肩を掴み、真剣な眼差しで見つめる。
「あ、あの?」
「貴方の呉王としての権限で私と御使い君を──」
「無理です」
その後も試合は続き、一刀の試合は全て勝利、そのどれもが危なげなく終わっている。
半分ほど終わった頃、日が傾き当たりが暗くなり始めた。
それを頃合いに、その日の武闘大会は終了を告げた。
この間、一刀は剣を抜かなかった。
それは相手を侮った訳ではなく、むしろ凪と鍛錬の日々を送っていたおかげで下手に慣れない武器よりも素手のほうが戦いやすかったのだ。
ひとまずの終了を告げ、会場を後にする。
「隊長、お疲れ様です。さすがの全勝ですね」
「お疲れ様なの!隊長強かったの~!」
会場を出たところで凪と沙和が声を掛けてきた。
待っていてくれたのだろうか。
「ありがとう。何か凪との鍛錬のおかげでこの剣よりも素手のほうが戦いやすかったよ。
多分これはもう使わないかなぁ」
「ならば隊長は手甲をつけたほうがいいですね。真桜の武器が届くまではそれで行きましょう」
「うん」
「それよりも、今日の戦闘で何か変わったことはありませんでしたか?」
「変わったこと?」
「はい。気に関係することなのですが」
「気かぁ……そういう感じのは特に無かったかなぁ」
「……そうですか、とにかくお疲れ様です。明日も隊長の敵になる者は居ないと思いますが、油断せずにいきましょう」
「うん、明日は今日の試合を勝ち抜いた人達だしな」
「かーずとーーーーー!!!」
凪達と話していると、後ろから霞が走ってくる。
結構近づいているのに走る勢いを止めようとしない。
「ちょ、霞!?」
「どおおーーーーん!!」
謎の擬音を口にしながら突進よろしく抱きついてくる。
耐えても良いのだが下手に耐えると霞にも負担が行くので霞を抱きとめた瞬間に体を入れ替え、突進の勢いを殺して霞を受け止めた。
「おおーーこういうのも手馴れてるんやなぁ。やっぱり強なってるんやなぁ!」
「お、おおテンション高いな。そうそう、見てくれてたか?明日も頑張るからな」
「絶対最終日まで勝ち残るんやで!本戦に進めるのはほんの一握りやけど一刀なら余裕やろ!」
ぎゅーっと抱きつきながら目を輝かせてそう言ってくる霞に自然と笑顔になる。
「ウチも一刀と戦ってみたいし!」
しかし次の言葉で笑顔は苦笑いに変わってしまった。
霞に遅れて後ろからぞろぞろと見ていた魏の皆が集まってくる。
やっぱり待っていてくれたのだと思うと嬉しくなる。
「ひとまず、お疲れ様と言っておくわ」
「うん、ありがとう、華琳」
「そうだ!兄ちゃん!張三姉妹から伝令来たよ!」
「なんて?」
「何か、びっくりさせてあげるから最終日まで勝ち残りなさいって」
「……何する気だろう」
「わかりませんけど、兄様の晴れ舞台と聞いて大急ぎでこっちに戻ってきてるらしいですし
勝ち残れって事はこの武闘大会を妨げるような事はしないと思いますよ?」
「だといいなぁ」
「北郷!お前それだけの腕があるなら私とも手合わせ出来るではないか!」
「春蘭全力で来るじゃん!もう練習とかそういうの関係なく殺気飛ばすじゃん!」
「そうでなければ鍛錬とは言わん!」
「姉者。とりあえず今は北郷を労うのが先だ。
よく頑張ったな北郷。まだ本戦まではあるが、この調子ならば問題は無さそうだ」
「お疲れ様です一刀殿」
「お兄さんと言えば床無双だったのに、普通に強くなってしまっては面白味に掛けますね~」
「ありがとう稟。あと俺頑張ったから風はもう少し労って?」
「仕方ないのでお風呂の準備しました。入りましょう」
「……入りましょう?」
「鼻の下が地面についてますよお兄さん」
「どんなバケモンだよ」
「それにしても、一刀殿が凪と鍛錬しているのは知っていましたが、まさか普通に勝つとは。
せいぜい転がされて終わると思っていたのですが」
「稟もなにげにそれひどいからね」
そして一通り話し、その場に居ない子に気づく。
「あれ、桂花は?」
「お兄さんの予想以上の活躍に悔しがってどこかへ行きました」
「どういうことだよ」
「でも一刀殿が勝つ度に小さく拳を握りこんで喜んでましたし、恥ずかしくなってしまっただけなのでは?」
「稟ちゃんが面白がって何度も指摘するからですよ~」
「だって……私の隣で一刀殿が勝つ度に小さく”よし!”とか言うのよ。あの桂花が」
「あー、それは仕方ないですね~」
「放っといてやれよ……」
「あら、これじゃ声掛けられそうにないわねぇ」
「やはり、北郷殿が魏の中心なのだな」
遠くからその様子を見ているのは雪蓮と冥琳だった。
一刀に一声掛けようと待っていたのだが既に魏の面々に覆い尽くされてしまった。
「あの子達、私達の前じゃあんな顔したことないのにねぇ」
「同盟国とはいえ、私達の前ではしないでしょう。
……それだけ北郷殿が魏の皆にとって掛け替えのない存在なのでしょうよ」
夜、夕食を二人分持って真桜の工房へ行く。
やはりそこは稼働しており、中で真桜が作業しているのが目に浮かぶ。
一通りの材料は予備も含めて揃え終えたと言っていたし、あとは一人でやる作業だけらしい。
多分今日も、食事も摂らずに一人で一日中作業をしているのだろう。
「おーい、真桜?」
呼びかけると、鉄を叩くような音が止み、奥から顔を煤のようなもので黒くした真桜が出てくる。
「アカンいつの間にかこんな時間や。いつもありがとなぁ隊長」
「いや、俺の為にやってくれてるし、礼を言うのは俺の方だよ」
とりあえず桶に水を汲み、そこで顔と手を洗ってもらい食事を始める。
「そういえば今日の試合はどやったん?勿論勝ったんやろ?」
「おう、今日半分くらい終わったから明日で予選は終わるかなぁ」
「なら急がなあかんな。武将達と戦うんやったら一番ええ得物持って挑まなキツいやろうからな」
そう言って疲れや億劫さを微塵も見せずに笑いかけてくれる。
「……ありがとな、真桜」
「ウチと隊長の仲やろ~?そんなん言いっこ無しやで」
「待ってるからな」
華琳が言っていた事を思い出す。
真桜を信じて待つ事が、彼女に対する信頼の証であると。
「真桜が最高の武器を届けてくれるのを待ってる。
俺が珍しく見せる勇姿なんだからちゃんと見に来てくれよ?」
冗談交じりにそう言うと、真桜は少し呆気に取られたような顔をし、すぐに笑顔になる。
「まかしとき!絶対隊長に最高の得物届けて、ウチの目に隊長の戦ってる姿焼き付けるから
隊長も情けない姿見せんといてな!」
「おう!」
そして二日目の試合も終わり、ついに最終日。
戦績は全勝で予選は終わったが、本戦はこの二日間とは比べ物にならないだろう。
何せ、ついに武将クラスが参加するのだ。
予選を勝ち抜いた者は皆、最終日の初戦は武将と戦う事になる。
それを突破した者は今まで居ないらしい。
要するに、ここまで来たなら少しだけ力を見てやろう、という、武将達にしてみればちょっとした稽古でしかないのだ。
だから今までは最終日以外は観客が少なかったのだろう。
真桜はまだ来ない。
それでも信じると決めたのだ。
必ず来てくれる。
ともかく、ついに最終日の武闘大会が始まった。
武将クラスが参加ともなれば開会の時も仰々しくなり、各国の参加する武将は全員ステージへ上がる。
そして国ごとに別れ、三つ巴のように並び、そこで主催者である華琳の言葉が始まった。
華琳らしい、長すぎず、そして心を焚きつけるような演説。
そして最後に、
「強者達よ!存分に己の武を振るい、その誇りを示せ!」
『ウオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!』
そう力強く言う華琳の言葉と共に、観客の熱が最高潮になり、開催の銅鑼が鳴らされた。
どうやら初戦は俺の他に予選を通過した腕自慢のようだ。
相手は──
「うわぁ……」
なんという運の悪さか。
相手は関羽だった。
勇ましく叫びながら関羽相手に突進し、渾身の力を込めて剣を振るうも、涼しい顔で受け止められてしまう。
「武器は、こう振るうものだ!」
愛紗はそう言いながら異常な風切り音を出して偃月刀を振るい、一撃で相手を壇上の外へ弾き飛ばしてしまった。
それと同時に銅鑼が鳴らされ、愛紗の勝利に終わる。
観客からは歓声と拍手が飛び交うも、愛紗は顔色ひとつ変えること無く礼をし、壇上から降りていく。
そんな試合が数回続き、全ての予選通過者が呆気無く負けてしまった。
レベルというか、世界が違いすぎる。
まるで赤子の手を捻るかのように、しかし武を嗜む者の礼儀として全力で相手に打ち込むものだから一瞬で終わってしまう。
一試合1分も掛かっていないのではないだろうか。
なんなら次の試合に移る時間の方が長い気がする。
そういえば天和達がまだ来てないな。
ああ言っていたし、来るとは思うんだけど……。
そして、予選通過者が皆呆気無く捻られ、30分も経たない内に俺の名前が呼ばれる。
「隊長、今までとは比べ物にならないはずです。気を引き締めて頑張りましょう」
「沙和特製の戦装束を着てるんだから負けちゃダメなの~」
「気張りや一刀!負けたらアカンで!」
「北郷、華琳様をがっかりさせるな、必ず勝て!」
「ここは姉者に同意しておこう。頑張れよ北郷」
「お兄さん、骨は拾ってあげますから、存分に戦ってくるといいのです。
風はお兄さんがどんなに無様に負けても決して見放しませんから安心してください」
「正直厳しいとは思いますが、今の一刀殿ならばいい勝負になると思います。頑張ってください」
「兄ちゃんなら勝てるよ!また剣を弾いちゃえば良いんだから!」
「もうそれが出来る相手じゃないと思うけど……兄様、応援してます!」
「さっさと死んできなさい」
立ち上がる俺に皆がそれぞれ言葉を掛けてくれる。
最後の一言はまぁいつも通りだが、この間の稟と風の話を聞く限りでは桂花は熱心に応援してくれているみたいだ。
華琳が参加しないのに今この場に居るのもそういう気持ちを持ってくれているのだろう。
沙和に渡された戦装束に身を包み、指示に従い壇上へ上がると、歓声が湧く。
改めて見回すと、この二日間も相当な人数が集まっていたが、最終日ともなるとそれ以上の人数が集まっているのがわかる。
皆の居るの席へ目を向けると、皆はこれ以上ないというくらい緊張した面持ちでこちらを見ていた。
「お相手、よろしくお願いします!」
そう元気に挨拶してきたのは周泰──明命だった。
「よろしくお願いします」
礼を返し、そして前と同じように目を瞑り、空を仰ぐ。
覚悟を決め、目を開き、合図を任された者が銅鑼を鳴らそうとした瞬間、
「ちょい待ちやああーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
聞き慣れた、待ち望んだ声が響いた。
そちらへ目を向ける前に思わず笑顔になってしまう。
「ギリギリだな真桜」
「あっぶなー。ホンマのホンマにギリギリやで」
そう言いながら壇の下から真桜が手を伸ばし、出来た得物を渡す。
「隊長、5年間無茶な特訓したんやろ?
それに凪の鍛錬と沙和の戦装束にウチの人生最高傑作や、負ける要素があらへんで!」
見慣れた形の鞘に収まった得物を受け取り、
「ありがとう、ちゃんと見ててくれよな」
「当たり前や!」
そう言って、真桜は笑顔で皆のもとへ向かった。
受け取った得物を腰に差し込み、柄を握る。
初めてとは思えないくらいにしっくりと馴染んでくる。
重さも長さも全てが俺の望んだものに仕上がっていた。
ここにあるのは、紛うことなき”日本刀”。
真桜は絶対に間に合わせるという約束を守ってくれた。
凪は毎日欠かさず鍛錬に付き合ってくれた。
沙和は俺の晴れ舞台だからと、俺のためだけに考えた戦装束を作ってくれた。
これだけお膳立てをしてくれたのだ。
──絶対に勝つ。
真桜が一刀に何かを渡したのは、蜀や呉の席からも見えていた。
「あら、御使い君、何か受け取ったわね」
「細長い……あれは武器、か?今まで北郷殿は武器を使ってこなかったはずだが」
「なんだろう、刀だとは思うけどすごく細いわね」
「御使いのお兄ちゃんが何か受け取ったのだ」
「初日は剣、昨日は無手、今日は……何だ?あれは」
「愛紗ちゃんでも見たことない武器なんだ?」
「はい。見たところ刀に見えますが、あまりにも細すぎます。
あれでは一合交えただけで折れてしまうでしょう」
「あれは日本刀というものらしいぞ」
「知ってるのか?星」
「少し聞いただけだがな。
それに使っているところを見たことがないのは私も一緒だから、なんとも言えんな」
真桜の乱入で止めてしまった銅鑼の前に居る者に頭を下げ、合図をお願いする。
改めて、試合開始を告げる銅鑼が鳴らされた。
銅鑼の合図と同時に背中の大太刀に手を添え、明命が突進してくる。
お互いに相手の出方がまだ解らない。
一刀はそもそも武将クラスとの一騎打ちが初めてなので迂闊に先制で手を出せない。
低く腰を落とし、真桜に貰った刀に手を添え、相手が間合いに入るのを待つ。
明命は間合いに入るや否や、大太刀から手を離し、徒手空拳での攻撃を仕掛けてくる。
人体の急所を知り尽くしているような、正確且つ殺傷能力の高い一撃が次々に襲いかかる。
この二日間の試合で戦った者達とは比べ物にならない速さ。
しかし、無手のエキスパートである凪とずっと鍛錬してきた一刀にとって、避けきれない速さではなかった。
拳の連打を躱し続け、しかし間合いからは出ずにいる。
下手に後ろに下がると、その瞬間背中の大太刀が飛んでくる可能性があるからだ。
その場から動かずに躱し、隙と見るや打ち込んでは見るが、やはり相手もそれを回避する。
埒が明かないと見るや、一刀は腰に挿した日本刀に添えていた手の親指で鍔を押し出し、いつでも刀を抜けるようにした。
その僅かな動きに反応した明命は、未だ一刀が得物を抜いた所を見たことがないため警戒したのか、後ろに下がり、間合いを開けた。
それを追おうと前へ出た瞬間、明命の手が大太刀に伸びた。
誘われた──そう思うも一度踏み出した足は地面を踏むまで戻せない。
ならばと開き直り、より深く、より低く、軸足に掛ける力をより強くし、踏み込むというよりも、飛び込む形に近い体勢になる。
一刀の咄嗟の行動が予想外だったのか、明命は一瞬驚くような表情を見せるも、大太刀を抜き振り切った。
それは一刀の頭上スレスレを通過し、一瞬の隙を作ることになる。
そのまま明命に向かって体当たりし、体勢を崩し、手を添えていた刀に手を伸ばし抜こうとするも、
明命は崩れた姿勢からさらに大太刀を振るおうとしていた。
一刀は咄嗟に踏みとどまり、急な姿勢変更に軋む体を無理やり後ろへ下がらせると、明命はもう片方の手を地面につき、それを軸とした斬撃を浴びせてきた。
紙一重でそれを回避し、そのまま勢いをつけて後ろへ飛び間合いを抜けた。
一刀と明命の戦いを見ている各国の席では、その状況を皆がそれぞれの感情で見守っていた。
二人の攻防に見入る者、緊張に耐え切れなくなり喋り出す者、戦闘を分析する者。
様々な思いで二人の試合を見ていた。
間合いを抜けた二人はお互いに様子を伺っていたが、まるで合図をしたかのように同時に相手へ駆け出す。
お互いが得物に手をかけており、この攻防で二人がそれをぶつけ合うのは見ていても明らかだった。
得物のリーチの関係で一刀の間合いに入るよりも一瞬早く、明命は背中の大太刀を抜き、それを思い切り振るった。
今まではその卓越した体捌きで回避していた一刀だが、この一撃を避けようとする素振りは見せなかった。
明命の刃が届く一瞬、チキ……という小さい音。
その直後に鉄と鉄のぶつかり合う、耳を劈く激しい音がその場に響き、それと共に明命の振るった得物にとてつもない衝撃が走った。
予想だにしないその強烈な衝撃に明命は驚愕の表情を見せる。
何が起きたのか全く理解できなかった。
自分の刃が届いたと思った瞬間、とてつもない衝撃に弾き返されたのだ。
一刀を見ても、その手は得物に添えたままで刀は抜いていないように思えた。
「……今の、見えた?思春」
その一瞬を第三者視点から見ていた雪蓮が問う。
「……辛うじて」
「……私達の位置から見てこれじゃあ、あの場で戦っている明命は何が起きたかわからないでしょうね」
「何だあの技は……!」
一刀の見せた得物を使った技は、その場にいた誰もが見たことのないものだった。
そしてそれは呉に限った話ではなく、魏の面々も今の一瞬の出来事に驚愕した。
「な、何や!?いきなり吹っ飛んだで!?」
「何が起きたかわからなかったの~!」
「…………!」
真桜と沙和はあの一瞬に何が起きたのか見えていなかったようで混乱しているが、凪はしっかりと見えていた。
凪は一刀と手合わせこそしていたものの、得物を使った彼を見たことがなかった。
そして今、目の前で彼はその得物を振るってみせた。
本当に一瞬だった。
ぶつかる瞬間に刀を抜いたかと思えば、ものすごい速度で明命の振るった大太刀を弾き、再びそれを鞘へ収めた。
相手からすれば半身で構えられている分いつ攻撃が飛んできたか解りづらい上に、あの技だ。
さぞ混乱することだろう。
その動作の速さと、鞘内部に押し付けるように刀を滑らせた時に生じる力を用い、大太刀を弾き返した技。
只弾いただけではない、相手の力を殺すように、軌道を少し逸らして弾いた。
まさに一閃と呼ぶにふさわしい攻撃を放ってみせた一刀に、驚きで言葉を失う。
それと同時に、彼があの得物以外で力を発揮できない事に納得がいく。
確かに日本刀という武器の作りでなければあの速度は生まれないだろう。
そして真桜はそれに試行錯誤を重ね、真桜の人生の中で最高傑作を作ったと言った。
軽さ、丈夫さを両立させたそれは、確かにどこの誰にも真似出来ないものかもしれない。
そして言葉を失っているのは凪だけではなかった。
春蘭や秋蘭、霞、華琳──武に通ずるものはあの技を見て、驚きを隠せずにいた。
季衣や流琉、風や稟、桂花は真桜達同様、何が起きたのかわからずポカンとしていた。
蜀の席で見ていた者達も、その一瞬の技に驚愕していた。
「────!」
「おいおい……すげぇ動きしたぞあいつ」
「い、今何が起きたの!?明命ちゃんが武器を振るったらいきなり──」
「…………」
今の攻撃が見えていた者達は一様に言葉を失う。
見たことのない刀と剣術。
武人として、一刀は完全に各国の猛者達に目をつけられてしまった。
それほどに強烈な一撃だった。
強烈な衝撃に弾かれ、一瞬混乱したがそれで取り乱すようなタマではない。
すぐに頭を切り替える。
今の攻撃を弾き返したのは間違いなくあの得物だ。
どうやったのかは全く見えなかったが、それは間違いないだろう。
大太刀を構え、ジリジリと距離を詰める。
今一度この目で確認しないことには対処のしようがない。
何もわからないまま突っ込んでは先の二の舞いになってしまう。
一歩踏み出せば間合いに入れるという所で、明命は一気に距離を詰めた。
──今度は大太刀を前に構えながら。
相手に一撃を与えようとは思っていない。
この目で何が起きたかを確認して、それを焼き付け対応策を考える。
捨て身のようにも思える突進は情報という、勝利に不可欠なものを持ち帰る為のものだった。
見たことのない得物、見たことのない剣術。
それに対して盲目的に恐怖しているだけでは武人を名乗る資格はない。
防御の姿勢を取り、しかしそれを感づかれないように間合いに踏み込み、一刀の先の一撃を誘発する。
すると、再び先程の小さな音。
それを聞き取った瞬間、明命はその場で地面に大太刀を突き刺した。
直後、先程と同じ、耳を劈く鉄のぶつかる音と共に突き刺した大太刀に伝わる衝撃。
一刀の抜いた刀は、地面に固定され、明命に支えられている大太刀に受け止められた。
明命を見ると、彼女は睨みつけるようにその技の瞬間を目に焼き付けていた。
一刀の抜いた刀は鞘に戻らず、大太刀に受け止められたまま赫色の刃紋を持つその刃を晒していた。
わざと自分にこの技を使わせたのだ。
そう思うと、一刀は目の前に居る将に身震いした。
だがそれは怖気づいたとか、絶望したとか、そういった物ではない。
単純に、目の前の武人の技量に感嘆した。
一刀は受け止められた刃を鞘に戻すこと無く、明命は大太刀を地面から引き抜き、その場で刃をぶつけあう。
刃を交えていく中で、明命はやはり彼の剣術に驚く。
その剣速が異常なまでに速いのだ。
得物が細い分、武器も脆いはずと思い何度も打ち合おうとするが、その度に得物で弾かれてしまう。
弾かれるというよりも、斬撃の軌道をその得物で誘導され流されてしまう。
こちらからの攻撃でまともに刃を合わせることが出来ない。
だというのに相手が打ち込んでくる攻撃はどれも強力で、
時折混ぜてくる鞘からの一撃は気を抜けば得物が弾き飛ばされてしまいそうだった。
こちらの攻撃を見切り、避けた瞬間、その刀身は鞘に収められているのだ。
先の技があまりに強力で忘れかけていたが、一刀の強みはその速さにあった。
素手で剣を弾けるのだから、得物で出来たとしても不思議ではない。
この距離で攻防を行っているにも関わらず、時折鞘に刀を収めることにも驚きを隠せなかった。
そして一刀も明命の強さに、限界まで神経を研ぎ澄ませ挑んでいた。
一瞬でも気を抜けば直撃する。
それほどに、明命の一撃一撃が強力なのだ。
速さでは自分に利があるが、武器の重さからどうしても力で押されてしまう。
組み合ったが最後、弾き飛ばされてしまうだろう。
明命の攻撃を受け流す度に、神経が摩耗されていく。
「本気で行きますッ!ハアアアアア!!!」
明命はギリギリの勝負をこれ以上引き延ばすのは危険だと悟り、攻撃の回転を上げていく。
体力の温存という選択肢を捨てた捨て身の攻撃態勢だった。
大太刀とは思えないその苛烈な攻撃に徐々に一刀は押されていく。
回避が間に合わなくなり、刀で弾く場面が増えていく。
それは彼の長所が徐々に死んでいるという事に他ならなかった。
ドズンッ!と鈍い音を立て、一刀の腹に明命の蹴りが入る。
その衝撃で一瞬、動きを止められてしまう。
「これで──終わりです!!」
視界の外から不意を突かれ迫り来る攻撃。
避けきれず、そして弾くことも出来ない攻撃が迫っている。
負けたくない。
絶対に勝つと約束した。
その思いが強烈に脳内に響いた瞬間、何故かは解らないが、明命の攻撃を避けるポイントが分かった。
凪との鍛錬の時にも度々感じた感覚だった。
そのポイントに迷わず突進し、鞘に収めた刀身を今一度天空へ向かって振りぬいた。
キン……という軽く刃がぶつかった時のような音がした。
しかしそれは刃の触れた音ではなかった。
直後、ガシャンッと地面に何かが落ちる音。
そちらに目を向けると、明命の振るった大太刀は根本から切断され、地面に転がっていた。
お互いの、切れた息の音だけがその場に残る。
数秒の後、試合終了の銅鑼が鳴らされる。
銅鑼と共に固唾を飲んで見ていた観客達が一気に湧き上がる。
この三日間で一番の人口密度から溢れる拍手や歓声は圧巻だった。
そしてそれを聞いていると、徐々に一刀の中で実感が湧いてくる。
「~~~~~~~~~~~~!!!!!!」
その場で、言葉にならぬ叫びと共に、空へ向かって今までで一番のガッツポーズを取ると、魏の席からも一刀の勝利を喜び叫ぶ声が聞こえた。
皆が抱き合い喜び、跳ねまわる中で、華琳は一刀に静かな笑みを向けた。
そして、
「────」
聞き取ることは出来なかったが、その口の動きで何を言ったのか解った。
あまりに華琳らしからぬ言葉、しかしそれは一刀にとって何よりも嬉しい言葉だった。
武闘大会本戦。
北郷一刀 対 周泰。
勝者 北郷一刀。




