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第五話 「不審者」

 学生時代の話です。

 私が住んでいたアパートは住宅街の奥にあり、昼間も夜も住民以外は通らないような場所でした。よく言えば閑静な住宅街で、悪く言えば人通りが全くない。「チカンに注意」という立札があったのを覚えています。

 その日、レポート提出のために深夜まで起きていた私は、窓の外から聞こえた女性の叫び声にびっくりしました。

 深夜って、ほんと午前二時くらいの丑三つ時の話です。人の気配があったらむしろ恐怖を感じる時間です。初めは酔っ払いの痴話ゲンカかと軽く考えていましたが、「いや」「来ないで」「やめてください‼」と聞こえて浮足立ちました。


──これ、本当にヤバいでしょ。


 痴話ゲンカなら相手の男性の声も聞こえるはずですが、耳に入るのは甲高い若い女性の声だけでした。

 あわてて窓の外を見ましたが、真っ暗で何も見えません。一瞬「大丈夫ですかー」と声をかけようかとも思いましたが、それも怖すぎて実行できない。

 さすがにまずいと思った私はその場で警察に連絡しました。人生で初めての通報です。

「あのー、家のすぐそばで、女の人の叫び声が聞こえるんです」と伝えたら、名前と住所を聞かれた上で、「外に出ないでくださいね」と電話の相手に告げられました。その時女性の叫び声はもう聞こえなくなっていました。


 で、三十分くらい後、サイレンを鳴らしてパトカーがかけつけてくれました。実は住んでいたアパートは大家さんちの敷地内にあって、警察の方はまず大家さんのお宅に行ったようでした。

 サイレンの音でさすがに私もアパートから顔を出したのですが、お隣に住んでいたОLさんも同じような形で出て来て、「聞いた? さっき、女の人が何か叫んでたよね」と言いました。

 ああ、やっぱ聞こえてたかとちょっと脱力しましたよ。そりゃそうだよな、逆に何で誰も出て来ないんだ、ってくらい大きい声だったもんなー、と。

 その後、大家さんをともなった警察の方がアパートに来ました。「通報してくれた方はどっち?」と聞かれたので手を上げました。手短に話を繰り返し、隣にいてくれたОLさんも色々フォローしてくれまして、後は警察に任せてください、といった感じでその日は終わりました。


 後日、大家さんがお菓子を持ってわざわざお礼に来てくれました。

「実は同じアパートの人が変質者の被害に遭っていたんです」と。

 女子大生だったそうですが、後をつけて来た不審者に追いかけられて押し倒され、パンツを脱がされて写真を撮られた──という結構生々しい話でした。


 この事件以来、もしも自分が深夜不審者に遭ったとしても、誰かが助けに来てくれる可能性はほとんどないと知りました。せいぜいがとこ通報してくれるくらいで、多分パトカーが着いた時には自分は最悪死んでます。

 大声上げたって来てくれないよ、だって私自身が怖くて声もかけられなかったし。電話で警察の人からも「外に出ないで下さい」って言われたし。


 その後、パトカーがアパートのそばの見回りを強化してくれて、大家さんがアパートの近くに三つも照明をつけてくれたのですが(確かに暗い道だった。板塀が延々続いてたりして、昭和感あふれる路地でした)、犯人は捕まりませんでした。

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