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パラレルファンタジー 番外編 その5

伊藤と別れた二人は、手がかりを探しながら下流に向かう。忌々しそうに顔を歪める柴田に加六が声をかける。



ツキ(・・)がありませんなー。雨とは。」

 

 

「ちんたらやっておるから天にまで嫌われるのだ。」

 

 

 ふんっと鼻を勢いよく鳴らし天を仰ぐ。本降りの様相を見せ始めた空へ舌打ちをし、加六に向かって首を横に振る。

 

 

「これでは痕跡を探すのは難しいな」

 

 

「おそらく伊藤様も対岸に渡るのは厳しいでしょうな」

 

 

 付け足された加六の言葉に目を細める。少しの逡巡の後、二手に別れるよう指示を出す。

 

 

「加六、そなたはこの辺りを洗ってくれ。・・・・・・いや、見込みが薄いのは分かっておる」

 

 

 ふっと視線を合わせた加六に手振りと言葉で違うと示し、すうーっと森の中に視線を移す。

 

 

「森の中なら一息つける場所もあるだろう? そなたは山歩きに慣れておる。一人のほうが捗るであろう?」

 

 

 そもそもこの加六は柴田と伊藤が案内役として雇った武士だ。地理に聡い者を探したところ、さる筋(・・・)から若くて腕もたつ加六が推薦されてきたのだ。

 

 

「とりあえずわしは伊藤のところへ行ってくる。見つけたら合図をくれ」

 

 

 そう言い残し、走り去ろうとする柴田を加六が呼び止める。

 

 

「お待ちを! 先ほど邪魔をした男はいかが致しましょうか?」

 

 

「そういえばそんなことを言っておったな」

 

 

 すっかり忘れていた柴田は、どうでもよさそうに答える。

 

 

「放っておいて構わないだろう。邪魔なら斬れ」

 

「御意」

 

 

 加六と別れた柴田は雨粒を払いながら上流を目指し走る。しばらく走った後、視線の先に伊藤を見つけ足を緩める。案の定対岸には渡れなかったようだ。柴田よりだいぶ遅れて気づいた伊藤が開口一番に怒鳴り散らす。

 

 

「貴様! なぜ戻ってきた!? 下流を探せといったであろう!」


 

 

 唾を飛ばしながらわめき散らす老武士をギロリと睨み、柴田も大声で怒鳴り返す。


 

 

「探索しましたが雨で手がかりは皆無! 加六に探索の継続を命じ戻って参ったしだい!伊藤殿はなにをしておいでか!」

 


 

 うっと一瞬言葉に詰まるも伊藤も負けてはいない。眦を吊り上げすぐに応戦する。

 

 


「手がかりもないまま返ってきたと申すか!? 熊は斬れても娘っ子一人見つけられんとは。貴様もたかが知れておるの」

 

 

 あまりの言いように言葉を失う柴田を、馬を叱るように怒鳴りつける。

 

 


「それに加六に指示じゃと? でしゃばるなとあれほど言うたではないか! 命令はわしが下す!! 二度と言わせるな!!」

 

 

「・・・・・・失礼いたしました」

 

 

 剣呑な瞳を隠しもせず、頭を垂れることもない。その態度に益々怒り狂う伊藤は、拾ったごろた石を投げつける。ゴッと鈍い音がし、頭を押さえた柴田にさらに怒鳴る。

 

 


「忘れるな! わしは貴様の恩人に言われておるのだ! 勝手なことをさせるなとな!」

 


 

「・・・・・・失礼致しました」


 

 

 今度はしっかりと頭を垂れる。憮然と背を向けた伊藤は、静かに鯉口を切った人斬りの動きに気づけなかった。

 

 

「それはそうと伊藤殿」

 

 

「なんじゃ! まだ何か言いたいことがあるのか!」

 

 

 口元に泡を溜めたまま怒鳴り散らす。それが伊藤の最後の言葉となった。三歩の距離を一歩で踏み越え、抜き放ちざまに首への斬撃を叩き込む。頸部に致命の斬撃を受けた伊藤は、血霧の薔薇を咲かせながら崩れ落ちる。刃に付着した血を拭うこともせず収め、熊の時とは違い一瞥をくれる。

 

 

 

「熊のほうがまだ手ごたえがあったの」

 

 

 

 

 

 

 伊藤を斬った後、加六と合流しようと森の中に入ったが、雨のため視界も悪く発見できなかった。ふむ・・・・・・と一度うなり、この間に一度根城の洞窟に物資を取りに行くことにした。そういえば刀を拭う紙もきれているし、加六には悪いが正直一度火にあたりたい。


 

 洞窟が近づくにつれ鼻をくすぶる匂いが感じられる。火の匂い? ――まさか! 急ぎ足に洞窟へ向かう。この雨の中でも足音を忍ばせるのは忘れない。洞窟を目視した柴田は、眦が釣りあがり口角がいやらしく(・・・・・)歪むのを自覚する。欲望を開放するように鯉口を切り、すらりと白刃を雨風にさらす。

 

 

「仲のよろしいことで。」

 

 

「!!」


「!!」

 

 

「まさか我らが根城に隠れていたとは。盲点じゃったわ」

 

 

 抑える気のない円熟な殺気が二人の退路を断つ。漆黒の両眼が柴田を捉え――そして悟る。どうやら話し合いで済む相手ではなさそうだ。一度も目を離さず紫音の前に立塞がる。しかし伊左衛門には興味を示さず、その獰猛な目は紫音に釘付けになっている。まるで宝物を見つけたような達成感と抑えきれない好奇心、これから強者を踏み越え蹂躙する嗜虐心。滾る心を強引に押さえつけ、邪魔な胴着男に目を向ける。


 

 

「女の尻を追いかけるのが趣味みたいやな。悪趣味なおっさんやで」


 

 

「お主が妙な男か? 少しは出来るようだが役不足だな。邪魔をしなければ見逃してやるぞ?」



 舌戦の口火を切ったのは伊佐衛門。それに面倒臭そうに応じ、左手で入口のほうを指す。それを鼻で笑い戦闘体勢に入る。やれやれと言わんばかりに首を振り左手で柄頭を握る。


 

 

「小僧。簡単に斬られてくれるなよ」


 

 

 目の前で合掌した胴着の男はピクリとも動かない。その構えに一瞬だけ胡乱な目を向けた後、左手首に上段より斬りかかる。唸りをあげて迫る斬撃を両の掌を上に向ける動作だけでいなす。横っ面を叩かれ弾かれた刀は、たたらを踏むように横に流れる。その動きに合わせるように大きく間合いを詰め、水月(鳩尾)目掛け雷鳴のような掌打を放った。その打撃を左手一本で器用に払い、懐の小柄を手首だけで投擲する。後方に飛びかわそうと試みるが、至近の投擲を完全にはかわせず頬に赤い線が走る。傷を気にする間もなく、下段から跳ね上がってくる白刃をかわし元の間合いに戻る。

 

 


「小僧。名は何と言う?」

 

 


 初めて伊佐衛門をじっくり見据え、興味深げに視線を揺らす。答える気はないとばかりに合掌の構えをとる。

 

 


「返答はなしか。まあよい。少々興味が沸いてきたぞ」

 

 


 舌なめずりするような視線に、伊左衛門ではなく紫音が戦慄する。

 


 

「こんな狭いとこでやるのは勿体ない。どうだ若いの? 表に出んか?」

 


 

 くいっと顎で外を指し、背中も気にせずスタスタと歩き外に出る。その動作に呼応するよう合掌したまま歩き出す。相変わらず土砂降りの森は、視界は悪く足場もぬかるみ、春先の冷たい雨が体力を奪っていく。入口から五歩の距離にある開けた場所で足を止め、ゆっくりと伊左衛門を振り返る。

 

 


「一応こちらから名乗っておくか。某、柴田と申す。そちらも名乗ったらどうかな?」

 

 

「・・・・・・伊佐衛門だ」

 

 

「ほう。礼儀を知らんクソ餓鬼だと思っておったが、名乗り返すぐらいの礼は持ち合わせておったか」

 

 

「・・・・・・女の尻を追いかけるアホ侍とはゆえ、名前ぐらいは名乗ったるよ」

 

 

「・・・・・・ぬかせ」

 

 

 空いている左手で脇差を抜きながら悪態をつく。柴田の長物は両手で扱うことを想定した刀だ。しかしこの男は片手で楽々と扱う。左手に脇差を構えたことからも分かるように、片手の一振りで骨まで叩き斬る威力があるのだろう。

 

 

 柴田は剣先を喉笛にピタリと固定し、つま先の動きだけでじりじりと間合いを詰める。視線を合わさず対峙している二人は、錬度の低い者が見ると静止しているようにしか見えない。もしこの場に手練の者がいれば、二人の対峙に息を呑んでいることだろう。

 

 

二人の姿はある意味対照的だった。僅かながら間合いをつめ、先を取ろうと画策する柴田に対し、後の先を取ることだけに集中し微動だにしない伊左衛門。じりじり前進していたつま先が不意に動作を止める。

 

 

(ここから先は奴の間合いか。なるほど。只者ではないな)

 

 

 先ほどの加六の言葉を肯定し、そういえば加六はどこに? と思ったが、興味が無いのですぐに頭から抜ける。目の前に上等の獲物がいるのだ。ほかの事はどうでもいい。

 

 

(さて・・・・・・。どう斬ってくれようか)

 

 

 品定めするように下から上に視線を這わせ、あることに気づく。

 

 

「そういえば、そちらも剣を使うのではなかったかな?」

 

 

 伊藤が脇差を回収するために、対岸に渡ろうとしていたのを思い出す。たしか話では、川に飛び込む際に外したとか。

 

 

 問いかけに対する答えは眉を顰めたのみ。しかし構わず柴田は続ける。

 

 

「なんなら某の脇差を貸そうか? ほれ」

 

 

 返答は聞かず目の前に投げる。ぬかるみに半分浸かるように刺さり、柄は伊左衛門の方に向いている。柴田の行動に今度は眉一つ動かさず、相手の先手を待ち続ける。その様子に本気で感心したように頷く。

 

 

「本当にやるな。剣が苦手ってわけではないのだろう?」

 

 

 その言い様に一つ鼻を鳴らし、明瞭に答える。

 

 

「拾う素振りを見せたらバッサリ・・・・・・やろ? 古典的な手やな」

 

 

 にやりといやらしく笑い、興奮した眼差で伊佐衛門を舐める。

 

 

「こんな上物いつ以来かの。是非ともこれは――」

 

 

「待って!!」

 

 

 突然の叫び声に柴田は眼球だけを向け、伊左衛門は意識だけを向ける。

 

 

「私が目的なんでしょ?この人は関係ない」

 

 

 涙交じりの声で問いかける紫音を白けた目で見据える。

 

 

(そういえば忘れておった。この娘を斬るために来たのであったな)

 

 

 最初はこの男を退けてからゆっくりと料理するつもりだったのだが、男のほうがあまりにもできる(・・・)ので、すっかり忘れていたのだ。

 

 

 背中を向けたままの伊左衛門は反応を返さない。

 

 

「あなたに捕まります。・・・・・・だからこの人のことは見逃――――」

 

 

「はあっ!!」

 

 

 この日初めて気合を発し、柴田が伊左衛門に突きかかる。合掌の下を滑るように突きこまれる長物は、剣先が吸い込まれるように心臓を目指す。意識の隙間を突く完璧な刺突。瞬時に反撃を断念し、全力で受け流す。合掌を上下にずらすように動かし、左手で峰の部分に触れる。そのまま横をすり抜けようと試みるも、そうは問屋が卸さなかった。

 

 

 諸手で柄を握り一振りの槍と化した柴田は、上半身のひねりと共に刃の向きを変え、いなされた軌道を強引に修正する。わき腹を紙一重で通過し、側面に逃れる場面を予測していた伊左は虚を突かれ、身体ごとカニ足で真横にかわそうとする――が、柴田のほうが早かった。

 

 

 着物ごとごっそりと右わき腹を持っていかれた伊左は、後方に弾かれそうな身体を強引に残し懐に潜り込む。相手の右肩に隠すように放たれる左の抜き手。右目を狙った攻撃だが、顎を引く動作で外され、逆に体当たりのような肩の当て身を左胸に叩き込まれる。

 

 

 この接近戦の軍配は柴田に上がった。体を九の字に曲げ、泥と血を撒き散らしながら十歩の距離を転がる。大の字に倒れたのは一瞬。右手でわき腹を押さえながらも上体を起こす。膝を立て立ち上がろうとする伊佐衛門に対し、柴田は満足げに頷く。

 

 

「そうこなくてはな。倒れた男にとどめを刺すなど詰まらん」

 

 

 立てられた左ひざに小柄が突き刺さる。ビクリと瞬間震えただけでうめき声すらあげない。ほーっと口を丸くし、懐に手を入れる。

 

 

「声すらあげんとは。――しかしいつまで続くかの」

 

 

 今度は抜く手も見せない速度で左手に襲い掛かる。甲から掌まで貫通し、金属の冷たさが傷口の熱を凌駕する。左手の小柄を凝視している伊左衛門に頭上から影が差す。

 

 

(しもた!)

 

 

 顔を上げる暇もなく水月みぞおちをしたたかに蹴り上げられる。血反吐を吐きながら転がる男の顔面を踏みつけ、そのままぐりぐりと踏みしめる。

 

 

「・・・・・・案外あっけなかったのう」

 

 

 少々残念そうに足を離し、刀を上段に構え無造作に振り下ろす。

 

 

 

「やめてーーーーーー!!!!」

 

 

 


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