23. 『戻される前の世界』
彼、アルト・セリージャは一国の王子であり、はたまたその国の騎士団を牽引するほどの実力の持ち主だった。
今、アルトがいるこの過去の世界ではなく、アルトが魔帝に負け、女神に送られる前の元いた世界。
そこでアルトはイルエス王国騎士団に所属しており、彼はその腕前を皆からも高く評価されていた人物だった。
王子であるが故に敬意を持たれていたというものもあるが、彼はその崇高で強者しかいない騎士団の中でも齢二十歳にして2、3を争う実力者であったのだ。
剣の使い手として彼の右に出るものはおらず、王の子であるためか魔力の保有量だけで言えばその国でもトップクラス。魔法の使い手としてもその騎士団の中では群を抜いていた。
王子の息子として、さらには魔術、剣術共に秀でた者として、アルトは皆からも一目置かれており、中には平和へ導く者と際して、彼のことを『勇者様』と尊称して呼ぶ者も多々いたほどだ。
そんな彼が王城で過ごしているある日のこと、イルエス王国の国王、彼の父親であるセリージャ王はある決断をした。
『魔物狩り』魔の帝王が棲みついていると言われている魔の城への侵攻。人間と魔物は共存など不可能であり、これ以上魔物たちをほっとくわけにもいかないと判断したイルエス王国の王は、魔物の脅威に苛まれている国民たちのために魔物の総本山を根絶やしにし、魔帝を打ち倒すことを決断した。
魔物の最上位に君臨していると言われている魔帝。それを倒すことができれば魔物の勢力は瓦解していくだろう。
つまり、魔の城へ侵襲しそこを制圧することができれば、人々の恐怖の根源を打ち晴らすことができる。そのためイルエス王国はその騎士団の勢力を持ってして魔の群勢の撲滅『魔物狩り』を遂行することを決定したのだ。
この『魔物狩り』を行うという知らせは多くの国民たちに希望を与えた。
基本的に魔物と戦おうにも力に乏しい国の民たちだ。彼らはまともに抗うことなど出来ず、被害に見舞われることも多々あった。対峙しようにも力は魔物の方が上。騎士団が駆けつけようにも全てを救えるわけではない。
魔物たちの襲撃により命を失われる数は減っていくわけでもなく、国民たちの心は日に日に恐怖で蝕まれていく一方だった。
そこで、魔の帝王を倒すという吉報である。
さらに魔の城に赴くのに白羽の矢が立てられたのはイルエス王国の騎士団という強者たちではないか。これには国民たちも大いに喜び、もう怖がらずに住むと、寝付けない夜はなくなると心から王に感謝した。
国民たちが歓喜をあげるのも無理もなく、この『魔物狩り』は成功する可能性が十分にあると民衆たちの間で話題沸騰となった。
それもそのはず、イルエス王国騎士団の団員達は相応に名を馳せた強者たちだ。各地に戦果を挙げており、戦力も申し分ない。統率が保たれ、軍事力を兼ね備えた集団、それがイルエス王国騎士団である。
アルトもその団の一員として、大いに期待を寄せられていた。
信じていると、倒してきてくれと、平和を心から望んでいると、民たちから多くの激励の言葉をかけられたものだ。
『信じてるってよ、アルト。多分、お前が一番期待されてるぜ?』
『やめてください、師匠。俺はただ敵を狩るだけですよ。てか、期待度でいったら師匠の方が上でしょ。』
『どうだかな。アルトは国王の息子だからな。国民たちの信頼もあついだろうよ。全く…本来なら俺らがお前を守らなきゃなんねえ立場だってのに、アルトは王族のくせして騎士団に入っちまってんだから。つか、強いしな、お前。』
『俺に戦い方を教えたのは師匠じゃないですか』
『教えろってせがんだのはお前だけどな』
魔の城へと侵攻する前、アルトは一人の男とそんな話をした。
男の名前はセグム・ルロスト。アルトに剣術、体術、魔法を一から教えたアルトの師匠でもあり、小さい頃から共にいるアルトにとって恩師と言ってもいい存在。
さらに、彼こそがイルエス王国全域にいる者たちが声を大にして告げる最高にして最強の騎士だ。
彼は、イルエス王国騎士団団長でもあり、今回の『魔物狩り』の侵攻を牽引する人物。武闘派の家系に生まれ、王家を守衛するために騎士となりえたアルトの師にあたる者。
王家に身を捧げ、王家を敬愛し、王家の者たちを何よりも優先して守る、それが王国最高最強の騎士セグム・ルロスト。
『だってのに、真横に血気盛んにした国王の子がいるんだもんなあ。』
『今さら、何に文句言ってるんですか。』
『戦ってる最中ってのは俺にだって余裕がない時はある。そりゃ、たしかにアルトは強いけど、王族なんだから危ねぇまねしなくていいんだぞ?』
『椅子に座るだけの王子なんて俺の性には合わねえだけですよ。あと、まだまだ師匠には劣ります。』
『勘弁してくれよ。その心意気は立派の一言だが、こっちの身にもなってくれって話だぜ。それに、いずれ弟子に越されるのが師匠ってもんだ。……まあ、俺は今回の魔の城への侵攻でお前が魔帝を倒すと思うけどな』
『…?まあ、第一目標がそれですから。…仮に俺が倒せるんならとどめ刺しますよ。けど、師匠でもその場に駆けつけるはずじゃ?』
『そりゃ、俺だって魔帝を倒すのが最優先さ。だけど、なんだろうな。アルトが魔帝を倒すって俺の直感が言ってんだ。根拠ねえけどな』
『………。はあ、一応、その言葉は覚えておきます。師匠の勘は当たりますからね』
セグムとの会話はそれで終えて、彼らはそれぞれの配置へと着いた。
セグムは騎士団たちのいる手前で激励を発し、そこにいる猛者たちの士気を高めさせる。
イルエス王国騎士団は魔の城へと侵攻し、『魔物狩り』を開始した。
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イルエス王国騎士団の大規模侵攻『魔物狩り』は順調だった。
魔の城へと到着し、ウジャウジャと這い出てくる魔物たちを騎士団は片っ端からなぎ倒していく。
矮躯なゴブリンや目を血走らせるウルフ、はたまた漆黒の牛悪鬼などが騎士団の前に立ち塞がった。だが、所詮そんなものはアルトたち騎士団にとって脅かされる存在ではなかった。
城を進み、数多の魔物たちを葬りさり、上階へと進んでいく。目的は魔物たちの帝王だ。それを倒すことができれば今回の侵攻はアルトたちの勝利である。
『先に行けっ!』
『師匠!』
今まで一度も見たことがない表情でセグムがアルトへと告げた。
魔の城、最上階手前の建物内部でセグムと上級悪魔が対峙する。傍目から見てもセグムの相対する敵は手強い相手だと分かった。
腕を振るうだけで建物内装が砕け散っていく。足を踏み込むだけで床に大穴が開く。咆哮を発するだけで空間が揺れる。
そんなただ存在するだけで破壊の一途を辿るような相手とセグムは敵対して、
『上級悪魔か!手がかかるな!だが、俺の敵じゃねえ!』
『俺は…』
『迷ってんじゃねえぞ、アルト!魔帝を倒すのはお前だ!』
『…………っ!』
人間と比較しても何倍もある巨体の魔物、それと対峙しながらセグムはアルトへと叱咤する。
戦果をあげるのはお前だと、期待に応えるのはお前だと、皆を救うのはお前であると。
鋭く、力のこもったその瞳に見つめられ、アルトは意を決する。
迷いはなかった、与えられた言葉に答えるためにその場から走り、アルトは上階へと向かった。
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魔の城、最上階。
『……くっ⁈』
その場所に辿り着きアルトは扉の前で佇む。
この先にいる者が魔帝なのだと、すぐに分かった。この暗鬱と醸し出される黒きオーラは嫌でも身に染みて滲みこむ。
明らかに違うと思った。今から対峙する存在は単なる悪魔とはかけ離れた存在だと理解できた。
瞬きも忘れたように目を見開く。歯が自然と軋む。総身の毛が逆立っていく。一瞬の躊躇い。怖気が走る。
『怯むな!ここまで来たんだ、この先にいるやつを倒して終わりだ』
震えている指先を、無理やり固く握りしめて鋭い目線を扉に向けた。
萎縮しては駄目なのだ。恐怖しては駄目なのだ。
アルトは己の心を叱咤しながら目前の扉に手をかけた。
腕に力を込め、仰々しい扉を開ける。
圧倒的な重圧の向こう側、そこにいる禍々しいオーラを醸し出している存在と対面し、
『ああ?』
アルトに向かってかけられた第一声の言葉は人のような声音だった。
『なんだよ、俺の城が騒がしいと思ったらお前らが騒がしくしてたのか?』
こちらに目線を向けるその存在は傍目から見たら人間だった。背丈はアルトと同じくらい。濃い灰色の髪と全てを包み込むような黒瞳の持ち主。
『必死こいて攻めてるとこ悪いけどな。』
睨みながら凶笑を浮かばせ、魔帝はアルトに対して高らかにそう告げる。
『お前らがやってきたこと全部、無駄なもんにしてやるよ』
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「なあ、リーネル。話す前に一つお前に聞きたいことがある」
「ん?」
顔を下に向けながら少し黙していたアルト。だが、唐突に口を開いてはボソリとリーネルへと言葉を投げた。
声をかけたアルトに対して、リーネルはキョトンと首を傾げる。
炎のように赤い髪を持ち合わせた女性。その細身で華奢な体からは敵を太刀で葬り去るほどの実力を彼女は秘めている。
炎をたなびかせ、その業火と持ち前の剣術を駆使して敵を一閃する。彼女は十二分に強者の部類に入るだろう。
「どしたの?」
声をかけ、そのまま口を閉じたアルトに対し、彼女は怪訝な表情を浮かべる。
そんな様子のリーネルをアルトは座ったまま正面に顔を向けた。そして真剣な目で彼女の瞳を見つめ、
「お前は、…お前なら、もし圧倒的な存在を前にした時、リーネルならどう行動する?」




