第五話 ギプスと見えない傷 (4/5)
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「え、谷口さんは早退ですか」
放課後、四組の廊下に来ていた咲歩に、私はそう説明した。
谷口さんはちょうど給食の後で体調を崩してしまったらしく、私が咲歩との話……咲歩の言うところの『ソウサ会議』とやらを終えて教室に戻った時には、教室に谷口さんの姿はなかった。
「あと、わたし思い出したんだけど、谷口さんはあの日赤い服を着てたよ」
「覚えていたんですか?」
私の言葉におどろく咲歩に「うん、たまたまだけど、袖の刺繍が綺麗だなと思ったんだよね」と答える。
「みこちゃんらしいですね。では、谷口さんは犯人ではなさそうですね」
「そうだね」
答える私に、担任の先生が声をかけた。
「樹生さん、準備ができたら行きましょうか?」
「あ、はーいっ」
振り返って答えた私が咲歩に向き直ると、咲歩は「やっぱりみこちゃんも呼ばれたんですね」と言った。
ということは、千山くんも呼ばれてるんだ。
今日はこれから警察の人が学校に来て、犯人から聞いた事を話してくれるらしい。
私の親にも先生から電話がしてあって、学校に来る予定になっていると、さっき帰りの会の前に先生が話してくれた。
「うん、ごめんね、一緒に帰れなくて」
「いいえ、お気になさらず。頑張ってくださいね」
咲歩に手を振って、私は先生と一緒に応接室に向かった。
初めて入った応接室は、他の教室とはまた違う雰囲気だった。
床にはカーペットが敷いてあるし、パイプ椅子じゃなくて茶色い皮のソファが並んでいる。
先生にうながされて、ドキドキしながら扉をくぐると、すぐのところに千山くんが座っていた。机の上にはふでばこと、漢字ドリルがある。
千山くんは私をチラと見たけど、何も言わずにえんぴつを動かし始めた。
「樹生さんには皆さんが集まるまで待ってもらうことになるので、宿題をやっていて構いませんよ。先生はお茶をいれてきますね」
先生はそう言って出て行ってしまった。
私、この部屋で千山くんと二人きりなの……?
というか長い机を挟んで両脇に一人用のソファがいくつもあるけど、どこに座ったらいいのかな……。
私が部屋をウロウロしていると、千山くんがえんぴつでソファを指した。
「この辺座りゃいーんじゃねーの? たぶん向こうに先生たちが座るんだろーし」
えっと、つまりこの入口の方が下っ端の座る席。なのかな?
「あ、ありがとう」
私が向かいに座ると、千山くんは「別に。つか、こないだは悪かったな」と言った。
「それはもういいよ。あの時もいっぱい謝ってもらったし、わたしたちもちゃんと言ってなかった事があったから」
「……」
千山くんはサラサラと漢字ドリルのノートに字を書いている。まだしばらく待つなら、私も宿題しておくほうがいいかな、と、抱えたランドセルの蓋を開けようとしたら、千山くんが言った。
「……俺、樹生さんに聞きたいことがいっぱいあんだけど」
千山くんは漢字ドリルのノートに最後の文字を書き終えると、顔をあげた。
真剣な目が、まっすぐ私を見ている。
「しょーじき、どっからどこまで聞いてもいーのか、わかんねーんだよな」
「え?」
「だからさ、秘密がバレたら……、なんつーのかな。樹生さんにペナルティーっぽいのがあんじゃねーの?」
まさか千山くんがそんな心配をしてくれてたなんて、思ってもいなかった。
「なるほど……?」
「おい、なんだよそのぼんやりした反応は! 俺はこの四日必死で考えてだなぁ!?」
千山くんが立ち上がってさけぶ。
「ちちち違うよっ、バカにしてるとかじゃないよ!? 確かに魔法使いとか、そういう掟? とかありそうだよね!」
慌ててブンブン首を振ると、流石に首がちょっと痛い。
「……つーことは、樹生さんにそーゆーのはねーんだな?」
「うっ、えと、うん、そうなんだけど、ちゃまくんはすごいなぁと思って!」
千山くんは一瞬私をにらんでから、疲れた様子で大きくため息を吐いた。
「はぁぁぁ……。樹生さんはその呼び方さ、もうちょいなんとかなんねーの?」
「うん?」
呼び方……?
「……いや、悪い。別に悪気があるわけじゃねーもんな」
もしかして、発音の事かな?
私って、ちょっと舌っ足らずだから「ちやま」ってうまく発音できなくて「ちゃまくん」になりがちなんだよね。
あれ? ひょっとして、私が時々にらまれるのって、これのせい……?
「低学年の頃、そんな風にからかわれててさ……。でも樹生さんには関係ねーよな。悪ぃな。大人げねーこと言ったわ」
「大人げないって……、私たちまだ五年生だし、大人げなくて当然だよ」
私は苦笑して答える。千山くんってこういうとこが周りの子たちとはちょっと違うよね。
「『まだ』五年生じゃねーだろ。『もう』五年生だ」
千山くんはじとっと半眼で私を見て言い返す。
えー、そうかなぁ?
そういえば、お母さんも先生も『もう』五年生だって言うよね。
私は『まだまだ』五年生だと思ってるんだけど……。
千山くんは広げていた宿題を片付けはじめる。
「じゃあ、呼び方変えようか。わたし、さーちゃんの事も『さほ』って言いづらくてさーちゃんって呼ばせてもらってるんだよね」
言いながら、私はテーブルの向こうに座る千山くんの名札をのぞきこんだ。
下の名前は颯太っていうんだね、これなら呼べそうだ。
「そーたくんって呼んだらいいかな?」
「ぅえ!?」
なんでそんなにおどろくの?
「……み、苗字からいきなり名前になったら、周りがなんか言うだろ……」
だって「ち」の次の「や」が言いにくいんだもん。
「じゃあちーくん?」
「いや、そっちの方が余計親しげだろ……」
「親しげじゃダメなの?」
こんなに話せるようになったんだし、もう十分親しいよね?
「別にダメってわけじゃねーけどさ」
「ちまくんとか?」
「それも微妙だな……」
千山くんは少しのあいだ悩んでから、降参するように両手をあげて「分かった、そーたで手を打つよ」と言った。
なんか渋々って感じだけど……いいのかな?
「それじゃ、そーたくん。改めてよろしくね」
「別に改めなくていーだろ。……まあ、よろしくな」
宿題を片付けた千山くん……じゃなかった、颯太くんはノートと赤いシートを取り出した。
「何それ?」
「勉強。まだ時間かかりそーだし。つか、あの動くぬいぐるみたちはなんなんだ?」
私は宿題を机の上に広げながら答える。
「あれは……なんていうか、魔法の力で生きてる……って感じ?」
「疑問に疑問系で返すんじゃねーよ……」
颯太くんはうんざりした顔で赤いシートを動かしている。
「それ何してるの?」
「ノートの赤い字を、赤いシートで隠してんだよ」
「隠すとどうなるの?」
「ほら、見てみろ」
颯太くんは私に見えるように、赤い字の上にシートを乗せた。
「あ、赤い字が消えた」
「消えたんじゃねーよ、見えなくなっただけだ」
そう言って、颯太くんはシートを外して見せる。
赤い字は変わらずそこにあった。
「へー、魔法みたいだね」
「別に魔法じゃ……って、待ってくれ。樹生さんにとって魔法ってそんなぼんやりしたもんなのか!?」
「え? えーと……」
「つまり、あのぬいぐるみたちが、どういう原理で動いてるのかとか……」
「ああ、そういうのは全然、わたしにはわかんないよ」
「……だよな」
私の言葉に、颯太くんはガックリうなだれた。




