パラレルファンタジー 番外編 その2
「おい! いたか!?」
武家の装いをした3人組みが、辺りを血眼になり探している。
「こっちにはいない!」
「こちらにも・・・・・・あっ! 血痕です!あちらに続いています!」
一番若い男が叫ぶと「でかした!」の声と共に2人の男が走ってくる。明らかに山歩きの装いではない2本差し3人が血痕の続く方角を見据える。
「あの方角には確か――」
チラリと年若い武士に目をやると、コクリと頷き手書きの地図を指差す。
「川の方角ですね。――幅はあまりないようですが深いです。流れも速いとありますし、あの傷では対岸に渡るのは困難かと」
手書きの地図に視線を固定したまま若者は答える。その返答に満足したのか、卑しく口元を歪め方角を指差す。地図を懐にしまい、承知の意を目礼で示し走り出す。
恐ろしく早い難波走りで川までの距離を縮める若武士。それに少し遅れるが、腹の出た中年武士二人も追走する。距離的に五・六歩遅れはするものの、常に若武士を視界に収め続けている。体型や年齢を考えるとこちらのほうが脅威だ。
疾風のごとく駆ける若武士は、川辺に出る直前で急制動をかける。すぐに追いついた二人もそれに倣う。中途半端に開けた視界の端に黒い影が蠢く。柄に手をかけた若武士を手振りで制し、若い方の中年武士が前に出る。
「私が斬ろう。二人は女を追ってくれ」
すらりと抜かれた白刃を手に、黒い影に忍び寄る。影の正体は大型のツキノワグマ。本来のツキノワグマは170cm程だが、この固体は2メートル近い。冬眠開けのためか――のそのそと歩く熊の十歩横を二人が走り抜ける。足音に驚いたように首をめぐらす熊に先ほどの中年武士が斬りかかる。
「ぜあ!」
気合と共に諸手を振り下ろす。首を狙った斬撃だったが、気合に驚いた熊が仰け反ったため、浅く顔に傷を残した程度だった。怒りに染まる熊の瞳を見ようともせず、地面を滑るように足を送り二撃目を刷り上げる。
深く沈んだ上体から繰り出される見事な斬撃は、血霧の軌跡を残し鮮やかに振り抜かれた。断末魔を上げる間もなく崩れ落ちるツキノワグマ。それを二歩下がった位置で眺めながら、懐から出した紙で刀身の血を拭う。目にも留まらぬ速さで納刀する武士の動きからは、只ならぬ戦闘力が感じられた。
「さて、ご両人は見つけておるだろうか」
走り去った方向に目を向け、小走りに走り出す。二撃で息の根を止めた熊には一瞥もくれることはなかった。
***
廃村を出た伊左衛門は、木々の間を音が聞こえた方角に歩き出す。拳法家として未熟な男は、素手での熊殺しは体得出来ていない。師匠なら可能である・・・・・・のかは分からない。動物好きの師匠は獣を一切殺さなかった。
一度どうしても肉が食いたくなり、ウサギを狙って罠を張っているのがばれた時は殺されるかと思った。師匠いわく「殺生をするな」だそうだ。・・・・・・虫はめっちゃ殺すくせに。
歩き始めて10分が経ち、ようやく川岸にたどり着く。川岸は大小の石と砂利を敷き詰めたような地面で、木々から川まで1メートルほどの距離がある。腰の脇差を左手で握りながら慎重に歩を進める。川岸に一番近い木に体を隠し、顔だけ出して周囲の様子を探る。上流のほうに横たわる黒い塊が目に入ったとき。
ガッ!
「!?」
――顔面の真横5センチに矢が生えている。いや、今突き刺さったところか。慌てて顔を木陰に隠し、飛来したと見られる方角に目を凝らす。どうやら対岸の山中から放たれたようだ・・・・・・。何故こんな山奥に人間が? 木から矢を抜きしげしげと見つめながら考える。しかし、いくら考えても答えは出ない。それに「自分には関係なさそうだ」と思った瞬間に馬鹿らしくなり、ポイっと矢を投げ捨てて踵を返す。廃村に向かって歩きだ――――
「いたぞー!」
背後の怒号に反射的に振り返り状況を確認する。見開かれた伊左衛門の目に、足を引きずる少女が映し出される。先ほどの矢で射られたのか、深紅に染まる足を懸命に引きずりながら川辺を目指す。
「おい! 大丈夫か!?」
川岸に躍り出た伊左衛門は対岸に向かって叫ぶ。少女がピクリと反応するのと同時に、茂みから2人の武士が飛び出す。
「放て!」
掛け声の前に放たれた強弓が唸りをあげて少女を襲う。あっ――と悲痛な声を漏らし、立ち尽くす男と少女の瞳がかち合う。蒼穹の空を切り取ったような鮮やかな青。身を投げるように川に飛び込む少女がコマ送りに見える。紙一重の空間を矢が通り過ぎた時、我に返り叫ぶ。
「あほ! 何やってんねん!」
これは武士に対する罵声ではない。この季節の川に飛び込むだけでも自殺行為なのに、この山の川は深くて流れが速い。それにあの傷・・・・・・。脇差をその場に置き、川へと走り出す。伊左衛門の叫び声で向こうの武士も気づいたようだが、そんなことはお構いなしに川に飛び込む。
飛び込んだ途端に全身を冷気が駆け巡る。流れに翻弄され瞬く間に流されるなか――両目を見開き少女のいる下流へ加速していく。上から怒鳴り声が聞こえた気がしたが、今の伊左衛門にそれを気にする余裕はなかった。