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85話

前世の頃の話。

21世紀の日本は資源が無い国だからこそ資源を集める危機感が暴走しがちで、その挙げ句に食い切れなくて腐らせて、捨てる程に心が餓えた国と化していた。

正確には、そうなる過程に色々な思惑が絡んだ結果だが、其処は話始めたら止まらない魔窟の内容と化すから割愛で。


ただ、溢れる食材の有効利用の模索は結構頑張ってたとは思う。

結果、諸外国の料理で一番美味いものは日本に有るな伝説まで出たし。

まぁ、細かい部分に凝り性な国民性も出たからとは推測もするが。


それでも、正確な再現性だったかと言ったら否になる。

原産地で育った味覚と日本人の味覚が全く同じな訳など無いのだし。


そして諸外国の料理が日本で魔改造されたように、日本の料理も他の国では異形で異質なものへと変貌するのは仕方か無い事。

其れでも、寿司とライスロールの違いはしっかり付着ける精神なのが俺の主義だが。

尚且つ、其れを寿司と偽ったり本気で勘違いしてる奴には指導する。

割と本気で。


まぁそれを言うと、自国でも江戸前勘違い暖簾を提げた店は山程有ったりしたのだが。



さて、何処から日本の情報を仕入れたかは謎だが、建前としての創業以来な継ぎ足しの味を文字通り再現しようとしていた愚か者は成敗した。

内装を和風にしてたのを不幸に思うがいい。

立派な梁は緊ば……、捕縛して吊り下げるのに実に都合の良いものだ。丁度囲炉裏も設えてあるし、自在鉤の横木魚が如く、海老反って吊り下がっているが良いわ。



さて、厨房側にと移り刺激臭の根源となったおでん鍋の確認を。

何と言うか、もう完全に闇鍋の其れで。

色合いだけならコンソメのような筈なのに、すっかり透明感など消え去った汚汁。出汁も具材も溶けきって渾然一体と化し、その色合いが不気味な肌色感が有る分、死体の肌のようにも連想してしまったり。


……流石に、植物素材と動物素材が一緒に溶けたものだと煮込んではいても腐敗と無縁ではいられない。

これで食用の煮汁として機能するなら、それはもうクサヤの漬け汁と大差無いだろう。

故に処分。

シンクに捨てたら其れすら溶かしそうな危険を感じたので[収納]へと放り込んだ。


……ふう。

とりあえず、諸悪の根源は始末した。


だが、この心のモヤモヤはどうしよう。

もう完全に、腹がおでんを寄越せと唸るモードになってるんだが。


視線を移し、別の焜炉と鍋が置かれた方を堪忍する。

毎日律儀に継ぎ足しはしてたのか、今日の分の仕込みは普通にしていたようで。

徐々に薄れる刺激臭の変わりに、カツオと昆布の円やかな部分が鼻の中へと侵入してきた。

……しかし、継ぎ足し分なせいか量は少ないか。

せいぜい、鍋一盃分。


クズがっ。

カツオも昆布も、薄味でありながらも自己主張を強くするには、とにかく量を使う事なのに。

其れを煮詰めて煮詰めて、半日で琥珀の色に染めるからことの深い味わいになるのだから。


……まぁ、今から出汁を増やす手段が無いでも無いが、それはチートの成分なので今回は除外。

代案としては……。

具材での深みと行くのが建設的か。


今度は食材の方へと視線を。

野菜類は地味に面取りまで丁寧にされている。

串ものも熱ムラが起きにくいようサイズを揃えて切り分けられてる。

これなら、新しい出汁に突っ込むだけで何とか形にはなりそうな?


なんせ、まだ見た目と香りでしか確認してないし。


最近よく思い知ってるんだ。

此処は異世界、地球とは何処かで致命的な違いを内包してる事が良くあると。

ここまで地球のおでんに近い感じにまとまっていると、実際の味が実は全く異質なんじゃな懸念がね。


実は前世でもよくあったし。

無色透明に近い煮汁が実は凄く酸味の地獄だったとか、無色透明なのに、一滴で舌が痺れる程に辛いとか。

罰ゲームででじゃなく、其れがその国での普通だったりが本気でやるせない。


改めて出汁の香りを確かめる。

最初にこの店の印象を良しと感じたものが其処に有った。

三年経つと汚汁と化す部分は、今は忘れる。


……ううむ、しかし此処で問題が。

実の所、散々五月蠅くは言ったが、おでんに関しては素人だ。

いわゆる家族おでんと言うやつで、具材は自作か、地元の売り物を使うというやつ。

俺の場合は一般調味料を適当配分でだったので、特に決まった味が無い。他のとこなら同じ家族おでんでも市販の出汁が家庭の味なとこも有るだろう。


まぁ、老舗でも名店でも、其処の板さんの舌に頼る配分以外は案外普通の調味料とは判るのだけど……、其の配分ってのが単純にして深い部分なのであったり。


……ふむ。

まあ考察はいいか。

具材が良ければ自然と味は良くなるな精神で行こう。

そんな勢いで出汁を味見。

……良かったー。普通に……とは断言できんが、一応は魚介系の円やか出汁の範疇だった。

後は……、専門家からは外道と誹られそうな化学の顆粒を使うとしよう。

うま味の凝縮粉末。原料はとある海藻。商標がヤバそうなので名前は出さない。

しかし効果は馬鹿にできない。

一度は四千年の歴史を誇る食文化を駆逐もした、前世の時代の魔法の調味料でもあるのたし。


これだけ凝った内装だが焜炉の仕様は炭火。

薪よりは大人しいが火加減の調整が地味に面倒なので、一度暖め始めたら傍から離れるのは無理なやつ。

煮立たせたら味が濁るし。

それでも何度かグツらせつつも、一応は形になったようには思えたり。

出汁に具材の味も融合し、いい感じ? には落ち着いたか。


何だかんだと、一時間近くを使った成果は有ったと思おう。


さて、その間ぶら下げてた店主は……息はあるようなので放置でいい。

とりあえず自分の腹を満たさないと、粛正の意思は消えないし。


辛子はあるかなー、おおっ、山葵っぽい色だが、多分これか。

ちょいと舐めてみたら食感は同じ。


ん、そう言えば、未知の辛さの体験とか地味に初の事か?

辛味では自分が散々誰かを汚染した記憶があるので、一応は鑑定。

特に未知の悪影響は無さげの、単なる辛味の香辛料と。

……こう言った部分で警戒せんとならんのが、静かに悲しいなぁ、異世界。


まぁ気分を切り替えて。

辛子は用意したが最初の一品は素のままで。

選ぶのは[大根]……風に仕上がった謎の根菜。少なくとも、見た目はそのまま。

箸が無いのでフォークを使い、半分の半分に割ってからのー、おお、ちゃんとおでんの味。

染みた出汁も正常……と、こんなとこを気にするのも止めとこう。

っちぃ、あの魔臭の影響が消えやがらねぇなぁ。


それでも、もう一つ二つと食う内に気分も晴れる。


地元の食材のせいか自分の記憶のものとは少しづつ違う何かが気になるが、別に関東風と感じたままを型に嵌める事も無し。

おでんは具材の味を楽しむ事が唯一絶対の法則なのだし。


卵の形が楕円じゃなくてピンポン球な風なのも、まぁこの世界の個性で。

爆弾の中のゲソが煮汁が染みて尚虹色の光沢を放つとこも。

牛串を始め、肉類に異常……じゃなくて違和感は無い。

このウィンナーの原料は何なんぞな?

いやいやいや、気にしたら負けだ。

美味いか不味いかで判断すれば良いのだし。


心に余裕ができたせいか、酒が欲しくなったので清酒を投入。

考えてみたら、これだって謎の原料でできてるんだし気にするだけアホらしいか。

酒なら酔えれば良い。食い物なら美味ければ良い。


そして食い比べれたからこそ気付いたが、微妙な違いが気になる程度に、原形としては地球産に出来が近い。

このあたりの情報を何処で入手したのかは少し掘り下げたい部分。


再び吊り下げオブジェの店主を観察してみるが……

うん、ちょっと縄の成分が多すぎて判別が難しい。

縛り上げる前の記憶だと……一応、紺系統の板さん風な衣装は着てたな。


と?

海老反りの影響で服の裾のアチコチから装飾品らしき物が見えてるか。

特に首から鎖でぶら下がる小さなプレートとか……


あー。

うん、最近、俺も貰ったやつだこれ。


魔術士ギルドの登録プレート。


こいつ、これでも魔術士かー。

その伝手でこんな情報を集めたと。

と言う事は……、十中八九、これも魔王関連のやつじゃな感じかー。


ああ、と納得する俺。


んじゃまぁ、もう一献くらいしたらこの馬鹿下ろして説教モードと行ってみようか。




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