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天使の涙  作者: 聖 怜夕
20/20

解放3

最終話です。

 クリスマスイブ。


 塾の授業が終わり、教室を片付けていると、まだ残っていた生徒たちが集まってきた。


「クレス先生。今夜のミサも、先生がしてくれるんでしょ?」


「そうだよ」


「やった!」


 子どもたちは飛び跳ねて喜び、大きく手を振って帰って行った。


「……神父様の代わりは、思っていたより大変だな……」


 ふー、と軽くため息をつき、クレスラスは戸締りをすると、家路を急いだ。


 ホテルの、ワイズに借りた部屋で目が覚めたクレスラスにもたらされたのは、町長の直筆のメッセージだった。 


 今までいた神父は、大層な老齢だったため、急にバチカンに帰ることになったらしく、ローマ教会から新しく派遣されるまで、イギリス本土の教会から来てもらう話しもあったが、町の外の大雪により、電車が運休し、急遽クレスラスに白羽の矢が立ったのだという。まさかそれがワイズの策とは思いもよらず、クレスラスは快諾した。


 毎年準備を手伝っていたため、道具の場所やイルミネーションの飾りなど、幾人かのボランティアの手伝いもあってようやく準備が整い、今夜執り行われることとなったのだ。


 丘の屋敷に到着すると、沸かしてあった風呂に入り、からだを清める。


 この日のために貴族の女性たちが丹精込めて刺繍した、銀糸が輝く純白の司祭服を纏い、乾かした髪は軽く後ろに撫で付けた。耳朶には鈍く光る黒耀石。純金の十字架と純銀のリングを嵌め、教会に向かった。


 聖堂には、溢れんばかりの人々がすでに集まっている。


 壇上の脇にある、聖水が入っている器に指を浸け、胸の前で十字を切った。


「……アーメン」


 壇上中央に、ゆっくりと歩いていく。


 教壇の前に立つと、ゆっくりと周りを見渡した。


「皆様。このような寒い日にお集まりいただき、共にミサを執り行えること、心より嬉しく思います」


 深く頭を下げ、聖書を開いた。


「……地とそこに満ちるもの……世界とそこに住むものは、主のもの。主は、大海の上に地の基を置き 潮の流れの上に世界を築かれた。どのような人が、主の山にのぼり。聖所に立つことができるのか。それは、潔白な手と清い心をもつ人。むなしいものに魂を奪われることなく、欺くものによって誓うことをしない人。主はそのような人を祝福し、救いの神は恵みをお与えになる。それは主を求める人ヤコブの神よ、御顔を尋ね求める人……」


 皆、静かに十字架を手に持ち目を閉じている。


 教会の外は、まだ静かに雪が降っていた。この分だと今夜も積もるだろう。今夜のミサも、いつものくらいまで続けると、間違いなくみんなが教会から出て行くことはできなくなる。高齢の信者もいるのだ。切がいいところで止めるのが善だろう。


「―――……アーメン」


 十字を切る。


 ふと参列者に目を向けると、前列の隅にフロムローズが座っていた。


 今日は初めて人前に出るということで、幼い姿の地味な髪色で出席している。まだクレスラスの噂の火が消えきっていないためだ。しばらくはあのままだろう。


 誰よりも必至に十字架を握っているその姿が、かつての自分と重なる。


 周囲の人間に裏切られ、誰も信じられなくなったとき、自分に残されていたのは物言わぬ神の像だけだった。


 たとえ、誰になんと言われようとも、偶像崇拝と罵られようとも構わなかった。それほどに必死だった。死ぬことを考えていたクレスラスに残された、最後の希望だった。


 きっと、家族や愛する者すべてを無くしまった彼女が、祈りを捧げることによってようやく現実と向き合えるようになったのだと、クレスラスは少し嬉しくなった。今まで自分を、周りを偽っていた少女が、初めて自分をさらすことができたのは、神の予言のおかげなのだ。


 やはり、今でも神はクレスラスを見て、護ってくれているのだ。だが、今回のことで、自分を護ってくれるのが神のみではないことに気づいた。


 何年も、自分の殻に閉じこもって、神のみに縋り、周りを見れなくなっていたクレスラスを、無理やりだが殻を壊し、周りに目を向けされたのは、あの男だった。


 人とのふれあいが、大変だがとても大切だということを教えてくれたのは、フロムローズだった。


 きっと、だからクレスラスは彼らを、自分を慕ってくれている人たちを護らなければいけないのだと。


 ふとステンドガラスを見上げると、いつの間にか雪が止んでいた。


「……?」


 雲の隙間から姿を現した月の光で、ステンドガラスが色鮮やかに輝いている。


 壇上の後ろにある御神の像は、眩いほどに照らされ、まさに神秘な光がクレスラスを、参拝者たちを包んだ。


「……神が!」


「神の光よ!」


 光に気づいた参拝者たちが眼を開け、壇上を見上げる。


―――神……!こんな俺でも、あなたは支持してくださるのですか……!

 

 自然と涙がこぼれた。


「……クレス……!」


 フロムローズの頬も、涙に濡れている。


「ハイドロヂェン様!」


「あなたこそ、アキンタウンの神父だ!」


「いや、神の使徒だ!」


 参拝者は次々に立ち上がり、徐に手を叩く。拍手は次第に大きくなった。


 





 人々に祝福され、愛される。





 そこには優しい光に包まれた、笑顔の美しい、新しい神父の姿があった。





 

 Fin



 こんにちわ!初めまして。せい 怜夕れいゆです。謎だらけの麗人と神父見習いの物語。いまだにジャンルはファンタジーでいいのか悩んでいたりしますが、いかがでしたでしょうか。


 一話の前書きで表記していましたが、この物語は、2007年に作り、2010年にアメブロで連載開始。2011年FC2に引越ししたものを大幅改稿したものです。


 キャラクターを作ったのはさらに五年も以前のことで、当時はただ書くことで満足していました。


 ひょんなことで2011年6月某出版社へ投稿。改稿もせずに勢いのまま投稿した割には、嬉しいお言葉をいただきました。ただネットで公開している以上これで勝負はできませんので、それならばとここで公開する運びになりました。


 文庫一冊分のストーリーを考えたのも、人に公開することも初めてで、読んでくださる人はいてくれるか。続きを待ってくれる人はいるか。とにかくがむしゃらに書いた覚えがあります。


***


 少しですが、舞台やキャラのことなど。


 一話の冒頭に少し載せてはいるんですが、北アイルランドにある架空の鎖国された町が舞台です。

 本当はイギリス本土がよかったんですけど、宗教上の理由で、カトリックを信仰している北アイルランドにしました。数冊の旅行本とにらめっこして、ここよ!とイメージしていた場所ができたのは、実は三話目を考えていた時でした。一応一万人くらいは住んでいる設定です。

 

 神父見習いクレスは、初め怪盗として設定していました。ワイズと共に盗みを働いていて、ある時にフロムローズと出会う…。怪盗モノを書くときに直面する『なぜ盗みを働くのか』そんなことしそうなキャラじゃないなと却下。


 ワイズは謎な雰囲気出てるよね~と思ったところから今のご職業に。彼自身、自分の中にある矛盾と葛藤している…。だけどもクレスと出会うことにより今まで悩んでいたものすべてがどうでもよくなる…。そんな『かけがえのない出会い』があってもいいよね。そんな思いもありました。


 フロムローズは家族を皆殺しにされた悲劇のヒロインですが、悲劇で泣くような子にはしたくなかった。どんなに苦しい状況になっても、絶対諦めないし、妥協しない子でいてほしいと思って彼女が出来上がりました。


***



 次作は改稿ができ次第連載していきたいと思っています。FC2で現在5話目を連載中ですので、ぜひそちらにも遊びに来てくださいませ。


 

 この物語が、ひとりでも多くの人々に愛されることを願って……。

 それでは、再見!                            



 2011年 7月  紫陽花がもう最後かな…?今年は大きかったですね~♪

                                聖 怜夕                        

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