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一度だけ、同じクラスだった女子に告白を受けた事があった。ただし、それは貞夫にとって、甘酸っぱい青春なんかではなく、むしろ今後の恋愛価値を左右する程のトラウマな出来事となった。その光景を思い出すと、決まって複数の他の生徒が貞夫を嘲笑っているのだ。それからは、本気で人と付き合った事がなくなり、それも相手に申し訳なくなって、ついには恋愛自体へ身を引くに至った。
手の中から振動が伝わってくる。画面を確認すると、しまから着信がきていた。
「今どこだ?」
「お前の近くにいるよ。後ろを振り返ってシルバーの車だ」
言われた通り、後ろを振り返ると、ガードレールを挟んだそこにシルバーの車が停まっていた。その車がしまのものだと、貞夫は人目でわかった。最も、貞夫には車の興味は無いため、車高が低くて格好良いな程度の認識でしかなかったが、それでもその車が高級車なのだろうということは何となく気づいた。窓の中の運転席に目を凝らして見やるとやはり、しまが座っている。貞夫は、扉を開けて車の中へ入った。
「待たせて悪かった」
しまは相変わらず車道を見たまま言った。ハンドルを握っている腕には銀色の金属バンドが光っていた。これもきっと高級時計に違いない。
「俺みたいな奴は、いつも暇なようなもんだから気にするな」
「そうか」
車は車道を上野駅を捨て去るように、走り出した。何だか、後ろの方でさっきまでの自分が手を振っているような気がした。
貞夫の頭にはある疑問が思い浮かんだ。監禁したあのサラリーマン風の男は、今頃警察が捜索などしているのではないか。貞夫がその事を問いかけると、しまは「それはないよ」と言った。
「本人も同意済だ」
と付け加えて。
「同意済みって?自殺志願者か?」
「まさにその通りだ。自殺の名所で拾ってきたのさ。彼は身内もおらず、会社も首になり、死にたがっていたそうだ。遺書さえも書かずに」
暗い林の中、一人ロープを持って歩いていく男を想像した。しまは、良いニュースでも話すかのように軽快だった。貞夫には、既にもう狂気の人間の横顔にしか見れなくなっていた。
「まさにその通りだ。自殺の名所で拾ってきたのさ。彼は身内もおらず、会社も首になり、死にたがっていたそうだ。遺書さえも書かずに」
これは、犯罪だ。今から、自分は進んでこの純粋な心を失わぬ男の共犯者になろうとしている。しかし、自分は見ているだけで、直接手を加える訳ではない。例えば、通りすがりに殺人者がいて、それを隠れて見ていたら共犯者になるのだろうか。いいや、全ては運命のせいだ。自分はただの創作者で、たまたま偶然に、現実から逸脱した行為を目撃してしまっただけの事。共犯者になどなるはずがない。
貞夫は、そう自分に言い聞かせながら、流れる商店街や、スーパーといった普通の日常的空間を呆然と見ていた。そして、それらが自分を見放していくように思い、段々と怖くなっていった。




