パラレルファンタジー 番外編 その4
「――――ムニャムニャ・・・・・・ししょう~・・・・・・それ俺のみかん!!」
飛び起きてみかんに手を伸ばす。ガシッと手ごたえが返ってくる。あれ?みかんってこんなに硬かったっけ・・・・・・。
「さわるな!!!!」
絶叫と共に右の逆突きが伊左衛門の左頬を襲う。ガチッと嫌な音がして、伊左衛門と少女が引っくり返る。
「痛い! 命の恩人になにすんねん! お前は恩と言うもんを知らんのか!? このボケが!」
頬を押さえながらわめき散らす。右手を押さえながら起き上がった少女は、怒りに顔を真っ赤にして反論する。
「あんたが私の胸を掴んだからでしょ!! 最低の男ね。この変態!」
相変わらず右手を押さえながら、こちらもわめき散らす。その言われように目を丸くし、舐めるように少女の身体を見る。
「胸を掴んだ? お前の胸掴むほどないやろ!? しかもなんか硬かったぞ! 女の胸はもっとやらこいはずやろ? いや、腕でもあんな硬ないわ。お前絶対女ちゃうやろ?」
「こっちのセリフよ! あんたの顔面硬すぎるのよ! 殴ったこっちが痛めたじゃない!どうしてくれんのよ!! てゆうか人間じゃないって言われるならまだしも・・・・・・女じゃないってなんなの!? 失礼すぎるわ! それになんか言葉もおかしいし! あんたなんなのよ!?」
「なんやと!? 俺様は・・・・・・」
そこで伊左衛門が唐突に我に返る。少女もはっとなり我に変える。キョロキョロ周りを見回す伊佐衛門をバツが悪そうに見つめる。
「あれ? そういえばお前誰? 俺なんでこんなとこに――」
「・・・・・・ありがとう」
唐突に告げられたお礼に目を丸くする。どんな心境の変化やねん? と書かれた顔を向ける。
「覚えてないの? 私を助けるために飛び込んでくれた」
大輪の花が咲いたかのような笑顔に後ずさる。神々しささえ漂う微笑にあてられながら、ここまでのことを思い出していく。
(え~っと確か・・・・・・熊を探しに行って、それで川に出て――――)
「あ!思い出した! お前足大丈夫か! 矢で撃たれとったやろ? ちょっと見してみー!」
一気にまくし立てて、ふくらはぎ辺りに目をやる。
「・・・・・・あれ? 怪我は?」
コテンと首をかしげ、傷一つ無い足をまじまじと見つめる。おかしいな~? とか、寝惚けとったんかな~? とか言いながら腕を組む。
「・・・・・・それよりこれからどうする? いつまでもここに居るわけには――」
そう言って外の景色に目を向ける。ちょうど雷が鳴り、稲光で少女の顔が浮かび上がる。
「そうか。ここ対岸の洞窟か~」
川に飛び込み、何とか少女を抱きとめた後、この洞窟までおぶってきたのだ。ここにくるのは初めてだが、どうやら最近まで人がいたらしい。薪の後や手ぬぐいなど日用品が置かれてあり、遠慮なく拝借して身体を拭き暖めた。少女の身体も拭いてやろうとしたが、なぜかそこから記憶が無い。まあ目の前で傷一つ無くいるのだからいいのだが。
「しかし、かなり流されたなー。生きてることがそこそこ奇跡やな」
にこっと笑いかけて少女の肩を叩く。
「・・・・・・変な言い回しね」
くすりと笑い恥ずかしそうに視線を落とす。その顔に満足したように腕を組み本題に入る。
「やっと笑たな。ぼちぼち名前ぐらい教えてくれてもええと思うけどな」
俺、命の恩人やで。と親指を立てて前に突き出す。笑顔で決めるのも忘れない。
「紫音よ。あなたは?」
「俺は伊佐衛門。師匠は伊左って呼ぶで。じぶん変わった名前やなー。なんか言葉も違うし――どこ出身なん?」
すっと目をそらし、質問には答えずこれからの話をする。
「・・・・・・そんなことよりこれからどうするの?」
「あっ! ほんまや! 忘れてたわ。てゆうかお前、武家の人間に追われてたやろ? あれ誰やねん? チラッとしか見てないけど、只者やなかったで」
「あなたのほうこそ。なんでこんな山奥に居るの? どう見ても人間に会うようなところじゃないけど?」
「俺はこの山で師匠を待ってんねん。ふらっとおれへんようになってなー。困ってんねん。あんな師匠やけどまだまだ教えてもらわなあかんからなー」
「いいのー? 師匠にそんなこといって?」
悪戯っぽく言う紫音にポリポリと頭をかきながら苦笑する。
「・・・・・・ええねん! なんも言わんと勝手にどっか行った師匠が悪いんや。まあ、目の前では言われへんけどな。ちょっと恐いし・・・・・・」
ほんまにちょとだけやぞ! と強調する姿に思わず声を出して笑ってしまう。
「ほんとかな~? 本当はすっごく恐いんじゃないの?」
胡坐をかき下を向く伊左衛門。その顔を下から上目づかいに覗き込み、満面の笑顔で迎撃する。いやまあ・・・・・・結構恐い――かな・・・・・・? もごもごと口ごもる様子に再び表情がほころぶ。笑顔にチラリと目を流し、負けてられないとばかりに反撃に出る。
「さっきから俺のことばっかりやん。お前はどうやねん? 俺の質問に一個も答えてないくせによ」
あちゃー! と天を仰ぎ―洞窟からは天は見えないが―顔を左手で覆う。
「気づいてたんだ。もっと馬鹿だと思ってた」
人差し指と中指の間から見つめ、チロリと舌を出す。
「可愛ないぞ。てゆうかアホとかゆうな」
「馬鹿って言ったの。勝手に変換しないで。・・・・・・ごめん。冗談よ。気を使ってくれてたんでしょ?」
ふんっと鼻を鳴らし、少し恥ずかしそうに目をそらす。
「こっちも可愛ないは言い過ぎた。なかなかの別嬪さんや。ほんで話す気になったんか?」
何気なく褒められた言葉に目を大きく開き、一筋の滴が頬を伝う。ギョッとした相手を破顔で黙らせ、涙目のまま言葉を搾り出す。
「――嬉しい。初めて人に褒められた」
青い瞳から溢れる涙を呆然と見つめながら、ふと違和感に気づく。
「あれ?なんなその瞳? なんか青いぞ! 大丈夫か!?」
頬を袖で擦りながら紫音が答える。
「・・・・・・生まれつきこうなの。この瞳のせいで色々とひどい目にあったわ」
先ほどの笑顔が嘘のように暗い。遠くを見つめる紫音の眼差しは、不可侵の檻があるように閉ざされている。チラリとさぐる様な眼差しを伊左衛門に送る。それの視線には気づかず、そっと立ち上がった伊左衛門は乱暴に頭を撫で回す。ビクっと一瞬飛び上がったが、払うでもなくされるがまま撫でられ続けている。
「つまり病気とかではないんやな? ほんなら良かった。初めてそんな色の目見たから、ちょっとびっくりしたわ」
無邪気な笑顔を浮かべ、そっと頭から手を離す。
「しかしすごい雨やなー。雷も鳴りまくってるし、対岸に渡るのは絶対にやめといたほうがよさそうやな」
洞窟の先に視線を固定しながら「うーん」と唸る。顎に手を添え、人差し指でポンポン叩いてる姿をよそに、ほろ暗い声で訥々《とつとつ》と語りだす。
「なんで何も訊かないの?」
この時の紫音の感情はぐちゃぐちゃだった。
――なんで何も訊かないの?
――なんで助けてくれたの?
――なんでこんなに優しくしてくれるの?
――あなたに何の得があるの?
「本当は私を騙してるんでしょ? 本当は私を殺すんでしょ? 私はダメなの! 生きてちゃいけないの! みんなが許さないの! 私を殺せ! 殺せ! って叫ぶの! 石を投げるの! 矢を射るの!」
「・・・・・・私は必死で逃げたわ。人間を殺したくなかった。人間に殺されたくもなかった。私がなにをしたの? ただ瞳が青いだけなの! なんで死ななきゃいけないの! 私は死にたくなかった。恐かったの! だから逃げた! 攻撃したの! 石を投げた子供を殴り、わめき散らす母親の頭を石でかち割ってやったわ! いけないことなの!? だって石を投げるから! 殺そうとするから!」
一息にまくし立て、肩を上下させながら白い息を吐く。突然の豹変に伊左は目を丸くし、彫刻のように固まる。
――あなたも本当はそうなんでしょ?
――優しくしたのは嘘なんでしょ?
――それでも・・・・・・それでも嬉しかった! 嘘でも嬉しかった!
――あなたが優しくしてくれたから!初めて人に優しくされたから!!
――だからいいよ。私を殺してもいいよ。
「もう疲れたの。逃げるのも、攻撃するのも、生きるのも。」
感情の奔流が吹き荒れる中、腕を組んだままじっと動かない伊左衛門。瞳の中に泣き叫ぶ紫音を映しながら、ぴくりとも動かず静かにたたずんでいる。その頬に手を沿え、ゆっくりと言葉を紡いでゆく。
「もういいの。あなたに殺されるならいいの。でも――最後にこれだけは約束して。私の事を忘れないで。
名前だけでもいい。顔だけでもいい。・・・・・・瞳の色だけでもいいよ。私のことを忘れな――――」
バチン!!
容赦の無い平手打ちが紫音を襲う。吹き飛ばされるように倒れ、頬を触り呆然と伊左衛門を見上げる。
「おのれなに勝手なことばっかりゆうとんねん? 俺が騙すってなんやねん? おのれ殺して俺に何の得があんねん? ボケかお前」
腰が抜けて立ち上がれない紫音、その頭上から容赦ない言葉が降ってくる。
「お前のことなんか知らんねん。目が青いとかどうでもええねん。・・・・・・なんやったら俺の師匠も目青いねん」
信じられない・・・・・・といった表情で見返す紫音。なぜそこまで驚いているのかは知らないが、とりあえず話を続けることにする。
「頭をかち割った? 俺なんか何もしてないのにかち割られたことあるぞ。酒好きの師匠やったからな」
「・・・・・・いやいや。それとはまた違うって言うか・・・・・・。ていうか酷い師匠ね」
ようやく調子を取り戻した紫音は、泣き笑いの顔で軽口を叩く。その軽口に苦笑で答えて紫音の前にひざを折る。「なんや溜まってたんやな」と言い、ゆっくりと紫音の頬に触れる。
「・・・・・・ごめんな~。痛かったやろ? じぶんも悪いんやで? まるで俺が殺人鬼みたいにゆうから」
バツの悪そうな顔で頬を摩りながら言い訳めいた言葉を落とす。その様子に首をかしげ、さっきから気になってたんだけど――と口を開く。
「おのれとかじぶんってどういう意味なの? 流れ的に私を指してるのよね?」
「あっ・・・・・・」と一瞬間抜けな顔をし、「そうか」と納得する。「すまんすまん!」と大げさに手を広げてから説明に入る。
「お前ここら辺ちゃうかったな。これは方言で、両方ともお前って意味や」
その返答に首をかしげ、先ほどまでとは違った意味の猜疑を向ける。
「・・・・・・私、都に居たこともあるけど、そんな言い回し聞いた事ないよ。お里が知れるって言うけど、あんたほんとにどこ出身なの?」
胡散臭そうに見つめられて居心地が悪くなったのか、胴着の帯をいじりながら「そういえば脇差・・・・・・」とか言ってごまかしだす。
「ちょっと待って! そういえば、師匠の目が青いって言ってなかった!?」
「えっと・・・・・・ゆうてないような?」
いきなりの剣幕に圧倒され、口ごもりながら答える。「なんですか?」と突然敬語で訊かれて即行で観念する。確かに言いました・・・・・・と。その瞬間、空よりも海よりも青くなった紫音の顔。その顔をまじまじと眺めながら「俺、変なことゆうた?」と惚けたように声をかける。
「あんた最初に言ったわよね? 青い瞳見るの初めてだって?」
わなわな震えながら質問には答えず聞き返す。それは・・・・・・と口ごもり、観念したように頭を垂れた後、バネ仕掛けのように跳ね上がってきてまくし立てる。
「ちゃうねん! そうゆう意味じゃないねん!」
浮気のばれた大阪のおっさんのような言い訳をする。
「お前がそんな目に遭ったとか知らんかったし! そもそもの話し、師匠に口止めされてたねん。目の色の話は絶対すんなぁぁぁぁぁぁぁぁってどないしょう!!」
いきなり雄たけびを上げられ、びくっと肩を震わせる紫音。
「やばいー! 喋ってもうた! 絶対殺されるー!」
頭を抱えゴロゴロとのたうち回る伊左衛門。その様子に若干引きながらも声をかける。
「だ、だいじょうぶよ! だって私の瞳も青いんだから。それに私、聞かなかったことにするし・・・・・・じゃなくって! あんたの師匠は――――」
「仲のよろしいことで。」
「!!」
「!!」
同時に飛び上がり、高速で入口に視線を飛ばす。
そこには、ずぶ濡れの中年武士――柴田が血に汚れた白刃を下げ立塞がっていた。




