ピエロが現れた日
ピエロが私の家に現れて早一週間が経った。あれからというもの家族の会話の中であの日の出来事は誰にも話さず忘れようと約束した。その回あってか父と母は停電が起きる前のような平常心を取り戻した。
しかし現実はそう上手くは出来ていないようだ。停電が発生してから2週間が経とうとしていた頃、今度は私の身に異変が襲う。夕飯を済ませ就寝しようとすると、どこからともなく声が聞こえ始めた。最初は小声で囁く程度であったが徐々に声が大きくなり思わず周りを見渡したがその姿はどこにもない。言葉の内容は聞き取れなかったが原因は疲労からなるものだと思うことにして、その日は意識を失うように眠りに就いた。しかし次の日も昨日と同じ現象が起きた。眠りに就きたいけれど邪魔をされる日が二日連続で続いた為、ついに堪忍袋の緒が切れた。
「もぉ!うるさい!誰!?」
私一人しかいない部屋に自分の声が恥ずかしいくらい大きく響いた。声に対する返答はない。ただ声が聞こえたと思われる方向に目を向けると暗闇の中にキラリと光る物を見つけた。深く潜っていた毛布や掛布団を面倒くさそうにめくりあげ、光る物に向かうとその物の正体はすぐに判明した。私の通う峯田高校のブレザーのボタンそれが正体である。だがつい先程までそこにボタンは落ちていなかった筈なのに何故、声がした後にあるのか疑問を抱いたが次の日その疑問は驚くべき早さで確信に変わった。
三年は大学受験を控えている為、授業は受けず部活のみという日々が続いている。他の三年が部活を行っている時間私はその日部活で使用する竹刀を自宅に忘れて行ってしまった。学校から自宅までの距離はさほど無いが自転車で家に向かう道中、以前両親の前に現れたピエロの事が頭に過ぎった。ピエロが現れてからというもの受験勉強期間でありながらも携帯での同様の体験談の検索や図書館に行きピエロにまつわる情報収集をするなど受験勉強期間という言葉がこの世から消えてしまうほど没頭してしまっている自分がいた。自宅に到着するとまず、戸締りを確認する。ここで玄関や庭の窓の戸締りが開いていた場合は誰かがこの家に侵入していることになる。何故なら私の両親は夜19時まで仕事で帰らないのだから。しかし戸締りはしっかりとされていた為、安堵の表情を浮かべながら鍵をスカートのポケットから取り出し中に入ると昼間でありながら家中が暗い。この状況であるならばピエロが表れる可能性は高いと考え何か策を考えたくなる程である。忘れてしまった竹刀を脇に抱え家を飛び出すと空はあっという間に夕方が顔を見せていた。急いで自転車を風に逆らうように走らせていった。学校へ到着し部活を行っている武道場へと向かうと、いつもは練習の声が聞こえる筈の一室には物々しい空気が漂っており、三年を含む部員の視線の先には剣道部でたった一人の二年生夏希がいた。夏希には私達、三年が受験勉強で部活に参加していない間、剣道部の部長代理を任せていたので何故そんな物々しい空気の中心に彼女がいたのか理解出来ないでいた。武道場の入り口で隠れるように室内を覗く姿ははたから見てさぞかし不審だったであるに違いない。ある一定のタイミングになったら室内に入ろう。そう決めていたが、時間が経つにつれて部員の話し声が私のいる入り口にまで聞こえてきた為、痺れを切らしわざと足音を鳴らすように一か所にまとまっている輪に近づいていった。まさかその輪の中で私の名前が飛び交っているなんて皆目見当もつかないでいた。理由を聞こうと試みるが誰も話そうとしない。そこで私が一年部員3人の中から一人を指名して改めて質問をしてみた。
「一体、何があったの!?何で夏希が泣いているの!」
すると指名した一年生部員の口から耳を疑うような文言が飛び出したのだ。「先輩、知らないんですか?一週間くらい前に先輩の家に女性が入っていったこと。それも深夜1時頃に私たちと同じ学校の制服を着た・・・」私はこの時、武道場での物々しい空気になった理由を聞いてしまった事を悔いた。後輩の言う事が正しいのであれば一週間くらい前といったらピエロが私と両親の前に現れた日とぴったり合うが時間が違う。その日はそのまま部活動は終了となったが翌日、彼女が学校に来ることはなかった。教師に寄るとしばらく学校を休みたいと。モヤモヤだけが残ったまま三年最後の大会まで一ヶ月を切った。部長代理である夏希が学校に来なくなってしまったのはもちろん、部活動に参加できていない事は剣道部にとってそれが何を意味するものか部員である誰しもが言うまでもなく感じていた事だろう。だが私達だけでなく後輩達も大会に対する気持ちは等しいものであった。夏希がいない間誰がまとめるかを考えた結果、一年生3人の中から更に部長代理を決めるべく三年による多数決を行った。新しく部長代理を任されたのは唯であった。唯自身、一年生という立場の中、他2人含む三年までをもどうまとめたら良いか悩んだ事だろう。ただ私達が出来ることは奮闘する彼女を隣でサポートしてあげる。それが全てである。唯達一年と三年がお互いの本音を打ち明ける時間も練習時間内に作った。練習時間は多少なりと削られてしまうがこれは必要な時間なのだ。私達は皆が帰った後、夜遅くまで部長代理としてだけでなく自らの技量を高めようと剣道を練習していることを知っている。だから彼女の部長代理サポート最終日、ある一言を小さなその背中へと贈った。
「決して己に負けるな!」
唯は瞳にうっすらと涙を浮かべるとゆっくり微笑んだ。その言葉に反応するように頷いたが、頷きと共に流れるその涙は美しいものであった。




