36話
修行の大筋は二本。
既存の魔術の手法を徹底的に身体に仕込み、下手な独創性を混ぜ込まないようにの訓練。判りやすく魔導書の形で教本も渡された。
その膨大な種類に目が眩む。
本来は過去の魔術士が開発した魔術を記した事典のような物。若しくは論文の集合ファイルか。明らかに実用性の低い物も有るが、これがこの世界に認められた魔術だと言う説得力はある感じ。
もう一つは[万色の調味能]の大人しめな使用法への意識。
「味付け」の一言で無茶な代物を創造しないように、可能な限り現物の素材の活用法を学べ……と言うもの。
此方は何と言っていいのか……。
やってる事は、[おさんどん]?
実は中々に家庭料理のベテランだった水爆師匠を手伝いで台所に立ち、何故か塾生共の飯を作る日々。
これが修行か? 主夫業と違うんか? と疑問に思いつつも、この国に存在するスパイス類の存在を知れたのは大きい成果。
今では既存のスパイスの配合でかなりカレーに近い味を出せる。
自費でだが在庫は膨大に入手した。楽勝で10年は戦える。くくくくくっ。
市場から調味料を駆逐するなと怒られたが、其処は多くの需要を演出して将来の供給性を高めた利のある行為と捉えて貰いたい。
市場操作じゃないよ。本当だよ。
それに現時点で品不足で困ったのは食品業界ではなく錬金業界だ。
しかも回復ポーションなど緊急性の高い用途のとは関係無し。
誰も困らない、ささやかで平和な変化だ。
本来これ等を必要としたらしいマイノリティには涙を飲んでもらう。
これも自然の摂理であるから。
さて、アトゥムストーム塾には現在、俺を含めて18名の塾生が居る。
塾生の平均年齢は12~13才。残念ながら、俺はぶっちぎりの最高年齢となる。
最初から受け入れ年齢の上限は高めを設定しているそうだが、実質的に、こう言った私塾は既存の学業の枠には収まれないエリート養成所の性質が有るのだとか。だから自然と高学歴で低年齢に偏りがちな状況に。
俺の感じる印象では孤児院の欠食児童にしか思えないのだが、全員が魔術士としての才能と努力を惜しまない優秀な子達なのだそうで。
「お前が未知の味で洗脳してる成果だ」と言う意見は聞かない。
何故か独り料理教室と化しているのだ。なら好きな料理の再現に努力してもいいだろうの精神で。
なにより、塾生達を押し退けて人一倍食う師匠の言葉の何処に説得力が有ると言うのか?
「老い先短い者への感謝を」な言葉自体は真理とも思うが、使う対象が間違っている。絶対。
と言うか、俺、鍛冶屋で寸胴の特注したんだけど。
その辺りの経費は請求しても良い案件だよな?
因みに、塾生たちへの好評なものは[肉じゃが]。
単純にカレーの風味に慣れないという子は意外に多かった。
まぁ、スパイスの効果は徐々に深みに嵌る麻薬に似たもんでは有るので否定できんし。
なので具材に子供が好みそうな優しい甘味を増やして行ったら肉じゃが風になったので、開き直った。
醤油風味に関しては完全に[万色の調味能]任せだったが……特に注意は無い。
大丈夫か、師匠?
食い道楽に堕落してねーよな?
修行スケジュールは午前にその日の献立の算段……もとい、食材調査。
午後からは下拵えの合間に魔術の暗記となる。
……ちょっと訂正し辛い微妙な立ち位置を自覚したのは、自覚しなかったつもりで。
そんな午前の市場散策にて誰かの視線を感じたのは、修行も一週間目に入った頃。
最初は主婦の場に似つかわしくない俺の異質さが理由での視線かとも思ったが、どうにもこの視線、途切れず追跡している気も有り。
念のためとMAPでの確認。気のせいじゃ無いなぁ。
市の人波を避けて俺と同じ移動してる反応が一つ。
単に同じパターンでの移動でない証拠に、俺が買い物で立ち止まればそのタイミングでの停止有り。一度や二度なら偶然とも言えるが、全てのタイミングじゃもう、どうもね。
問題は、その反応が有っても肉眼での確認が取れないというもの。
随分と高度な隠蔽をしてるのかね。
透明化の魔術か、魔道具か。
そういった現物が有る情報は無いが、人の発想する機能の魔道具は存在すると考えろってのは師匠の言葉。
特に個人仕様の魔道具は公の記録に載らない前提だそうだし。
でなきゃ、あのミンサーの一悶着も起きないし。
……さて、どうするか。
とりあえず今の行動は俺の監視
特に殺意や害意は……無いな。
仕事でやる相手だとそれで確認もし辛いんだが……、自分の急所に焦点を合わされる感じも無いから一応は危険は無い判断かね。
後から無くす荷物は勘弁だし、小まめに[収納]には詰めていく慎重な精神で。
次に、追跡者は焙り出す方針で。
方針が決まれば後は行動。
先ずは当初の予定通りに、最近良い旬の出物を置く根菜農家の露店へと。
メイクイーンのような煮崩れし難い芋を扱っていて欠食児童共、プラス腹ペコ婆あの胃袋を効率良く満タンに出来るのが実に助かる。逆にニンジンっぽいのの煮崩れは酷いのだが、自然に甘みを全体的に付加もしてくれるので同時に同量を購入。
タマネギは不思議なくらい地球産と酷似。聞けばこの地方に広まった経緯が謎の皇帝の行軍携帯食からとかな話なので、もしかしたら俺のよく知る異世界産の越境物かとの推測も有り。
スゲーな、フランス皇帝。
露店の配置の都合で次は加工剤の店に。
出物は南国産の粗黒糖。甘さの調味料と言うよりは、足の速い野菜や果物の砂糖漬け用の物という認識。
実は近くの露店で梅じゃないかな物を発見済み。ただし、完熟間際で加工には向かない。店主に話してまだ青い物を一定量収穫してほしいと発注済み。
現物が来たら、梅酒を作るぞ~う。
既に生活&錬金の魔術でリカー並みの高濃度アルコールも作成済み。材料は膨大で価格のお安い、芋。焼酎では無いが工程が魔術なので気にしたら負け。芋独特の臭みが綺麗さっぱり消えていて通好みには不評確実だろうが、俺は構わん。
ともかく、今の黒糖の使い道は肉じゃがのメインの甘味でだ。
雑多な雑味は食感をマイルドにする上に栄養素としても大事。この場合は白砂糖よりも使い勝手では好ましい。
市場には悪いが買占め案件の対象である。
毎日のように買い漁る俺に少々引かれてる感もあるが、譲らん。
肉に関してはまだ在庫も多いオーク肉を使うので市場では対象外。
流石に露店の生肉はなー。鮮度や熟成云々より寄生虫が怖いし。集団食中毒とか勘弁だし。
下手な毒入り料理より効果てき面の殺傷力だしなー、食中毒。
同じ理屈で生野菜のサラダって感覚は捨てている。基本は温野菜。
腹の中に寄生虫を飼わないための最低限の備えってやつ。
大概は生の食材の中にタマゴとして潜んでんだから。
それでも生の菜類を選ぶのは、基本的に素で殺虫機能を備えている物。有名過ぎる代表はハーブ類。此方にとっては良い香りと感じる部分の大半は、虫避け及び殺菌殺虫効果を持つ刺激の効果だったり。
人の心を癒すための優しい効果では無く、己を守るための無慈悲に敵を倒す毒ガス武装。
時にはその対象に人も含むので、用法用量をお確かめの後に自己責任でどうぞの物。
場合によっちゃ、一発でアレルゲン発症させてコロリとかも有るよ、な感じで。
旬の出物は一期一会な機会であったり。
気づけば、収納で誤魔化すにはちょっと無理なペースで漁ってたり。
仕方が無いので雑納の無理矢理詰め込む風を装う感じで大量の荷物(実際量の数%)を背に担ぐ偽装が必要になった。
……あー、しまったなー。
この後に追跡者との対面を予定してたの……、どうしよう。
結局、荒事で食材がダメになる覚悟がつかなかったので全力で逃亡した。
こういう部分にチートを使う躊躇いが無い自分にちょっと感動。
だって食される命には感謝が必要だしなー。
因みに、戦時用の新式実弾の弾道実験でスイカを割るとかなら、死刑囚でも用意してよりリアルで正確なデータ取れよの精神ですんで。俺。
その方が合理的で勿体ない精神も湧かないので。




