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19. 『お姉さんの色仕掛け』

 目を覚ますと、そこは見たこともない場所だった。


 前を見ると、目の前にはとても大きな竜がいて、俺をずっと見つめている。いや、どうやら竜はただ俺を見ているわけでなく、睨み付けているようにも思えた。


 俺に対して怒っているのだろうか。俺に対して恨んでいるのだろうか。


 どちらにしろ、目の前にいる白くて大きな竜はその赤い双眸で俺を鋭く見つめていた。


「……………っ!」


「…………………」


 俺は竜に対して何かを言おうとしても口を開く。しかし、どういうことか声を発することができなかった。

 何度も口を開き言葉を告げようとしているのに声音が響くことはない。


 一方、そこにいる白い竜も俺に何かを言ってこようとはしてこなかった。ただ、赤く光るその眼で俺を一瞥し、睨むのみだ。


 そこは水の中にいるような感覚だった。地に足をついている感触はない。まるで浮遊しているような感覚。


 俺はそんな場所で竜とただ対峙していて。


「……………」


「…………っ!」


 急に白き竜は俺から眼を背け、ゆらりと体勢を起こした。


 帰ってしまうのだと、ここから去るのだと分かった。


 俺は必死に抵抗した。根拠はない、だが俺は竜に行って欲しくはないと思った。


「……………っ!」


 しかし、言葉が口からは出なかった。


 行かないでくれと、声にするだけなのに。


 待ってくれと、口にするだけなのに。


 今の俺は竜にこの気持ちを伝えられない。


 白き竜に向かって必死に手を伸ばすもそれが届くはずもない。


 竜はもう俺に背を向け、巨大な双翼を羽ばたかせた。

 そのまま、俺の元から竜が遠ざかっていく。


 まだ行って欲しくはなかった。


 待ってくれと、行かないでくれと。


 俺は必死に声をかけようとするもその言葉は心の中で響くのみだ。


 手を伸ばしても届かない。

 追いかけようとしても俺はその場から動けない。


 結局、白き竜はそのまま俺の元から飛び去っていき、


 俺を置いてかないでくれよ。待ってくれよ。行かないでくれよ。


 行かないでくれ、行かないでくれ、行かないで。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「行かないでくれっ!」


「ひゃあっ⁈」


 瞬時に意識が覚醒し、ガバッと体勢を起こす。

 夢で出会った竜を引き留めようとしたアルト。

 だが、すでにその情景は目の前には広がってはおらず。


 目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋の中だった。


 薄暗い部屋にポッと橙色の光が一つ付けられている。床に布団が敷かれており、アルトはどうやらそこで眠っていたようだ。


「………俺は」


「いやっ、ちょっと…アルト…」


「リーネル?、ここは………………っ⁈」


 起きると近くにリーネルがいた。所々に怪我の跡が見られ、包帯を体に巻いている。

 アルトはそんな彼女を見た瞬間、思わず目を見開き、頓狂な声を上げてしまった。


 夢の続きのまま腕を伸ばしたその掌が彼女の柔らかな胸元に当たっていたために。


「おわぁっ⁈」


 ふわりとした感触を指に、手のひらに伝わった瞬間、アルトはバッとその手をどける。

 無意識とはいえ、女性の胸を触ってしまったことに図らずも頬が赤らんでしまい、耳が、顔が熱くなった。


「いやっ、……大胆だね。アルト」

 

 自身の胸を触られ、リーネルは少し顔を赤らめている。

 それから、ふふっと軽く笑みを浮かべ、コテリと首を傾けると、


「もう、ビックリしたよ。いきなりなんだもん」


「違っ!これは違う!故意にやったことじゃねえ」


「乙女の胸を触るとは、堪能できていい気分?」


「故意じゃねえって言ってんだろ!堪能とか人聞きの悪いこと言うな!」


 ニタリと笑むリーネルの言葉に対し、アルトは顔を真っ赤っかにしては声を荒げて必死に抗弁する。


 決死な目をリーネルへ向けてアルトはあたふたしながらも抗言の言葉を並べた。


「…………」


 しかし、アルトは自分の非があることも認めては、プイと彼女から眼を背けてから、


「あ、いや……触ったのは悪かったよ。ただ、わざとじゃねえ。そこで小突いてくんな」


「アルトはもの堅いね。ちゃんと謝るのは好印象」


 顔を赤らめながら横目で告げた彼に対し、リーネルはニコリと笑みで応じる。


 だが、それを見たアルトは彼女へ口を曲げながら顔を向け、


「つーか、何でお前はそんなヘラヘラ笑ってんだよ。その……触られて、怒んねえのか」


「触られて?何を?」


「……」


「おっぱい?」


「言うんじゃねえ。クソ馬鹿女」


 アルトが忠言するも、相変わらずリーネルはニタアッとした笑みを浮かべていた。

 ニヤニヤとしながら彼女はアルトへ少し迫る。


「…………」


 アルトはそんな彼女の振る舞いがなんとなく理解できず、少し癇に障った。

 女性だというのに自身の体に無配慮ではないだろうか。


「なんだよ、お前、怒るとこは怒れよ。こっちが狂うじゃねえか。」


「怒る?ああ、アルトが私のおっきなおっぱい触ったこと?」


「……ちっ、くそっ。うぜー」


「何々?アルトは私のこと心配してくれてるの?お姉さん嬉しいな。」


「何で、笑ってんだよ。女が何でここで非難しねえんだよ」


「ふふ。相変わらず篤実だね。私はアルトのそういうところ好きだよ」


「そういうのじゃねえって言ってんだ。揶揄うのもいい加減にしろ」


「ううん。からかってない。ちゃんと言ったよ」


 そう告げるリーネルは柔らかな笑みをアルトに向けていた。少し頬を赤らめて、優しい微笑みを浮かべている。

 そんな彼女に対し、アルトは怪訝な目を向け、


「言ったって、何が」


「アルトのそういうところが好きって。ううん、そういうところだけじゃなくて他のところも全部好き。私は君と一緒にいたい」


「………何を?リーネル?」


「私はアルトが好きだよ」


「…………」


 え?


 突然言われた言葉。唐突に伝えられたその声音。

 いきなりの急な彼女の発言にアルトは大きく目を見開いてしまう。


 予想外すぎるその気持ちの打ち明けに理解が一瞬追いつかない。

 しかし、今彼女から言われたそれはとてもじゃないが冗談でないことは存分に分かった。その心が本物だとよく感じられ伝わった。


 彼女のその口調が、その真っ直ぐな目線がとても嘘とは思えなかったために。


「…いや、…え?何言って?」


「私はアルトが好き。大好き。一緒にいたい。近くにいたい。一緒にいよ?」


「おいっ?」


 布団から上半身を起こしただけのアルトにリーネルが甘い口調とともにそっと体を寄り添う。


 腕が彼女の豊満な胸に包まれた。温かくて柔らかな感触が腕全体に伝わっていく。甘くてとろけるようなその感触は思考を停止させていく。


 リーネルがアルトの胸元にトンッと額を添えた。彼女の真紅で美麗な長髪が視界を覆った。

 あんまりな状況に鼓動が高鳴ってしまっている。


「アルト。すごい心臓なってる。ドキドキしてる?」


「ばっ!……こんな、……状…況、で」


「私もすごいドキドキしてるよ。好きな人がこんなに近くにいるんだもん」


「…………っ!」


 囁かれた言葉には声を返せなかった。

 何を言えばいいのか、言い返せばいいのか、よくわからない心境に陥ってしまっている。


「アルト、かっこよかった。私が死にかけた時、駆けつけてくれて嬉しかった。一緒に敵と戦っているのに、アルトといると死ぬ恐怖なんてさらさらなくなった」


「それは、………そりゃ、…俺が」


「まあ、最後、地面に蹲ったのはちょっと情けないと思ったけどね」


「………っ!」


 そう言うとリーネルは顔を上げて「えへへぇ」とクシャリとした赤らめた笑顔をアルトへと向ける。

 彼女の可憐な笑顔が目と鼻の先にあった。

 あと少しでも近づけば唇が触れ合えるような距離にあって、


「んろおおっらあ!」


「きゃあっ⁈」


 耐え、きれなかった。もうギリギリだと思った。


 アルトは彼女の腰を抱えては叫びながらも少し遠くへひょいと勢いよく優しくどかす。


 未だに心臓が拍動しているのがよく分かった。耳と顔がもの凄く熱い。


「ふうっ!はあっ、はあっ、はあっ、…」


 大きく息を荒げるアルト。心臓がパンクしそうになるのを必死に抑えてなんとか呼吸を整える。


「…………」


 そんな彼の慌てる様子をリーネルはキョトンと黙して見つめた。

 次いでそれから、彼女は目線を天井へ向けては、


「あぁー、もうちょっとだったのになー」


「は?」


 大きな息を吐くとともに急な彼女のそのような発言。


 それにアルトは思わず目を丸くさせる。

 いったいどういうことなのかと訳がわからない胸中に覆われて、


「アルト、起きた瞬間に私のお胸触ったから、そういう展開かと思ったのに。こりゃ、両想い来ましたか?なんて思ったのに」


「は?」


「もう、男の子が誘っておいてそれはないよお」


 嘆くようにリーネルは「ハフウ」と大きくため息をつく。

 アルトはその仕草を見せる彼女に対し、驚きながらも言葉を紡いで、


「何だ?何言って?……は?」


「ん?どしたん?アルト?そんな呆けた顔して、男の子はしっかりキリッとしてなきゃ!」


「どこまでが?本当なんだ?お前のさっきのは、俺のことを……」


「好きだよ。アルト、大好きだよ。私はアルトが好きぃ!やあーっ!」


「ぶわあっ⁈」


 急にリーネルが勢いよく、豪快にアルトへと飛びついた。彼女の柔らかな胸元に思いっきり顔が埋められる。


「ハニートラップその2!大胆に行動!」


「…………んんぅぅぅ⁈」


「うりうりうり!アルト、幸せか?幸せなのか?私のおっぱいに包まれて至福のひと時か?たーんと味わえい!」


「放せっ!痴女がぁっ!」


「ありゃあっ⁈」


 柔らかな感触がとろけるように理性を崩壊させてくる。だが、それになんとか打ち勝ち、叫ぶとともにぶわりと勢い良く彼女をそこから吹っ飛ばす。

 

 甲高い悲鳴とともにリーネルが部屋内ですってん転んだ。


「あいたたた、アルトは容姿ないなあ。もう」


「きゅ、急にお前は何を!…何してきやがるってんだ!」


「精一杯の好意を一心に伝えようとした故の行為です!どう?私のサービス。良かった?」


「ふざっ………⁈けん」


「ハニートラップその2、大胆に行動!乙女が勇気を出して抱きしめてあげたんだよ?効果あったかな?」


「ふざっけんな!そんなの…今お前を吹っ飛ばしたから答えは出てんだろ!」


「最初のハニートラップ、雰囲気から心を掴め!こっちは?アルト君、途中まで抵抗しなかったよね?」


「……ぐっ」


「あれあれあれぇ?どしたどしたー?照れちゃってぇ。」


「らあっ!うぜえっ!うるせえ!」


「ふっふーん。荒い言葉言うだけでまともに言い返せてないよ?正直、結構心揺れた?」


「…………っ!」


「口ごもちゃってえ。アルト可愛い!」


 リーネルは爛漫な笑顔でアルトを見つめ、彼の頭を撫でつけた。それは愛情の示しでもあり、あやすような手つきにも思えて、


「らああぁぁっっ!」


「あ痛たーっ!」


 撫でられた感触を感じた瞬間、アルトは思いっきりその優しい手を引っ叩く。

 同時に手のひらにジィーンと痛みが響いた。


 だがどうやら、目論見通りリーネルにもその痛みを与えられたようで、甲高い女性の悲鳴が部屋いっぱいに響き渡った。


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