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15. 『意思疎通したいです』

 熱さはある…けど、ただ今は熱いだけだ


 アルトは胸中でそう思い、自身の左眼に着眼する。

 じんわりと熱は感じるその左眼。どうやら紅く光ってはいるらしいが、しかし直感的に今のこれは怒りなどが感じられないように思えるのだ。

 目蓋を閉じて眼に意識を持っていっても、あの殺意に満ちた蠢きや怒りに満ちた疼きが今は感じられない。


「ダメ元でやってみるか」


 そう言い牛悪鬼の元へと短刀を手にして走るアルト。

 眼に力は感じないがそれでも煌々と紅い瞳ではある。実際リーネルも驚きを浮かべていたわけではあるし、未だ左眼の瞳力は健在かも知れない。


 奴と目を合わせ、叫喚を起こさせ、隙を生ませることが出来れば上出来。さらにそれで仕留めることが出来たのなら万々歳だ。


 そう考えを練り、アルトは牛悪鬼の元へ突撃する。


「グラアッ!」


「甘えっ!」


 さっと剛腕の一撃を避けきり、瞬時に懐へ入り込む。

 次いで、左眼をカッ開かせるや怪物の黄色い眼光と目を合わせ、


「………っ!」


「ガラアッ‼︎」


「おわっ⁈」


 牛悪鬼の双眸に紅い瞳を合わせるも、牛悪鬼は否応なくアルトヘ剛爪を薙ぎ払った。怯みも臆することもない問答無用の一撃必殺が彼の元へと襲いかかる。


「躊躇いねえのか!」


「グルラァァッ!」


 巨大な体躯からくり出される、一発で命を狩りとる剛爪の連鎖。

 牛悪鬼はアルトの行為に怪訝さも疑心さのかけらもないかのように一心不乱に攻撃を放つ。獲物を狩り取る以外の行為など考えるだけ無駄とでも言わんばかりに目の前の怪物はただアルトを殺そうと躍起になって爪を立てた。


 剛腕からくり出されるリーチの長い薙ぎ払い。のべつ幕なしにくり出される黒爪の連撃をアルトはかろうじて避けきり続ける。

 けれども、その剛腕からくり出される一撃一撃を全て見切れることは困難であり、


「ぐっ⁈」


 瞬間、牛悪鬼の剛拳がアルトの正面へと襲来した。人間の何倍ものある黒い強靭な拳が腹部へと差し迫りアルトを盛大に吹っ飛ばし、


「……っ⁈」


「とおっやあっ!セーフ!」


「くっ!」


 猛スピードで勢いよく吹っ飛ばされたアルト。

 けれども、それをギョッと見かねたリーネルが彼の飛ぶ先へ駆け走り、両手でガッチリと受け止めた。

 それから腕の中に嵌ったアルトへ大きな目を丸くしては、


「あっぶ!え?何急に突っ込んでなんで吹っ飛ばされてかえってくるの⁈お姉さんいなかったら私の二の舞になってたよアルト⁈」


「…………」


「ええっ…と、聞いてる?」


「………」


「なんで黙ってるの?助けたお姉さんに言うことないの?」


「うるせえ」


「助けたのにこの仕打ち⁈」


 驚いた顔で「あれ?そういう返し⁈」と、リーネルはわいわいと喚き散らす。

 けれどもアルトはそれを他所にし彼女の腕の間から抜け出ては牛悪鬼に目を向けた。


「……」


 一方リーネルはそんな素っ気ない彼に対し、「むう」としかめ面を浮かべては、


「ちょっと!共同戦線って言ったのになんで一目散に一人で突っ走っちゃったの!せめて何か声かけてよ!」


「ああ?何だよ。いいじゃねえか別に。お前強いんだろ?強いんなら勝手に合わせてくれると思ったんだがな」


「それで合わせれたら私エスパーだよ。無理があると思います。それに!お前じゃなくて、リーネルさんと呼びなさい!」


「リーネル強いんだろ?だったら勝手に合わせると思ったんだがな」


「そおそお。私の名前。…じゃなくて!そうじゃない!話の論点が変わってない!」


「何だよ、適当にやりゃ、何とか何だろ」


「むう、アルト君、共同戦線って知ってますか?」


「んだよ、分かってるわ。」


「説明してみせよ、はい!」


「あれだろ?言葉通わずとも勝手に息が合う的な」


「私たち昔っからの戦友だっけ⁈」


 予想外の返答にリーネルは本日何回目かの面食らった表情を浮かべた。

 片や、アルトはそんなわちゃわちゃ驚く彼女に特に取り合わず、「それに」と言葉を紡ぐと、


「別にただ何も考えず突っ走ったわけじゃない、ちゃんと策があってやった」


「策?どゆこと?アルトなんかやった?ただぶっ飛ばされただけじゃん?」


「うるせえ、まあ、あいつを見てろ。じきに分かっから」


「……?」


 そう言うとアルトは牛悪鬼の方へクイッと首を傾ける。

 そんな仕草にリーネルは怪訝そうに眉を寄せ、彼の示した方に目を向けた。向こうに佇む巨躯の牛悪鬼。その黒き体躯は不快な奇声を発して、


「なんか、ちょー威嚇して、ちょーこっちにダッシュしてきたよ?」


「んあー、そうだな。……」


「え?何?なんなの?アルトの思考が分かりません!」


「…避けろ」


「いや避けるけど!策ってなんだったの⁈」


 目をパチパチしながら、リーネルは牛悪鬼の猛攻を回避。アルトも横に飛びながら手堅くそれを避ける。


「………」


 彼女の問いにだんまりを決め込むアルト。そんな様子の彼に対し、真横からリーネルは視線を向けて、


「ねえ、ちょっと、今何か起こってんの?」


「あー、あぁー、まあ、今から起こってくるんじゃね?」


「いや、……。いやいやいやいや!アルト何かやったの⁈なんか怒らしただけじゃん⁈めっちゃ牛悪鬼ふうふう鼻息立ててるけど⁈」


 目を大きく見開いて、リーネルは牛悪鬼にビシッと鋭く指を差す。

 彼女の言う通り、黒い巨躯の牛悪鬼は依然として敵視をこちらに向けていた。所々に火傷らしき痕を残しているが、ほぼ奴はノーダメージと言って良いだろう。

 アルトが先程「策」と言ったものはいったいなんだったのだろうか。リーネルにはいかんせんさっぱりわからない。


「ねえ、アルト。考えがあったんじゃなかったの?……もしかして、失敗?その策があいつには効かなかったとかそういうこと?」


「………」


「何とか言ったらどうなの?ねえ、お姉さんプンスカしちゃうよ!」


「さて、どう戦うか。おいリーネル、奴の弱点とか無いのか?」


「失敗したんだね⁈策は効かなかったんだね⁈私の言ったこと図星だね⁈」


「うるせえぞ。戦いに集中しろ」


「辛辣‼︎」


 リーネルの数々の言葉に全てぶっきらぼうに返すアルト。そんな彼の態度に対し、天を仰ぐように彼女は「なぜ⁈」と仰々しく喚く。


 しかし、言葉の投げ合いをする二人のことなど意にも返さずに牛悪鬼は凄まじい速度で突貫し、


「避けろよ」


「ちゃんと避けます!ちゃんと意思疎通したいです!私今、釈然としません!」


 迫りくる黒き体躯をお互いに危なげなく回避して、二人は同じ場所で牛悪鬼を一瞥。

 それからリーネルは、横にいる無粋げなアルトに対しちょっと目つきを鋭くして、


「ちょっと、一緒にあいつを相手にするんだからちゃんと私にも意見言いなさい。一人で勝手にしないで」


「ああ、はいはい、分かった。分かった。」


「もう!ホントに分かってるんだか。お姉さんのお怒りもだいぶピークきてるよ!」


「…あっそ」


「ブー。相変わらず素っ気ない。………ちなみにさっきの策ってのは相手に通用したんですかー?」


「………」


「何とか言ったらどうですか?」


「いやまあ、そのあれだ…まあまあ、ギリギリ」


 口籠ったアルトの言葉。

 それを聞いたリーネルは察したとでも言わんばかりにジト目を盛大に彼へと向けた。

 それから、肩をすくめながら腰に手を当てて嘆息し、


「正直言うと?」


「…失敗した。どうやら甘かったみたいだ」


「最初から素直にそう言いなさい!」


 甲高い女性の叱責が炎の戦地に響き渡った。


 憤慨して顔を赤くするリーネルは彼に対し「こらー!」と炎の太刀を振り上げる。

 しかし、叱咤されたアルトは「あー聞こえねー」と指で耳を閉じ、聞こえうる全ての音を遮断。


 なんだかリーネルは頬を膨らませながらワイワイガヤガヤ太刀を振り回しているが、耳を閉じたアルトは特にそれには取り合おうとはせず、チラリと牛悪鬼へ眼を向けた。


「………」


 まあ、甘くはねえよな。


 先ほどのアルトの策、つまり左眼の瞳力を駆使した戦法だが、どうやら力は発揮されなかったようだ。やはり左眼に怒りを感じなかったら、たとえ目を合わせたとしても敵に阿鼻叫喚はさせられないらしい。


「そんな簡単にはいかねぇよなあ。」


 未だ熱く感じる左眼に手を添えて、アルトはそう独りごちる。

 傍ら、横に佇むリーネルはそんな彼の様子を見てから一息ついて忠言し、


「もう勝手に突っ込まないでね?驚かれるこっちの身にもなってほしいくらいなんだけど。全くアルトは奇想天外にも程があるよ」


「お前の奔放さよりはマシだ。で、どうするかだが。とりあえず、お前は炎魔法が使えんだろ?」


「元気いっぱいなのは私のとりえ!…じゃなくて、そうね。私は炎魔法使えるよ。…でも、」


「あぁ、気付いてんよ。」


 最後に声を落としたリーネルにアルトはコクリとうなづく。そして、敵対している巨躯の牛悪鬼を一瞥し、


「あいつには炎はあまり効かないらしい」


「…うん」


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