16. 『嫌悪と心境』
牛悪鬼との戦闘も佳境にさしかかったくらいの現状。
三体いた牛悪鬼もあとは目前にいる奴のみであり、二人はお互いに鋭い目を向ける。
短刀を手にし、左眼を紅く光らせるアルト。
太刀に炎を纏わせ、敵を爆裂させるリーネル。
お互いに向こうに佇む牛悪鬼から距離を取り、相手を伺っていた。
けれどもアルトは横にいるリーネルへとチラリと眼差しを向け、
「お前にとっては相性悪い相手だな」
「知ってるよー。だから、苦労してんの。炎があんなに効かない敵なんて初めてだよ」
リーネルの言う通り、どうやら牛悪鬼という魔物には炎攻撃による効果は薄いようだと今までの戦いの傾向から分かった。
彼女は巨躯の牛悪鬼と戦う最中、何度もお得意の豪炎をおみまいしている。だが、その一撃一撃に牛悪鬼はさほどダメージを受けた兆しはなく、奴は体表に軽い火傷痕を残すくらいであった。
やはり黒くて硬質な皮膚が業火を防いでいるのだろうか。どっちにしろ炎を主とするリーネルにとってこの状況は眉根を寄せざるを得ない。
「フン」
一方、リーネルが肩をすくめながら言った言葉に対しアルトは微笑を浮かべ鼻を鳴らした。それから彼女に言葉を紡ぎ、
「それに嘆いても仕方ねえのが戦場だろ?全部が全部、思った通りに行くわけがねえ」
「…………、なんか場数踏んできたみたいな台詞だね?」
「少なくともお前よりは場数踏んでるのは確かだな。」
「はいはい。お姉さんにいいとこ見せようとしなくていいから。全くもう威勢張っちゃってえ」
「なんでそこは信じねえんだよ。…………ちっ、まあ。…いい。とりあえず、狙うとこは首元のとこだ。硬い表面に覆われた皮膚だとしても、頭と胴体切り裂けば死ぬ」
「そういや、さっきアルトもそうやって倒してたね。結構、グロいのが転がってると思った」
「とにかく、狙いはそこだ。隙を作らせて首をぶった斬れば上々。」
「………。………なんか、慣れてる?死ぬかもしんない相手なのになんでそんな……普通な感じ?アルトって何者なの?」
「場数は踏んでるっつったろ。何者ってのは………また後で言う」
「なんか、ちょー気になる言葉…。」
ムズムズするようにリーネルは視線を送るが、彼はそれには特に応じない。
実際、アルトが何者かなんてこんなところで話すようなことじゃないのだ。
魔帝に敗北し、女神に会い、時を戻ってきてここにいるなんて突飛すぎる事を今言っても、どの道困惑させるだけだろう。
「あいつぶっ倒した後、細えことは話すから。とりあえず、お前の炎は効かずとも体勢を崩すくらいはできっだろ。それを見てとどめは俺がさす。」
「はいはい、ちゃんと話してくださいね。アルトは言葉足らずなのが難点だよ。あと、私のことをお前って言うところも減点!」
「んだよ、いいだろ。そんな細けえこと。」
「お姉さんは名前呼ばれに飢えているのです!ちゃんとリーネルお姉ちゃんって呼んで!」
「その呼び方の要求は却下した覚えしかねぇ。くそめんどくせぇ女だな」
「あ、また女呼ばわり!もう!駄目だよ!言ったことは守らなきゃ」
「そこで律儀さを出してこなくてもいいだろ…」
プンスカ胸を張るリーネルに対しアルトは呆れて嘆息。
すると、
「ゴロォス、ゴロズ!コロズゥ!ニイッンゲン!グウッ!」
「うおっ⁈」
唐突に牛悪鬼が奇声を張り上げた。喚くように声を散らし、辺りに不響音を鳴り渡らせる。
急に大声で放たれたその汚い声音にアルトは思わず驚き声を上げる。それもそのはず、不安定で不快なその声音は少し言葉のようにも思えるもので、
「ゴロズゥ、ニイッン…ゲン!ヂニグゥ、チニクッ!」
「お前しゃべんのかよ」
「そうだよ?あの個体だけなんか喋るの。気持ち悪いよね」
「急にお前は、……なんか容赦なく辛辣だな」
リーネルの告げた言葉にアルトは軽く目を見開く。思わず、彼女に対して驚き顔を浮かべてしまった。
それもそのはず、今彼女が牛悪鬼に対して告げた口調がそれまでと打って変わって恐ろしく冷えた声音であったために。
リーネルは牛悪鬼に対し嫌悪感を否応なく顕にし、侮蔑するような鋭利な視線を浮かべている。
「だってきもいもん。私は嫌い」
「まあ、気に触んのは分かっけどよ」
プイっと牛悪鬼に対して目を背けてはリーネルはそう悪態をこぼす。
確かに目の前にいる黒き怪物は魔物だ。人に害を与える生き物であり、彼女の言う通り、奴に友好な気を向けることなど出来ないのは分かる。
ただ、それでも、そこまで忌み嫌うほどの気を宿すほどだろうか。太刀を握りしめ対峙する牛悪鬼に向ける彼女の目線はまるで敵を射抜くかのように鋭かった。
「闘志様々だな、えげつねぇことで」
闘魂、というやつが目に見えるかのようだ。
尠くも今の彼女は燃え上がるような怒りを浮かべているのが分かる。眦を決して立ち向かう意志を存分に感じられた。
リーネルの轟々とした猛火のように熱い戦意。その威圧感が横にいるアルトにもヒシヒシと伝わって、
「あいつの存在がそんなに嫌か?」
「アルトだって嫌でしょ?魔物?」
「そりゃあ、好きにはなれねえのは分かる。」
「右に同じ。超同意。とても激しく」
「まあ、文句はねえけどよ」
リーネルの言い切るような言葉にアルトは軽くうなづいておく。
正直、彼女の嫌悪感を表出さしたその目つきにはさすがのアルトでも少しばかり萎縮した。
「………」
仇敵、とかなのだろうか。彼女にとって魔物とは何か怨みを沸き立たせるほどの存在なのだろうか。
「………リーネ、……………。」
「……?どした?」
「あ、……いや、なんでもない」
因縁でもあるのかと聞いてみるのもアリかと思ったが、しかしアルトは口をつぐんだ。
その付け入るような行為は、野暮だと無粋な問いだと思ったから。
彼女の心根だ。付け入って欲しくない類のことかもしれない。詮索するべきことでもないのだろう。
「………」
ただ、何はどうあれリーネルはあの悪辣な巨躯の牛悪鬼に微塵も臆してないことは確かだ。むしろ、その燃え盛るような戦意は心強いと言うべきか。
これほどの劣化の如き闘志を、佇むだけで漂わせるほどの力量の持ち主。隣にいて頼もしい。
「んじゃ、さっさとやるか」
「うん、はやく終わらせるよ」
「ああ」
彼女と同じく牛悪鬼に鋭利な視線を向け、短刀を構える。奴は一体、こちらは二人、さらに付け加えるならばアルトとリーネルはありていに言って強者だ。
しっかりと状況に応じて対処していけば、十分勝算はあるだろう。
二人は意気を通じ合わせ、牛悪鬼に鋭く眼差しを向けた。
ーーーーー刹那
「………いっ!」
「アルト?」
「いや…」
前を見据えた瞬間、アルトは急に左眼を手で押さえつけた。それもゆっくりとではなく、ギュッと強く押しつけるように自身の左眼を手で覆う。
唐突な彼のその仕草にリーネルは不可解な視線を向けた。
しかし、手で左眼を隠したアルトは「なんでもない」と、眉間にシワを寄せながら彼女に告ぐ。
「……?」
困惑するアルト。しかし嫌な予感が頭をよぎった。
今、この左眼に響いた感覚は。今、伝わったこの感触は覚えがあるものだった。
これはあの時の光景を、地に蹲ったあの瞬間を、辛苦に包まれたあの感覚を想起させるものだ。
そして、彼のその勘は次第に現実へと変わり果ててしまう。
そのなんの前触れ無しの違和感は始まりでもあって、
「嘘だろ?」
突拍子もなく唐突に、アルトの紅く光る左眼にズキリと、思い出したくもない痛覚が走った。




