10. 『紅炎に女性がたたずみ』
「せえいっ!」
「グルルルァァッッッ!」
「えいやっ!」
あたりは熱で覆われていた。周りを見渡しても燃え上がる業火が見えるだけ。
炎上した民家も今となっては見る影もない。焼け焦げ、瓦解し、崩壊したものがほとんど。
そんな何もかも原型をとどめているものがなく、燃え上がる炎に包まれているひらけた地。
そこで荒れ狂うものが二体、それらと対峙し優雅に舞うものが一人。
「てえいっ!んっ⁈」
「グラァァァッッ!」
黒き異形の剛爪の一振りを握り締める太刀で受けきり、なんとかその勢いを相殺。と思った刹那、後ろから黒い剛脚が勢い任せで飛んでくる。それを一瞬察知するや彼女は地を蹴って宙でバク転をかまし、怪物の足蹴りをすんでのところで回避。
「…ふうっ‼︎。油断ならない…ねっ‼︎」
空中から着地し、捨てるようにセリフを吐く彼女。同時に手に握る太刀に力を込めるや刀から炎を生み出した。
そのまま発生させた炎塊をその場から一気に拡散させる。
「グルルルッッ⁈」
彼女を仕留めようとした牛悪鬼。しかし、いきなり目の前に発生した炎に思わず危機を覚え、たじろぎ顔を剛腕で覆う。
「あちちちっっ」
爆散させた煙炎の中から、そそくさに退避するもの一人。きめ細かい綺麗な頬を少し灰煙で汚させ、「ふうっ」と一息つく女性。
「効果あったかな?ちょっとは食らってて欲しいけど」
少し離れた所から爆散させた箇所を見遣り、そう呟く彼女。牛悪鬼二体と太刀を握り締め対峙するのはこの集落一番の刀の使い手、リーネルだ。
真紅の艶やかな長髪をなびかせ、まん丸な茶色がかったつぶらな瞳。
流麗で華奢な体つきで、使い慣れた太刀を携えては対するものを両断する刀の使い手。
そして、今、集落を守るために牛悪鬼と戦っている人物。
「ふうっ、ふうっ、あつっ。無闇にするもんじゃないな、さっきのは。」
土煙と炎に牛悪鬼を包ませた火傷覚悟の一撃。無理矢理に手元で炎を爆散させたため軽く腕あたりを熱せられたが、彼女にとってそんなのは気にするほどの怪我ではない。
ある程度の距離から煙炎の場を見据えリーネルは遠目にその怪物らがどうなったか静観する。そして、あわよくば倒れてくれないかなんて考えていたのだが、
「………うーん」
その箇所を見つめて、リーネルは不服げに溜め息をこぼした。
「むう…せめて一体はなんとかなんないかなとか思ったんだけど。……いやあ、二体とも無事か。乙女が自傷覚悟で繰り出したというのに」
煙炎の中から姿を見せた牛悪鬼二体は煙が鬱陶しいとでもいうようにブンブンと剛腕を振るっている様子を見せていた。
なけなしの望みも叶わずの現状にリーネルは少し肩を落として嘆息し、落ち気味のジト目で黒き怪物を見やる。
「どっちも強靱な肉体だね。厄介、厄介」
彼女が今のところ対峙している二体の牛悪鬼。だが、それは同じ個体ではない。
一体は通常の牛悪鬼、そしてもう一体は他のと比べても体躯が一回り大きな牛悪鬼だ。おそらく、この個体が親玉で、一番倒すのに厄介そうな牛悪鬼と言えるだろう。
「二対一は大変だから、ちっさい方は沈んで欲しかったけど…ちょっとそれは甘かったか」
その場で二体を一瞥し、ブーと垂れるリーネル。
半ば強引に自分の手元で炎を爆散させたのだが、どうやら奴らにはさほど効かなかったよう。
二体の牛悪鬼はいけしゃあしゃあとした様子でそこにいて、
「まあ、逃げるために使えたって思えばチャラか、…釈然としないけど」
軽い文句を吐き捨て、リーネルは手にする太刀を構えた。
蔓延っていた煙炎が霧散し、牛悪鬼はリーネルを目に入れる。
途端、二体同時に彼女に向かって突貫し、
「グラアアアッッ!」
「元気があるのはいい事!私は威勢の良い男性がタイプだもん!」
勢いのまま向かってくる牛悪鬼。
それを見据えたリーネルはニッと笑みを浮かべ、握る太刀に力を込めた。
すると、途端に刀身から炎が顕現しそれが太刀へと纏い始める。
「行くぞう。」
迫りくる牛悪鬼をギラリと見たまま、リーネルは笑みを作り、一言そうぼやく。そのまま彼女は手にする炎刀をぶわりと勢いよく横一閃になぎ払って、
「とりゃあっ!」
女性の大きなかけ声とともに彼女の手元の太刀からいきなり炎波が生み出された。広範囲に大波のように炎の塊が流れ出る。
彼女に向かって突貫していた牛悪鬼。案の定、奴らは揺蕩う炎波に包まれて。
だが、
「グラアアアッッ!」
「でも、よだれ垂らしてくる人は無いよね。あんたらみたいなさ」
生み出された豪炎の波に黒き怪物は包まれる。けれども、奴らは何ともないかのようにその炎熱内から這い出るやリーネルへ突進し剛爪をなぎ払った。
「……もおっ!」
炎に怯まず、繰り出された剛爪の一撃。
それを彼女は不服な瞳を浮かばせながら、舞うようにひらりと回避する。そのまま流れるように二つの巨体から距離をとり、奴らに侮蔑の瞳をむけた。
「熱い炎に包まれたんだから、もうちょっと熱がるくらいしたら?お姉さん、ご機嫌斜めだよ?」
奇声しか発しない怪物を目にし、リーネルは愚痴を投げ捨てた。
同然とした振る舞いを見せる牛悪鬼、しかし色黒く塗りたくられた腕には微かな火傷痕が見受けられる。
先ほどの炎熱を食らい無傷とはいかなかったようであり、
「痛いなら痛いっていう仕草をすればいいのに。それよりも私を仕留めることが優先ってわけ?」
「ガルルァァァ……」
「これだから、魔物は」
それまでの声音とはうって変わってリーネルは賤しめの低い声音を吐いた。その場で佇みながら遠目に蔑視の視線を向ける。
生き物としての感覚や感触よりも殺戮本能に従う魔物の特性。
一人の人間として生きるリーネルにとって、その異常な感性はどうもとても気に食わなかった。
牛悪鬼が悠々と佇むその様を見るだけで嫌悪感が掻き立たれる。虫唾が走る。
そして、
「…ふう。まずは、ちっこい方、仕留めるよ」
体躯の小さい牛悪鬼を睨めつけ、標的を定めたかのように太刀の鋒を向け意思表示。それからリーネルは瞬時にぴょんと大きく横へ跳んだ。
そのまま地面を猛スピードで疾走し、円を描くようにその場から大きく勢いよく旋回する。
「そうよ、お利口ね、ついてきなさい」
「グラアアアッッ!!」
リーネルの動きについて行くように二体の牛悪鬼も奇声とともに彼女を追い始めた。
獲物が逃げれば逃さない、それは牛悪鬼としての性質で、魔物としての特徴だ。
「グラアアアッッ!」
「そそ、そのまま、追ってくるのよ!」
旋回しながら、リーネルは横目に牛悪鬼を一瞥。俊足な足の回転は黒き怪物に引けをとらない。迅速に地を駆けては、牛悪鬼との差を開かせる。
彼女の狙いは、
「もう、いいかな。」
「グルルララァ!」
追ってきている牛悪鬼を見澄ましながら疾走していたリーネル。だが、ある程度離れたところまで来ると唐突に足を止めて立ち止まった。
そこで彼女はニコリと牛悪鬼を見据え、
「………てりゃっ!」
「グルルッッ⁈」
急に止まったリーネル目掛けて先に一体の巨体な牛悪鬼が怒涛の如く接近した。しかし、リーネルは黒い巨体が近づくと同時にその場から高く上空へと放物線を描くように跳躍をかます。
唐突な彼女の行為に最初に接近した牛悪鬼は動揺をあらわにする奇声を発し。
「個体差ってのはあるよね!私はそういうの活用する人だから!」
空中でそう言いながら、彼女は狙いの場所に落下した。落ちた場所は一体の牛悪鬼がいるところだ。
「大っきいのは後回し、まずは君から!覚悟してね!」
「グルアアッッ!」
もう一体の小さな体躯の牛悪鬼の元へと降り立ったリーネルは一声怪物にそう告げる。
巨大な体躯の牛悪鬼と普通のサイズの牛悪鬼。
見立て通り、リーネルの疾走により速くついてきたのは巨大な方の牛悪鬼だった。二体の化け物の体躯の違いから走力の差があるのは歴然的であり、同時に追いかけたとしてもそれは同じ速さではないのは見た目からしてよくわかる。小さな方はやはり大きな方より遅い。
思った通り、彼女を追う二体の牛悪鬼の距離感は開く一方だった。
それをリーネルは逆手にとり、巨大な方を自身の元まで引き寄せると、そこから空へとジャンプし、離れ遅れている小さな牛悪鬼の元へひとっ飛び。一時的に小さな方との一体一の状況を作り出した。
「大っきいのが来る前にさっさと終わらせるよ!」
そう言うと同時に、リーネルは手に持つ太刀に念を込める。グッと力を伝わせ、刀身部分にほとばしるほどの高熱を帯びさせた。彼女の握る太刀が炎熱で煌々と赤く染まる。
けれども刹那、彼女に黒爪が降りかかり、
「グルアアァッ!」
「良い振りだけど短絡的!それは隙を生む一撃だ!」
リーネルが目前に落下してきた瞬間、牛悪鬼は問答無用に黒爪をなぎ払った。
けれども、その怪物の一打に明るめな声で指摘しながらリーネルは蝶のように襲いかかる黒爪を難なく躱す。
「…グルゥ⁈」
「よっ!」
攻撃をはずした反動で牛悪鬼の守衛が手薄となる。その隙を彼女は見逃さず、瞬時に敵の真横へ移動。
そこでギラリと狙いを定めるやリーネルは太刀の鋒を黒き角へと向けて、
「止めだばあんっ!」
「ガァァッ⁈」
彼女が太刀を牛悪鬼へ向けた瞬間、鋒から炎が噴出される。と思った刹那、突如牛悪鬼の顔面で豪炎に満ちた小爆発が炸裂した。
牛悪鬼の苦鳴が盛大な爆音に包まれる。
顔面中心に炎が爆ぜたたため、奴の黒角が吹き飛んだ。
同時に牛悪鬼はぷすぷすと焼け焦げ、地に膝をつきその場に大きな音を立ててドンっと倒伏。
爆炎の一撃をもろに喰らった顔面は口元も皮膚も歪なまでに破壊されているという見るも無残な状態だ。地に突っ伏した牛悪鬼は微かな動きさえしていない。
「よし、一体は終わり!予定通り速攻で仕留めれた。あとは大っきいのだけだ!」
一体の牛悪鬼を近距離顔面爆破で倒し、リーネルはもう一体へと顔を振り向き刀身の先を向けた。
見ると、他のと比べて巨大な体躯の牛悪鬼は勢いよくこちらへ差し迫っている。
「来いっ!」
その猛攻を目にした彼女は丸い茶瞳を鋭くし睨みをきかしながら、握る太刀に力を込めた。




