第21話 クエスト1 領主様の娘を救ってみよう
この街の領主の屋敷は一言で言えば大きくて内装の品も良いものだった。
金持ち趣味であるだとか美術品が所狭しと飾られているなどということはなく、最低限でも良いものを取り揃えているようだった。
美しい白磁の花瓶に植えられた華憐な花、国の国旗を思しき旗と街の旗と思しき旗。
また数は少ないけれど腕のいい職人が打ったと思われる剣に実用的だが華美すぎない装飾が施された鎧など見ていて楽しい気分にさせられる品々が飾られている。
「エリーゼの部屋は2階だ。こっちだ」
周囲を軽く確認しているとマッシュさんの声が聞こえてくる。
視線を移すとマッシュさんは今まさにホールの階段を登ろうとしているところだった。
そんなマッシュさんの後に続き、私たちも2階へと上がる。
2階からはホールをぐるりと回り、奥の方にある通路へと進む。
やがて通路の先が壁に突き当たると、メイドさんたちが立っている1つの扉の前へとたどり着いた。
「エリーゼ。入るよ」
返事はないもののマッシュさんは軽くノックし、声を掛ける。
そのまま扉をゆっくり開くと中に入っていくので私たちも確認しながら入ることに。
「エリーゼはやはり目覚めぬか……」
「はい、旦那様……」
ベッドの上には銀髪の美しい小柄な少女が横たわっている。
その近くにはマッシュさんと年配のメイドさんがいた。
「こちら、詠春殿だ。エリーゼを診てくれることになった」
マッシュさんがそう年配のメイドさんに紹介する。
すると年配のメイドさんはこちらをちらりと確認した後向き直り、一礼して迎えてくれる。
「これはこれは。私はアンナと申します。この屋敷のメイド長を務めさせていただいております。」
「狐塚詠春です。一大事ということは聞き及んでおります。早速で大変失礼かとは存じますが、まずは確認を。アンナさんは女性であるのでここに残っていただき補助を。そのほかの人や男性陣は退室していただきたく思います」
メイド長であるアンナさんには責任者という立場があるため残ってもらうことに。
まぁその他にも不埒な真似をしたという冤罪を回避する目的もあるのだが。
「アンナさん」
「はい」
「これからのことは他言無用です。もし不用意に話すことやうっかり漏らしてしまった場合は記憶の消去をしなければなりません。くれぐれもご注意を」
「そ、それはどういうことでしょうか?」
警告のためとはいえこのようなことを言われればそういわれるのは当然ではあるのだが、こればかりは致し方ない。
「私たちの事情や存在に深く立ち入り記憶を失うか、ただ無事に物事を解決して平和に過ごすか、好きなほうをお選びください」
私の言葉を引き継ぐようにさくらが冷たい口調で一言。
「お、お嬢様に何も問題が起きなければ詳しくは確認致しません」
アンナさんの言葉を確認し、私はエリーゼさんの身体を確認する。
「服の上からは見えない程度の侵食を確認。すまないがさくら、エリーゼさんの服を患部が見える程度だけ露出させてほしい」
「はい」
エリーゼさんの身体にある結晶侵食はまだ小さい様子で、服の上から確認することはできなかった。
なのでさくらに指示し、患部を露出させてもらうことに。
するとそこには緋色の透明な結晶体が内側から皮膚を突き破るようにして生えていたのだ。
「緋色結晶か。これは火の元素を持った結晶だね。うまく寄生した結晶株だけ取り出せればいいんだけど」
「緋色結晶であればこちらの世界の派遣艦隊にもいいかもしれませんね。燃料にも最適ですし運用コストを減らすことが可能です」
【緋色結晶】とは火の元素を集めて生まれた空間結晶だ。
通常空間結晶は世界と世界の狭間に存在しているのだが時折こちら側に出てくることがある。
こちら側の世界に出てきた空間結晶は必ずどれかの要素の影響を受けてしまう。
例えば恒星の近くに出現すれば火の属性を内包した緋色結晶に、ダークマターの近くに出現すれば闇の属性を内包した宵闇結晶に、近くに何もなく星の光の強い場所に出現すれば星の属性を内包した星色結晶に変化するという具合だ。
なのでエリーゼさんを侵食した結晶は一度恒星のそばに出現したものということが分かる。
「雛菊。エリーゼさんを侵食した緋色結晶の侵食具合はわかるかい?」
「少々お待ちください……」
雛菊はそう口にすると、エリーゼさんのそばに近寄り身体の表面を手のひらを当て確認し始める。
それから少ししてーー。
「心臓の一部と大きな血管の一部、周辺の組織が結晶化しています。まだ心停止には至りませんが遅かれ早かれ確実に死に至るでしょう」
「あぁ……。お嬢様……」
雛菊の言葉を聞いたアンナさんは床に崩れ落ちてしまう。
大事な人の死が目前に迫っているのだから当然か。
「大丈夫ですよ。マスターが治療してくれますから」
すぐさまさくらが駆け寄り、アンナさんに声を掛ける。
「鈴はエリーゼさんの身体の時間停止を頼む。雛はアンナさんのそばにいてあげてくれ。さくらと雛菊は私の補助をお願い」
「はい」
「わかりました」
「はーい」
「うん」
「では開始する」
こうしてエリーゼさんの治療が始まった。
「詠くん、エリーゼさんの身体の時間を止めたよ。血流はないけど切れば血は出るから気を付けて」
「鈴、ありがとう。さくら、エリーゼさんの状態をモニターしてくれ。雛菊は組織置換の準備。人体に必要な素材の提供を頼む」
「時間停止は今のところ問題ありません」
「心臓の細胞に必要な要素と血管生成に必要な要素は準備しました。粒子化します」
「頼む」
今回やることは比較的単純だ。
患部を切り取り、切り取った個所を【造像】スキルで修復していく。
その際に使用する粒子を雛菊から受け取り徐々に生成するという流れだ。
「では切り取りを開始するよ。さくら、周囲を無菌状態に。空間固定で頼む」
「はい」
さくらが周囲の環境を安全にしたところで、空間転移を応用した方法で外側を切り開くことなくエリーゼさんの体内へと続く空間を直接開く。
本来肋骨に守られている場所だが、今回はそこを軽く無視して直接心臓部を確認する。
心臓の一部、主に上部の部分が緋色の結晶に置換されているのが確認できた。
「切除開始。少しずつ切り離していくから時間がかかるよ」
さっそく手を身体の上に触れないぎりぎりの位置にあて、結晶化した部分を粒子に変換していく。
少しずつ少しずつ、緋色の結晶が分解されていくと、緋色結晶だった粒子が私の手のひらへと吸い込まれていく。
この粒子は直接インベントリに入るようになっている。
それからしばらく、どのくらいの時間が経ったのかはわからないが、心臓部の結晶を取り除くことに成功。
続いて取り除いた箇所を生成していく。
「【アクセス デュオ クリエイト セル】」
今回は細胞の生成の方向で進めていくことにした。
色々な表現はあるようだが少々乱暴に細胞と一括りにしている。
現在、エリーゼさんの心臓は一部が欠けたような状態だ。
これを元の状態に再生成していく。
再びゆっくり、じっくり心筋細胞を生成していく。
しばらくすると欠損部分が完全に修復され、元の状態へと戻っていく。
次に血管及び周囲の組織の結晶を取り除いていく。
やがてすべての結晶を取り除くと、改めて周辺組織を生成していく。
どれくらい時間がたったのだろうか? すべての作業が終わり、視線を上げると窓の外はすでに暗くなっていた。
「詠春様。エリーゼお嬢様はどうなったのですか!?」
こちらの仕事が終わったことがわかったのか、アンナさんが声を掛けてきた。
「一応無事に完了しました。ですが少し経過観察が必要です」
「そう、ですか。どのくらい様子を見ればいいのでしょうか」
「そうですね、今日一日何も起きずに過ごせて、目が覚めれば一応は平気でしょう。一応今日は雛菊を付けておきますので何かあっても対応できます」
「承知致しました。雛菊様、よろしくお願い致します」
「はい、お任せください」
一旦様子見のためにアンナさんの許可を得て雛菊を置いてくことにする。
あとはマッシュさんへの報告だけだ。
「ではマッシュさんへの報告へ行ってきますので、さくらたちもここで待っててね」
「はい」
「はーい」
「うん」
さくらたちをエリーゼさんの部屋に残したまま、私は扉を開け部屋の外に出た。




