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30. 『一人の、黒き少年』

 それは一瞬の出来事だった。


 最初はただよそ者の男が街にやって来たとだけ通報があった。その男は見るからに品がなく、周りに敵視を向けながらやってきた。


 ただその男は見る限り少年にしか思えない人物だった。よくわからない黒い靄のようなものを漂わせながらその少年は歩いていたため、魔法使いか何かだとは思えた。

 そんな姿の少年に対し、初めはおそらく悪目立ちしたがる厄介なよそ者かと決めつけた。

 その程度ならば、見張りの兵士に対処させるだけで良いだろう。たった一人だ、仮にその少年が悪さをしようともすぐに街の平穏も保たれると。

 最初は、そう思っていた。


 しかし、いかに時間が経てども街の混乱が収まることはなかった。むしろ、被害は拡大していき、次第に死傷者の報告が相次いだ。


 何か異常だと思った時にはもうすでに遅かった。

 少年がここに来たと知ってから5分足らずで街は半壊させられていた。


 数多くの兵士が殺されていた。数多くの街の住民が殺されていた。街の中にある数々の観光資源、店舗、民家が破壊し尽くされていた。

 

 それは蹂躙だった。一人の少年がしでかした事は街にいる者、ある物に対する惨虐な行為。

 存在する物全てを破壊し尽くし、歯向かった人間を全て惨殺する。その行為に慈悲などない。一人ずつ、二人ずつ、ゆくゆくは数十人を少年は手の一振りで街にいるもの全てを殺し尽くした。


 少年の為すことを止めさせようと街の警備隊は剣を振るう。だが、それは全て無駄となり、抗った者は少年の纏う黒い影により次々に死体と変わり果てた。


 少年は単純に強かった。勝てる手段などもはや無いとでも言うほどに圧倒的な強さだった。少年の周りに漂う、異様な黒き影に誰しもが対抗できる事はなかった。


 少年が操る靄のような黒き影は包み込んだもの全てを破滅させた。

 鋭利な黒い刃にもなるそれは縦横無尽に人を斬殺し。

 高密度に圧縮した鉛のような硬さ重さにもなるその靄は人間を圧死させ。

 黒い靄に包まれた者に至ってはみるみるうちに生気を貪りとられ即死させられていた。


 そして、いつしかそこは赤い血で染められた見るも無惨な街の情景が出来上がった。


「よお、おめえがこの街で魔力はトップだ。ってことはおめえは大方、統率者あたりにいる人間だ」


 死体の山の上に立ち、魔物と名乗った少年は一人の兵士を睨みつける。

 一方、瀕死状態である兵士は力無き眼を見開き、まだ驚きが隠せない様子。街の住民の中でも唯一の生き残り、否、唯一少年に生かされた兵士は力無き眼で前を見つめ、


「魔…物、……だと?」


「………あ?」


 兵士は少年の言い草に動揺を露わにした反応を示す。

 ただ、それも仕方ないものであり、目の前の少年は完全に人間だ。周りに漂わせている黒い靄に目を向けなければそこらにいる兵士となんら遜色ない。ただの若者、まだ二十歳にもなってない少年、そうとしか思えない。


 だが、そんな兵士の様子に少年は瞳を歪ませて、


「あぁ?うぜーな。そう言っただろが。」


「なぜ、……そん、な……姿を」


「ちっ、」


「があっ……⁈」


 少年は兵士の様子に対し苛立ちを覚えるや、頭蓋を握る指を動かし兵士の潰れた片方の目玉に見境なく爪を刺した。

 当たり前かのように、容赦なく、躊躇なく、


「がぁぁぉぁぁ……!」


「てめえの言うことなんか聞いてねえんだよ。勝手に喋ってんじゃねえぞ。人間風情が」


「ぁぁぁぁっっっ……」


 凄絶な眼球の痛みに兵士は掠れた悲鳴を上げる。

 痛みに叫びたいのも山々、だが既に喉がだいぶ傷を負っているため大きな声を発せれなかった。

 慟哭を発することすら困難なほど、体は深刻なダメージを受けていて、


「痛えか?痛えだろ?人間は脆いからな。簡単に身体を破壊できる。そんな奴らが強がってんじゃねえぞカスが。」


「がぁぁぁっっ……。な、ぜ」


「うぜーな、お前。まだ口にするかよ。そんなに俺が魔物だってのが信じれないのか?」


「……ぐぅぅぅぅっっっ」


「だったら、証明してやるよ。……おらっ」


「………があっ⁈ああぁぁぁぁっっっ!」


 痛がる兵士に対し少年は黒い靄を操ったかと思うと、苦しむ彼の腕を見境なく影から生み出した黒刃で切断した。

 瞬く間に自分の片腕が無くなり、兵士は新たに生まれた凄絶な激痛に掠れた絶叫を上げる。兵士の腕が主人から切り離され、瞬く間に吹き飛んだ。


 一方、少年は叫び散らす兵士を適当に投げ捨て、吹き飛ばした腕を拾う。切断面からドクドクと沸き出る濃い赤の血が滞りなく流れ出ている。


「おーおー、死ぬんじゃねえぞ。腕一本無くなったくらいで死にかけてんじゃねえぞ、カス。てめえが俺を魔物だって信じれねえみたいだから、俺はてめえの腕を飛ばしたんだよ」


「………っ?」


 体力も気力も凄まじく衰退した兵士は失われた腕の痛みに耐えながらギリギリ少年の言葉に耳を向けた。

 しかし、彼の言っていることが訳がわからない。

 魔物だと証明する、そのためになぜ腕を飛ばされなければならないのか。


「…見てろよ」


  だが、少年は、衰弱し地に倒れ伏した兵士の前で佇み兵士の腕を掲げると、


「…がっ、ぺっ。不味い。薄いなお前」


「…なっ⁈」


 寝転びながら少年の為すことにかろうじて目を向けていた兵士。だが、今起きたことに驚き思わず目を見張ってしまった。


 なぜなら、そこにいるただの少年が自身の腕を噛みちぎり、咀嚼し、飲み込んでいたのだから。


「お前、魔力が高いくせにそんな美味くねえな。やっぱ人間の中で美味いのはもっと魔力が多いやつ、それでいて強いやつか」


「お前……、は、魔、物?」


 少年が人の腕を食べている。その光景を見て、兵士はなけなしにそう呟いた。あまりにも異様な光景、そして少年が言っていたことに筋が通った。

 人が人の肉を食べるわけがない。人間の血肉を好んで食べるのはこの世界で魔物だけだ。


 少年が魔物だということが兵士の頭の中で理解できる。次いで新たな思考が兵士の中で浮上した。

 自分の腕が食べられたという認識。自身の肉体が捕食されたという実態。

 自分が魔物に喰われるという根本的な恐怖心が芽生え始める。


「あぁ?なんだよ、最初から言ってんだろ馬鹿が。なんだよ、人間ってのは軟弱な割に知能は高いと思ったが、そうでもねえのか?あぁ…これだからクソ弱え種族は。生きてる価値がねえんだよ、てめらは」


「…ひっ」


 侮蔑の目で睨みつけそう言葉をこぼす少年に、兵士は怯えた様子を見せる。

 それに少年は睨みながら首を傾げ、


「あ?なんだよ、俺が魔物だってのを分からせた瞬間びびりだしやがって。」


「…止め、ろ。食うな」


「はっ!目の前で自身の腕が喰われたことで恐怖に包まれたか!…馬鹿か?お前。目ん玉かっ開いて周り見てみろよ。周りの奴ら死んでんだぜ?ってことはてめえも死ぬんだよ。命乞いしてんじゃねえよ。この街を襲った張本人によ!」


「嫌、だ。食わないで」


「あぁ?あぁ、捕食されんのが嫌だってか?そりゃそうか、捕食される側になったこと無えもんな人間は。それでさっきから下卑た目つきで俺を見てやがんのか。体震わせてんじゃねえぞ、気持ち悪りい。」


 そう言うと少年は食いかけの腕を投げ捨て、兵士の元へとしゃがみ込む。そして、倒れている脆弱な兵士の後ろ髪を横暴に掴み取り、血で赤く染まった歯を見せつけ、凶笑し、


「安心しろよ。苦しませながら殺してやる。お前を生かしたままその手足を噛みちぎってやるからよ。」


「止め、…て」


「はっ!」


 兵士の怯える様子に少年は高らかに嘲笑をあげた。

 次いで、笑みを浮かべたまま少年は瞳を鋭くし、


「だが怖がる前に、俺の質問に答えろ。ここら辺で多くの魔力を持った強い奴らとかいんのか?」


「……ぐ?」


 苦しみながら兵士は少年の言ったことに怪訝な表情を浮かべる。唐突な少年からの問い、その真意が兵士にはよく分からなくて、


「………何、…が?」


「質問に質問を返すとはいい度胸だ。だが、この状況でそれをするお前は馬鹿だな。…死ぬか?」


「……ぐっ?がはっ⁈」


 少年は兵士のこぼした言葉に不快感を示したかと思うと、後ろ髪を持ったまま盛大に地面へと叩きつける。それに加減など一切ない。痛烈に冷酷に兵士の顔面を硬い地へと打ち付け続ける。


「あぁ。顔面血だらけじゃねえか。気持ち悪りい。」


「…………」


 少年は兵士の顔を見つめ、ただそう言葉を告げた。

 それに慮りや憂慮など一切ない。

 少年には心がない。あるのは、ただの残虐性と圧倒的な力。


「おい、喋れるか?息してるってことは死んでねえってことだ。意識はまだあるんだろ?早く俺の質問に答えろ。カスが。」


「……………」


 情の無い少年の言葉に兵士はもう声を発せれなかった。かろうじて砕けた歯の隙間から呼吸ができる程度。あとはもう何もできる気がしない。

 顔面に、片腕に、身体中に凄絶な激痛が走っている。しかし、それに痛がることができるほどもう力が無い。


「なんだよ、使えねえ。」


「…………ぐっ」


 少年はそう言うと、もう見限ったかのように兵士を乱暴に投げ捨てた。


「…………」


 捨てられた場で兵士がかろうじて目を見開くと前には死体となった女性の亡骸があった。もう冷たくなっただろうその女体は肌が青々しく変色している。


「これだから人間はカスなんだよ。弱い、脆い、クソだ。クソどもの集まりだ」


 倒れ伏した兵士には少年が発する言葉がギリギリ聞こえた。

 魔物の感性を持っているような発言だと思えた。

 人間を卑下するような言葉だと思えて、


「がふっ!くっ!」


「あぁ?」


 兵士は少し息を吹き返す。痛みに耐えながらも、無理矢理自分の喉を震わせ、咳き込みながらなんとか声を発する。

 

 その様子に少年は怪訝そうな目つきを向けた。否、下等種族に対する賤しめの視線を向けていて、


「なんだよ、まだ生きてたのか」


「舐める、なよ。……貴様なん、ぞ」


「…………」


「貴様…程度、…………王国騎士団が……」


「あっそ、うるせえ死ね」


「………ぐっ⁈」


 生涯最後の兵士の言葉を少年はまともに聞かずに切り捨てる。少年は黒い影の刃で兵士の心臓を突き刺し、それから彼の体を真っ二つに斬殺した。


「あ、いけね、咀嚼しながら食うんだったな、しくった。……………まあ、どうでもいいか。どうせこいつ不味かったし」


 斬殺したという自分の行為を省みて少年は肩を竦める。だが、すぐに凶笑を浮かべ、斬殺した兵士の亡骸を見やった。

 彼が思い馳せることは兵士が最後に告げた言葉。


「ふーん、王国騎士団ね」


 鋭い目つきを浮かばせながら少年は笑う。多くの死体の山の上で少年は凶笑し、ただ遠くを見遣りながら、


「それは…潰し甲斐がありそうだ」


 崩壊した街の中で少年は一人佇み、ただ一言そう告げた。

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